銀河英雄伝説異伝   作:はむはむ

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第25話

[第三次ガイエスブルグ会戦]

 

「このたびのそちらの働き見事であった!」

ブラウンシュバイク公は上機嫌に声を高める。

それでいて…報われないものだなと、ファーレンハイトは思う。

先の戦いで散って行った兵たち、そして奮闘した諸提督。

それらの働きへの言及はそこそこに、ヴォルフスムントを暴走爆破させた

3提督こそが讃えられている。

 

…貴族でなければ、人では無い…か。

それならば…。

ファーレンハイトは、じっと中空を見つめいてた。

 

「さて、ロイエンタール仮設元帥。この後は如何す?」

ブラウンシュバイク公に振られ、ロイエンタールは答える。

「…辺境部を蠢動させる為の戦力は既にローエングラム公からは失われている

現状、先の約定どおり、堂々と陣を張り進軍する所…」

そこで言葉を切る。

一同を見渡し、口を開いた。

「…もはや敵はないであろう。次が…正念場である」

おお、と一同から歓声が漏れる。

いよいよ、ローエングラム公との決戦か。

皆、胸の高鳴りと、一抹の不安が脳裏を過った。

 

定期的にラインハルトの艦隊からは、超長距離砲やミサイルなどの攻撃が

要塞主砲ガイエスハーケンの射程外から繰り返され、絶え間なく続く、不快

な震動に、盟約軍の将兵は神経が苛まれた。

ストレスを解消する為の酒や薬剤の消費量が飛躍的に増え、宇宙の只中に

浮かぶ、寄る辺なき人工物に囲まれる中、それでも将兵のストレスを解消し

きるまでは行かない。

 

そんな空気を感じながら、私はロイエンタール閣下の私室で、三次元チェス

のお相手をしていた。

 

「チェック。どうした大尉…卿は弱いな」

私は赤面し、答える。

「昔からなのです…元帥の御暇つぶしにもならなくて…申し訳ございません」

ロイエンタールは苦笑する。

「よい。そう固くなるな大尉。この戦も大詰め…戦いがはじまると忙しくな

るぞ」

「はい」

ふと、ロイエンタールは自分自身の内に沈み、続ける。

「…ところで大尉。これはまだ誰にも話していないのだがな…。ローエングラム

公…あの方は自らの王朝を築こうとしているのだろうか、いやしているのだろうな…」

独語めく続ける。

「ならば、その王朝の創始者が子を為せないというのは如何ほどの意味がある

のだろうか…」

私は即座に答える事が出来ず、暫く沈黙した。

それでも自分を奮い立たせ、答える。

「…私が学んできた帝国の純粋に生物学的なプールとしての遺伝情報は薄くなり、

これは…叛徒の側に主に有色人種が逃れ、帝国では抹消されてきた歴史故なの

ですが…帝国では臣民の間においても血が濃くなり、あかの他人でも近親婚と

なるケースもかねてからありました。それ故…」

私は自身を鼓舞する。

「帝国はこのまま行くと、数百年で近親婚の海に溺れ、健康な赤子をなせなく

なり…社会がたちいかなくなるという試算も研究所では出ておりました」

ロイエンタールは面を食らったかのように、嘆息する。

「そうか…ローエングラム公の件も氷山の一角にすぎないのだな。結局は、同盟

との人的な交流を促進しなくては…帝国は持たんな」

だが、そうなると貴族制度や帝室はどうなるのか。

身近に迫る戦い以上に、ロイエンタールはそれらの考えに魅了され、沈思黙考した。

 

ガイエスブルグ要塞の進行方向に、惑星オーディンが遠望される。

将兵はおおと、一同に歓声を上げた。

惑星オーディンを守護するかのように、機動エンジンが接着されたガルミッシュ要塞

が惑星オーディンを背景に聳えている。

そこに展開する光点、ローエングラム元帥の艦隊群であった。

 

決戦の時は来た。

最後のブリーフィングが開かれる。

「大神オーディンもご照覧あれ! ついに我ら盟約軍は不遜な簒奪者のもとに

たどり着き、これを撃破せんとしている!」

珍しく素面で、ブラウンシュバイク公は獅子吼した。

「これが作戦案だ」

ロイエンタールは淡々と、データを開くように促す。

各人端末のモニターを見おろしながら、ほうと嘆息する。

盟約軍は当初の10個艦隊の数を維持している。

損傷部分は、ガイエスブルグの造船施設がフルビッチで稼働し、大破しなかった艦船

は修理ドックで突貫した結果であった。

 

ラインハルトの軍勢は、大きく概算して、打ち減らされ7個艦隊。

常に後退を余儀なくされ、ガルミッシュ要塞には生産施設が無く、後背たるヴァルハラ

星系は消費星系であり、生産施設に欠けていたのがこのような形で働いた。

 

「大軍に用兵は要らない。数で押し潰す…最後の段階で一隻でも我らに残っていたら

我らの勝利だ」

一同、唾を飲む。

「そして、ローエングラム公は強敵である。このような陣形になった…みな、従って

くれ」

 

右翼にメルカッツ艦隊、ファーレンハイト艦隊、フレーゲル艦隊。

左翼にシュターデン提督、ヒルデスハイム提督、ベルゲングリューン艦隊。

中央部の布陣を厚し、ロイエンタール直参の艦隊を置き、ライザ艦隊、ブラウンシュバ

イク艦隊、アンスバッハ艦隊が位置する。

 

「元帥、ご苦労。それでは皆にグラスは渡ったかな…」

ブラウンシュバイク公は、グラスを高々とあげ唱える。

「勝利に!」

 

皆、唱和する。

「勝利に!」「勝利に!」「勝利に!」

グラスが床に投げられ、壊れて、光が零れた。

 

ファーレンハイトは一人だけ、冷めた視線をロイエンタールとブラウンシュバイク公に

に投げかけていた。

 

お互い、要塞を背に布陣する。

戦いの最中もガイエスブルグ要塞は移動を続け、上手くいけば戦闘中に敵要塞をその

照準に収める予定であった。

寧ろ、凡庸にお互いの艦隊からの砲撃で戦いは始まった。

無駄打ちする艦隊は一つも無い。

互いに射程距離を測り、有効射程に至るまで、一隻たりとも発砲しなかった。

宇宙に一斉に光が灯ったかのように、光点が生じ、消えていく。

儚い花のように、咲いては散っていった。

ローエングラム公の陣が動き、左翼と右翼が同時に動き、神経細胞の両軸のように延びた

両軸が、相手を飲み込むかのように手を伸ばしていく。

盟約軍の左翼と右翼もそれに対応し、前進し、相手に立ちふさがり、鋭鋒を叩きつけていた。

爆ぜる、艦隊。

視界が白く漂白されていく。

盟約軍の左翼、ヒルデスハイム艦隊がその動きに付いていけず遅れる。

そこにローエングラム艦隊の攻撃が集中する。

「さ、艦隊を下げよ」

ヒルデスハイムが慌てて、艦隊の後退を指示すると、そこにローエングラム艦隊の右翼が

一気に突入を開始する。

 

盟約軍の左翼が乱れた。

ロイエンタールは乱れた陣の再編の為、遊軍であるブラウンシュバイク艦隊とアンスバッハ

艦隊にヒルデスハイム艦隊の有機的な後退を助けるよう、指示をする。

「全く苦労させるわ」

「ヒルデスハイム艦隊を助けよ」

二名はぐずぐず言いつつも、指示に従う。

二艦隊の投入と共に、ローエングラム艦隊の右翼は後退する。

それにつけ入ろうと、ロイエンタールは中央部の前進を指示するが、ローエングラム艦隊

中央部からの射撃により、断念した。

 

ほぼお互いに陣形を崩さず、相手の攻撃を受け、それに誘う形での攻撃、防御を繰り返し

ながら、ゆっくりとお互いを消化し、今現在健在であった艦が、数秒後には光点と化し、

消えていく。

消耗戦であった。

 

そして、それはロイエンタールが企図したものでもあった。

勝てるか…。

ロイエンタールは黙考する。

 

と、突然、ローエングラム艦隊全艦が、前進を開始する。

防御に徹してると、メルカッツ艦隊より悲鳴が上がる。

「後方より攻撃有! み、味方艦からです!」

ロイエンタールは思わず、身をそりだし、主モニターを睨み付ける。

私は慌てて、データを纏め答える。

「フ、ファーレンハト艦隊からです! ファーレンハイト艦隊より全チェンネルで

通信があります!」

「開け!」

 

そこには寧ろ静かな視線を湛えた、ファーレンハイト提督の姿が浮き上がる。

「小官は己の為では無く、一に宇宙を貴族と称する寄生虫から解放するための、いわば

外科手術に取りかかったものである。解放者ローエングラム伯ラインハルト閣下にこそ

我と、我艦隊の忠誠はある。寄生虫である賊軍は宇宙の闇に消えて行くが良い」

 


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