テイルズオブフェイシア ―己が神を信ずるRPG―   作:澄々紀行

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Chapter23 涙する遺跡の謎

 

 ――ズシンッ! 巨大な鉄板が叩きつけられたようなその音は、遥か頭上より三人分の体重で落下した、男のブーツの音だった。

 

 遺跡の空洞を落ちてきた三人は、そのままどこぞの巨大滑り台よろしく滑り落ち、ついには垂直に落下した。やってきたのは、ゴツゴツとした岩壁がどこまでも続く洞窟。天井から時折雫がこぼれ、しかし地面はかつて人の手が入った経験があるかのように平坦に続いている。

 

 

「……っっっばか! ばかばかばかぁ!」

 

 

 水のにおいのする闇の中。法術〈ルクスリンク〉で周囲を照らすフォルセの横で、ミレイは涙目で男――全ての元凶を殴りまくった。

 

 

「いて、いてて……無事に着地できたんだから勘弁してくれえ!」

 

「どこが無事よ! 死ぬかと思ったじゃない! ……っつーか、」

 

 

 「あなた誰よ!?」ミレイがビシィッと指さす先で、青毛を逆立てた男はへらりと笑った。金縁眼鏡の奥でつり目がちの黄土色が和らぎ、フォルセとミレイをやや猫背ぎみに見下ろす。

 

 

「なあにただのしがないジャーナリストさあ。どっからどう見ても、怪しくないだろう?」

 

「名乗れっつってんの!」

 

「殴るなよう、気を紛らわすジョークだって。……オレはシド・ガードライナス。偉大なるサン=グリアード王国が膝元、シルバレット・ポストの記者さあ。よろしく頼むぜ、嬢さん方」

 

 

 どこかマイペースな雰囲気を醸し出しながら男――シドは恭しく礼をし、懐から一枚の紙切れを差し出してきた。名刺だ。“シルバレット・ポスト、旅の愛国者シド・ガードライナス(25)”と達筆な字で綴られている。

 

 

「あのシルトト新聞の記者ですか」

 

「……知ってるの、聖職者サマ」

 

「今朝、教会宿舎で読んだ新聞の発行元ですよ。シルバレット・ポスト……通称シルトト新聞。サン=グリアードの王都シルバレットに拠点を構える有名な新聞社です」

 

「うちの購読者だったかあ? 嬉しいねえ、帝国じゃあ滅多に読めないビッグニュースを揃えているから、是非とも毎日のお供にしてくれよ」

 

「はぁ、考えとく……じゃ、ないわよ! そのしがない記者サマがあたし達をどうする気!?」

 

 

 カラカラと笑うシドに対し、ミレイは今にもリボンを爆発させそうな勢いで威嚇した。当然だ。底の見えない大穴に本人諸共とはいえ突き落とされたのだから、怒るのも警戒するのも無理はない。

 

 激昴するミレイに、シドはまるで謂れなき罪を告げられたようにきょとんとした。

 

 

「どうするって……嬢さん方は遺跡の異変を探ってたんだろう? ならこのまま進むしかないじゃないか。さあ、行こうぜ」

 

「なんで当然のように着いてくる気満々なのよ……!」

 

「ええ? しがないジャーナリストをこんなところに置いていく気かあ? ……神父様は優しいからそんなことしないよなあ? なあ?」

 

 

 シドが涙目でフォルセを見つめてきた。捨てられた仔犬のような大男の眼差しを受け、フォルセは溜め息を呑み込んだ。

 

 

「……仕方ありませんね。出口がわからない以上、共に行く他ありません。一応身分は明かしてくれましたし……ただ、好奇心が過ぎただけでしょう」

 

「んもう聖職者サマ! 優しすぎよ!」

 

「ひええ、こっちの嬢さんはおっかないなあ。神父の嬢さんがいて良かったぜ。ありがとなあ」

 

 

 ほこほこと笑うシド。フォルセはそれをじとりと睨みつけ、奥へと続く道を照らした。

 

 

「……魔物の気配がします。道中、注意して進みましょう」

 

「おお! オレは強いから任せとけ、嬢さん方は後ろに下がってていいぜ」

 

「いえ、〈ルクスリンク〉……法術で照らしている間は詠唱術が使えませんので、私も前で」

 

「じゃああたしは後ろに下がるわ。……聖職者サマの邪魔なんかしたら、ただじゃおかないからね!」

 

「うへえ、本当におっかない嬢さんだ。大丈夫さあ、オレはこれでも旅のジャーナリスト。すっげえ戦い慣れてるからなあ」

 

 

 警戒を弱めぬミレイに、シドは相も変わらずマイペースに笑いかけるのだった。

 

 

 

***

 

 

 洞窟内部は入り組んでおり、進んだ先が行き止まりであることも多くあった。風の吹く通り、あるいは呻き声の聴こえる方へと進めば良いものを、シドがあっちはなんだこっちはあれだと好き勝手向かうのである。

 

 そんな寄り道をしていれば、トラブルが起こるのも必然。

 

 

「だーから言ったのよ怪しいって!!」

 

「ジャーナリストの心得、第一番。スクープの為なら危険を冒せ!」

 

「あたし達を巻き込むなってのぉおおお!」

 

 

 大騒ぎする彼らを追うのは、計五つの四角い影。表面に苔の生えたそれらは古びた宝箱の形をしており、中にはギラリと光る二対の目、上下に生え揃う鋭い歯が見えた。側面からは細長い腕がにょきりと生え、ばたつきながら地を這っている。

 

 実に不気味だが、逃げ惑うていても仕方がない。フォルセは急停止し、振り向きざま宝箱――フェイクを斬り払った。残り四つのフェイクがフォルセを襲う――

 

 

守護方陣(しゅごほうじん)……!」

 

 

 フォルセの足元に小規模な陣が出現し、立ち上る光がフェイクどもを打ち払った。

 

 陣形が崩れたことで、シドとミレイも逃げるのを止め、各々の武器を構える。

 

 

「形勢逆転だあ、魔神剣(まじんけん)!」

 

 

 シドが構えたのは、両手持ちの大剣だった。それを勢いよく叩きつけ、地を這う衝撃波を放ち、フェイクどもを吹っ飛ばす。その間にフォルセの隣に並び立ち、そのまま追い越していく。

 

 

「……シド、」

 

「任せなあ! ――水滅覇道斬(すいめつはどうざん)!」

 

 

 フォルセより前に出たシドは、再び大剣を振り下ろして地に叩きつけた。水のマナが爆ぜ、強大な水飛沫が発生する。丁度口を開けていたフェイクの一体がこれに呑まれ、マナに還っていく。

 

 

「やるじゃない! あたしも……」

 

「ミレイ嬢! こいつら水が弱点だ!」

 

「へ? わ、わかった……!」

 

 

 シドのアドバイスに従い、ミレイは水のマナを集めていく。その間にフォルセは雷を伴わせた刃をフェイクの口に突き入れ、撃破。残り三体となったフェイクを相手取るべく駆け出していた。

 

 

「おお、フォルセ嬢は強いな!」

 

「……、そっちに行きましたよっ!」

 

「ぬっ……フォルセ嬢の勇姿を撮ろうと思ったんだが……」

 

「後になさい!」

 

 

 目の前のフェイクを蹴り上げながら、フォルセはマイペースな記者を叱咤した。怒られてもなお腑抜けた顔をしつつ、シドもまたフォルセに倣い大剣を振るう。

 

 

「うおおおっ、旋撃衝(せんげきしょう)!」

 

「流浪抱擁、全てを弾け! ――バブルステイ!」

 

 

 シドが大剣を振り回してフェイクどもを纏めて吹っ飛ばす。直後、ミレイの足元で水色の魔法陣が輝き、三体のフェイクどもを水塊の中に閉じ込めた。

 

 泡が弾け、殴打していく。歯をガチガチと鳴らしながら暴れ回るフェイクどもは、やがて力尽きて消えていった。

 

 

「よくやったミレイ嬢!」

 

「ふふん、どんなもんよ……って、元はと言えばあなたがいけないんでしょー!」

 

 

 調子よく笑うシドにミレイが怒鳴る。

 

 五体のフェイクどもは、元々行き止まりの先でお行儀よく並んでいただけだった。行儀が良すぎて、見るからに“怪しい”と感じるそれら五つの宝箱を次々に開けては噛み付かれたのが、今現在カラカラと笑っているシドである。

 

 

「いやあ、まさかモンスターだとは思わなくてなあ」

 

「一個目で止めときなさいよ!」

 

「はっはっは。貴重な体験ができて良かったなあ」

 

「良くなーい!」

 

 

 ミレイは苛立ちと共に地団駄を踏んだ。出会って以来ずっと振り回され、限界が近い。

 

 話題を変えようと、フォルセは苦笑ぎみに口を開いた。

 

 

「そういえばシド。魔物との戦闘ではいち早く弱点に気付いていますが……何か、コツでもあるのですか?」

 

「コツじゃあない。こいつのお蔭さあ」

 

 

 “こいつ”とシドが指したのは、彼のかけている金縁眼鏡だった。

 

 

「オレの眼鏡は特別製でね。勝手に弱点発見(スペクタクルズ)してくれるのさあ」

 

「……へぇ、便利なものね。どこかで売ってるものなの?」

 

「さあなあ。物心ついた時からかけてたから、わかんねえや。でもこいつのお蔭で、さっきみたいなピンチも乗り越えてきたんだぜ? 凄いだろう?」

 

 

 ミレイの質問に、シドは自慢げに答えた。心なしか眼鏡の光沢も煌めいて見える。よく手入れされているのだろう。彼の言う通り、ピンチを共に乗り越えてきた相棒のように扱われている。

 

 雰囲気も良くなったところで、一行は再び洞窟内を進み始めた。岩壁が所々平坦になっており、よく見れば遺跡と同じような文様で表面が飾られていた。進むにつれそれは増えていき、道はだんだんと“遺跡内部”へと侵入しているようである。

 

 

「名刺には“旅の愛国者”と書かれていましたが……ずっと一人で旅をしているのですか?」

 

「おお。主に王国内をな。とびっきりのニュースを集めて、記事にしてるのさあ。……ああでも、今回はちょっとな。教団産の酒が必要になって、買いに来たんだあ」

 

 

 酒を買う道中で遺跡の噂を聞き、ジャーナリスト魂が疼いたのだという。

 

 

「……酒? でしたらエオス・フレーバーがおすすめですよ。今年は特に良いコクと花の香りがするのです」

 

「えっ……聖職者サマって、お酒飲めるの?」

 

 

 始まった会話にミレイは疑問を覚え、眉を寄せて突っ込んだ。

 

 

「それなりに飲めますよ」

 

「でも聖職者サマって、まだ十九歳よね?」

 

「ええ。……ああ、教団では十八歳で成人として認められるのですよ。だから飲んでも問題ありません」

 

「フォルセ嬢は十九か……王国の成人は二十歳だから、うちではまだ飲めないなあ。残念だ」

 

「……帝国は? それから、クローシア皇国も」

 

「帝国は確か十六で成人として認められるぜ。オレは早すぎると思うんだが……皇国はわからんなあ、あそこは未だ謎が多いから」

 

「そっか……」

 

 

 考え込み始めたミレイを、フォルセは訝しげに窺った。

 

 

「ミレイ、何か気になることでも?」

 

「聖職者サマ……あたし、サン=グリアード王国から来たのかもしれない」

 

「……! 根拠は?」

 

「聖職者サマのこと未成年だと思ったから。お酒が飲めるのは二十からだって、無意識に思ってたわ」

 

「なるほど……っ、そうだ、旅券。旅券にも何か手がかりがある筈です。あれは自国にて発行されるものですから」

 

 

 どうして気が付かなかったのかと歯噛みしながら、フォルセは旅券を見るよう提案した。

 

 言われるまま、ミレイは旅券を取り出す。フォルセのものとほぼ同デザインのそれは、しかし隅の方に小さくサン=グリアード王国の紋様が刻まれていた。

 

 

「おお、王国のシンボルが書かれているじゃないか。ミレイ嬢は王国民だったのかあ?」

 

「……みたい、ね。ますます王国に行く用事ができたわ。あたしの記憶の手がかりがあるかもしれない……」

 

「なんだなんだ、何かワケありのようだが」

 

 

 興味深そうに尋ねてきたシドに、ミレイは一瞬迷いながらも自分が記憶喪失であることを話した。何も、自分の故郷でさえ覚えていないという話に、シドの顔が同情で染まる。

 

 

「き、記憶喪失……ヘビーな話だなあ。オレにできることがあったら何でも言ってくれ。王国の話ならたっくさんできるぞ?」

 

「ありがと。あなた、優しいのね?」

 

「おお。同僚からは“気優しいトラブルメーカー”と呼ばれたこともあるぜ」

 

「ぷっ……何それ、褒めてないじゃない」

 

 

 気が和んだのか、ミレイは呆れ顔で笑った。思わぬところから発覚した記憶の手がかりに、フォルセもまた密かに喜ぶ。

 

 

 “……ぅううう、うぅ……”

 

「! 呻き声、大きくなってきたわね。早く解決して旅立ちたいわ」

 

「そうですね……? シド、何をしているのです?」

 

 

 呻き声を聞いた途端、シドは小さなメモ帳を取り出して何やらせっせと書き始めた。ジャーナリストだけあって、書くスピードはとても速い。そういえばミレイも書くのが速かったなとフォルセが思い出していると、書き終えたのか、シドはメモ帳をしまって笑った。

 

 

「今の呻き声、歳若い男の声に聴こえてなあ。報われぬ思いをした古代人の祟り! ……なんじゃないかと予想立ててみた」

 

「随分と耳がいいですね。私には悲しげな声にしか聴こえませんでした……しかし、内容はどうあれ記事にするのは難しいかもしれませんよ?」

 

「おお? 何故だ?」

 

「騎士の制止も聞かずに飛び込んできたでしょう。私やミレイを巻き込んだこと、多数の騎士が目撃しております。……戻ったら、厳重注意で済むよう口添えくらいはしますから」

 

「お、おお……それまでキビキビ働かせてもらうぜ」

 

 

 名高きヴェルニカ騎士団に怒られ、牢に放り込まれる光景までもを想像し、シドは引きつった笑みで素人っぽく敬礼した。怒られるだけで済むかは今後の働き次第。先程のような失態は繰り返さないと、率先して前を歩く。

 

 ――そんなシドを、ミレイが渾身の力で引っ張った。

 

 

「ぬごっ……ど、どうしたミレイ嬢。トイレか、」

 

「ねぇさっき、古代人の祟りって言ったわよね?」

 

「おお、オレの記事に興味があるのか? まあまだ仮説の段階だがオレはいい線言ってるとおも」

 

「オバケ」

 

 

 ミレイの顔は恐怖で引きつっていた。――しまった、折角思い当たっていなかったのに、とフォルセは彼女を落ち着かせようと手を伸ばす。その手を逆に鷲掴まれ、ぎゅうぎゅう圧迫され、痛い痛い。

 

 

「ミレ」

 

「――いやぁあああああオバケぇえええええっ!!」

 

 

 男二人を引っ掴み、少女は恐怖のままに涙目で爆走を始めた。洞窟から遺跡へと変わる道中に悲鳴が木霊する。うるさい。蝙蝠(こうもり)型の魔物やスライム、開けなければ大人しい筈の偽宝箱(フェイク)までもが飛び起き、うるせえこの野郎と奇声をあげながら襲いかかってきた。それら全てを張っ倒しながらも呻き声の方へと進むのは、彼女に残った僅かな理性ゆえだろうか。

 

 

「おおおおおおおベストショットが撮れねええええ」

 

「オバケはいやああああっ!」

 

「ああっ腕がっ、腕がまたちぎれるっ……!」

 

 

 各々盛大に悲鳴をあげながら、一行は順調に洞窟――否、エオスの地下遺跡を進んでいくのだった。

 

 

 

***

 

 

 “ううっ……うう……うう……”

 

 

 それが歳若い男の声だと耳を傾けずともわかる頃、一行――爆走ミレイはようやく終点を迎えた。

 

 其処は入り組んだ道の途中から続く、拓けた行き止まり。天井の何処かから水が流れ落ち、小島を中心に地下水脈を築く場所だった。その小島にはヒトの手が加わった形跡が幾つもあり、文様を描く地面やかつては灯りを置いていたと思われる石塔が、此処がエオスの遺跡の一部であることを示している。

 

 その小島の中心に、灰色の石で造られた棺がひとつ。男の呻き声はその中から聴こえるようだった。

 

 

「嫌よぉ……オバケは……ふええぇ……」

 

「言いながら辿り着いちまったなあ」

 

「だって、これを解決しないと始まらないんだもの! 怖くても進まなくちゃいけない時がある。あたしは聖職者サマから学んだの……ぐすっ」

 

「ふふ……いい子ですよミレイ」

 

 

 フォルセが危うく引きちぎれかけた手で撫でてやれば、ミレイはほにゃあと力無く笑んだ。

 

 

「オバケは一旦忘れましょう。ご覧なさい、ここもエオスの遺跡と同じような文様があります。大発見ですよ、ミレイ」

 

「……そうね、遺跡のこと考えたらなんだか元気が出てきた。文様は……穴が空いたとこで見たのと同じね。光と闇を使うヒトを、別のヒト達が崇めてる」

 

 

 涙を拭い、ミレイは周囲を興味深そうに見渡した。

 

 

「あみにん、だっけ? 編みぐるみの姿をしていて、勇者を助けた存在……」

 

「ええ。聖書などでは、女神フレイヤの遣いとして記されております。二千年前、世界が勇者と女神に救われて以後、あみにんも姿を消したと」

 

「……! そっか、ここは勇者にまつわる場所。だから黙示録の所持者であるあたしに反応したんだわ。もしかして、此処が次の試練の場なんじゃ……」

 

 

 先程まで怖がっていたのはどこへやら。ミレイは真剣な眼差しでレムの黙示録を取り出し、呻き声の聴こえる棺へと歩み寄った。

 

 その間に、シドもまた柔らかさを消した顔でフォルセに耳打ちする。

 

 

「なあフォルセ嬢……黙示録とか、試練とか、何のことだあ?」

 

「! 何ですか、突然」

 

「職業柄、重要そうなキーワードは逃さない耳をしてるのさあ。……オレの予想は正しかった。アンタ達はやっぱりスクープのにおいがする」

 

「……一介の神父である私には、お答え出来かねます」

 

 

 やんわりと拒絶の言葉を告げれば――シドは不満を一瞬見せ、次いで縋るような顔でフォルセの前に立った。

 

 

「そりゃあ教団の機密事項ってことかあ? 上等だ、機密が怖くてジャーナリストなんてやってられるかよお」

 

「無謀も大概になさい、旅する子羊よ。……事はそう単純ではないのです。世界に向けて発信すべきか否か、私では判断できない」

 

 

 フォルセは厳しいながらも困り顔で、諭すように言った。大司教エイルーからは異変調査以外の命を受けておらず、また宿敵である魔王は動きを見せていない。魔王の出方次第では嫌でも世界に知れ渡ることになるだろうが、現段階で、〈神の愛し子の剣〉だの黙示録だのをおいそれと口にして良いものか、フォルセにはわからなかった。

 

 が、そこまで言ってもなお、シドは諦めを見せなかった。

 

 

「なら、アンタが判断できるまでオレは着いていくぜ」

 

「シド」

 

「怒っても無駄だぜ、フォルセの嬢さん。オレにはもう後がねえんだ。手土産の一つでも持って帰らないと……オレは廃棄処分にされちまう」

 

「廃棄処分?」

 

「……クビだよ、クビ。教団産の上等酒を買いに来たのも、酒好きの上司への手土産にしようと思ったからなんだ。その途中で遺跡の噂を聞いて、これは持ってこいだと思って探ってた。

 スクープはにおいでわかる。アンタ達を見つけた時、オレは女神フレイヤに感謝したもんさあ」

 

 

 シドもまたワケありのようだった。悲痛な表情で訴えてくるシドに、フォルセはそれ以上厳しい言葉を口にすることができず、どうすべきか迷いを見せる。

 

 

「なあ、頼むよフォルセ嬢。機密って言うなら口外しねえ。いや社には報告するが、時が来るまでは絶対記事にはしねえ。でも発信するってんならオレにも一枚噛ませてくれ! 頼む、この通りだ!」

 

「……貴方がそこまで追い詰められている理由は何なのです? クビだなんて、何か事情があるのでしょう?」

 

「そ、それはだなあ……」

 

 

 言い縋っておきながら、シドはクビの理由を明らかにしたくないようだった。それでは困るとフォルセも無言で口を閉じる。幾らフォルセが神父とはいえ、いやだからこそ抱える重荷を明らかにしてもらわねば、救いを授けることはできないのだ。どれほど縋られようとも、心を開かぬ者を助けることはできない。

 

 

「……開かないわねぇ……、聖職者サマ」

 

「なんでしょう」

 

「棺に名乗ってみたけど、開かないわ。もしかしたら〈神の愛し子の剣〉に反応するのかも」

 

「わかりました、開けてみましょう」

 

 

 「〈神の愛し子の剣〉……?」反応するシドを置いて、フォルセはミレイの元へと向かった。棺の中からうーうーと呻き声がよく聴こえる。

 

 

(さて……これで本当に試練が始まったら、嫌でも彼を巻き込むことになるけれど……)

 

 

 棺に手をかけながら、フォルセは後方に佇む“無関係者”をどうするか考えあぐねていた。事は重要で、今後どう転ぶかわからない事態だ。一般人を巻き込むわけにはいかない。

 

 

「なるようになれ、か……」

 

「聖職者サマ?」

 

「いえ、彼を巻き込んだらどうしようかと思って……っ!」

 

 

 ズズ、と棺を動かしたその瞬間――膨れ上がった殺気に気付き、フォルセはミレイを抱えて飛び退いた。

 

 

「うひゃあああっ!?」

 

「! ど、どうしたどうしたあ?」

 

 

 直後、上空から巨大な影が降り、棺の上へと着地した。ズシン! と地響きを鳴らして現れたその影は、禍々しい気を放ちながら棺を呑み込む。

 

 それは、黒々とした身体を震わせる巨大なスライムだった。道中潜んでいた個体とは違い、全身から冷たくもおぞましい瘴気を発している。

 

 

「ヘレティック!? まさか、こんなところに……!」

 

 

 フォルセは焦りを浮かべながら、抱いていたミレイを下ろした。ヘレティックの敵意、殺意は紛うことなくフォルセらに向いている。鈍足そうな体躯ではあるが、ヘレティックを前にして逃げる選択肢は無い。剣を抜き、リージャを這わせ、フォルセは他二人に指示を飛ばす。

 

 

「私が注意を引きます、ミレイ……その間に、貴女は中央の核を狙って魔術を!」

 

「りょーかい!」

 

「あ、あれがヘレティック……噂に聞く、異端の化け物ってやつかあ……? お、おっかねえ……!」

 

「……。シド、貴方は後方に隠れていてください。危険です」

 

 

 震え上がるシドに対し、フォルセは騎士の顔になって告げた。その指示にミレイは詠唱の手を止めかけるが、青ざめた表情のシドを見て思い直す。

 

 

「安心してっ、あたしはヘレティックと戦ったことあるし、聖職者サマは強い騎士なんだから」

 

「……ってことは、ミレイ嬢は騎士じゃないのかあ……?」

 

「? そうだけど……」

 

「だ、だったらオレだけ隠れてるわけにはいかないぜ! 嬢さん方、オレも助太刀する!」

 

 

 シドは震え声で雄叫びをあげ、大剣を抜いて地を蹴った。彼が追いつくその間に、フォルセが素早い連撃を加えてヘレティックの躯体を抉る。飛び散る血肉にうひゃああ、と怯えながらも、シドは自らの武器をしかと持ち上げ、前線に立った。

 

 

「ちょ……む、無理しなくていいのよー?」

 

 

 自らの言葉で煽ってしまったと気付き、ミレイはばつの悪そうな顔で小さく声をかけた。「うおおおおっ!」それを聞く余裕なく、シドはヤケクソぎみに大剣を振り回す。

 

 

「――シド、相手の弱点が見えますか?」

 

 

 がむしゃらに攻撃するシドを引っ張り、フォルセは努めて柔らかな声でそう尋ねた。一度出てきてしまった人間を下がらせるには労力が要る。ならば少しでも落ち着かせる方が良いと判断したためである。

 

 

「じゃ、弱点? ……おお、見えたっ見えたぞフォルセ嬢っ」

 

「それをミレイに伝えてあげてください」

 

「よしっ……ミレイ嬢! こいつは風と光が弱点だあ!」

 

「……風ね、オッケー任せてちょうだい!」

 

 

 ミレイの元気な返事を聞いて、シドの表情が和らいだ。その様子をヘレティックの攻撃を受け流しながら窺い、フォルセは新兵に語りかけるように口を開く。

 

 

「ヘレティックとはいえ、戦い方は巨大なスライムと大差ありません。中心部の核を狙えるよう、前衛は周りの肉を削ぐのです」

 

「だっだが、瘴気に穢されてはしまわないかっ?」

 

「あの棺のように呑まれでもしない限り、体内のリージャで中和が可能です。後ほど私の法術にて浄化も可能ですから」

 

「よ、よし……!」

 

 

 薄く笑みすら浮かべるフォルセの言葉に、シドは恐怖を武者震いに変えたようだった。目の前の巨体はヘレティックではなくただのスライム――己の旅路でも乗り越えてきた種であると、息を整えつつ自身に言い聞かせる。

 

 

「うおおおおっ……旋撃衝(せんげきしょう)!」

 

「――残光襲(ざんこうしゅう)!」

 

 

 雄叫びと共にシドが大きく横に薙ぎ、次いで隙無くフォルセが高速の連続突きを放った。大振りの攻撃と手数で攻める攻撃に、ヘレティックの躯体はどんどんと抉れ、中央の核と棺を顕にしていく。

 

 

「っ……? 棺で守っているのか?」

 

 

 伸びる触手を斬り捨てながら、フォルセは気が付いた。ヘレティックは呑み込んだ石棺を核の前に置き、核のための盾としているようだった。これではミレイの魔術が届かない。どうにかして棺を押し退けるか、核を引きずり出さねば。

 

 その時――

 

 

「うおおおおっやってやる!」

 

「えっ……!?」

 

 

 思考するフォルセの脇から、シドが大きく飛び出した。

 

 

「くらええっ、風陣刹(ふうじんさつ)!」

 

 

 風を帯びた大剣を構え、シドはあろう事かヘレティックの体内へと突っ込んだ。核と棺を分断するように斬り裂き、突き進んでいく。ヘレティックの咆哮が鈍く耳を揺らす――突撃してきた愚か者を駆逐せんと、ヘレティックの体内がぎゅうと収縮を始めた。

 

 

「っ……光霊弾(こうれいだん)!」

 

 

 シドの身体が呑まれるその直前――フォルセは自動拳銃を即座に構え、光の弾丸を三発放った。シドを捕えんとしていた触手を撃ち、フォローする。その甲斐あって、シドは無事ヘレティックの体内を斬り開き、向こう側へとすり抜けた。

 

 

「ミレイ! 今です!」

 

「よっしゃー! くらえっ、ゲイルジャベリン!」

 

 

 フォルセの合図を受け、ミレイは溜め込んでいたマナを一気に解放した。風の槍が突き進み、直線上にいたヘレティックの核を押し貫く。バキバキと容赦なく核が割れ、ヘレティックは巨体をぶるりと震わせ、溶けていった。

 

 

(な、なんとか終わった……)

 

 

 念のため、とフォルセは光弾を幾つか放ち、核の破片を浄化した。瘴気の残り香が風に乗って遺跡の奥へと流れていく。残されたのはヘレティックに呑まれていた石の棺。中からは相変わらずうーうーと悲しげな呻き声が聴こえる。

 

 が、今は呻き声どころではなかった。いつの間にかミレイとハイタッチしている記者に、フォルセはじっとりと厳しい視線を向ける。

 

 

「シド……」

 

「おおっフォルセ嬢。オレの攻撃はどうだった? なかなかのものだったろう」

 

「ええ、いきなり突っ込むとは思いませんでした」

 

 

 フォルセはにこりと微笑んだ。げっ、とミレイが失礼にも程がある呻き声をこぼす。

 

 

「大剣での攻撃は見事なものでした。しかし、何の前触れなく飛び込むのは頂けませんね……危うく、本当に呑み込まれるところでしたよ」

 

「おお? フォルセ嬢は怒っているのか? ……いいじゃないかあ、最後には勝てたんだから」

 

「……、遺跡に飛び込んだことといい、貴方は少々無謀な所があるようですね。いつもこうなのですか?」

 

「勿論! 危険に飛び込んでこそ、一流のジャーナリストだ! それに……女の子にばかり戦わせるわけにはいかんしなあ」

 

 

 でへへ、とシドは頬から蕩けきった笑顔で言った。殴りたくなるようなその顔を、フォルセの輝かんばかりの笑みが睨み上げる。その睥睨(へいげい)の意味に、シドは全く気がついていない。

 

 

「……にしても、まさかヘレティックと戦うことになるとはなあ」

 

 

 「いい経験をさせてもらったぜ」シドは怒られていることなど全く気にしていない様子で、にこやかにメモを取り始めた。

 

 フォルセは大きく溜め息を吐いた。そんな彼に、ミレイがこそこそと耳打ちする。

 

 

「ねぇ聖職者サマ、ヘレティックと戦うのってそんなに珍しいことなの?」

 

「……馬は馬方、グミはグミ屋ということでね。普通、ヘレティック討伐はヴェルニカ騎士団に依頼されます。余程リージャに自信のある者で無い限り、一般人でヘレティックと戦う者はいないでしょう」

 

「ふーん。慣れちゃえば、普通の魔物と変わらないのにね」

 

「そう考えられる方が凄いのですよ、一般的にはね」

 

 

 そんなもんか、とミレイはひとり納得する。

 

 二人がヘレティック討伐について話している間、シドは此度の経験をメモし終えて満足げな表情を浮かべていた。そんな彼の足元に、ころんと転がる一粒の闇が――

 

 

「んん?」

 

 

 足先に転がってきたそれを、シドは何とも思わず拾い上げた。赤黒い小さな宝石。シドの中の好奇心を煽る不思議な色。先程まで戦っていた異形の色と、どこか似ている。

 

 

「フォルセ嬢、これは……――」

 

 

 言いかけて、シドは口を閉じた。調子よく笑って受け流していたが――シド自身、無謀を叱咤されたとよく理解していた。フォルセという騎士に知らせたら、きっとこの宝石は取り上げられてしまう。そう瞬時に悟るほどには、宝石の危うさを感じ取っている。

 

 危うい。だから何だ。オレはヘレティックにだって打ち勝てた。もっともっと踏み込んだとて大丈夫さ。腐ってもジャーナリストである彼の心が、そう囁いた。

 

 

「……どうしました、シド」

 

「いやっ、なんでもない!」

 

「?」

 

 

 フォルセの翡翠色の双眸から隠すように、シドは宝石を懐にしまいこんだ。

 

 

 “うぅ……うー……どうせ……どうせ……”

 

「! 忘れてた、呻き声!」

 

 

 「聞いてるこっちが悲しくなってくるわね」うー以外を発し始めた呻き声に、ミレイは若干げんなりした顔で呟いた。

 

 

「さっき、聖職者サマの手で開きかけたわよね?」

 

「ええ。……開けてみましょう」

 

「ついに現れるかあ? 古代人の祟り!」

 

「やめて!」

 

 

 ぎゃいぎゃい言い合う二人を他所に、フォルセは再び石棺に手をかけた。

 

 ズズ……と引きずる音をたてながら蓋が動く。同時にフォルセの心底を熱い何かが駆け巡り、心の鼓動を強くした。

 

 

「っ、黙示録に反応した時のような感じが……」

 

「何か感じるの? やっぱり〈神の愛し子の剣〉に反応を……」

 

 

 緊張した面持ちのミレイに視線で返し、フォルセはぐっと力を入れて棺を開けきった。ズシン、と落ちる重い蓋。闇一色の中身を照らした、その瞬間――

 

 黄金に光る、二対の何か。

 

 

『……おせーんだよお前らぁあああっ!』

 

「うわっ」

 

 

 棺の中から、赤い塊がフォルセの懐へと飛び込んだ。

 

 

 

***

 

 

『ぐすっ……うう、おせーんだよぉ……ぐずぐず』

 

 

 棺を開けた瞬間やってきた、赤い“それ”。

 

 

「……なにこれ」

 

 

 ミレイが覗き込むそれは、フォルセの手のひらに収まる小さな毛玉。――否、赤い毛糸が特徴的な、小さな小さな編みぐるみだった。

 

 

『……起きないといけないよなぁ、俺、……だもんなぁ。ぐすん』

 

 

 編みぐるみはぶつぶつ泣き言を呟きながら、フォルセの手の上でむくりと起き上がった。

 

 顔と身体が同じほどの見事な二頭身。赤い毛糸は“彼”の長い赤毛を表しており、目玉として縫い付けられた金色のボタンが二つ、キラキラと光っていた。茶色い杖を背負った黒装束までも全て毛糸で編まれているが、唯一頭を飾るヒルデリアの花飾りだけが、ミレイのものと同じガラス細工である。

 

 

『よぉお前ら。こっちじゃ三日ぶりだなこんちくしょーめ』

 

 

 その容姿カラーと皮肉気な声に、フォルセとミレイは覚えがあった。

 

 

「……、ハーヴィ?」

 

『そうだよ! お前らの審判者のハーヴェスタだよ! うわぁああんっおせーんだよお前らぁあああっ!』

 

 

 編みぐるみ――ハーヴェスタはぴーと泣き始めた。涙の代わりに水色のビーズがこぼれ、遺跡の床にぽろぽろ落ちる。

 

 

「……こいつは、あの伝説のあみにんってやつじゃないかあ?」

 

 

 ひとり除け者にされていたシドが、カメラを構えて呟いた。

 

 

「! そうよ、編みぐるみのあみにん! 石版に書かれてたのはこういうことだったんだわ!」

 

「呻き声の正体は伝説上の存在かあ! こりゃあスクープだぜ……! 興奮するなあ!」

 

『だああっうるせーうるせー! 何がスクープだ災難だってーの!』

 

 

 興奮するミレイとシドの視線から逃れるように、ハーヴェスタはフォルセの頭へとよじ登った。金髪の上で踏まれる地団駄がぽふぽふ鳴る。

 

 

『杖の壊しすぎがなんだー! 何で俺があみにんになんぞならなきゃいけないんだー!』

 

「ハーヴィ……自らその姿になったのではないのですか?」

 

『んなわけねーだろ! ディーヴ達に杖壊しすぎ、調子乗りすぎって怒られたんだよ! いいじゃねーか、二千年ぶりの勇者なんだからちょっとくらい興奮したってよー! なーお前もそう思うだろ〈神の愛し子の剣〉ー!』

 

「……耳元で叫ばないでください……」

 

 

 ある意味テンションの高いハーヴェスタを、フォルセは苦笑ぎみに引っ掴んだ。ぶう、とぶすくれるあみにんの姿に、かつての面影はこれっぽっちもない。

 

 

「いやあ、やっぱりオレの予想は間違いなかった! アンタ達にくっついてれば、きっと編集長も納得のスクープが手に入るに違いねえ!」

 

 

 パシャパシャとカメラを切っていたシドが、眼をこれでもかと煌めかせて言った。

 

 

「フォルセ嬢! オレは何と言われようとアンタ達に着いていくぜ! 女の子だけの旅路に加わるのは嬉しい、いやちょっと気が引けるが、この通りだ! オレにスクープをモノにするチャンスをくれえ!」

 

「……コホン。不可思議なことが多いですが、せめてこれだけは解いておこうと思います」

 

 

 渾身の思いで頭を下げているだろうシドに対し、フォルセはどこか冷たい、迫力満点の顔つきで口を開いた。

 

 

「私は神父。れっきとした男です」

 

 

 「……男?」此度、様々な不可思議を経験したジャーナリストの顔が――最も深い驚きに包まれ、あんぐりと口を開ききった。

 

 

 


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