銀河英雄伝説異伝   作:はむはむ

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第22話

[狼の沈黙]

 

キルヒアイス提督の艦隊は、ロイエンタールの本営を蹂躙し、大回りで

自陣に帰り着く。

乱れた陣の再編を命じながら、ロイエンタールは思慮した。

このまますり潰しても良いが芸が無い。

一層…。

 

「卿の出番が来たぞ」

ロイエンタールは表情を消し、オフレッサー上級大将に告げる。

「おう、ようやくか。儂が指揮するからには要塞にたどり着いたならば

確実に敵兵を皆殺しにしてやるわ」

「大言壮言は良い。着実に仕事をしてくれ」

オフレッサーは上気し、頬の傷が浮かび上がる。

「言われなくても分かっておるわ!」

 

ロイエンタールは、メルカッツに命を下す。

メルカッツは一つ頷き、開口した。

「ファーレンハイト、アンスバッハ、ベルゲングリューン三提督に命ずる」

そして続けた。

「敵要塞の後背に付き、取りつきながら擲弾兵を投入。一気に敵要塞の

管制を占領する」

アンスバッハ中将は口を開いた。

「敵軍は残りの諸提督が押させて下さるのですな」

メルカッツは頷く。

「左様。盟約軍の残りの軍勢は全てその陽動を補助する」

三提督は、礼をし、モニタが暗闇に包まれる。

「…厳しい戦いになるな…」

 

盟約軍はファーレンハイト、アンスバッハ、ベルゲングリューン三提督の

動きを助ける為、残りの諸提督は全てのエネルギーや弾丸を吐き出しながら、

キルヒアイスの軍をその場に張りつける。

流石のキルヒアイスが指揮する辺境鎮撫艦隊ではあったが、歴戦の疲れも

あり、また己と倍する敵軍と会戦し続けた、弾丸などのストックが切れかけて

いたのもある…少し揺らいだ。

 

「全艦全速前進…! 後背に回り込みながら要塞に張りつけ!」

アンスバッハの艦隊にオフレッサーの擲弾兵総司令部が乗り込んだのもあり、

中ほどの艦隊を維持しながら、ファーレンハイトの前部と、ベルゲングリューン

の後部に挟まれた形で、艦隊運動を続ける。

キルヒアイス辺境鎮撫艦隊はその動きに気づき、対処しようとするが、寡兵で

敵軍にくらいつかれ、動きが取れないでいた。

「ヴォルフスハーケン来ます!」

オペレーターの声が悲鳴のように、艦隊内に満ちる。

要塞の後ろ側に回り込んだ、艦隊の横部を、ヴォルフスハーケンの硬X線ビーム

砲が薙ぎ払う。

 

アンスバッハは席にしがみつきながら、必死に指揮を執る。

「要塞砲にかまうな!はりついてしまえば射程外だ!」

そんな首脳部の騒ぎをよそに、卓越したバランス能力で、オフレッサーは立ち

ながら、酒杯を干していた。

 

「3…2…1…取りつきました!」

オペレーターの言に、ほっと嘆息するのは将兵問わず、同じであった。

 

「さて、いよいよ卿の出番だな…頼みましたぞ」

アンスバッハは気密扉まで、装甲服で身を包んだ、オフレッサー率いる装甲擲弾

兵達を見送る。

「見ておれ。スカートの下に隠れた小僧の配下なぞ、血の泥濘に沈めてくれるわ」

 

 

そうして、要塞の内でも凄惨な戦いが始まった。

擲弾兵を送り出すと、三提督の軍勢は、キルヒアイス辺境鎮撫艦隊の後方から、

攻撃を開始する。

 

そこの呼応し、ロイエンタール率いる3個総軍艦隊は、じわりじわり前進し、味方を

督戦していく。

仕方なしとでも言うかのように、キルヒアイス艦隊の全面に位置した盟約軍諸艦隊

も前進を続けて行く。

望まぬ出血を強いられ、キルヒアイス艦隊は苦悶に沈んでいた。

 

頃合いだな。

要塞に擲弾兵が張り付いたとの報が届き、ロイエンタールは呟く。

「…そろそろ敵は引くぞ…それとシンクロさせ盟約軍も鉾を収めよ。追撃は無用

である」

「というより追撃する余力は無いですなわが軍にも」

グリルパルツァーのその言を、ロイエンタールは無言で頷く。

 

光点が闇に消えていき、キルヒアイス辺境鎮撫艦隊は首都星オーディンの方向に

去っていく。

 

要塞の方を見ると、幾つも光球が宇宙に向って広がっていく。

どうやら、要塞主要施設の占拠にも成功しつつあるようであった。

 

盟約軍約1万隻、敵軍に7000隻程の被害があり、このヴォルフスムント要塞の攻略

戦は集結を迎えた。

変わらず、盟約軍の側により出血の多い戦いであったが、ほぼ再生能力の無い

ローエングラム・リヒテンラーゼ盟約の軍に、それはより不利であった。

 

要塞の完全占拠を終え、盟約軍首脳部はその占拠した要塞に足を踏み入れる。

事前に片づけられたとはいえ、血脂の匂いが充満し、脆弱な貴族数名はその場

で蹲り、嘔吐している。

ブラウンシュバイク公も流石に青ざめながら、軍議の始まりであった。

 

「いやいや…このヴォルフスムント要塞を失い、金髪の小僧もいよいよヴァルハラ

星系に閉じ込められた訳だな」

直観的にブラウンシュバイク公は指摘した。

然り、とロイエンタールは内心、頷く。

「…これで辺境諸星系とローエングラム公の軍は有機的連携を欠き、以後は櫛の

刀がかけるように…盟約軍に辺境諸星系は頭を垂れる事になるが…」

そこでロイエンタールは断言する。

「以前の戦略では辺境を切り捨てる事が出来るが、我らは既存の秩序を養護する

責任がある…故に」

そして続けた。

「辺境解放の為に軍勢にある程度戦力を裂くのはやむを得ない仕儀だと思う。ヤン

大将の言も正しいが…マキャベリズムだけでは事は動かないからな」

拍手が鳴り響く。

貴族連は己の領地が一時的にであれ、ローエングラム公の軍勢に屈するのはとても

苦々しいおもいで飲み込んできていた。

 

そこへこのロイエンタールの言。

貴族においては領地、爵位、そして一族の安寧が第一であったのだから。

「…ロイエンタール仮設元帥の言、俺は支持する」

フレーゲル男爵は少し嬉しそうにそう断言する。

「私も賛成さね。領地領民財産が傷つけられるのは…身を裂かれるように痛いんだよ」

ライザ提督もそう、言った。

「私、ヒルデスハイムもそれを支持する」

 

貴族の提督たちは皆、その言を是とした。

だが、平民出身の提督たちは納得しきれないでいた。

当初のグランドデザインはどうなる…辺境は無視する予定では無かったのか?

しかし、それを言えるものは一人もいなかった。

 

ロイエンタールは己の思考に沈み込む。

ヤンの策は正しい…だが、銀河帝国の専制政治においては、貴族・官僚・帝室が

トロイカとして機能し、帝国を維持してきた。

そこへ貴族の力だけを削いでも、広い意味で帝国内の安寧はありえないのだから。

これが民主政治と帝国の専制政治との違いであろう、ロイエンタールはそう思う。

 


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