[序章]
自分が幼少時だった記憶を、他人は何処まで辿る事が出来るのであろうか
私の場合、それは恐らく3歳頃の記憶だろう
その頃、帝都オーディン、フリードリッヒ4世陛下の御世、大凡の安寧は
約束されていた
イゼルローン回廊を挟む、飽くなきチェスゲームのように人々の人生と死を
賭け、狭隘な辺境部を争い、或いはそれぞれのイデオロギーに代表される
思想、他者への考えの押しつけと今の私は思うのだが、そういった事物に
代表される人の営みは続いていた頃
帝都オーディンでは一つの事件が起こった
私の家系は古く、大よそ地球統一政府発足からさかのぼる事の出来る旧家の
出だが、貴族というには烏滸がましい、ライヒスリッターとして小さな碌を
食みつつ、家業である生物工学関連の企業に父も母も所属し、そこで細々と
した研究を続けてきた
大きな誤解があるのだが、帝国においても、生物工学分野は主に遺伝病
や遺伝因子の解明、そして治療よりもそうした因子を持つ個々人が配合した
らば、どのような結果が顕在するのか、そういった研究は貴族や富裕な
市民層に必要とされており、やんごとなき身分の方々はそういった知識には
驚くほどの帝国マルクをはらい続け、父と母が属していた、レーベンスボルン
社はその創業から既に数百年を得ていた。
話が飛んでしまったが、父と母、そしてシルヴァーベルヒ先生や多くの企業
の研究者の働きにより、一つの、だがそれは偉大な、一つの、発見があった
帝国の生物工学の分野は反徒、否、同盟と呼ぼう、そう同盟やフェザーンは
更にその上を行っており、レーベンスボルン社の支出の大きな額は多大な
スパイ活動にその値を置いていたのも当然であろう
そうした知見とは全く無関係に産まれた、この知見は後に銀河を揺さぶる事
となる…
そうそう、私の記憶の話だった…
私が両親を失った話でもある
≪銀河英雄伝説異伝≫
その知見を得た後、父と母はまだ幼かった私を連れ、シルヴァーヴェルヒ先生
とは別のルートで同盟への亡命を決めて、その準備に追われていた
この発見は闇に葬るか或いは、貴賓に売りつけるかしなくてはならないが、
既にレーベンスボルン社のCEOであった男、ウォルフガング氏が謎の死を
賜った状況であり、貴賓への知見の売りつけには失敗し、どうやら帝国政府は
その知見を闇に葬るため、関係者すべてに死を賜る事を決したと、判断した
シルヴァーベルヒ先生が中心となり、関係者共助による亡命が決したという
だが、全ては遅きに失した
帝都を脱出する寸前、社会秩序維持局員による捕縛に合い、私を連れた母の
悲鳴、父の怒号…そして、そう、雪の日だった
血がべったりと路上に張り付き、その短い短針ガンが父と母の頭を打ちぬいた
後から、血は湧き出るかのように、吹き出し続けていた…
ボルン…泉のように
私は悟った、死は既に近い事を
私の頭に銃口が向けられ、私は目を閉じた
「待て」
「中尉…早く始末しないと」
「アンスバッハ大尉からの指令書にはこうある…齢3歳以下の臣民から、臣民籍
をはく奪の上、処分との事とある」
「戸籍によるとこのガキは丁度3歳、セーフですね」
ふうと嘆息し、私から銃口が外され、私が見上げると、その大人たちは何処か
ほっとした表情を浮かべ、白い息を吐いていた
あれから21年が経った…
そして、激動の時代、獅子と魔術師を中心とした、英雄の時代が開幕した…
私も又、その激動の時代の渦中に巻き込まれることになる