銀河英雄伝説異伝   作:はむはむ

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第29話

[イゼルローンの攻防]

 

フェザーン経由で、対イゼルローン方面軍の配置は同盟軍も察知していた。

クーデターの混乱の余韻が醒めぬ中、イゼルローン方面へと援軍を送る余裕

も無く、イゼルローン要塞を擁するヤン・ウェンリーの第13艦隊とその要塞

が同盟の頼りの綱であり、最終防衛ラインでもあった。

 

「で、ヤン…どうする?」

キャゼルヌ中将は昼食を気にするかとでも言うように、気軽に言った。

ヤンはベレー帽を手で弄びながら、答える。

「しかたないですよ…先輩。それにしても…」

「それにしても…?」

ヤンは一層気軽に答えた。

「同盟も帝国もここに要塞があるから争うんでしょうかね。それならば一層…」

思案顔でヤンは呟いた。

「要塞などなければ良いのかもしれませんね」

シェーンコップ中将は顎に手を当てる。

「して、帝国の元に同盟も統一される…そんな結末、アンチクライマックスの

極みですな」

「そうは言わないよ。だが…立憲君主制という手もあるかもしれない。帝国にも

ものが分かる人間がいるようだしね」

キャゼルヌは聞いた。

「それは…ロイエンタール元帥の事かね?」

「そうですね…少なくとも見たくない現実でも直視出来る現実的な人間…でしょうね」

ふと、嘆息するヤン。

「そんな人間とも戦わなくてはならない。軍人とは業の深い生き物だね」

 

イゼルローン回廊帝国側には既に、ヤン艦隊が布陣を終えていた。

要塞に頼らず、打って出るのがヤンらしいとも言えた。

「分かっていた事だが…厄介だな」

イゼルローン回廊はそれが回廊という名を冠する以上、上下左右全て一本の細い回廊

以外、航行が不可能であり、そこ攻め入るいう事は、敵との正面衝突が否めず、また

大軍を擁していても、全面展開出来ず、各個撃破の良い標的となる。

 

ロイエンタールの戦術としては、逐次艦隊を投入し、破れても破れても、次から次

へと敵に回復の間を与えず、攻勢を繰り返す。

芸の無い、凡庸な策であった。

 

「フレーゲル艦隊全艦、突入せよ」

フレーゲル艦隊の突撃力を生かし、少しでもヤン艦隊の艦数を削るためであった。

「ふん、分かっておるわ。全艦回廊に突入せよ!」

回廊に突入すると同時に、フレーゲル艦隊の全面にクロスファイアポイントが設定

され、集中砲火が襲来する。

「ひるむな打ち返せ!」

エネルギーは沸騰し、狭い回廊に、白熱したエネルギーの奔流が産まれる。

回廊の入口に位置していたフレーゲル艦隊は、それに流さた。

流され、射程がずれると同時に、ヤン艦隊からは達人芸めいた、正確な射撃が臼艦

や空母を狙い、宇宙の塵と化していく。

そして、ヤン艦隊からスパルタニアンが射出され、フレーゲル艦隊がワルキューレ

で迎撃しようにも、空母が多数失われており、適切な反撃が出来ず、撃沈されていく。

 

「頃合いだな」

ロイエンタールはフレーゲルに後退を命じ、その後退の穴を埋めるように、ベルゲング

リューン艦隊を投入する。

ベルゲングリューンはヤン艦隊の出方に注視し、積極的に動けないでいた。

有能が将帥がそうであるように、過度に相手の動きに集中する為、積極的な攻勢に至れて

いない。

相手の射程距離に出入りし、射撃と後退を繰り返す。

突然、ヤン艦隊の高速艦が突撃を開始する。

それに射線を集中させると、大きく白熱し、爆発した。

核融合ミサイルを起爆状態で満載され、それを無人艦にして突撃させていたのだ。

その揺らぎから、ヤン艦隊の有機的な攻撃が襲い、ベルゲングリューンはその対応に追わ

れていた。

「ただでは帰れん。臼艦、爆散するまで打ちまくれ!」

ベルゲングリューン艦隊の臼艦が火を噴き、ヤン艦隊の厚い布陣を少し傷付ける。

だが、逆撃は突然であった。

臼艦の攻撃がやんだと同時に、ヤン艦隊の臼艦が火を噴き、ベルゲングリューン艦隊を

爆散させていく。

 

「ベルゲングリューン艦隊、後退、ライザ艦隊前へ」

ロイエンタールはベルゲングリューン艦隊の傷が深くなる前に、次の艦隊を前線に投入する。

 

「…しぶといな」

ヤンは嘆息し、続けた。

「奴さんはロイエンタール元帥か。話が通じない相手では無いな」

ヤンはライザ艦隊の相手をしながら、一つの案を纏めていた。

 

ライザ艦隊はつっと後退するヤン艦隊の動きに惹かれ、そのまま前面に誘いこまれる。

危ない、ライザの脳裏にそのアラートが点滅すると同時に、ヤン艦隊の一斉砲撃が全面に

叩き込まれる。

ライザはただでは後退せず、寧ろ食い下がり、反撃を繰り出す。

その烈火のような反撃に辟易し、ヤンは艦隊を更に後退させた。

その隙に、ライザ艦隊も後退する。

戦線はこう着状態であった。

 

「トリプルA、秘匿回線がイゼルローンより届いております!」

私はコンソールを操作しながら、ロイエンタール元帥に告げる。

ロイエンタール元帥は人払いすると、回線を開いた。

 

「なんというべきか…元帥、お疲れ様です」

これがかのヤン・ウェンリーか。

私は驚いた。

私も外面はさえないが、ヤンはどこか…そう、私がいた大学の万年助手のような雰囲気でいて、

グリルパルツァー先輩などには下にみられるような雰囲気であった。

ロイエンタール元帥も落ちついた風に答える。

「ヤン大将…今回はどうされたかな?」

ヤンは頭をかきかき、続ける。

「こんな事を尋ねるのも恐縮ですが…元帥は、民主主義と専制政治の両立が可能と思いますか?」

ロイエンタールは黙考する。

「…それは立憲君主制という酒袋の中でなら可能であろうな」

ヤンは満足げに頷いた。

「分かりました。元帥…イゼルローンはまだ渡すわけには行きませんが…ある一つの約束させ

して頂ければ…同盟はイゼルローンを放棄することもやぶさかではありません」

「その約束とは?」

ヤンは一層さっぱりとした表情を浮かべ、答えた。

「同盟と帝国の平和裏の合併…何時までも人類が二つの勢力に別れ、戦う必要はありません」

そして、断言する。

「それは同盟と帝国の裏で暗躍する勢力を利するだけですから」

 

フェザーンか。

ロイエンタールは脳裏に浮かべた。

商業国家フェザーン。

宇宙に浮かぶ、ベネツィア。或いはカルタゴ。

 

ロイエンタールはそして、決意した。

「分かった。共に歩ませてもらおう…ヤン大将」

 


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