テイルズオブフェイシア ―己が神を信ずるRPG―   作:澄々紀行

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Chapter4  大司教とヴィーグリック言語

 

 トビーと別れて二十分ほど。フォルセは漸く目的地であるビフレスト大聖堂に辿り着いた。荘厳なる外観が遥か上空まで伸び、視界の殆どを埋めている。

 

 満天の星空が広がる下、ビフレスト大聖堂は人工灯によって淡く照らされ、夜だけの姿を見せていた。大聖堂を囲うように広がる庭には色とりどりの花が咲き、そこを見下ろすように幾つもの塔が連なる構造となっている。外壁に見えるステンドグラスの一部が神々しく、偉大なる聖人達を模した彫刻は見る者に畏怖すらも感じさせる。

 

 存在感溢れる、世界最大の聖地ビフレスト大聖堂。だが此処で語られる教えは決して怖れるものではない。――あふれんばかりの愛に満ちたものであると、此処に在る誰もがよく知っていることだろう。

 

 

「司祭フォルセにございます。本日、聖地フェニルス霊山より帰還致しました。此度は大司教エイルーに拝謁したく……」

 

 

 扉口の前、そこに立つ兵士にフォルセは告げた。連絡が行き届いていたのだろう、労をねぎらう言葉と共に大聖堂内へと通された。

 

 足音をたてることさえ憚れる空間を、しかしフォルセは堂々と進んでいく。

 

 大聖堂内部には夜闇が降り、見る者の芯に触れるような厳粛な空気が漂っていた。幾つもの柱が天井まで高く高く伸びている。外とは違い、内部ではマナによって起こされた本物の火だけが灯されており、光の届かぬ天井付近は深い闇に染まっていた。高みより見守るが如く鎮座する彫刻、現代まで語り継がれる物語を描いた絵画、そして神々しいステンドグラスは闇に阻まれ今は見えない。が、恐らくフォルセの記憶に違わぬ姿で其処に在り、そして美しいのだろう。

 

 敬虔な信者だけが座することのできる長椅子が、奥までずらりと並んでいる。火によって暖かく照らされる長い身廊を歩いていくと、最奥の礼拝堂、そこにある説教壇の側に人影が見えた。一見して高位の者とわかるミトルと法衣を身に付け、アイリスパープルの髪を腰まで伸ばしている。

 

 堂々たるその背を見て、フォルセはスッと背筋を伸ばした。

 

 

「司祭フォルセ。聖地フェニルス霊山での修練を終え……ただ今戻り、」

 

「遅い」

 

 

 感情の欠片も感じさせない声に礼を中断され、フォルセはピタリと止まった。

 

 

(ぬし)が鳩を寄越して早十刻ほどの時が経った。鳩はとうに帰った。主は鳩よりも歩みが遅いと見える」

 

「……、鳩殿との歩みにおきましては、私の方が速いと自負しておりますが」

 

「では何故、このような時に帰った?」

 

「帰路の(みち)にて幼き知己に会ったがゆえにございます。エイルー様」

 

 

 それに鳩は飛べますし、と心の中で呟きながら、フォルセは人影――大司教エイルーの背を見つめた。その心の内を読んだように、エイルーはふっと息を溢し振り返った。

 

 雪のような肌を持つ中性的な相貌が、灯火に照らされ僅かに色付いていた。夕陽の瞳が瞬き一つせずにフォルセを見つめ、威圧を与える。その表情は、声色同様に感情の見えないものだ。が、それが大司教エイルー――“彼女”の常であると、フォルセは知っていた。

 

 

 遥か昔、旧暦時代や新暦初期において、聖職者は男性のみとされていた。しかしフラン=ヴェルニカ教団に、そのような制約はない。教団の聖職位階は法力――リージャの強さによって決まるという、実にわかりやすいものだった。ゆえにフォルセのような若いながらも司祭職に叙階される者や、エイルーのような高位の女性聖職者がフラン=ヴェルニカには多く存在している。

 

 咎める気が失せたのか、それとも元からそんな気は無かったのか。エイルーは読めぬ表情で頷いた。

 

 

「知己に会ったと。良い、許す。が、それだけか?」

 

「……霊山での最後の任務として、麓にてスパルティーノ隊長からの任を」

 

「ほう、テュールか……」

 

 

 白雪に乗った柳眉が僅かに寄ったのを、フォルセは見逃さなかった。

 

 

「アレは今、グラツィオを発っている。セント=ルモルエ領ダースト大陸北――帝都付近だな。ヘレティック大量発生の報せを受け、小隊を連れて十日ほど前に行った」

 

「存じております。私からの報告はエイルー様に伝えよ、と」

 

「……あやつ、どれほど我の仕事を増やせば気が済むのか。大体何故司祭としての修行に赴いた主に騎士団の任務を寄越す。グラツィオにも騎士はいる。そやつらにやらせればいい」

 

「ヘレティック討伐任務だったので、そういうわけにも」

 

「だからこそ、だ。我は常々言っている……一部隊でのみ異端討伐を担うのは不快だと。それをテュールは『俺らで事足りる。やれるやつがやればいい』と過信も甚だしい、いつ誰が欠けるともわからぬのだぞ。世は流動し止まるところを知らぬのだからいつなんどき……」

 

 

 低くなった声がこぼし始めた愚痴の嵐に、フォルセは慣れた顔で肩を竦めた。

 

 

 人望厚く、だがその言動はどこか軽薄さの抜けない男。ヴェルニカ騎士団ブリーシンガ隊隊長テュール・スパルティーノ。

 

 信者からは敬愛を、知る者からは畏敬の念を受ける女。フラン=ヴェルニカ教団大司教エイルー。

 

 あまりに対照的なこの二人は、フラン=ヴェルニカでも有名であった。

 

 性格は完全に正反対、静と動、水と油などと揶揄されることもしばしば。同じ、それも互いに高位の教団員ゆえに両者の接触は意外と多い。更に言えば、テュールからエイルーへの――軟派な“男”から硬派な“女”への接触も――無駄に、無駄に多い。

 

 大きな争いに発展したことは勿論ないが、代わりに両者が揃えばたちまち空気が凍る。教団内ではもっぱら周知の事実だ。

 

 そして、この二者に同じだけ好かれ、いつも間に入って微笑んでいる“苦労人”がフォルセであった。

 

 

(実際この二人は公的に対立している訳じゃない。あの様子じゃ、誤解されるのも無理はないけれど……)

 

 

 特別何かがあったわけではない。出会った当初から続く確執――要は、壊滅的に合わないのだ、この二人は。

 

 

「司祭フォルセよ」

 

「はい」

 

「今、我とアレの噂を思考しただろう」

 

「……ふふ。すみません、つい」

 

 

 図星を突かれたにも関わらず、フォルセは何の躊躇いもなく微笑んだ。そんな彼に多少の恥じらいを見せ、エイルーはふうっと息を吐く。

 

 

「構わん、許す。アレと対峙して自制できぬ我が悪い。……わかっている」

 

 

 心底から己を責め立てているのだろう。“大司教エイルー”とはそういう人間だったと、フォルセは内心で苦笑した。

 

 そんなフォルセの心情を知ってか知らずか、エイルーは瞬き一つして表情から憂いを消した。説教壇から一段降り、フォルセと同じ高さの地に着く。

 

 

「報告をせよ、フォルセ・ティティス」

 

 

 感情の窺えぬ顔に戻り、エイルーは言った。

 

 

「はい。フェニルス霊山での修練は……」

 

「……、ああ待て。そちらはいい」

 

 

 手で静止しながらそう言うと、エイルーは懐から数枚の紙を出し、ひらりと振った。どうやら手紙らしい、僅かに見えた字はフォルセの見覚えのあるものだった。

 

 何だったか、何処で見たのかと記憶を辿る。だがフォルセが答えに辿り着く前にエイルーの口から答えが出された。

 

 

「ペトリからの書簡だ」

 

「……ペトリ様?」

 

 

 その手紙は、フォルセがほんの今朝方まで世話になっていた神父ペトリからのものだった。そうだった、あの意外にも達筆な字体はペトリ様のものだ、とフォルセは納得する。

 

 

「主のことが書かれていた。よく励み、務めていたとな」

 

「……ペトリ様らしい」

 

「修練の結果は主の今後の有り様が示すだろう。後に話は聞かせてもらうが、今はいい」

 

「はい。これからも女神フレイヤの教えに従い、平穏と慈愛の軌跡を築いて参ります」

 

 

 胸に手を当て、フォルセは改めて誓った。それにエイルーは激励を込めて頷き、次いでスッと目を細めた。

 

 

「では任務の報告を。……その顔は、何か変わったことがあったと見える」

 

「はい。実は……」

 

 

 改めて促してきたエイルーに今度は騎士団員としての礼をし、フォルセは霊山での戦闘について報告を始めた。

 

 

 

***

 

 

「成る程。黒く禍々しい宝石、か」

 

 

 十数分後。フォルセの報告を聞き終え、エイルーは息を吐いた。フォルセが取り出したその宝石を袋越しに持ち、考え込む。

 

 

「ヘレティック――否、討った魔物からこのようなものが発見されたなど、我も聞いたことがない。突然変異か、或いは……何か別の要因か」

 

 

 言いながら、エイルーは手の内の宝石を見つめる。炎に照らされて尚深い闇を映すそれは、この世の“悪”と呼べるもの全てを凝縮したかのようだ。見つめる時間が経つほどに、形良い眉が不快げに顰められていく。

 

 

「……とはいえ、我は一介の聖職者。グラツィオからあまり出ぬゆえ、聞く以前に知る機会が少ない。こういった話は我よりも……テュールの方が詳しいだろうな」

 

「そうですね……では隊長が御帰還なさるまで、此方で保管しましょう。私はこのまま騎士団宿舎に戻るつもりでしたので、途中で本部まで行って封を施しておきます」

 

「そうだな。では頼むとし……いや、待て」

 

 

 フォルセの提案に頷き、エイルーが宝石を彼に渡そうとしたその時だった。不意に何かを思い出したようにピタリと止まり、エイルーはその手をひょい、と引っ込めてしまった。

 

 

「エイルー様?」

 

 

 受け取ろうとした姿勢のまま、フォルセは訝しげに名を呼んだ。呼ばれた当の本人はその整った眉を僅かに下げ、よく見ねばわからぬ程の笑みを浮かべた。

 

 

「すまぬ。忘れていた。主の部屋は今そちらには無い」

 

「え?」

 

「『半年もいねぇ奴のお部屋はポイッてな』とアレが勝手に教会宿舎へと移動させた。ゆえに主の戻るべきは騎士団宿舎ではなく、反対側の教会宿舎だ」

 

「あ……ああ、そうですか。あの人らしい、ことです」

 

 

 エイルー曰くアレ――テュールが言い、そして実行したことを思い浮かべ、フォルセは困ったように微笑んだ。内心ではその気遣いに感謝しているのだが、上官の普段の言動ゆえにその表情は微妙なものであった。

 

 

 ビフレスト大聖堂周囲には、大きく分けて三つの教団関係者用宿舎が存在している。

 

 一つはヴェルニカ騎士団員の宿舎。テュール含め、グラツィオに在住している団員全てが此処で生活している。訓練場や厩舎も存在し、グラツィオの馬車等は全て此処で保管されている。

 

 二つ目は聖職者用の教会宿舎。此方は大司教エイルーを含めた司祭以上の聖職位階である者が生活している。騎士団宿舎と違い各々一人部屋であり、更に大聖堂より小規模だが教会も隣接しているため、一部は巡礼者用の宿泊施設としても利用されている。

 

 そして最後――ビフレスト大聖堂に隣接するアリアン宮殿には、フラン=ヴェルニカ教団トップである教皇と枢機卿団が住んでいる。他国との会議や教皇選出等、政治的に重要な事柄を司る場所である。

 

 この三つと住民街の中心にビフレスト大聖堂は存在していた。教皇、聖職者、騎士団、信者――彼らが住まう四ヶ所全てに道は通じているため、そういった意味でもビフレスト大聖堂はグラツィオの中心であり象徴と言えるだろう。

 

 住まう者が違えば、自ずとその造りも大きく異なる。特に闘いを主とする騎士と教えを常とする聖職者では、特に。

 

 

「隊長が戻られたら御礼をしないと。騎士団宿舎より教会宿舎の方が過ごしやすいので、私としては嬉しい限りですので」

 

 

 フォルセは苦笑ぎみにそう言った。その言葉通り――ルームメイトがいて当たり前、下手をすれば大勢で寝食を共にすることもある騎士団宿舎と、一人部屋が普通とされ、常に静寂の纏う教会宿舎ではかなりの差があった。

 

 好みは人それぞれであるし、各々良し悪しもあるだろう。しかし、やはりフォルセには教会宿舎で過ごす方が性に合っていた。宿舎の選択権があるというのは、騎士団と聖職を兼任する祭士であるがゆえの特権と言えよう。

 

 

「主を思っての、アレなりの気遣いだろうな。勝手をやられて此方は少々困りはしたが」

 

「申し訳ありません、エイルー様」

 

「主が謝ることではない。部屋が足りなくなった訳ではないし、主のような者ならやはり此方の宿舎の方が落ち着くであろう。ただ、ただせめて我か宿舎に話を通してからにせよと……」

 

 

 再び始まった愚痴にフォルセがクスリと笑うと、エイルーは我に返り小さく咳払いをした。反省の込められた深い溜め息を吐く。気を取り直して宝石を懐に仕舞うと、エイルーは代わりに別のもの――自身の経本を取り出した。

 

 

「そういうわけだ、この宝石は我が持っていこう。主はこのまま修練での疲れを癒すように……と言いたいところだが、その前に主に渡すものがある。受けよ」

 

「……え、私に、ですか?」

 

 

 エイルーは首を傾げるフォルセを見つつ、自身の手にリージャを練り上げた。直後、経本より聖なる青が溢れ出でる。古代文字ヴィーグリック言語が輝き、列を成し、エイルーの手を追うように経本のページからふわりと浮き出てきた。

 

 白く長い指がくるりと一回転し、文字の列はそれに倣うように動く。エイルーの指が経本の角をトン、と叩けば、宙で回る文字は統率された兵の如くスッ、と集束し、弾け飛んだ。

 

 そうして現れたのは萌葱色の表紙を持つ一冊の本。今現在エイルーが持つものと同じ種類の経本が、ヴィーグリック言語に代わって宙に出現したのだった。

 

 

「っ!? 危ない……!」

 

 

 驚きながら、フォルセは現れた経本を受け取った。無礼にもエイルーの目の前に手を伸ばすこととなったのだが、その経本が何なのか察したためにフォルセはそうせざるを得なかったのである。

 

 片手で受け止めた経本を寄せ、窺うようにエイルーを見つめると、やはりうっすらと笑みが見えた――否、先程より僅かに深くなっているだろうか。フォルセが瞬き一つした頃には、既に元の感情読めぬ面に戻っていたが。

 

 

「軽量化を施してあったゆえ、重くはなかったが。……よく持てるな」

 

 

 フォルセの持つ経本は、見た目からは考えられないほどの重さをその手に与えている。エイルーの細腕ではとても持てそうにない。

 

 

「ああ軽量化、ですか。……すみません、剣以外にも色々入れてますので」

 

「それを平気で持てることに感服する。“ヴェルニカ騎士の経本”は全てそのようなものなのか?」

 

「どうでしょう? ただテュール隊長の場合は剣そのものが重いので……重さだけなら私の比ではありませんね」

 

「…………恐ろしい馬鹿力だな、アレは」

 

 

 ふっ、と何処か遠くを見つめ始めたエイルーに心中で同意しつつ、フォルセは手に持つ経本へと視線を落とした。深緑の表紙を一撫でする。半年ぶりの感触だ。懐かしげに瞳を細め、フォルセは経本を開く。

 

 開いた経本の頁には、フォルセの直筆にて書かれたヴィーグリック言語がびっしりと並んでいた。時々隅に描かれている絵が芸術的もとい歪なのは見逃すべき部分である。視線を巡らせ、エイルーが書いた字を見つける。その部分を指でなぞって持ち上げれば、字は先程のように紙からふわりと浮き出でた。

 

 浮き上がった字を払って消し、フォルセは頁を白紙部分まで捲った。文字を書くように手を添える。フォルセのリージャがペンの形を成し、手の内に現れた。それを用い、フォルセは“経本”を意味するヴィーグリック言語をサラサラと書き記した。

 

 次いでペンを消し、フォルセは己の腰に提げていた、フェニルス霊山から持ってきた経本を手に取った。先程書き記したヴィーグリック言語の上にそれを翳す。すると経本は瞬く間に消え、代わりに気高き赤で彩られたヴィーグリック言語となった。空中でくるくると回転するそれらは列を成し、フォルセが書き記した頁へと吸い込まれ、そのまま消えてしまった。フォルセの手に持たれた経本が、また少し重くなる。今しがた消えた経本を“入れた”ことで、重量が増したのだ。

 

 

「ふっ、見事な“ヴィグルテイン化”だ」

 

 

 じっと様子を窺っていたエイルーが、静かに感嘆の意を表した。

 

 

「まだ未熟なものです。書き記す情報も纏めきれていませんし」

 

「ヴィーグリック言語の扱いは高位の者であっても容易くできるものではない。……経本一冊にその程度なら充分であろう。良く学んでいると見える」

 

 

 敬愛するエイルーからの褒め言葉に、フォルセは嬉しさと照れと謙遜の入り交じった顔ではにかんだ。

 

 

 古代文字ヴィーグリック言語。女神フレイヤの言葉を綴るこの言葉を読み解ける者は、フラン=ヴェルニカ教団でもそう多くはない。公用語であるセスラ言語と同レベルに読み書きするには相応の学と経験が必要とされる。

 

 フォルセはその数少ない内の一人であった。神父として、時に騎士としても、彼はヴィーグリック言語を他者に授けることを許される立場にある。

 

 しかしヴィーグリック言語は何も教団でのみ使われているものではなかった。寧ろセスラ言語同様、広く世界で使われている言語である――何故か。その最大の理由こそが、今エイルーとフォルセが使った技術――〈ヴィグルテイン〉である。

 

 物質をヴィーグリック言語によって表し、その文字を媒体に刻む。そうすることで物質をマナ粒子にまで分解し、媒体――書き易さゆえ特に書物が好まれる――に宿す。この現象、及び技術が〈ヴィグルテイン〉だ。容易な技術と思われるが、実際はヴィーグリック言語に訳す難しさゆえに、この技術を施せる者は少ない。

 

 しかし、ヴィグルテイン化した物質は持ち主と認識させた者のマナ操作によって再構築、分解をする為、一度ヴィグルテイン化してしまえばヴィーグリック言語を知らぬ者でも容易に出し入れすることができる。

 

 ヴィーグリック言語は、ヴィグルテイン技術という形で世界中に認知され、使われているのだ。

 

 

「……が、やはり主のそれは重すぎる。自身でヴィグルテイン化できるとはいえ、入れた分だけ重量も増すのだから少しは自重せよ……」

 

 

 呆れ混じりに続いたエイルーの言葉に、フォルセは照れた笑みをそのまま苦笑へと変える。その表情は、自覚はしているがどうにも手を出してしまう、と言いたげである。

 

 エイルーの言った通り、ヴィグルテイン化した物質はその本来の重量だけが残る。要するに、媒体に加えてヴィグルテイン化した物質の重量もかかってくるのだ。

 

 エイルーがかけていた軽量化という技術は、かけた者にしか物質の再構築、分解ができなくなる。ヴィグルテイン技術の利である“ヴィーグリック言語を知らずとも出し入れできる”という点が損なわれてしまうのだ。ゆえに、たとえヴィーグリック言語で表せたとしても、持ち運びできぬほど重い物がヴィグルテイン化されることは、まず無いと言える。

 

 ヴィグルテイン化するにも技術者を通さねばならない。その分費用も時間もかかるため、輸出入される荷や商人が運ぶ品等はそのまま運ばれることが殆どだ。ヴィグルテイン化される物といえばもっぱら、騎士や軍人、旅人等、外界で戦闘を行う者達の武器や旅道具である。

 

 因みに。今此処で問題視されているフォルセの経本には――彼の剣とテントや毛布、食材といった軽い旅道具の他、その他経本や儀式用の聖道具等がどっさり入っていた。

 

 

「わかってはいるのですが、ヴィーグリック言語の復習も兼ねるとどうしても色々と試してしまって。……ところで」

 

「ん?」

 

「……何故、私の経本をエイルー様が御持ちに? これは修練へ赴く際、騎士団宿舎に置いてきた筈ですが」

 

 

 言いつつも確信しているのだろう。フォルセの面は、彼の“感情”を表すように深い深い深い笑みを浮かべている。

 

 問われたエイルーは、再び何処か遠く――今は他国に遠征中の同胞と言うには憚れる(アレ)の存在――を見つめ、フォルセに答えを与えた。

 

 

「主が考える通りだ。『騎士団員表すイヤーカフ着けておいて剣だけ置いてくんじゃねぇよ。毎日手入れして祈っといたから感謝しろよ、我が“祭士”……つーわけで大司教エイルー様、これ親愛なる我が部下に渡しといてくれ。礼は今度二人で食事でもどうよ』云々と、アレが至極腹立たしい笑みで置いていった」

 

「…………」

 

「ちなみに食事は美味だった。……フォルセ?」

 

「腹立たしい笑み、ですか」

 

「ああ」

 

「成る程、そうですか……腹立たしい笑みで……わざわざ大司教様にそんな無礼を」

 

 

 復唱しながら思い浮かべる。己の口角がきりきりと上がるのがわかり、フォルセは顔を覆って俯いた。表情筋がピクピクと馬鹿の一つ覚えのように跳ねる。主も大概苦労しているな、というエイルーの同情染みた言葉を聞きながらフォルセは、

 

 

「――浄化を御望みか、あの痴れ者(アレ)は」

 

 

 地を這う恨みがましい声を、清浄なるビフレストに吐き出した。

 

 

 




2013/12/01
2014/04/09:加筆
2016/09/24:加筆修正
2016/11/13:ハーメルン引越し

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