銀河英雄伝説異伝   作:はむはむ

11 / 40
第11話

[スカートの風]

 

古代地球時代の産物と思われる、骨董品というより美術館に収容されるべきで

あろう壺をためつすがめつしながら、ブランシュバイク公は軽く嘆息した。

「今回は金髪の小僧めの策に乗ろうと思う。いやなに、これで50億ライヒスマルク

ほど散財してな…金が足りん」

こちらはこそ嘆息したいと思いつつ、アンスバッハ少将は話を受ける。

「…では2個艦隊、編成はどのようなものになりますでしょうか?」

「総軍としてはな、リッテンハイムの奴も煩いからこの際、メルカッツを総司令官に

しようと思う」

「宜しいですな。メルカッツ提督の力量、帝国内に疑うものは御座いません故」

壺にぽんぽんと、白粉をまぶしながら、ブラウンシュバイク公は遠くを見つめた。

「もう一つある。これは驚くぞ、少将。2個艦隊の内、一個艦隊は卿に指揮してもらう

予定だが…もう一個艦隊は…」

「先のカストロプの乱の捕囚、我がゲストアドミラルのライザに執らせようと決めた」

そういう事か。

アンスバッハは最近、公の私室に派手な身なりの、爛熟した美しさを持つ女性が足しげく

通っているのを知っていた。

嵌めれたか、女に。

「…公が決めたこと、臣たる小官には何も言えません。決めたのなら、それに従う

までです」

「おお、おお、少将、分かってくれるな!」

すまんな、マークス。

どうやら、折角お前がくれた機会だが、フロイラインライザの世話係となってしまった。

「指揮官以下の将官は金髪の小僧側と逐次協議してくれ。以上だ、儂は些か疲れた、

寝る」

と、宣言すると、何時ものにしっしっと手で、退出を促した。

 

部屋から出ると、オフレッサー上級大将が通りかかった。

「どうしたアンスバッハ少将。顔色が悪いぞ」

そしてからかうかのように、この異貌の大男は片頬を歪めた。

「また公が何か無理難題か?」

アンスバッハは内心、この男が苦手であった。

だが、ショウとしての殺戮、そしてプロパガンダとしての肉体言語を自在に操る、肉体言語

のマイスターとしては尊敬してもいた。

「何、スカート越しに指令が下ったまでです」

「何だそれは?」

先ほどの会見の内容が話すとオフレッサーは大げさに天を仰いだ。

「金髪の小僧がグリューネワルトのスカートの下に隠れ、枢軸軍もあの女のスカートの下に

隠れるとは! 度し難いな」

「メルカッツ提督もお疲れですな。さて、スカートの下といえど、負けるわけには行かない

戦い故、御免」

少しだけ案ずるかのように、オフレッサーは呟いた。

「少将、卿も苦労性だな。無理はするなよ」

「…御免」

 

私は書類を整理しながら、先ほどロイエンタール中将と話した内容を反芻していた。

 

「正式には士官交流という体なのだが、実質、こちらの軍監としてグリルパルッアーの奴をメ

ルカッツの元に送ろうという事になった、それでだ、中尉、これも良い機会だ、グリルパルッ

アーの副官として枢軸軍の方へ行ってくれ」

私は内心、さて、ロイエンタール中将が兄の元に私を送るよう、配慮して下さったのだと、

感謝の念が巻き起こる。

「了解致しました。今回は遠くより、ロイエンタール中将をお助け出来るよう、鋭意努力致します」

「そうしてくれ、俺も今回はローエングラム公の元、一個正規艦隊を執る。マークス中尉、卿

にはな、貴族の連中との今回のような紐帯が必要な場合の、絆になって欲しいと思っている」

「恐れ多きことです。私は士官したての非才の身。兄や中将に助けられているだけです」

ロイエンタールはカップに満たした、コーヒーを一口、嚥下し、嘆息する。

「…卿はな、少し自己卑下が過ぎると、俺は思っていたんだ…無能ものを俺がそばに置くと思うか?」

「…いいえ」

「その通り、卿が艦隊の指揮を取れるとは俺も思わん、だが調整型の人間、裏方の人間という

ものは何時も必要だからな」

私は少し考えて返事をする。

「そうなれるよう努力致します」

「何、急がん。だが、着実にな」

 

ロイエンタールは独語めいて続ける。

「…人間を日のあたる方向から見つめる事の出来る、客観視された人間がこの先、必ず必要になる。

おれは日陰の人間だからな、よく分かる」

 

私は直接兄と会うのが暫くぶりだと思い返し、久しぶりの対面を楽しみに思った。

 

後日、準備を終え、グリルパルツァー中佐と共に、枢軸軍サイドに向うシャトルの中で、彼と久しぶり

に話を交わした。

実は、彼は私の軍医学技術大学の先輩に当たり、学生の頃はたまに研究室に顔を出す、軍人としても

学者としても大成しつつある、先日、ついに「アルメントフーベル星系第二惑星における造山活動およ

び大陸移動の相互関係を証明する極地性植物分布に関しての一考察」という論文で学士院に入

るのではと噂されていた名物男でもあった。

 

「マークス、どうだい軍は? 軍も学会も変わらんだろう? 所詮、人の作りし組織さ、人間が作った

ものに、人間が順応出来ない訳が無い」

「先輩…一応、公的な場面です、呼び捨ては辞めて下さい…民間では無いのですから」

私は、それでも久しぶりに寛ぐことが出来た。

人は色々というが、グリルパルツァー先輩は自信満々、ただ、自信とふんだんな野心があるだけで、

他者を嬉々として傷つける人間ではない。

「そうだな、中尉。そうそう、今向っている枢軸軍に知り合いが居るんだ、それでな」

にんまりを笑い、続ける。

「今回の任、無彩無才な男ばかりではないぞ。あ、これはダジャレだぞ、笑えよ」

私は、今回の任の困難さを思い、深く嘆息した。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。