テイルズオブフェイシア ―己が神を信ずるRPG―   作:澄々紀行

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Chapter21 その剣の名は、

 

「聖職者サマ! 起きて、聖職者サマぁ!」

 

 

 ヘレティックの猛攻を避けながら――避けきれず、腕やリボンを裂かれながら、ミレイは叫ぶ。

 

 

「うぐっ……もう駄目なの? 覚悟を決めたのに、こんな……!」

 

 

 ぽっと出の魔王によって無茶苦茶にされてしまうのかと、ミレイは嘆き、それでもフォルセを助けたいと、けれどもクルト少年を傷つけられないと弱くなって――ただひたすらに、柔な攻撃を放つ。

 

 

「聖職者サマ! 聖職者サマ……!」

 

 

 ミレイにできるのは、ただ彼の名を呼ぶことだけだった――。

 

 

 

***

 

 

「ぼくのともだちは、ずっと昔からここにいるの」

 

 

 何の変哲もない――強いて言えばその長閑さが一番の特徴と言えるような村。

 

 ここは何処だろう、とフォルセは思う。幻か、はたまた夢か。突然変わった光景は、しかし今必要とされているものなのだと無意識が囁いている。

 

 

 クルト少年はフォルセの手を引き、自分の家に備えられた牛舎にやってきた。

 

 

「牛さん、豚さん、鶏さん……ぼくが生まれるよりもたくさん前からいる。ぼくが生まれた時もいたんだよ」

 

「覚えているのですか?」

 

「ぼく、早く生まれたくなっちゃって……おかあさん、ここで苦しそうになっちゃったんだ」

 

 

 「牛さん達が心配してたよ」嘘か真か、そんなことフォルセにはわからない。だがそうだと言うならそうなのだろう。生まれる前から、彼らはクルト少年のともだちだった――それがここでの真実。

 

 場面は変わる。クルト少年が記憶する夢が現れる。幼いクルトと母が揃って家畜の世話をして、幸せそうに微笑み合っている。

 

 

「牛さんはシナン、豚さんはリッヘ、鶏さんはアーシュとルコっていうの。たくさんいるけどみんな同じ」

 

「名前がついているのですね」

 

「ぼくがつけたんだよ。おかあさんは『じゃあこの子はリッヘ2号かしら?』って笑ってた」

 

 

 家畜は皆、寿命、あるいは食卓に並んだか売られた――とかくそれぞれの理由で消え、そうして次の世代がやってくる。

 

 クルト少年には、わからなかった。全部同じ命なのだと思っていたから。

 

 

「おかあさんは違う名前にしよう、って言ってたけど、どうしてだかわからなかった。みんな、ぼくが生まれる前からここにいる。時々身体が小さくなるけど、ずーっとここにいるんだ」

 

「ええ」

 

「おかあさん、言ってた。命は繋がってるからありがとうを言うんだって。おとうさん、言ってた。命を貰うから残しちゃいけないって。おにいちゃん、言ってた。……いつも食べてるだろって。

 ぼくはわからなかった。お肉はおいしいけど、ともだちとは全然違うのにって」

 

「……ええ」

 

「ぼくがそう言うと、おとうさんもおかあさんも悲しそうな顔になるんだ。おにいちゃんだけは、変なやつって笑ってくれた。……笑ってくれたのに、ひどいことした」

 

 

 父母は焦った。食べ盛りの息子が食しているのは紛れもなく息子のともだちなのだ。けれど、息子はそれがわからないという。

 このまま生き物の理を知らない人間に育ってしまったら? もうひとりの息子が“正しく”育っていたから、彼らは余計に“間違えた”と感じてしまった。

 

 それを、もうひとりの息子も感じ取ったのだろう。

 

 場面は変わる。怯えるクルトを連れ、兄であるトビーが牛舎の奥へ行き――幼いながらも手際良く、アーシュだかルコだか、鶏を一羽、締め上げた。

 

 

「ぼく、ぼく、こわくてわからなかった」

 

「ええ。……ええ」

 

「なんでひどいことするの、眠っているのにいじめないでって怒ったよ。でもおにいちゃんは、あとで会えるからって言って行っちゃった。

 ……おかあさんが燃やしてた。チキンサンド、食べられなかった」

 

「あの子は優しいのですが、走り出すと止まらないところがありますからね……」

 

「そうなんだ。ひどいよね、そんなふうにしなくてもよかったのにな」

 

 

 クルト少年は笑いながら泣いていた。最愛の兄が大好きで憎たらしい。兄のせいで暴走することになったのだと、罪を押し付けることだってできやしない。

 

 

「ぼく、思ったんだ。食べるならありがとうを言わなきゃいけないんだって。大好きなともだちに言わなきゃいけないから、大好きなひとにも、ありがとうって言わなきゃいけないんだって……」

 

「ええ」

 

「変だって思ったけど、そうなんだ。思ったけど、やらなきゃいけないって思ったんだ。だからぼくは……ぼく、おかあさんに、笑ってほしくて、ありがとうって言いたくて、」

 

「ええ……ええ……」

 

「でも、おかあさん、こわがってた。すごくこわがって、こわいって……笑ってくれなかった!」

 

 

 場面は変わる。血色の涙を流すクルトが、昼食を作る母を裂き、燃やして、笑いながら貪る様子。

 

 フォルセの腕の中で、クルト少年は泣き叫ぶ。流れる涙は透明で――だか少しずつ、赤くなっていく。

 

 

「どうしてともだちはいいの? どうしてともだちは食べていいの? どうして……ぼくは、おかあさん……」

 

「……、君は、小さい頃より大きくなっているね」

 

「うん……ぼく、おにいちゃんよりも大きくなるんだよ。こどもは大きくなるんだって、おとうさん言ってた」

 

「そう……命を貰うから、大きくなれるんだよ」

 

 

 うっすらと潤む少年の目が、疑問を湛えてフォルセを見つめる。

 

 

「ヒトは、命を食べて生きている。動物だってそうだ。命を食べないと生きていけない。

 そして、ヒトもいつかは死ぬ。色んなものを遺して死ぬ。遺したものから他の命が生まれて、育って……そうして命は巡るんだ」

 

「命は……めぐる? でも、死んじゃうのは痛いよ」

 

「そう。だからありがとうを伝えるんだ。命を貰った分だけ、大きくなるからと感謝するために」

 

 

 命を貰わないと生きていけないから。フォルセはただ寄り添いたいと願いながら、小さな身体を抱き締める。

 

 

「ぼく、ぼく……」

 

「ええ」

 

「ぼく……わからなかったんだ。間違えちゃったんだね。だから、おかあさん……おかあさんを、……!」

 

 

 場面は、変わらない。クルトが母を裂き、燃やして、食っている。

 

 フォルセは知っている。それが辛うじて性別がわかる有様だったことを。ここの家族に女性は一人だけだったからそうなのだろうと、そう思うしかなかったことを。

 

 

「ぼくは、わからなかった。わからなくて……そうだった、そうしなきゃいけないって思って……おかあさん、おかあさん……」

 

「ええ……ええ……」

 

「おかあさんにちゃんとありがとう言えたこと、おにいちゃんに教えたかったんだ。おかあさん笑わなかったから、こわくて、おにいちゃんにまた正解を教えてほしかった……

 どうしてなのかわからなかった! こわかった! こわかった!」

 

「こわかったですね……こわかった……こわかった……」

 

「おかあさん、殺しちゃった……あああっ、ぼくっ、おにいちゃんも、殺しちゃった!」

 

 

 

「それは違う。君はあの時トビーを殺していない」

 

 

 えっ、とフォルセを見上げる大きな瞳――流れ落ちる涙を拭ってやりながら、フォルセはああ、と悟った。自分が、今この子に何を伝えるべきなのか。

 

 

「あの時……君は、トビーのもとへ行った。僕はそれを追ったんだ」

 

 

 母を殺し、クルトは兄を求めて森へ向かった。騎士フォルセは村に戻り、暴走余波(インフェクション)の騒動を収めるため暫し留まった。

 

 その後のこと。生き残った村人から話を聞いて、フォルセは再び森へ戻った――クルトが兄トビーの元へ現れたのは、フォルセに追いつかれる、その直前。

 

 

『クー? クー……なのか?』

 

『おにいちゃん……迷子?』

 

『クー……どう、したんだよ! 血、指が、血が……!』

 

『おにいちゃん……ぁ、アは、ありがとう言えたよ? これで良かったんだよね? おにいちゃん……』

 

『っ! ヒ、ヒイッ……!』

 

 

 場面は変わる。最愛の兄に縋るのは、血色の鉤爪を引き摺る――小さな、化け物。

 

 

『ァア、どうして逃げるの、どうして褒めてくれないの、どうして教えてくれないの! ぼくちゃんとアリガトウ言ったよ? 焼きすぎたけど、ちゃんと……!』

 

『あ、ぁああっ……クー……!』

 

『おにいちゃん……褒めて、ほめて。ぁああハハハ……焼いたお肉にして食べてにしたからぁ……! おにいちゃん……!』

 

『クー……! クー!』

 

『! ははハっ、ハッ……ガぁっ……ぐる、じ……ぐるじィ、あはハァハハ……ハ、は……おかあさん?

 

 ――ガ、ァアアアァアアアァッ!!』

 

 

 

『哀れで愛しい不浄の子よ……』

 

 

 フォルセの胸に縋り付いていたクルト少年が――救いを見つけたように、頭を上げた。

 

 場面は、幼き化け物が鈎爪を振りかぶったその瞬間。追いついた騎士フォルセが、慈悲を湛えて剣を抜く。

 

 

『ガァアアアァアアアッッ!!』

 

『クー! う、ぁあああああッッ――!!』

 

 

『女神の御許へ、還りなさい……!』

 

 

 真白の剣が、おぞましきヘレティックを――

 

 

「僕が……君を、殺した」

 

『――招雷閃(しょうらいせん)!!』

 

 

 ――浄化した。

 

 

 

「良かったぁ……」

 

 

 フォルセの腕の中で、クルト少年は澄んだ涙をこぼしながら笑った。

 

 

「おにいちゃんのこと……食べて、ない。今もおとうさんと一緒だね?」

 

「ええ、一緒です。とても、仲のいい……」

 

「よかった、よかったねぇ……」

 

 

 クルト少年の涙が、フォルセの法衣を濡らしていく。先程まではどこかへ行ってしまっていた涙が、フォルセに訴えるように染み渡る。

 

 喜びが溢れた。殺された少年が、殺した騎士に対して“家族を守ってくれてありがとう”と伝えている。

 

 

「おにいちゃん……ぼく、まだよくわからないけど。おかあさんに謝りたい……謝れるかな?」

 

「ええ。きっと聞いてくれます。君のお母さんも……ずっと君を心配していたから」

 

「そっか。おにいちゃんとおとうさんにも、ごめんなさいしたいな」

 

「きっと届きます。祈りはきっと……愛は、きっと」

 

 

 確約できない悲しみを抑え、フォルセは消えゆく幼子をゆっくり撫でた。

 

 

「ぼくも、のこしたかったな」

 

「遺せましたよ。君は確かに愛されていたのだから」

 

 

 薄く消えかけの笑顔を包み、あの子に届けたかった言の葉を。

 

 

「愛されていたよ。生まれてきた喜びは――今もきっと、続いてる」

 

 

 

***

 

 

「――っ!」

 

 

 燃え盛る炎の海で、フォルセは好き勝手振り回されながら血を吐いた。

 

 腐乱したヘレティックに刺し貫かれ、遠くではミレイがぼろぼろになりながらも戦っている。

 

 

「ガ――っぐ、う!」

 

 

 顔を上げた先、ヘレティックの背にしがみつく幼子の口が、フォルセに声なく訴える。

 

 ――“もう一度”と。

 

 

(対話の機会には感謝しよう――だけどっ!!)

 

 

 哀れみと慈しみに怒りを乗せて、フォルセは眼前にある腕の付け根を鷲掴み――叫んだ。

 

 

「ライトニング!!」

 

 

 稲光と共にヘレティックの腕が引きちぎられる。

 

 絶望の咆哮が神殿の壁をも揺らす中、フォルセは苦悶の表情で、ヘレティックから距離を置いた。腹を貫く鉤爪を引き抜き、抜剣する。

 

 

「せ、聖職者サマ、法術使え……っつ!」

 

「ミレイ……すまないね、また不甲斐ないところを見せて」

 

「そんなのより、あたし……! それに聖職者サマ、回復を!」

 

「この子の声を、もう一度聞くんだ……この子の、声、を……――はぁっ!」

 

 

 ごぼ、と口から血を吐きながら、フォルセは痛みなど感じていないように特攻していった。

 

 満身創痍の身では止められず、ミレイは歯痒く思いながら、意識的に聞かずにいた声に耳を傾けた。

 

 

 “おかあさん……ごめんなさい、おかあさん……”

 

 

 ――ああ、なんて惨いことだろう。辛い思いをしているだろう魂を、こんな場に引き摺り落とすなんて……

 

 

 “もう食べたくない……もう、だめなお肉はだめなんだ……だからもう一度、もう一度、”

 

 

 ――聞こえた。聞こえた!

 

 

 “ぼくをもう一度、やっつけて”

 

 

 

「……っ! あの魔王、絶対許さない!」

 

「せいっ!」

 

「やああああっ……! 火球導波(かきゅうどうは)!」

 

 

 ヘレティックの斬撃をフォルセは片腕で確実に受け流す。

 その足元へ、ミレイは地に刺したリボンから燃え盛る炎波を放った。覚悟を秘めた炎がヘレティックの足を焼き焦がし、フォルセの剣がそこに追撃する。

 

 

「……くっ、はぁっ……うご、け……!」

 

 

 ――が、先ほどまでたったひとりで戦っていたミレイの身体は、とうに限界を超えていた。炎を送って空っぽになった魔力共々、地に崩れ落ちて必死に呼吸する。

 

 

「っ……は……もうっ! うご、いてよ……! あたしの身体!」

 

「おーい、異端!」

 

「! ハーヴィ!」

 

「やっと蟲食いを越えられた。お前は少し休んでろ! ……俺がもう一度、そのヘレティックをぶっ飛ばす!」

 

 

 上から顔を出したハーヴェスタに、ミレイは眼を見開き驚いた。

 

 

「も、森ごと飛ばしたみたいに? でも聖職者サマが、」

 

「安心しろ、あいつは省く。大体あのままじゃあ確実に死ぬぞ! 何やってんだ!」

 

 

 「馬鹿か!?」怒号を放ったハーヴェスタを責める者は、いない。

 

 

「ああ馬鹿馬鹿大馬鹿野郎だお前も、あいつも! 俺が飛ばすまで持ちこたえろ!

 ――連れられし業火から破壊の象徴に告ぐ。

 求めるは一時の消滅、天よりの再誕。我が声に耳を傾けよ、規律の()を断ち切りたまえ――!」

 

 

 筒状の空間の最上部より、ハーヴェスタは木製の杖を掲げて力ある言の葉を紡ぐ。

 

 

 “――させ……ぬ”

 

「あっ……ノックス!」

 

「ちっ、魔力の残滓か……とことんしつこい魔王だな!」

 

 

 ハーヴェスタの行おうとしている試練の中断を、魔王の残り香は見逃そうとはしなかった。散りゆく魔力の最後の号令に従い、死にかけの巨鳥の肉体がただの岩のように次々と投擲され、ハーヴェスタのもとへと降り注ぐ。

 

 

「邪魔……するな!! アーチシェイド!」

 

 

 ハーヴェスタは詠唱を止め、忌々しげな表情で杖を払う。

 

 闇色の弧が降り注ぐ肉塊を薙ぎ、消滅させる――キィンッ! その間に、フォルセの剣がヘレティックによって、弾き飛ばされた。

 

 

「っきゃ……け、剣が!」

 

「くっ……間に合え!」

 

 

 飛んできた剣にミレイが悲鳴をあげる。もはや一刻の猶予はない、ハーヴェスタは上から飛び降りた。

 

 

「聖職者サマ!」

 

「フォルセ!」

 

 

 剣を失い、振り上げられた鉤爪を――フォルセは凪いだまま、鋭く見上げた。

 

 満身創痍とはとても思えない、澄んだ瞳――

 

 

「――っ!? あいつと同じ目……」

 

 

 ハーヴェスタの死んだと称される黄金の双眸が、何かを見つけたように瞬いた。

 

 

「っ……【ユシェル・バイツァル(yuciel,buyturl)】!」

 

 

 空中より振り下ろされたハーヴェスタの杖から、空間を吹き飛ばすほどの力を秘めた暗黒球が飛ぶ。真下のヘレティック目掛け――垂直に、止めようがない勢いで、落下する。

 

 それが当たれば、今宵は再び静寂に包まれるのだろう――だが、

 

 

「いけない」

 

 

 フォルセの唇が、ただ思うまま口を開く。

 

 

「この子をこれ以上苦しめるわけには――いかない!」

 

 

 業火を伴う咆哮、そして絶対を孕む力に向けて、〈神の愛し子の剣〉は意志を叫ぶ。

 

 ここで終わらせる。それが望みと聞こえるのだから――フォルセは心の求めるまま、己が“剣”を抜いた。

 

 

 

 ――一閃。

 

 

「なん――っ!」

 

 

 炎をも呑む緋色のヴィーグリック言語が、花を描くように爆ぜていく。

 

 暗黒球【ユシェル・バイツァル(yuciel,buyturl)】が弾き返され、ハーヴェスタは空中より落ちる最中、咄嗟に身を捩った。彼の持つ木製の杖を巻き込み天井へぶつかり、暗黒球は夜天を望める穴を空け、彼方へと消えていった。

 

 ――キィン! 溢れるヴィーグリック言語の中から剣戟の音が聞こえ始める。

 

 

「……剣?」

 

 

 どうにか拾い上げたフォルセの剣を、ミレイは目を白黒させながら見つめた。

 

 彼の剣はここにある。ならば彼は何をもって戦っているのか?

 

 

「……ちっ、さっきから空回りすると思ったら……こういう流れか」

 

「ハーヴィ……! 何が、聖職者サマは!?」

 

 

 難なく着地したハーヴェスタの苦くも弧を描く唇にも気付かず、ミレイは訳の分からぬまま詰め寄った。

 

 

「見ての通りだ、戦ってるよ……あの子のために。

 〈神の愛し子の剣〉を、抜いてな」

 

「! えっ……」

 

 

 ハーヴェスタの視線を追い、ミレイは胸をきゅうと締め付けるような熱を覚えた。

 

 

「あれ、が……〈神の愛し子の剣〉……?」

 

 

 緋色のヴィーグリック言語が集束する。纏うは彼――白き法衣をたなびかせ、全身から炎のようにヴィーグリック言語を放つ。

 

 〈神の愛し子の剣〉が、そこにいた。

 

 傷口より出でるは“緋”。通常のヴィグルテイン化とは違うその色は、しかしそれこそが正しい在り方のように輝き、炎華を成して巡っている。

 

 光が形をつくる。彼より現れたヴィーグリック言語は美しい文様を浮かべる剣となり、計七振りが彼の背後に鎮座していた。そのうち六振りは色抜けしたように透明で、残った緋の一振りを、彼は己が手元に這わせて構えている。

 

 剣を持つ手は“右”。失われた筈の右腕は、緋色のヴィーグリック言語の集合体となって生えている。

 

 

「よく見な、レムの黙示録所持者……あれこそが、お前の求めていた〈神の愛し子の剣〉。勇者の詠歌律唱(ルフィアス)を継ぎし、(うつつ)の勇者だ」

 

「……すごい」

 

 

 放心するミレイが見つめるその先で、〈神の愛し子の剣〉は飛ぶように駆けた。

 

 ヘレティックへ瞬く間に肉薄し、一閃――その手に持つ緋色の大剣を、まるで剣が腕の一部であるように軽々と振り抜き、ヘレティックの鉤爪、炎、腐敗した肉の一片に至るまでを真白のヴィーグリック言語にして己に還していく。

 

 剣を重ねるたびに魔王の力は消滅し、クルトの声は少しずつ消えていく。嘆くこと――否、何も嘆くことは無い。少年の表情は確かに和らぎ、喜びを吐露しているのだから。

 

 

「――招雷閃(しょうらいせん)

 

 

 真白のリージャの代わりにヴィーグリック言語を放つ剣が、ヘレティックの胴を押し貫いた。

 空いた穴は再生しない。再生を図る黒(もや)はヴィーグリック言語に呑まれ、白となって彼に還る。

 

 ――赤黒い宝石が現れた。

 

 再生を思わせる宝石が、彼を試さんとパキリと割れる。既に輪郭すらあやふやな少年が、救いを求めて彼を見た。応えるべく、救うべく、〈神の愛し子の剣〉はその剣を天へと向け、己が()を謳う。

 

 

「始まりの祝福を」

 

 “――……”

 

「神の御許へ、――【ゼムラス(zem las)】!」

 

 

 悪意の石へ、彼の切っ先が振り掲げられた。ヴィーグリック言語の奔流が巨大な槍のごとき光となってヘレティックを呑み込み、無垢なる白として還していく。

 

 

 “……ありがとう、おにいちゃん”

 

「――」

 

 

 ヴィーグリック言語とならなかったか細い音色が、彼の耳へしかと届く。ともだちや母に正しく告げたかった言の葉は、今、少年の喜びを乗せて送られる。

 

 いつの間にか、周囲の火は消えていた。少年と共に連れてこられた森は炭と化し、神殿を汚す黒となっている。

 

 それを纏っていたものは――もういない。おぞましくも悲しい異端の子は、今頃母のもとで色んな声をあげて泣いているだろう。その泣き顔がいつしか笑顔になればいいと新たな願いを抱きながら、〈神の愛し子の剣〉は剣を払った。

 

 

 

***

 

 

 一つの幕が、今降りた。

 

 静寂が包む。それを払ったのは――天より降り注いだ、暖かき太陽の光だった。

 

 

「おっ、やっと夜が明けたな」

 

「……終わった、の」

 

「ああ。いけよ黙示録所持者。休憩タイム続行だ」

 

 

 ミレイの背を、ハーヴェスタが治癒術ついでにポンと叩いた。

 

 押されるままに駆け寄ったミレイを、〈神の愛し子の剣〉はちら、と見遣る。

 

 

「……ミレイ」

 

 

 聖職者サマの声だ。ミレイは緊張の面持ちで見上げる。

 

 

「痛いよ、これ」

 

「え」

 

「リージャの痛みなんて比じゃない。火への恐怖なんて感じる余裕が無いほど痛い。笑ってるつもりだけど笑っていないのだろうね、僕は」

 

「えっあの」

 

「けれど……あの子をあのままにしておくほうがもっと痛かった。あの子を、救いたかったんだ」

 

 

 「心配かけてごめんね」〈神の愛し子の剣〉は至極無表情だった。だが願いはミレイと同じ――否、それよりずっと先を見てきた“彼”のもの。消えてしまった幼子が手を伸ばした、救済の可能性を秘めたもの。

 

 

「……やっぱりあなたは〈神の愛し子の剣〉だった」

 

「……」

 

「あなたのこと、信じてた。でも最後のさいごで駄目だったわ。あたしは諦めてしまった……反省してる」

 

「……、ありがとうと言っていたよ」

 

「! そっか……そっか! あの子を助けてくれてありがとう、聖職者サマ」

 

 

 どういたしまして、と〈神の愛し子の剣〉――フォルセは、笑うように小首を傾げた。

 

 

「で、いつまでそうしてる気だ?」

 

 

 雲ひとつない青空を見上げ、ハーヴェスタがうんと身を伸ばす。

 

 

「試練はクリア、お前はめでたく〈神の愛し子の剣〉だ。……気ぃ抜けよ、おめでとさん」

 

「……あ」

 

「ぎゃあっ聖職者サマ!」

 

 

 ヴィーグリック言語と七振りの剣がフッと消え、フォルセがふらりと崩れ落ちた。

 

 

「……。気が……抜けすぎました。……痛た……」

 

「あっそうよ! お腹っ、お腹に大穴が!」

 

「は? ……だああああっそうだった! 異端どけ! 俺が治療する!」

 

 

 慌てる二人に甘やかされ、フォルセはへらりと気の抜けた笑みをこぼす。

 

 

「ヒールで足りるか!? キュアか? レイズデッドかぁ!?」

 

「瀕死ではないので、そこまではいりませんよ……」

 

「……うーん。異端はこういう時、何にもできないのよねぇ…………あ、」

 

 

 治癒の光が出でる中、ミレイがふと何かに気付き、周囲を見渡した。

 

 

「どうしました……ミレイ」

 

「聖職者サマ、剣が落ちてる」

 

 

 ミレイの指さす先には、地に刺さる一振りの剣があった。美しい文様の剣だが、フォルセの所持する騎士の剣ではない。先ほどまで具現していた七振りのうち、唯一緋色に輝いていた剣によく似ていた。

 

 

「……それは、今回の試練クリアの証みたいなもんだ」

 

「どういうこと?」

 

「試練はこれで終わりじゃない。勇者の詠歌律唱(ルフィアス)はまだ六つ、〈神の愛し子の剣〉を待っている」

 

詠歌律唱(ルフィアス)……マナもリージャも使わない、古の技法でしたか」

 

「そう。〈神の愛し子の剣〉は勇者の力。二千年前の勇者が携えていた七つの詠歌律唱(ルフィアス)のことだ。

 その剣は、お前が今回得た詠歌律唱(ルフィアス)……祝福の剣〈ゼムラス(zem las)〉。抜くのはお前だ、ミレイ」

 

「あ、あたし? なんで」

 

「勇者の詠歌律唱(ルフィアス)は、その強大な浄化力ゆえに現世より封じられてるせいで、夢と現の狭間……つまりこのゲイグスの世界でしか使えない。だがレムの黙示録を使えば、その力の一部分を現世に持っていける。

 抜けば勝手に入る。外で引き抜くのは〈神の愛し子の剣〉の役目だけどな」

 

「つまり、鞘の役割……ということですね」

 

 

 緊張と困惑を隠せぬミレイを、フォルセは柔らかな表情で見つめた。

 

 

「抜いてください、ミレイ。私に、初めに〈神の愛し子の剣〉を望んだ貴女が。貴女の祈りをもって抜くのなら、今それは、貴女が抜くべきだ」

 

「それが……あたしの役目なのね。わかったわ」

 

 

 フォルセ自身に促され、ミレイは地に刺さる剣――〈ゼムラス(zem las)〉を掴んだ。

 

 重量ではなく、存在そのものへの重みを感じながら引き抜く――地より刀身の全てが現れた瞬間、〈ゼムラス(zem las)〉は真白のヴィーグリック言語となってレムの黙示録に収束した。

 

 

「……なんだか、ずっと重くなった気分だわ」

 

「私も感じます。あの剣の重み……私は、〈神の愛し子の剣〉なのですね」

 

 

 「もういいの?」立ち上がってきたフォルセにミレイが尋ねれば、彼は小さくもはっきりと頷いた。

 

 

「……おーい。忘れんなよ」

 

「あっ、ごめんハーヴィ」

 

「いや俺のことじゃなくて……その剣は、あの核野郎をぶっ倒すためのものだ。お前の個人的な願いは結構だが、それを忘れんじゃねーぞ。

 ――時間だ」

 

 

 降り注ぐ陽光を弾くほどの光が、フォルセとミレイの二人を包み込んだ。

 

 

「なっ、なになに!?」

 

「帰る時間だ。忘れてっかもしれないが、あっちはまだまだ大騒ぎの真っ最中……あのクソ核野郎に、一発ぶちかましてこい」

 

「貴方は、……ハーヴィは来ないのですか?」

 

「そうよ、折角仲間になったのに」

 

「……馬鹿言うな、俺は試練の審判者だ。このゲイグスの世界から出ることはない……次に会うのは、二度目の試練の時だな」

 

 

 寂しがるな、どうせすぐだ。ハーヴェスタはそう言いたげに、光の外から手を振る。

 

 

「……わかりました。次の試練で、また会いましょう!」

 

「今度は頭空っぽなんて言わせないから!」

 

「おう! また会おう、(うつつ)の勇者達!」

 

 

 光の中で、フォルセとミレイの全身は赤きヴィーグリック言語に分解され――天を目指し、吹き抜けていった。

 

 

 

***

 

 

「……!」

 

 

 フォルセは喧騒の中で目が覚めた。バタバタと横を走り去ったのは聞き慣れた鎧の音。ヴェルニカ騎士達の駆ける音。

 

 周囲は“未だ”燃えていた。フォルセが慌てて天を見上げれば――そこにはもうもうとあがる煙で汚れた夜天、巨大な時計塔は二十一の刻から長針が次の次の……幾つか次の数字へ。最後に見てから、四十分ほどしか経っていない。

 

 眠りについてから数えるなら僅か“十分”ほどと言ったところか。

 

 

(戻ってきた――!)

 

 

 教団総本山グラツィオへ。フォルセはようやく帰ってきた。両手をついて起き上がり、思わず右腕を見る。ヴィーグリック言語ではない。元の腕が、そこにはあった。

 

 

「……祭士っお目覚めか!」

 

「くそ、なんなんだあの魔物は!」

 

「砕いても砕いても、再生する!」

 

 

 呼び声と叫びにハッと視線を向ければ――見覚えのある、ありすぎる黒い核が、僅かな距離の先で火を吹いていた。幾多の騎士達が挑んでいるが、ほんの“十分前”のフォルセ同様、攻撃した先から再生され、意味を成していない。

 

 

「……ミレイは、」

 

「ここよ、聖職者サマ」

 

 

 フォルセの後ろに、ミレイはいた。同じように横にされていた彼女は今まさに治癒術を受けようとしており――「止めなさい、彼女は異端症(ヘレシス)です」フォルセは急ぎ、同僚でもある治癒術師の手を止めた。

 

 

異端症(ヘレシス)!? さ、祭士……しかし彼女は」

 

「聖職者サマの言う通りよ。あたしは異端症(ヘレシス)……暴走はしてないけどね」

 

「ミレイ、動けますか」

 

「モチロンよ。……ハーヴィに言われたものね、一発ぶちかましてこいって」

 

 

 不敵に笑むミレイの科白に、あぁ変な夢では決してなかったと安堵して、フォルセは周囲の止める言葉を抑えて立ち上がった。

 

 ミレイもまた、すっくと立ち上がる。暴走を恐れられているのか、彼女を止める者は誰もいない。

 

 

「――ノックス!」

 

 

 ビフレスト大聖堂の庭、今や燃え盛る火の海と化している場所へ並んで駆け出し、二人は魔王の名を腹の底より叫んだ。

 

 

 “――夢と現より帰還したか”

 

「お蔭様でね!」

 

 “――ノックスに、剣を向けるか”

 

「そのために、帰ってきたのです」

 

 

 彼ら以外に、会話の意味を知るものはいない。

 

 魔王ノックス――精鋭たる騎士達の攻撃にも不死のごとく再生してきた核が、炎を纏って二人を見下ろす。

 

 

「ミレイ」

 

「うん、感じる……ちゃんと入ってるわ、この中に」

 

 

 レムの黙示録を手に、強大な何かの存在を感じ取る。やはり現実であった。夢のように瞬く間の時であっても、彼らの心身は確実に――夢と現の狭間を飛来した。

 

 

(うつつ)にて応えよ……〈ゼムラス(zem las)〉!」

 

 

 その名を呼び、フォルセは新たな剣を抜く。

 

 抜剣は彼の経本からではない、緋色のヴィーグリック言語はミレイの手の内から現れ出でた。収束したのは一振りの剣、薄らと力を宿した勇猛なる剣、それはまさに現世に蘇りし――勇者の剣。

 

 

(感じる……この剣の奮い方を。僕は今神父でも騎士でもない、ただ一振りの〈神の愛し子の剣〉……)

 

 

 マナでもリージャでもない力を秘めた剣を――“読み取る”。この力ならば魔王に対抗できると、心から感じ取ることができた。

 

 

(くっ……脳が焼けつくほど痛い。これが〈神の愛し子の剣〉……勇者の力……!)

 

 

 握り締める剣から緋色のヴィーグリック言語が伸び、フォルセの右腕に優しく絡みつく。痛い。焼ける。けれどもそれで丁度いい。

 

 剣の“在り方”が、フォルセの中に流れ込んでくる。心身一体となった剣を構え、フォルセは己の討つべき“敵”に向かって――飛んだ。

 

 

「はああああっ!」

 

 “――世界は繋がった!”

 

 

 空を駆け、斬撃を放つフォルセに対し、無機質だった声が歓喜を叫ぶ。

 

 

 “――相見える世界がやってきた!”

 

 

 ――ガキィンッ! 剣と核とがぶつかり合い、火花――輝くヴィーグリック言語を細かに散らした。巻き込まれた炎がヴィーグリック言語となって刀身に呑まれ、刃が熱く燃え滾る。

 

 ヒビが現れ、燃え尽きぬ核の表面に亀裂が走る。フォルセは運命を受け入れた自分ごと、己が刀身を強く強く押し込めた。

 

 

「終わりにする!」

 

 “――否、これは始まりだ。我らが相見える世界の。戦いの――これこそが歓喜。待ちわびた機会。我は全てを欲する魔王たる存在!”

 

「ならば僕は誓おう! 受け入れよう! 〈神の愛し子の剣〉たる覚悟をもって、必ずお前を倒すと――!」

 

 “――それでいい、祝福しよう! 我らの幕がようやく上がった!”

 

「――【ゼムラス(zem las)】!」

 

 

 崩壊の音を夜天の先まで響かせて、魔王ノックスたる核は粉々に砕け散った。

 

 フォルセの剣が、眩き光を発する――砕けた核は一粒残らずヴィーグリック言語へと分解され、文様の浮かび上がった刀身へと収束されていった。

 

 騎士達の驚きと歓喜の声、燃え盛る火の音が遠く聞こえる。

 

 

 “――見事、見事也。まさに(うつつ)の勇者。魔王と対峙するに相応しき怨敵――”

 

 

 魔王の声は、現れた時とは比べ物にならぬほどの上機嫌さで、フォルセとミレイの二人だけに声を届ける。

 

 

 “――ノックスの望みは勇者と相見えること。ゆえに、千年の夜を遡る日には――古の魔獣をも欲した。

 ――ノックスを辿れ、〈神の愛し子の剣〉。神の愛し子を望む者よ。ノックスは――世界を滅ぼしながら、待っていよう。く……ッフフ、ハハハハハ……”

 

 

 無機質な声音から喜び、そして嘲りをこぼしつくし、ノックスはその場から完全に消え失せた。

 

 

 

「……なんだか、してやられた気分。一発じゃ済まないわよ、聖職者サマ」

 

「そうですね……」

 

 

 フォルセはほう、と重い息を吐いた。剣が消える。邪なる笑に当てられたように心が重い。受け入れた責務も――とても重い。

 

 

「今度はあたしも一発入れてやるわ! ……でもまずはぁ、」

 

 

 そんなフォルセを励ますように、ミレイが得意げに

ニっと笑った。

 

 

「消火しましょ、今度こそ見てて! マナの扱いは得意だって、聖職者サマの友達にも見せつけてやるんだから!」

 

 

 そう言ってミレイは、水のマナを纏って全力疾走していった。異端の登場に、グラツィオの喧騒が再び強くなる。知ったこっちゃない、見よこの水さばきと言いたげに、ミレイは踊るように火を消していく。

 

 騎士に紛れるミレイを見送り――フォルセはひとり、静かに誓う。

 

 

(魔王が望む、試練が望む……〈神の愛し子の剣〉として、僕が確かに望まれている)

 

 

 双肩に乗るのは未知なる責務。そんな大層な存在じゃない、とは言えぬ程度には既に自覚させられてしまったが、どこか姿の見えない重さであることには変わりない。

 

 思うまま望んでいたら、受け入れてしまった。この運命を昇華するにはほんの少しだけ、理性が追いついていない。

 

 

(倒すと啖呵を切ってしまったんだ。もう迷わない……〈神の愛し子の剣〉として、相応しくあるよう努めねば。……それが、恐怖まで戻った僕に課せられた、在るべき姿であるならば)

 

 

 震えはやってくる。それは周りを囲う火への恐怖か、それとも武者震いか、フォルセにはわからない。

 

 わからないながらも足掻こう。進んでいこう。この身に宿る信仰心のままに――フォルセは決意を新たに、燃え盛る火へと震える歩を踏み出していった。

 

 

 

***

 

 

「あぁ……寂しくなるのは俺のほうか。なんだかんだ、キーになったのは異端の行動か。お前らはどう思う? 仲間だってよ、なぁ…………」

 

「ハーヴィはうるさい馬だ」

 

「わああああっ!?」

 

 

 ここはすっかり休息モードとなった夢と現の狭間、ゲイグスの世界。

 

 フォルセらを見送り、ハーヴェスタは己こそが寂しそうに瞳を伏せ、懐から取り出した写真に話しかけていた。

 

 その背後に現れたのは――馬車の御者ディーヴと、同じようにローブをすっぽり被ったゲイグスの住人達だった。

 

 

「お、驚かすんじゃねぇよ柔らか石頭ども……住人総出で、なにしに来た?」

 

「魔王の介入を許したのは、ハーヴィの怠慢だ」

 

「……おう」

 

「神殿を壊したのは、ハーヴィの詠歌律唱(ルフィアス)だ」

 

「……お、おう」

 

「ハーヴィは杖もまた壊した。ハーヴィはいつの間にかノリノリの馬だ」

 

「……何が言いたい?」

 

 

 じりじりと囲われながら、ハーヴェスタは唇をひきつらせながら言う。

 

 

「『連れられし業火から破壊の象徴に告ぐ。

 求めるは一時の消滅、天よりの再誕。我が声に耳を傾けよ、規律の()を断ち切りたまえ』」

 

「あ? それ俺がさっき使った【ユシェル・バイツァル(yuciel,buyturl)】の詠唱、」

 

「住人賛成“100%”、これより審判者権限へ介入する。悪く思うなハーヴィの馬」

 

「は!?」

 

「宣告『連れられし業火から破壊の象徴』

 変更『夢と現に微睡む愛おしき審判者』」

 

「ちょ、まっ……」

 

 

 ディーヴを止めようとするハーヴェスタだが――哀れ他の住人によって囲われ、もみくちゃにされて阻まれる。

 

 

「……ああああ退けてめえらああああっ!」

 

「結果『』

 変更『再誕命ずるは、伝説の眠る箱……エオスの遺跡』」

 

 

 無情にも通達され、ハーヴェスタはサッと顔を青くする。

 

 ディーヴの号令によって、天に空いた穴より影が飛来する――それは、帰還せし暗黒球【ユシェル・バイツァル(yuciel,buyturl)】。ターゲットたる審判者目掛け、光よりは遅いがそれでもついていけないほどの速さで、容赦なく、落ちた。

 

 

「――!? てめえら覚えとけ! ひとり残らず必ず、絶対毛玉にしてやるからなぁあああぁぁぁっ……!!」

 

 

 怨恨溢れる叫びをあげて、ハーヴェスタは暗黒球に呑まれていった。

 

 ディーヴ達ゲイグスの住人は揃って手を振る。先ほどまでのハーヴェスタとは違い、寂しいなんて欠片もないバイバイを彼らはひとしきりする。

 

 

「……さぁ。帰ろう。次の舞台が待っている」

 

 

 誰がそんな台詞を言ったのか。もはやディーヴと呼ばれた御者がどれかわからなくなったまま、住人達は音もたてずにそこから消えた。

 

 

 


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