銀河英雄伝説異伝   作:はむはむ

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第32話

[フェザーン陥落]

 

対フェザーン方面軍として、ロイエンタール元帥と旗下の元帥府の幕僚が

登用され、オーディン星系に位置するガイエスブルグ要塞に無数の同時機動

ワープエンジンが設置され、点火の時を待つ。

ロイエンタール元帥府の提督にそれぞれ一個艦隊が当てられ、視察と称し、ブ

ラウンシュバイク公とエリザベートも入場し、主管制室で緊張の趣を湛えていた。

しかし、動じていないな、とロイエンタールは思う。

この半生を日陰で生きてきた、ブラウンシュバイク公女に衒いは無く、眼鏡を身に着け、

椅子に身を預けている。

ブラウンシュバイク公の方こそ、うろうろと室内を往復し、落ち着きの無さを暴露していた。

そんな公の姿を横目に、私、マークスも緊張する。

昨日突然昇進の報を聞かされ、中佐になったのだが今一、現実味が無い。

これも特進の前渡しか、そうとすら思ってしまう。

ワープエンジンの同調がコンマ一秒でもずれると、私達は要塞と共に、原子に還元

され、別宇宙の可能性事象に陥ってしまう。

緊張するなというのが無理であった。

 

「シャフト大将。宜しいか?」

ロイエンタールは傲然と顔を上げ、モニタに視線を向ける。

「はい。元帥、技術的な問題は何一つありません。何時でもワープ可能です」

何処か小官子めいた、さえない風貌の初老の男性であるが、技術屋として大将まで

昇進した、異能の人材であった。

その異能さをロイエンタール元帥に買われ、ガイエスブルグのフェザーンへのワープ

という一大事業に取り組むこととなった。

額の汗をハンケチで拭い、シャフトは舌舐めずりする。

 

「ワープアウト開始まで…5…4…3…2 …1…0…開始です!」

視界が白濁され、主モニターが点滅を繰り返す。

瞬間、一堂皆息を飲んだ。

「ワープアウト完了! 座標確認…フェザーン星系恒星フェザーン確認……成功です!」

おおと、どよめく。

「フェザーン政庁より通信が入っております」

ロイエンタールは、「繋げ」とだけ告げる。

 

「こ、これはどういう事ですか! このような大質量物質のワープアウトなど本国より

聞いておりません!」

フェザーンの管制官はパニックに陥っていた。

モニタの後ろ側で人が行き来し、書類が宙を舞っている。

退避も同時に行われていた。

「当然であろう。これは軍事行動なのだからな。フェザーンはサイオキシン流通容疑で現

フェザーン政庁の主ルビンスキーに戦犯の罪状が挙げられている。これは同盟との

共同作戦でもある」

「なっ…! せ、政庁に繋げます…」

「これは元帥…些か乱暴ですな」

フェザーンの黒キツネ、アドリアン・ルビンスキーの剽悍とした顔が写る。

だが、どこか冴えない色を浮かべていた。

「繰り返す…俺も大気圏内での軍事行動は避けたい…繰り返す、諦められよ」

ふと、ルビンスキーは嘆息する。

「それは入れられませんな…元帥。いざとなれば惑星フェザーンは自爆する事が出来る

よう惑星のコアに核融合弾を打ち込んである…」

どよめく、室内。

ロイエンタールは手で制し、続ける。

「分かっている、貴様の利権は引き続き認めよう。フェザーン人は利己主義者だから

これで十分であろう?」

ルビンスキーは笑った。

そして、深々と礼をする。

「その通り。これからは何となんなりと御申しつけ下さい…元帥。いやエリザベート

様」

エリザベートは顎だけを動かし、微かに頷く。

これが長い年月独立を保っていた、フェザーン自治領の最後であった。

 

ガイエスブルグは馴染みの要塞であり、その無骨な作りすら、諸将には懐かしい。

ブラウンシュバイク公と枢密院の議員数名、そしてブラウンシュバイク公に

貴族連が同席し、始まりを告げる。

 

「無事フェザーン制定は成った、同盟にもこの報は伝えてある…彼らも喜ぶだろう

な…対外債務が無くなったのだから。それは帝国も同じだが…さて」

そして言葉を切る。

「同盟も同盟なりの打算があろうが…何れは帝国も同盟も一つになる。その為の

通過儀礼であった…。エリザベート様、ご覚悟は宜しいか?」

全銀河に向けての、放送の準備であった。

エリザベートは頷き「ええ」とだけ答える。

全銀河は変転の時を迎える。

 

「始めまして…銀河の皆様、わたくしはブラウンシュバイク公女エリザベートと

申します」

同盟で、フェザーンで、帝国で、階級の別を問わず、皆ソリヴィジョンに食いつく。

そんな中継を眺めながら、イゼルローン要塞、ヤン・ウェンリーは嘆息した。

ここまで来てしまったなあ、そんな事を思う。

私は歴史の法廷で断罪されるな、そうも思う。

しかし…しかし、今は生きる人間としてやらねばならない事もある、そしてヤンは

自らにしか出来ない事から逃げる人間では無かった。

乏しい、労働意欲を鼓舞し、ヨブ・トリューニヒトとも話は通した。

何度も何度も、やっぱりやめようか、そんな事が脳裏を過ったが最後までやり通した。

「私は貴方を見直していますよ」

シェーンコップ中将はワインを片手に、そう言った。

この亡命者は今一度、言う。

「本当に良くやりましたよ。自分自身のイデオロギーを殺して、良く…帝国と同盟の

統一など考えたものです」

ヤンは頭をかきかき、言う。

「…これからさ。ローエングラム大元帥…あの天才児が必ず…立ちふさがる」

イゼルローンもまた、静かに沸騰していった。

 

「…よって君臣の賊であるローエングラム大元帥は帝国の秩序の根幹である、劣悪遺伝子

排除法に自らが適合する事を逆恨みし、同じくオーベルシュタイン大将ら不満分子と

結びつき、帝国を上から滅ぼす白色テロを画策し…」

 

「その為の、ザビーネ現皇帝との婚儀を予定しておりました。わたしく、エリザベート

はそれを看過出来ず、同時に…このような騒乱を生み出した元である、劣悪遺伝子排除法

をはじめとした、遺伝関連の各種法を悪法と任じ…」

 

そこでエリザベートは眼鏡を付ける。

「わたくしエリザベートも又、このような道具の助けを得て生きている身。全ての多様性

をわたくしは尊重します」

 

エリザベートは声を一オクターブ上げる。

「それがイデオロギーであっても。わたくしは同盟との恒久和平、そしてその新体制の

構築に臨む為…手段として…皇帝への登極を望みます」

 

「それが血を流す道であっても、わたしくは進みます。そして、味方は大勢おります。

ロイエンタール元帥、そして…同盟政府」

 

この瞬間、全銀河は沸騰した。

 

 


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