銀河英雄伝説異伝   作:はむはむ

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第19話

[アルテナ星域会戦]

 

まずは一戦し、練度を知るべきである。

ベルゲングリューン提督からの上訴のメールに目を通しながら、ロイエンタール

は思った。

そして、先ほどのブラウンシュバイク公との会見の内容も脳裏を巡る。

 

「してな、宣告の通り、叛徒のかしらの一人である…ヤンと条約を結ぶのだがな、

生意気にも勝てないまでも負けない策とやらが事前送付されてきおったわ。全く

叛徒の分際で生意気なものだな」

ロイエンタールは微苦笑する。

「同盟軍第13艦隊司令官ヤン・ウェンリー大将の名は我軍内においても、半ば伝説

と化して来ている偉大な将帥です。一聴に値するでしょうな」

首を傾げ、「儂ら知らんぞ」とブラウンシュバイク公は呟いた。

「懸案をどうするかは元帥、そちに任すぞ」

「仮設元帥です」

少し意地悪そうに、ブラウンシュバイク公はにやついた。

「何、時系列を未来にしただけだよ。将来の正式な元帥着任は定まっているのだからな」

礼をし、ロイエンタールは表情を隠した。

 

ヤンの案は単純だった。

軍を迂回させオーディンに向ったり、辺境の諸惑星の統治を気にして、兵力を分散

させず、ガイエスブルグ要塞に推進機関のユニットを増築させ、その要塞の移動を

持ってローエングラム公との会戦を促し、数の力ですり潰す。

下手に策を弄するのでは無く、地味で着実な歩みをもってして巨象が、ライオンを

踏み潰すことは出来ない。

もしもの場合…と一文があり、私にご連絡下さいと、ふざけているのか、真面目なのか

分からない文面があった。

 

ロイエンタールが考えていた戦略とも一致し、後は現場が戦術でもって対応するフェーズ

でもあった。

 

その為にも…まずは一戦し、彼我の戦力を正確に把握したい、ロイエンタールはそう思った。

 

「…と私の知る艦隊運動の概要は以上になります」

ふんと、フレーゲル男爵は鼻をならす。

「戦術など知らなくても…貴族がそこに立つ、そして前進する、これだけで平民の

軍勢など踏みつぶすことが出来るわ!」

苦虫を潰したかのように、ライザは諌めた。

「男爵…そう言うでは無いよ。私も当初はそう思い指揮を執っていたが…我流は我流さね、

私もてっぴどく負けてようやく納得出来たんだ」

「ライザ提督。負け犬が言いよるわ!」

汚いものを見るかのように、フレーゲルは言葉をついた。

「負け犬結構…。私はこの戦いで勝たないとカストロプ公領の安堵を得ないから、戦う

だけだからね」

黒板を消しながら、シュターデンは背中越しに話す。

「敗北から学ぶことも出来ます。幸運に見舞われた場合はですが。男爵…失礼ながら、

貴官のシミュレーションは突出、前進、全力砲火、この三つに大別されるが…それでは

艦隊運動とは言えませんぞ」

ライザは少し、笑う。

「私も当初そうだったねえ。大分柔軟に動かす艦隊運動の妙味も最近は学んでいたけれども」

「兎も角、俺はもう十分だ。シュターデン提督、今までの講義は感謝する」

そう言い、彼は部屋を退出した。

 

部屋を出て暫く行くと、「…糞っ!」とフレーゲルは吐き捨てる。

分かっている、分かっているんだ。

あの憎しべき敵手、金髪の小僧こと、ローエングラム公、そして配下の将帥の見識、能力

の高さ、そして若手の彼、フレーゲル男爵率いる貴族連の能力、見識の低さに、彼は気づい

ていた。

このままでは行けない…そう、フレーゲルは決意し、自らシュターデンの元に軍議の学を

修める為の講義を受けたのだが…あまり理解出来ない。

彼は悔しさのあまり、涙を零した。

 

じわりじわりとジェットパルスエンジンが終夜火を噴き、高速の数パーセントの速さで

帝国首都星オーディンを目指す、ガイエスブルグ要塞の様は威容であった。

 

ライハルトは旗下の提督数名に艦隊を任せ、辺境の鎮圧に当たっている。

貴族への反発もあり、ほぼ帝国全土は、ローエングラム公の傘下に入った。

しかし、ガイエスブルグには次から次へと、それら鎮圧された領内から、軍勢や物資が

流れこんでいる。

物資はローエングラム公の軍が抑え、少なかったが、軍勢はほぼ抑えなく流れ込む。

少しでも、要塞の物資を消費させるラインハルトの策であった。

 

 

それに対し、物資に余裕がある盟約軍としては、断る名分もなく、ほぼ無思慮に軍勢を

飲み込んでいく。

 

どちらにしても一戦したい。

 

そう双方の意志が固まり、一つの遭遇戦は起こった。

 

アルテナ星域会戦である。

 

ランズベルク伯領から、ローエングラム公の辺境鎮撫部隊から逃れた、雑多な星域防衛

私兵が、ミッターマイヤー艦隊の追撃を受け、ガイエスブルグに向い逃れていた。

SOSを出しながら、恐慌をきたしつつある、ランズベルグ伯軍に対し、わざといたぶる

ようにミッターマイヤー艦隊は追いすがる。

まずは一戦、再びロイエンタールはそう思った。

 

「第四艦隊シュターデン、第七艦隊フレーゲル、両提督に救援を命ずる」

 

「了解致しました」

「おう、分かったぞ」

 

各人各様に、遭遇戦は始まった。

 

今回は突出しないのか…シュターデンは不思議に思った。

ロイエンタール盟約軍総司令官の考えは分かっていた。

猪突するフレーゲルの動きを利用し、その破れ逃げ惑う後背から、秩序良くシュターデンの

第四艦隊が現れ、一戦し、そして援軍を助け、要塞に戻る、そういう考えであると、シュター

デンは思った。

しかし、フレーゲル提督の動きが秩序立っている、これは各艦隊を左右に分け、挟撃のチャ

ンスでは。

その旨をフレーゲルに告げ、フレーゲル艦隊からは了承の言が帰ってくる。

 

速い…!

シュターデンは胃の当りにちくちくとしたものを感じる。

疾風ウォルフ…!

挟撃の前に、少しだけ突出した、フレーゲル艦隊の前衛に向い、ミッターマイヤー艦隊より

は鋭い攻撃を受けていた。

挟撃は無理か…。

シュターデンは攻撃を受けたフレーゲル艦隊が応戦しながら、後退するのを助ける為、レーザー

水爆や核融合弾の嵐を叩き込む。

柔軟に受け、ミッターマイヤー艦隊はびくりともしない。

フレーゲル艦隊が突出部の後退を終え、戦線は膠着していた。

 

と、ミッターマイヤー艦隊は鋭鋒鋭く、高速艦を先頭にし、フレーゲル艦隊のわき腹へと、

突き刺さる。

無理に回頭せず、その攻撃を受けながしているうちに、フレーゲル艦隊は両断された。

そこへ、ミッターマイヤー艦隊が躍り込む。

両断されながらも、フレーゲル艦隊は寧ろ、自らの内部に入り込んだ彼らを挟撃するかの

ように、狂奔し、エネルギーを叩きつけていた。

煌き、白熱する宇宙。

間からは、シュターデン艦隊も、ミッターマイヤー艦隊が、両断したフレーゲル艦隊の

更に後背に回り込むのを防ぐため、エネルギーの弾幕を張った。

 

頃合いか…。

双方、エネルギーを消費し、中でもフレーゲル艦隊は数を打ち減らしている。

お互い、図ったかのように後退し、その会戦は終わりを迎えた。

 

「男爵…お見事でしたな」

シュターデンは自らの弟子に、ねぎらいの言葉を告げる。

「…おう。この位、貴族には造作もない事」

肩で息をしながら、フレーゲルは青ざめていた。

 

結果として、ランズベルク軍との集結の任は完遂し、フレーゲル艦隊、シュターデン艦隊

は要塞に帰還する。

ミッターマイヤー艦隊に3000隻余り損害を与え、フレーゲル艦隊は逆撃として、5000隻あ

まりを失っていたが、数ですり潰す盟約軍としては初めての勝利であった。


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