銀河英雄伝説異伝   作:はむはむ

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第16話

[失楽]

 

ブラウンシュバイク・リッテンハイム枢軸を構成する、主要貴族が集まり、

会議を重ねていた。

その成り行きをブラウンシュバイク公は疲れたように顎をゆすり、見守っている。

「ここは盟約を結び、現在の枢軸軍を中心に盟約軍を構成し、あの金髪の小僧に

対するべきである」

「そんなことは分かっている! だが、勝って誰が至尊の玉座につくのか? 現在、

ブラウンシュバイク公、リッテンハイム公、それぞれの皇孫殿下達が見目麗しく、

健やかに育っているが」

皆、内心、ザビーネと唱えていた。

ブラウンシュバイク公の娘は醜かったし、暗愚で知られていた。

その点、リッテンハイム公の娘、ザビーネは齢17歳でありながら、匂うかのような

美貌を享受し、また、英名な娘として知られていた。

平民からも薔薇の皇孫として知られ、その忠誠も期待出来る。

貴族達はその肥大した美意識からも、美しいカリスマを何よりも望んでいた。

 

リッテンハイム公は内心の高慢さも隠さず、その場で空気を読み満足であった。

 

誰かが、茶化すようにそれは勝ってからで良かろうと大声を張り上げる。

一同は大声を上げ、笑った。

咳を一度、二度上げ、リッテンハイム公は立ち上がる。

「私、リッテンハイムからもお願いする。まずは勝とうではないか。勝って帝国の

真髄は我々貴族であり、貴族こそがこの宇宙の精神そのものであると、示そうでは

無いか」

ふんと、ブラウンシュバイク公はげっぷした。

 

「して、盟約軍を率いる総司令官とその隷下の人事はどうする?」

ヒルデスハイム伯爵は声を上げた。

「それはメルカッツで良かろう」

「賛成賛成!」

一斉に声が上がる。

メルカッツ提督は枢軸軍である現在の貴族私兵を率いた先の戦いから、評判はすこぶる

良かった。

何よりファーレンハイト中将やアンスバッハ中将のように余計な事を言わないのが良い。

 

「…儂はその人事には反対だ」

一同、驚いてブラウンシュバイク公の上げた声に耳を傾ける。

 

「メルカッツは攻勢よりも守勢の人間。守る事は出来ても、勝つことは出来ん」

ヒルデスハイム伯爵は軍事に詳しい自分を盛り立てるかのように、言う。

「公よ。公の言ながら、メルカッツよりも優れた将帥は…みな、金髪の小僧が抱えて

おりますぞ?」

貴族連は顔を見合わせている。

「…なら引っ張ってこれば良かろう。儂らこそが帝国の本流。必ずや従って貰う。

それでな…儂は一つの腹案を持っている…」

ここで言葉を切り、一同を見渡すブラウンシュバイク。

「ロイエンタール大将辺りが良かろう様に思うが如何か…」

 

 

雷鳴が轟く、帝都オーディン。

照明を付けず、ロイエンタールは部屋の闇と同化していた。

酒杯を傾け、黙考する。

アンスバッハ中将より、トリプルA秘匿回線で届いた、内容。

これから構成されるであろう、盟約軍の総司令官職への内示。

受けなければ、この通信がロイエンタールに届いた事実自体をローエングラム公に

告げる内容となっており、脅迫ですらあった。

ミッターマイヤーに相談しようか…そう思い、そう思った事自体、自らの弱気に

気づき、首を振る。

彼、ミッターマイヤーなら姑息な脅迫には屈せず、公正に申し出ただろう。

だが…昔は兎も角、今は。

あの男、オーベルシュタインがローエングラム公と我らの間を妨げている。

生贄は御免だ。

ならば一層…更なる栄達を望むか。

 

数瞬の逡巡の後。

ロイエンタールは決意した。

宜しい、本懐である。

更なる栄達を望もう、身が破滅するまで、上へ上へと活路を求め続けよう、と。

 

決まったからには話は早い。

ロイエンタールは貴下の、ベルゲングリューン中将、グリルパルツァー中佐、クナッ

プシュタイン中佐、マークス大尉を呼び出す。

対面での誘い、失楽への始まりであった。

 

「閣下! 私は反対ですぞ、本道に反します。私も証言します、閣下はこのような

策動の存在は知らなかったと」

「…そして俺はオーベルシュタインの鎌首に首を差し出すことになるのか、御免だ。

俺は自らの運命を他者に委ねるつもりはない」

「閣下…そのような事…」

ベルゲングリューンの声の勢いが衰える。

「小官は閣下の判断を是とします」

やはり…と私は思った。

先輩、グリルパルツァー中佐は、弾んだ声で告げる。

「馬鹿な…グリルパルッアー血迷ったか!」

清教徒的なクナップシュタイン中佐は色を失った。

グリルパルツァーは物わかりの悪い、同僚を詰った。

「俺らは軍人。だが、武勲も騒乱が無ければ成り立たない。そして騒乱は終焉に向い

つつある…あのバイエルラインらだけが勝利の凱歌を上げ続け、俺たちは生涯、浮か

ばれないんだぞ」

「だが…しかし…」

「それにだクナップシュタイン。俺たちは正道に立ち返るだけだ。帝国の真髄、貴族

に頭を垂れる事は恐れ多くも、皇帝陛下に頭を垂れる事と同義なのだぞ。それとも

クナップシュタイン、お前は陛下にも刃向うのか?」

レトリックと詭弁を弄し、先輩は同僚を翻弄していた。

 

私は内心、忸怩たる思いに駆られていた。

兄アンスバッハも知らなかったこととは言え、このような情報を察知して、閣下に

上げる事が私の仕事の一つだったのに。

しかし…良いかもしれない。

そんな風に思ったのも事実だった。

ローエングラム公に他意は無く、あのような冠絶した知性が宇宙を動かすのは良い

事のようにも思う。

だが、ローエングラム公自体は良くても、その子孫は…?

果たして、彼の遺伝をついで、立派な人間となれるであろうか。

いや、果たして子孫すら残せるか。

 

私が以前入手していた、ロイエンタール大将から届いたあるデータに思いを寄せる。

G夫人には生殖能力が無く、そしてそのG夫人の弟でもある、ローエングラム公にも

又、生殖能力が無い。

 

グリューネワルトの緑の森は、その種を次代に残せない一遺伝雑種だった。

 

私の気持ちは決まった。

 

そして、ロイエンタール大将の次の言葉を待ちながら場は既に大勢を決していた事も。


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