テイルズオブフェイシア ―己が神を信ずるRPG―   作:澄々紀行

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Chapter7  燃え尽きぬ核

 

 爆ぜた赤い光を見据えながら、フォルセはミレイをグイと押し退けた。きゃふ、とあがった悲鳴を聞きつつ、フォルセは駆けるようにその足を踏み出し、身を低くする。

 

 熱気が頬を掠めるも止まりはしない。光――否、中心から端にかけて瞬く間に燃え上がった炎に向け、防衛と攻撃の意を示し、睥睨した。

 

 

 抜刀の構え――何もない己の腰に利き手を伸ばし、フォルセは前方をしかと見据え“剣”を引き抜いた。腰の経本より溢れ出た聖なる青たるヴィーグリック言語が列を成し、螺旋を描いてフォルセの得物を形作っていく。

 

 美しい螺旋を描いた柄、細くも真っ直ぐ伸びた銀の刀身。光と共に現れたそれはヴィグルテイン化によって経本に封じられていた、ヴェルニカ騎士の細剣だった。

 

 

「――はっ!」

 

 

 見た目以上に重いその細剣を、フォルセは何の躊躇もなく振り抜いた。実に半年ぶりの感触だ。炎を真っ二つに斬り裂く。手応えは無い。この手の生物特有の“核”は何処かと思考しながら、再び一つとなった炎に向けて刃を振るう。

 

 

界往波(かいおうは)!」

 

 

 返す刃から衝撃波が放った。空を裂くそれは炎に直撃し、共に霧散して消え去った。そうして宙に現れたのは、赤黒く禍々しい核。人の頭ほどのそれは、どこか見覚えのある色――フェニルス霊山より持ち帰ったあの宝石に、よく似ていた。

 

 フォルセの瞳が一瞬、驚愕に色付いた。あの宝石はヘレティック種より出でた、ならばこれも――? フォルセの脳裏に予感が過ぎる。

 

 核はその禍々しさを炎とし、再び空にて燃え上がった。動揺している暇はない。揺れる精神を押さえ付け、フォルセはグッと剣を構え直した。己がリージャを心底から剣に宿し、炎の中心にある核に向けて身体ごと――突き出す。

 

 

「はああああっ……招雷閃(しょうらいせん)!」

 

 

 雷を纏った刃が核を貫く――否、それは核の堅固さに阻まれ、表面をガッと抉るに留まった。刃と核がせめぎ合う――使い手によって、剣が無理やり押し込まれた。雷が炎を幾重にも裂く。

 

 雷鳴を響かせながら、フォルセは強引に核を押し退けた。

 

 

 飛ばされた核は苦痛を顕にするように炎を撒き散らした。ヒルデリアの花が呑み込まれる。どうにか最初の数撃で仕留めたかった、とフォルセは焼けていく花々を痛ましげに一瞥し、尚も燃え上がる核をしかと捉えた。

 

 刀身を持ち上げ、切っ先を前方に向ける。細剣らしく再び突きを繰り出すように、だがその意識は己の命脈を通り刀身を伝い、剣を離れたその先まで飛ぶ。

 

 リージャが巡る、その果て。

 

 

「――世断(せいだん)

 

 

 剣先付近に存在する“銃口”よりそれは放たれた。

 

 細剣の先端が、弾の発射と共に瞬間的に光る。高らかに響く銃声。連続して出でるそれはリージャによって生み出された気弾だった。

 

 剣の切っ先よりただ真っ直ぐ放たれたそれらは、正確に炎の中の核を撃ち抜いていく。核を抉り、細かな破片が幾つも飛ぶ。だが落ちない。表面に幾つもの傷を作られようとも、炎の勢いは止まらない。

 

 

(物理に寄った攻撃は効かないか。ならば――!)

 

 

 刀身に指を滑らせながら、フォルセは騎士の誓いのように剣を立てた。リージャを練り上げ、浄化として形作るべく言の葉を紡ぐ。

 

 

「その光は汝の道筋を示すだろう――出でよ、彼方の光明」

 

 

 その胸中に球となってリージャが集う。命ずる言葉は違くとも、それは今日“二度目”となる裁定であった。

 

 

「レイ!」

 

 

 切っ先を向け命を下せば、核の上空に輝く光の球が出現した。光球から幾本もの光線が放たれ、炎ごと核を容赦なく貫き――消滅させていく。

 

 

 炎の元凶は、消え去った。

 

 

 フォルセの剣が弾け、気高き赤たるヴィーグリック言語となって経本へと吸われていった。肩の力を抜く。存外時間がかかってしまった、反省すべきは幾つもあるか、と内心叱咤を投げながら、フォルセは燃える花壇へと足早に向かっていった。

 

 

 

***

 

 

「す、すごい……」

 

 

 ただただ茫然と立ち尽くしている内に終わった戦闘に、ミレイは眼を大きく開いてそう呟いた。今宵出会い、そして強引に連れてきた自覚のある聖職者が騎士であったことも驚きの一つであるが、何よりその見た目にそぐわぬ強さに――ミレイはどう反応すればいいのかわからない。

 

 

 驚かれている当の本人は、燃えるヒルデリアの花壇を前に忙しなく動いていた。冷たさを帯びた闇属性の法術を飛ばし、別の花壇に燃え広がるのを防ぐ。とはいえ、時間が経てば炎は容赦なく他へと燃え移るだろう。それを理解しているがゆえに、フォルセはあるものを探していた。

 

 

「……良かった、見つかった」

 

 

 ホッと息を吐くフォルセの目の前には、庭園の造りに合わせてデザインされた消火栓があった。景観を損なわないようにと、その見た目はそこそこシャレている。一見してわからないそれは、ヴェルニカ騎士団の者でなければまず気付くことはないだろう。

 

 存在を知っていながら今まで使う機会の無かった消火栓を、フォルセは手際よく操作していく。何も難しいことはない。ただ手順通りに微弱なマナを操作し、後はホースを引き抜いてぶっぱなすだけである。

 

 

「それ、消火栓だったんだ……って、違う! 黙示録……あたしの黙示録はっ!?」

 

 

 消火作業を進めるフォルセの背を茫然と見つめていたミレイは、己の大事なものが行方不明であることに漸く思い当たった。驚きを吹き飛ばし、焦りを浮かべて辺りをきょろきょろと見渡す。核が消え去った場所に、レムの黙示録はポツンと落ちていた。頁が開かれている。二文の綴られた、あの頁だ。

 

 

「あった! どこも燃えてないみたいね、ああ良かったぁ……」

 

 

 遠目からではわからない、とすたすた近付いて、ミレイはレムの黙示録を拾い上げた。白く美しい、ミレイの知るままの状態だ。安堵し、肩に乗った緊張を吐いて脱力した。

 

 

「! もう、何も起きない……の?」

 

 

 安心しすぎて先程起きた出来事を忘れていたらしい。ミレイはハッと息を呑み、警戒も顕に恐る恐る黙示録を見つめた。

 そうだ、そもそも自分が彼に何かしろと言って、詰め寄って、そしたら光って――消火栓を弄るフォルセの背をちらりと窺う。ミレイが言葉を失うほどに強かった彼は、庭園の道で出会った時のように穏やかな気質を纏っている――ように見える。

 

 

(怪我、無くて良かったわ。にしてもスゴイのね。いきなりあんなのが出たのに……フラン=ヴェルニカの聖職者サマって……やっぱり、)

 

 

 ミレイは呆けた顔を唐突に強ばらせ、レムの黙示録をぎゅっと抱き締めた。

 

 

(――凄く、こわい)

 

 

 恐れを孕んだ表情で俯く。唇を噛み締め、ミレイは小さく息を吐いた。己の抱いた感情を否定するように首を振るも、簡単にはいかない。

 

 

(あああもう駄目よ! あのヒトが〈神の愛し子の剣〉なら、これからもずうっと付き合ってもらわなきゃいけないんだから! こわがってなんかいられない! それに……)

 

 

 脳内での呟きに心を囚われながら、ミレイは黙示録の頁をパラリと捲った。

 

 

(助けてもらった。そう、借りを作りっぱなしなんて駄目。礼はきっちり返すのがスジなんだから……こわくても、ありがとうってちゃんと、)

 

 

 カシャン、と金属の鳴る音がした。フォルセが消火栓からホースでも取り出したのだろう。決意を新たにするミレイにとっては然程重要な音でもなかったため、気にも留めなかった。そう、今は穏やかでこわい聖職者サマに心からの礼を言うほうが重要なのだ。背を撫でる熱気がミレイの決意を後押しする。視界の隅を過ぎる火の粉のように、黒から赤へと瞬く間に変貌しては広がる炎のように、勢いよく飛び出してしまえば礼くらいきっと言えるのだ――、

 

 

「――危ない!!」

 

 

 消火も投げ出し駆けてきたフォルセに押され、ミレイの視界は宙へと飛んだ。

 

 

 

***

 

 

(――抜かった……!)

 

 

 背後で膨れ上がった気配を察し、ミレイと共に地面へ倒れ込んだフォルセは、彼にしては珍しく舌を打った。

 

 急いで身を起こす。目を白黒させているミレイを庇いながら、再び剣を抜こうと身構える。だが遅い。強大な気配の元――フォルセが討った筈の禍々しい核は、己が身に纏う炎をうねらせ、一気に放射した。

 

 

「――ぐうッ!」

 

「せ、聖職者サマ!?」

 

 

 ミレイの悲鳴を遠く聞きつつ、フォルセは咄嗟に障壁を張った。炎の勢いは凄まじく、フォルセの身体を容易く押し退ける。

 

 

(ぐっ、さっきよりも勢いが増している……!)

 

 

 火炎は辛うじて障壁に阻まれているものの、その熱と圧力にフォルセは顔を歪ませた。

 

 地を滑る足が唐突に浮く――浮遊感も覚えさせぬままに、灼熱の炎はフォルセの身体を吹き飛ばし、庭園を飾る人工灯の支柱へと叩き付けた。

 

 

「――っが……!」

 

 

 喉奥から苦痛の声を漏らし、フォルセは地面に落ちた。障壁に全力でリージャを注いだ結果、何とか骨を折ることだけは避けられた。それでも背に受けたダメージは大きく、身を起こしながら荒く息を吐く。背から這うように痛みが走る。ふらつく身体が、実に憎らしい。

 

 

(……浄化の手応えはあった。禍々しい気は完全に消し去った筈。復活したのか、それとも別個体か……?)

 

 

 腹の底に溜まった鈍痛を、細い息と共に吐き出した。自己嫌悪が脳裏を抉るように過ぎる。どちらにせよ、直前まで気配を察知できなかったのは己の不手際。

 

 フェニルス霊山での日々――半年の修行と称しておきながら、ただただぬるま湯に浸かっていたに過ぎないと言うことか。

 

 ならば今度こそ、清き浄化を確実に――自身の不甲斐なさに憤慨を覚えながら、フォルセは今度こそ剣を抜いた。

 

 

 通常、ヴィグルテイン化した物質を具現化した際、ヴィーグリック言語は媒体から消える。だがフォルセの剣のような頻繁に出し入れする物質は、具現化の際に所有者のマナやリージャを一定量消費し、そしてその分だけ常時消費し続けることで、媒体に刻んだヴィーグリック言語を保つことができる。

 

 ゆえにフォルセのリージャ総量は、剣を抜く前よりも減少していた。

 

 それだけではない。リージャ総量が減少すると同時に、フォルセの体内を巡るマナの流れも大きく変化していた。マナの流れを読むことは魔術や法術の行使に大きく関わる。ヴィグルテイン化解放時の対処は人それぞれであるが、フォルセの場合、攻撃術の詠唱文を安定化させ、治癒術に関しては使用そのものを封じることにしていた。攻撃術よりも治癒術の方が、便利な分暴走した際に危険であるがゆえの処置であった。

 

 攻撃法術はより長く安定した詠唱を、そして治癒術は使用を禁ずる。これが、フォルセが剣を具現化している際のルール。

 

 

 大きなダメージを負いながらも剣を抜く。これは、フォルセが治癒を捨て攻撃に転じたことを意味していた。

 

 

(炎の威力は、最初とは比べ物にならない。治癒の暇は無い。この状態で、何とか切り抜けないと)

 

 

 熱気による汗が頬を伝う。剣の柄を握り直し、己のリージャに意識を集中させる。花壇を焼き尽くす炎は勢いを増すばかり――騎士団もこの惨状にはとうに気付いているだろうが、此処まで辿り着くには時間がかかるだろう。

 

 

「ね、ねえっ!」

 

 

 ミレイが慌てふためいた様子で駆け寄ってきた。存外足は速いらしい。

 

 核は宙に留まり、静止している。フォルセらを窺っているのか、はたまた別の理由で止まっているのか、フォルセには判断できない。が、少なくとも力が足りないわけではないと、勢いよく燃え上がる炎から見て取れた。そんな状況で駆け寄ってきたミレイは存外肝が据わっているようだと、フォルセは思考の片隅で感心した。

 

 

「あのー……その、大丈夫?」

 

「問題ありません。心配してくれてありがとうミレイ」

 

 

 背がミシリと痛むのを感じながら、フォルセは普段通りの笑みを浮かべた。

 

 安心させようとしたのだが、どうやら失敗したらしい。ミレイはぎょっとした、次いで悔しそうな恥ずかしそうな複雑な顔で見つめてきた。

 

 

「うう、先に言われた……」

 

 

 その呟きの意味はわからなかったが、とにかく彼女をこの場から避難させねば、とフォルセは片手に力を込める。

 

 

「先程は情けないところを見せましたね。次はああはいきません。ですから貴女は、一刻も早く此処から逃げなさい」

 

「……えっ、じょ、冗談じゃないわよ! 黙示録を取り返さないといけないのに!」

 

 

 ミレイの手にレムの黙示録は存在していなかった。彼女の指差す先には炎を纏う黒き核。よく見れば、その核と共に黙示録が浮いていた。魔法耐性でも備わっているのだろう――フォルセの経本もそうだが、ああいった書物は火の中に放たれようが水に放られようが壊れぬよう、とにかく頑丈に作られている。戦いを生業とする者達も所有するのだ、そういった配慮は必要不可欠であった。

 

 

「それに、ええと……ほら、辺り一面炎の海でしょ! こんな状態じゃ逃げられないわね、ふふん残念でし、」

 

「一時的になら、私の法術で炎を払うことができます」

 

「え」

 

「貴女なら充分、安全な場所まで避難することができるでしょう。……今道を開けます、宜しいですね?」

 

 

 有無を言わさぬ声色だ。濃厚な闇の力を掌中に練りながら言うフォルセに、ミレイはんぐ、と唸って言葉を失くす。

 

 

「あちらへ真っ直ぐ走れば、騎士団本部へ出られます。さあ――」

 

「……駄目。やっぱり、そんなの駄目」

 

 

 頭を振り、頑なに逃げることを拒むミレイに、フォルセの向ける視線も自然と険しいものとなる。心根が温厚ゆえの厳しい眼差しにミレイはビクリと肩を揺らしながらも、その決意は揺らぐ様子が無い。

 

 

「レムの黙示録なら、必ず私が持ち帰ります。ですからミレイ……」

 

「……それだけじゃない!」

 

 

 自身の黙示録に執着する瞳とはどこか違う。ミレイは火の熱さ以外の理由で頬を染め、挑むようにキッとフォルセを睨み付けた。

 

 

「あなたを巻き込んだのはあたしだもの。責任は……最後まで取る!」

 

「……、私は気にしていませんよ」

 

「あたしが気にするの! 責任はきっちり、借りは必ず返す、それがスジ!! そう思うの!!」

 

 

 半ば意地になっているのか、梃子でも動きそうに無い。フォルセは焦燥も含んだ困り顔を向けつつ、手中の闇もそのままに暫し止まる。

 

 ――その時。炎が一層燃え上がった。核の発する禍々しさが増加し、暴風のように広がっていく。

 

 

「……わかりました」

 

「聖職者サマ!」

 

「ですが加勢は結構。せめて、燃えぬよう離れているように……」

 

 

 頑固な少女の意志に結局折れた。一応は釘を刺しつつ、フォルセは静寂の闇を核へ向けて放ち、勢いよく地を蹴った。

 

 

 




2014/05/09
2014/06/05:加筆
2014/08/06:加筆修正
2016/11/20:加筆修正
2016/11/20:ハーメルン引越し

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