銀河英雄伝説異伝   作:はむはむ

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第27話

[和平]

 

幾つかの諸条件の提示があり、和議は成った。

現場の判断という事もあり、細かい部分は後回しになり、グランドデザイン

として、以下の3点の合意を得る。

 

現皇帝の退位、盟約側からの皇孫がそれに代わり即位する事。

 

盟約軍、枢軸軍ともに組織解体を行い、一つの帝国軍として再編される事。

 

恩赦により、大逆犯となった盟約側の将兵の免罪。

 

盟約軍代表としてアンスバッハ中将が細かい交渉にあたる。

 

アンスバッハが先方と会談の約定や条約の細かい点の修正に当たっている間に、

盟約軍諸提督が、ブラウンシュバイク艦隊旗艦ベルリンに集結した。

 

ロイエンタールが、通信艦からベルリンのドッグに降りると、警備兵数十名が

周囲を囲み、銃口を突き付ける。

私はとっさに、ロイエンタール元帥の身を守るため、彼にしがみついた。

「これはどういう事か。ブラウンシュバイク公…盟主はどうしたか」

ロイエンタールは変わらぬ剛毅さを持って、平静を崩さない。

警備兵の代表が、答える。

「公は会議室でお待ちです。他の諸提督も既に到着しております。小官は

元帥閣下の誘導を任せられております…こちらへどうぞ」

手を廊下の方向に向ける。

 

ロイエンタールは一言「了解した」とだけ告げ従った。

 

部屋に入室すると敵意の視線が、彼を貫いた。

 

「元帥…これはどうした事か! なぜ、儂らの許可無く動いたのか!」

ブラウンシュバイク公は顔色をどす黒く染め、激高した。

ロイエンタールは彼の席に付、何気なく答える。

「これは俺の不備だ…他の諸提督には何の罪もない…。時間が無かった…

それに公よ、もはや継戦能力を失っていたのだ…彼我ともにな」

ブラウンシュバイク公は、厚い樫材の机に拳を叩きつける。

「まだ戦えたわ! 平民が姑息な手を使わなければもっとな! 元帥!

ファーレンハイトの反逆者と通じているのではなかろうな!」

おお、とどよめく室内。

「これだけは言っておかなくてはならない。俺はもちろんの事、諸提督

は自らの仕事を完遂した。これは共に戦ったフレーゲル提督やヒルデス

ハイム提督そして…」

ライザに視線を向け、ロイエンタールは苦い笑みを浮かべる。

「…ライザ提督に尋ねて頂きたい。我らの戦いぶりを」

持って行き場の無い怒りで、ブラウンシュバイクは鬱屈とした。

「ええい、分かったわ! で…元帥、それなりの成果は得たのだろうな?」

 

「…皇孫殿下は即位して頂きます。そして…軍は盟約・枢軸両軍とも組織

解体し、帝国軍として一元化する。そして、盟約軍の名誉も注がれる…

これ以上は望みええくも無いでしょうな」

 

目先の利を差し出され、共に皇孫を抱くブラウンシュバイク公、リッテンハ

イム公視線でお互いをけん制する。

咳払いし、ブラインシュバイクは答える。

 

「う、うむ。悪くは無いな、どうだここらへんで手を打たないか…のう、

リッテンハイム公よ」

リッテンハイムも思案気に、頷く。

 

「俺は反対だ!」

オフレッサーはそう叫ぶが、ブラうシュバイクは「平民は黙りおれ」と一言

でくじく。

 

大勢は和睦に傾き、先方に出向いてたアンスバッハ提督からも通信がはいる。

ローエングラム公は、この条件を受諾するとの言を伝えるために。

 

ノイエ・サンスーシ、黄金樹の間。

貴族、武官、文官の要人が集まり、ひらりひらりと、宮廷のプロトコルに

沿った会話を続け、リンゴ酒や貴腐ワインで喉を湿らせていた。

それでも、一隅に塊が出来、大きく3組に分かれる。

 

旧盟約側と旧枢軸側、そして第3者である官僚達である。

 

たがいに剣呑な視線を向け、ひそひそと話を続けている。

 

私とベルゲングリューン提督、グリルパルツァー先輩はロイエンタール仮設

元帥の共をし、先方を探す。

傲然と、杯を傾けながら、先方…ラインハルト・ローエングラムは王者の風

格で立っていた。

そこに向い、ロイエンタールは歩を進める。

委縮する事の無い、見事な足取りであった。

私は緊張し、身震いする。

絶対的な…獅子。

彼、ラインハルトと戦った事さえ、夢のようである。

 

ラインハルトとロイエンタール、そして共のものが礼をする。

よく見ると、数歩さがった場所に、キルヒアイス提督と…悪名高いオーベル

シュタイン中将が控えている。

 

「この度は良く私を苦しめたものだな…ロイエンタール」

敬称を付けるでなく、ラインハルトは自然だった。

「は。ローエングラム公も息災で何よりです。此度のような戦いの後は特に」

すっと、キルヒアイスがラインハルトの傍らにより、穏やかに口を開く。

「そう互いに警戒する必要は無いでしょう? 互いに故あって戦い、そして

今は味方に戻った…それで良いではありませんか」

ラインハルトはもどかしげに口を開いた。

「しかしだな…キルヒアイス」

影が過り、ふっと、オーベルシュタインは語り出す。

「キルヒアイス提督の言うとおりでしょう閣下。…卿も同じ意見であろう、

ロイエンタール仮設元帥」

ロイエンタールは嘆息し、続けた。

「そのとおりです。帝国も又、一になり、叛徒の進行に備えなければならな

いでしょう」

ラインハルトは今度こそ、笑った。

「この間の叛徒の侵犯の事を言っているのか? あれはすぐに叛徒が撤退

しただろうに」

「…以後の話をしているのです」

その時、皇帝が来室し、一同は沈黙した。

 

帝国は一に戻った…いや、戻れるものか。

ファーレンハイトは部屋の隅で、鯨飲しながら、そんな風に思う。

先日、ラインハルトと直接会った時の事を思い出す。

鈍く、疼痛を感じた。

 

「して…ファーレンハイト提督。卿は私に何を望むのか」

強い口調で、ファーレンハイトを射すくめる。

「小官は元帥…閣下の側にこそ正統性があると…一臣下に立ち返っただけ

です」

ラインハルトは沈黙する。

 

「…宜しい、卿の能力はここで損じるにはあまりに勿体ない。貴族から卿を

買おう」

ファーレンハイトは深く、一礼する。

ラインハルトの両隣に立つ、キルヒアイスとオーベルシュタイン、各人各様

の視線を投げかけていた。

 

皇帝のひととおりの言葉が終わると、主要貴族は退屈したのか、退出して

行く。

ロイエンタールもラインハルトも既に退出し、私、マークスも退出しようと

思っていたのだが、兄、アンスバッハが何だか誰かと揉めている様子で、

心配し、近寄る。

頭からワインを被り、アンスバッハ中将は立ち尽くしていた。

高価なワインを鯨飲し、酔い足元すらおぼつかない、どこかの…貴族であろう、

が、散々詰っている。

お前ら平民が盟約側に居たから勝てなかったのだとか、ロイエンタールめと

何を画策している、この卑しい豚どもが、と言葉は聞くに堪えない。

私は怒りと同じ量だけ、悲しさ虚しさを感じていた。

 

兄は近寄る私を制止し、場を離れた。

後ろからの罵詈雑言に押されるように。

 

私はハンケチを取り出し、兄に渡す。

兄は「ありがとう」とだけ述べ、体を拭ってる。

私が何かを言う前に、兄は溜息と共に吐き出した。

「…何時もこんなだ…。所詮、提督やら閣下と呼ばれる身分になっても平民は

平民らしいな…」

「貴族なんて虚構の存在だと兄さんも知っているでしょう? それに彼らは

生物学的観点に立てば殆ど不稔の身…哀れなものですよ」

「…その虚構の存在が宇宙の半分を動かしている現状を忘れるなよ。俺は…

いや、言っても詮無い事だな」

兄が言いたいことは分かった、もしこの内乱でローエングラム公が勝っていた

なら…この宇宙の半分はまた、違う原理で動いていたのかもしれない。

私も、そう思った。

 

 


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