銀河英雄伝説異伝   作:はむはむ

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第20話

[ヴェスターラント]

 

「良くやったぞ!」

シュターデン、フレーゲル両提督がガイエスブルグ要塞の宇宙港に到着すると、

ブラウンシュバイク公が駆け寄り、二提督に握手する。

「叔父上…ありがとうございます」

「帝国軍人として当然の事をしたまでです」

 

「これぞ帝国軍人精神の鏡! わたくし、ランズベルク伯アルフレッド感嘆の

極み!」

どこか調子が狂ったような声が上がり、貴族連がそれに唱和する。

 

私が幕僚の中で最も下位にあたる。

隣にはグリルパルツァー先輩が意地悪な視線を向けていた。

私は複雑だった。

軍務に就く切っ掛けともなったミッターマイヤー提督との出会い…彼を介し

なくては、ロイエンタール閣下とも出会う事が無かった。

そして、その疾風ウォルフに打撃を与えたという事で、場は賑わっている。

 

「どうした顔色が優れないぞ?」

グリルパルツァー先輩は私の顔を覗き込んだ。

「いえ。ミッターマイヤー提督のような偉大なる将帥とも戦わなくてはならない

とは…軍務とは言え辛い事です」

頬を歪める、グリルパルツァー。

「なんだそんな事か。それを言うなら俺はローエングラム公に登用された身なが

らこんな所に立っている。負けたら公に引き裂かれてしまう」

「…私もです」

「だから勝たないとな」

「はい」

 

その報は突然だった。

アルテナ星域会戦より2週間、ガイエスブルクは着々と首都星オーディンに向って

居た。

辺境部ヴェスターラントからの逃亡兵がガイエスブルグになだれ込んでき、その

ヴァスターラント出身の兵達から、盟約軍首脳部に向け、一つの報が届く。

 

ローエングラム公によるヴェスターラントの熱核兵器による誅殺が決定し、その

施行艦が迫っている事、それをヴェスターラントに権益を置く、ブラウンシュバイク

公に止めて欲しいとの上告であった。

 

急遽、盟約軍において軍議が起こる。

 

「…小官の意見は一言である。これは罠であると」

ロイエンタール仮設元帥は、開始早々断言する。

ファーレンハイト提督は水色の瞳に面白しろそうな色を浮かべている。

「罠ですか…しかし良く出来た罠です。我ら盟約軍が助けようと艦を向けると、ロー

グラム公の側はこの件を盟約軍の責任に転嫁するでしょう。そして手を拱いていても…」

ファーンハイトはそこで言葉を区切る。

「ローエングラム公の自作自演で罪を全てなすりつけられてしまう…上手い手ですな」

ブラウンシュバイク公は目を白黒させる。

「わ、儂の領民をその薄汚れた手で害するというのか…! 貴族だけにしか…それは

許されない!」

ロイエンタールは一つ、決断し、言葉を紡ぐ。

 

「…公よ…。銀河の歴史を留まる事を知らない。ここは…一つ、公やここの参列された

貴賓達にお願いしたいのだが…一つ聞いて頂きたい」

不愉快そうに、ブラウンシュバイクは鼻をならす。

「なんだ。余は非常に不愉快だ…」

「同盟正統政府との間に一つの条約を締結してもらいたいのです」

「どんな条約じゃ?」

ロイエンタールは皆を見渡し、ひと息につげる。

「汎銀河有人惑星内熱核兵器不使用条約」

 

一同に考えが回ると、賛成の言が相次いだ。

「成るほど。そう公的に宣言する以上、我ら盟約軍の側が熱核兵器を有人惑星に使用

する事は有りえなくなり、事がなったとしたら、寧ろローエングラム公の方に否がある

と全銀河に喧伝する事になりますな!」

フレーゲルは浮かされたように、そういった。

いやそうに、眉根をしかめ、ライザ提督が続ける。

「臣民の生命財産は我ら貴族の持ち物。それを他者から裁かれる故はありませんわ」

「その通り!」

 

そうして、超高速通信により、イゼルローンのヤン提督との間に、上記の条約が

急遽締結される。

 

結局、その宣言ののち、ローエングラム公の側よりの反応は無かった。

ベスターラントへの攻撃は以後も無かった。

 

 

ロイエンタール、ベルゲングリューン、ファーレンハイト、グリルパルツァー、

クナップシュタイン、そして私、マークスの6名でガンルームのテーブルを囲む。

 

ベルゲングリューンは一気に、杯を干した。

「ローエングラム公には呆れました! このような後ろ暗い手を使う方だとは!」

ファーレンハイトは、興味をひかれたのか尋ねる。

「小官はローエングラム公は存じませんが…そのような公正明大な方だったの

ですかな?」

グリルパルツァー先輩は答えた。

「何。厚生明大であろうとなかろうと、自分が必要とする段階ではどんな手でも

使う…覇気の強い…そう覇者でしたね」

「覇者と言えど中佐、貴官から見ると未熟なものらしいな」

ファーレンハイトはグリルパルツァーをからかった。

「閣下は今回の件、どう思いますか?」

一同の視線が、ロイエンタールに向う。

「…公正明大な方で、あった。そして、これからも公正明大であろう」

「今回のような件があってもですか?」

ファーレンハイトはなお、追いすがった。

「…あったとしても、だ。俺はローエングラム公やキルヒアイス提督を存じている

がこのような手を使う方々ではない…これは」

そして、言葉を繋げながら、ロイエンタールは嘆息した。

「これはオーベルタインの献策だな」

 

一同、納得し一つ嘆息した。

 

イゼルローン要塞では幹部会議が開かれていた。

この後、首都星ハイネセンに向う前の晩である。

「ヤン…良かったのか?」

「キャゼルヌ先輩、良くは無いですよ。完全なシヴィリアンコントロールへの侵害

です」

驚いたように、ムライは口を開く。

「閣下…! 閣下は法的に問題は無いと先日言ったではありませんか…!」

ヤンは紅茶を一口すすり、ほうと息をつく。

「ビュコック閣下経由で議長から、安全保証に関する条約締結の一任を任せるとの

書類は事前に頂いている。

だがね…これ自体、軍人の政治への介入なんだよ…。話を変えると、今回のクーデター

騒ぎと根は同じさ」

一層、さばさばしながら、ヤンは嘆息する。

「けど先輩…、奴さんも何でこんなことを言ってきたんでしょうね」

「正確には私にも分からないけどね、憶測は出来る」

ヤンは断言した。

「そしてどちらが私達をより高く買ってくれるとしたら…それは条約軍の方さ」


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