銀河英雄伝説異伝   作:はむはむ

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第15話

[行幸]

 

同盟軍を撃滅した後、少しだけ凪の期間があった。

私も大尉に昇進し、兄は中将になり、枢軸軍での勤務を続けいている。

ロイエンタール中将も大将に昇進したのだが、さほど嬉しくもなさそうに、

ふと、「…これは始まりに過ぎん」とだけ呟いていたのが印象的であった。

 

ガンルームで大将のご相伴に預かっていたその晩。

ゆっくりとグラスをゆすりながら、中身を光に透かす。

「どうだ卿も軍が何たるか少しは分かって来たか?」

俺も一口、ワインを飲み下すと続ける。

「はい。若輩ものながら大きな戦に続けて参加し、実りの多い期間でありました」

「そうだな。俺が若いころはまだそこまで大きな戦いは数は少なかった。どちらが

幸福かは分からんがな」

「…小官はともかく、ロイエンタール大将閣下は更なる栄達を望んでおられるとお察し

致しておりましたが」

複雑な表情を浮かべる、ロイエンタール。

「もう俺の上には元帥しか存在しながな。そして、戦乱は深まりつつあるが大勢は

決した。平時の軍人程、体を持て余すものもないな」

半ば自嘲したようにロイエンタールは囁く。

「私、いえ小官が見るに、ロイエンタール大将は知勇合一の方。平時には平時の

お仕事が存在するのでは」

「何、俺が勤まるような仕事はほかの人間でも勤まるさ…一層」

そこで言葉を切り、剣呑な視線を向ける。

「俺も更なる栄達を望むか」

と。

 

私は驚き、口を開く。

「…大将、お身をつつしみ下さい」

「…ああ。悪かったな大尉。酒を不味くして。俺はそれでなくても評判が悪い。

これも悪癖だな」

 

ロイエンタール大将と別れ、部屋に戻る途中で思う。

戦乱は他人の心を、酒のように蕩かせ、酔わせるのではないかと。

野心あるものは更なる野心に身を焦し、そうでないものも浮きった気持ちが抑え

きれない。

私でさえ、短期間で大尉にまで昇進した。

これが大きな証左ではないだろうか、と。

 

この穏やかな時の中、一つだけ興味深い事柄があった。

ローエングラム元帥経由で、ロイエンタール大将に、ハインリッヒ・フォン・キュ

ンメル男爵の見舞いを仰せつかった事である。

「卿も行くか?いや、卿にも来てもらいたいのだ…。男爵は聞くに、歴史や音楽、

科学に広く関心があると聞く。武人一辺倒の俺だけでは退屈するだろう」

私も貴族中において、広く芸術家や科学者に意見を仰いでいる、些か奇矯な男爵の

噂は兄より聞いていた。

興味が先に立ち、答える。

「はい。私で良ければ是非行幸にご一緒させて下さい」

 

シャトルを降り、空港に入ると、早速男爵の家令達が私達を見つけ、手荷物を手に

取ると、地上車へと促した。

キュンメル男爵領は少し赤色に遷移した日が眩しい、砂漠の獏たる惑星であった。

 

「家令どの。男爵の具合は如何かな?」

「ロイエンタール大将閣下、ありがたいことにここ二三日は、閣下たちの行幸を

楽しみにし、発熱も無く壮健で過ごしております」

「そうかそれは何よりだ」

 

そうして、男爵邸に到着する。

室内に入ると、外の眩さからは隔絶された、深閑した空気の籠る、比較的小さな館

であった。

 

「これはロイエンタール大将閣下! ご訪問、心より感謝致します!」

小さなベットに半身を起こし、キュンメル男爵は顔色を上気させる。

「こちらも光栄です、男爵。あまり興奮されると体に毒ですぞ」

ロイエンタール大将は、この先天性の病に侵されている、小さな若者を前に、戸惑っ

ていた。

まるで自らの歯列でその柔らかな皮膚を傷つけてしまうのを恐れるかのように。

私も挨拶する。

先日と言って良い時合に、大学を繰り上げ卒業し、軍部に就いている事。

兄の事、学んできた科学技術に関する事などなど。

キュンメル男爵は話す中、自らは何も無しえない身である中、歴史上で、複数の分野で

卓越した功績を遺したものに自らは惹かれる事、そしてロイエンタール大将の知勇を

兼ねた業績、私の学問分野での貢献に賛辞を述べ、帝国では他に、芸術家提督メックリ

ンガーや私の先輩であるグリルパルツァー中佐などを挙げ、強く賛辞していた。

私はグリルパルツァー中佐が引き起こした大学内でのエピソード、後輩に好かれる、人

好きにする優しい先輩の話をすると、男爵はうっとりと嘆息していた。

 

話はロイエンタール大将におよび、キュンメル男爵曰く、大将や遠く古代地球時代の

イタリアの武将である、チェーザレ・ボルジアという人物に酷似していたという話に

及び、私はからかい半分、「聞くところのアレキサンドロスやシーザーでは無いの

ですか?」と尋ねる。

頬に紅をさしたかのように紅潮しながら、キュンメル男爵は続けた。

「いやいやいや! あれらは…人類の歴史の良しにつれ、悪しきにつれ動かした英雄。

いやいや…ロイエンタール大将、閣下を貶しているのでは無いのです…英雄は…英雄は

歴史に隔絶し、どんな行いも是とされ、功績により人類を一段も二段も高みに導いた

半神。私には…真の英雄が理解出来ないだけなのですよ…」

寂しそうに、キュンメル男爵は、目線を逸らす。

整った顔貌、適切な知性。

彼も身の不幸さえなければ、この動乱の時代に羽ばたいたであろう、英雄の卵だったの

かもしれない、私はふと、そんな事を思った。

 

帰り、ロイエンタール大将は嘆息した。

「男爵には悪いが病人の見舞いというのも疲れるものだな。それにどうやら男爵の見立て

では私は小才子らしい」

苦笑する。

「閣下…チェーザレ・ボルジアは小才子ではありませんよ。及ばずながら当時の群雄した

国家群を統一しようとした、英雄です」

「マークス大尉。分かっている…男爵に他意は無い事はな。俺も…何かをなせるだろうか」

ふと、真顔になり、問い返す大将。

「閣下は現に為しているではありませんか? 更に高みを目指しておれるのはしっており

ますが」

「マークス大尉。戦乱の世も間もなく終わる。ローエングラム公という隔絶した個性のもと

に。俺は…その平和を享受出来るのであろうか」

私は何も答える事が出来なかった。


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