テイルズオブフェイシア ―己が神を信ずるRPG―   作:澄々紀行

22 / 28
Chapter20 深きに潜むこたえ

 

 エリュシオンの門――最初に入ってきた方とは真逆の位置にある場所に案内され、フォルセとミレイは無意識のうちに息を吐いた。

 

 先に待っていたのは一台の荷馬車と御者のディーヴ。ハーヴェスタの歩み寄る様子からして、今後の移動に用いられることは明白だ。フォルセとミレイ――二人ともやる気と同じくらいには疲労が積もっていたため、荷馬車で移動できるのはありがたいことだった。クルト少年の浄化に備え、荷馬車の中でひと休みしようと互いに顔を見合わせる。

 

 

「待って、おねえちゃん!」

 

 

 荷馬車に乗りかけたミレイは、自身を呼ぶ幼い声に首を傾げながら振り向いた。予想通り、視線の先にいたのはウミちゃん――先の騒動で助けた幼女だった。手を振りながら、彼女はミレイの元へとトコトコ走ってくる。

 

 そして――

 

 

「ウミエラ、気持ちはわかるが落ち着きなさい」

 

「ああ……皆さん、間に合って良かった」

 

 

 幼女に続き、数人の大人――老若男女、様々な人間までもが、ミレイやフォルセへの感謝を表情に乗せてやってきた。

 

 何事かと目を丸くするミレイに、幼女が手に持っていたものを差し出してくる。

 

 

「おねえちゃんにこれあげる、みんなで集めたの」

 

「え、なに……わあ、グミやボトルがこんなに沢山……いいの?」

 

 

 幼女が差し出してきた袋を開け、ミレイは驚きで声をあげた。そんな彼女に、やって来た大人のうちの一人が、微笑んで頷く。

 

 

「いいんですよ、貴女は私達を助けてくれたんですから。……本当は町民全員で来るべきなのでしょうが……その……」

 

「ごめんねおねえちゃん……他のヒトは、おねえちゃんのことこわいって」

 

 

 申し訳なさそうに俯く彼らを見て、ミレイは自分が異端であることが町民達に知れ渡ったのだと悟った。

 

 エリュシオンの町民達は、その多くが先刻までヘレティックどもに襲われていた者達だ。ゆえに異端の魔物(ヘレティック)異端(ミレイ)を重ね、恐ろしくて来れなかったに違いない。

 

 それでもこれだけの人が見送りに来てくれた。それは本当に尊く嬉しいことなのだと、ミレイは彼らを見渡し、満面の笑みを浮かべた。

 

 

「気にしないで。あなた達の気持ちはわかるから」

 

「来なかった奴らも、貴女……いえ、あなた方には本当に感謝してるんです。ありがとうございました、このご恩は一生忘れません」

 

「こっちこそ、異端のあたしを信じてくれてありがとね」

 

 

 嬉しそうにはにかむミレイ。その細くも頼りがいのある背を、フォルセは安堵を交えて見守っていた。

 

 

(彼女の望む世界は……酷く難しい。せめて暴走さえしなければ、異端も恐れる必要は無いのだけれど)

 

 

 思い浮かべる世界へ到達する方法を、神父であるフォルセは知らない。そんな方法があるのかさえわからない。

 

 だが、とフォルセはミレイのしかと立つ姿を見据え、考える。彼女は確かに暴走した、しかしもうそんなことにはならないと誓ってここにいる。その姿勢こそが、異端が暴走しない道へと繋がっているのではなかろうか。彼女を真に信じると決めたフォルセはそんな淡い期待、希望を――心の奥底に持つようになっていた。

 

 

「お別れは済んだか?」

 

 

 礼を言い合うミレイらを、ハーヴェスタが呆れた顔で見つめ、急かした。

 

 

「試練も終盤だ。エリスの神殿に行ったら、もう此処には戻ってこないと思っとけよ」

 

「あ……じゃあちょっと待って。あたし、騎士サマにもお礼を言いたいの。直接が無理なら、せめて伝えておいてほしいんだけど……」

 

「騎士サマ? それならウミちゃんのことよ?」

 

 

 え? ミレイは視線を下げ、自身を指さす幼女を見下ろした。そうか、少々泣き虫そうなこの幼女が騎士サマ――二年前のフォルセ・ティティスなのか。知らないうちに随分と容姿が変わったな。思考が固まり、思わず傍らに立つフォルセを見つめる。

 

 ミレイの視線を受け、フォルセはぶんぶんと首を横に振った。幼女と己を同一視しないでくれと、驚きで引きつった顔で訴える。

 

 

「神父様を演じた後、ホントは舞台裏で休んでるはずだったの。でも人数が足りなくなっちゃったから……だから予定を変更して、ウミちゃんがウミちゃんを演じることになったの」

 

「そ、そうなの……へえ」

 

「演者との劇は夢みたいだけどホントのこと。覚えておいてね、おねえちゃんと神父様。――クルト少年をお願いします、ミレイと私」

 

「!? 聖職者サマの声……?」

 

「私じゃありません!」

 

 

 幼女と町民達が、皆笑う。幼女の口からこぼれるのは明らかに“騎士サマ”の笑い声だ。皆、一様に笑みを浮かべ、まるでたったひとりの人物に微笑みかけられているかのような錯覚を、フォルセとミレイに与える。

 

 

「いってらっしゃい、黙示録の者と〈神の愛し子の剣〉。――試練頑張ってね、おねえちゃん。――ミレイ、貴女に女神の加護在らんことを……」

 

「う、うん……ありがと、頑張るわ。行きましょ聖職者サマ」

 

「ええ……皆さん、お世話になりました」

 

 

 ――ゲイグスの住人は、不可思議すぎる。

 

 暖かい気分にゾッとする事実を当てられ、二人は引きつった笑みで礼をし、逃げるように荷馬車へ乗った。

 

 

 

***

 

 

 緩やかな丘の間を荷馬車が進む。荷馬車はやがて痩せ細った木々の並ぶ森に入り、月明かりが照る中、やや速度を増して走っていた。

 

 

「エリスの神殿まで、どのくらいかかるの?」

 

「道中魔物に襲われても一時間、ってとこだな。ま、ゆっくりしてるといいさ」

 

 

 ミレイの問いに、ハーヴェスタは欠伸混じりに言った。

 

 ふーん、とミレイは返事をしたきり黙り込み、隣に座る神父を見つめた。神父もまた、ミレイを見ていた。なんだか気恥ずかしくなり、視線を逸らす。

 

 

「そ、そうだ聖職者サマ……エリュシオンのこと、『変わった名前だ』って言ってたじゃない? どうして?」

 

 

 無理やり捻り出した会話に、フォルセは苦笑した。

 

 

「ヴィーグリック言語で、(イー)の文字がエリュシオン――理想郷を表すのですよ。他にも(エー)はアルカディア、I(アイ)はイザヴェル、(ユー)はユートピア、(オー)はオフィール。どれも理想郷を表す言葉です」

 

「同じ意味なのに、五つも表す言葉があるの?」

 

「微妙に意味は違うのです。エリュシオンは本能的な愛、アルカディアは親愛を同時に表します。

 理想郷とは、愛の軌跡が集う正に理想の世界。ゆえに理想郷という言葉には、同時に様々な愛情の意味が込められているのです」

 

「へぇ……なんだか難しそう」

 

 

 難しいと言いながら、ミレイはレムの黙示録に素早くメモしていた。フォルセの代わりにヴィーグリック言語を書く――その宣言は今も生きているらしく、彼女の眼は勉強の意欲で輝いている。

 

 

「他にも(ビー)は本、(エム)は奇跡の意を……そうですね、時間があったら、一緒に聖書を読みましょう。聖書はヴィーグリック言語で書かれているものが多いですから」

 

「……入信は、しないわよ?」

 

「ふふ、わかっております」

 

 

 にやりと笑うミレイに、フォルセはくすくすと微笑んだ。

 

 

「……お二人さん、悪いが休憩はここまでだ」

 

 

 二人がヴィーグリック言語について語り合って暫くの後、ハーヴェスタが頭を上げて言った。直後、荷馬車がガタリと音をたて、スピードを上げる。

 

 

「な、なに……突然速くなったけど」

 

「ヘレティックだ。森で、クルトとお前が暴走余波(インフェクション)を起こしたお蔭でな、俺がクルトを転移させる際、一緒に着いてきちまった」

 

 

 天井の窓を開け、ミレイが外に身を乗り出す。ハーヴェスタの言った通り、荷馬車の背後から腐った身体の魔狼(ウルフ)と巨鳥ガルーダが、荷馬車を追ってきていた。

 

 馬は全速力で走っている。だがそれ以上にヘレティックどもは速く、追いつかれるのは時間の問題だった。

 

 

「ど、どうしよう! 追いつかれちゃう!」

 

「落ち着け。いちいち降りてちゃいつまで経っても神殿に辿り着けねぇ。このまま迎撃する」

 

 

 そう言ってハーヴェスタは荷馬車の扉を開けた。吹き込む風が彼の赤毛と服を豪風のように揺らす。

 

 

「異端、後ろは頼んだ」

 

 

 前方にて待ち構えるヘレティックを迎撃するため、ハーヴェスタは猛スピードで走る荷馬車を伝い、御者ディーヴのいる座席に移っていった。

 

 ミレイは慌てて扉を開ける。突然「頼んだ」と言われても間に合わないと、文句すら言えぬまま咄嗟にナイフを構える。

 

 ――が、ミレイがナイフを投げるより早く、反対側の扉から銃声が響いた。

 

 

「聖職者サマ!?」

 

「ミレイ、近付かせぬよう私が対処しますので、貴女はその間に弱点の魔術を」

 

 

 言いながら、フォルセは左手で銃を撃ちヘレティックどもを牽制した。見れば両足で器用に上体を支えながら扉の外に身を乗り出し、的確に銃を撃っている。片腕が無いとは思えぬほどにブレぬ姿に、ミレイは緊急事態ということも忘れて感嘆した。直後、ぶんぶんと頭を振って我に返り、言われた通りヘレティックどもの弱点を見る。

 

 

「! せ、聖職者サマ……弱点、火なんだけど」

 

「ああ……予想しておりました」

 

「っ、大丈夫よ。火じゃなくてもやっつけてみせる、だから……」

 

「ミレイ」

 

 

 腕を失った熱が引かぬ顔を向け、フォルセはにこりと微笑んだ。

 

 

「怖くても守ってくれるのでしょう? 貴女が」

 

「――!!」

 

 

 信頼に溢れたその笑みは、ミレイに考えるより先に火のマナを集めさせた。

 

 

 

 銃弾が魔狼(ウルフ)の走行を食い止め、その隙に燃え盛る炎球がヘレティックどもを焼き尽くす。荷馬車の前方でも、ハーヴェスタが火炎球を飛ばして応戦していた。

 

 火のマナが集い、四方八方から飛び交う。その度に恐怖と憎悪が身を震わせるが、フォルセは息を呑んで耐えていた。銃の照準が僅かにブレる――大丈夫、今なら彼女が助けてくれる。その想いがフォルセを戦場に引き戻し、狙い通りの場所へ弾丸を放たせる。

 

 

(心の闇を知ってもらえることがこんなにも楽なことだなんて……とうに忘れていた)

 

 

 フォルセの過去を知る者は二人いる。上官テュールと恩師ペトリだ。二人とも、憎悪と恐怖に呑まれていた当時のフォルセを守り、慈しみ、支えてくれた。そんな過去を経て、神父フォルセがここにいる。

 

 そして、過去を知る者が三人になった。異端の彼女は先の二人よりずっと迷いが多く、弱い存在だが――フォルセに誓った宣言は、二人に負けず劣らず強い光を放っていた。

 

 

(怖い、そして憎い。けれども今なら戦える。迷いは未だに晴れないけれど……今なら、恐れを越えて、戦える!)

 

 

 炎を避けてガルーダが急接近した。その姿をしかと捉え、脳天を確実に撃ち貫く。

 

 

「二人とも! 神殿に着くぞ、用意しろ!」

 

 

 ハーヴェスタの号令に合わせ、フォルセは追ってくるヘレティックどもをぐるりと睥睨し、撃てるだけの弾丸を放ち牽制した。

 

 荷馬車が車輪の跡を残しながら、土煙をあげて止まる。

 

 辿り着いたのは、白亜の石によって造られた巨大な神殿。朽ちた石像がどこか物悲しさを放つ遺跡――ここが試練の場、エリスの神殿。

 

 

「はあっ!」

 

 

 荷馬車が止まると同時に、フォルセは車を蹴って飛び出した。銃を投げ、代わりに剣を抜く。左手だろうが関係ない。“自身は剣であれ”と教えてきた師によって、どんな剣だろうと扱える。

 

 飛び上がり、ガルーダに向けて一閃。急所を的確に捉えて討ち滅ぼした。着地を狙って飛びかかってきた魔狼(ウルフ)に敢えて剣を噛ませ、瞬時に銃を構えて脳天を撃つ。

 

 

界往波(かいおうは)!」

 

 

 放った衝撃波で、十にも至る残りを吹っ飛ばし、フォルセは迷うことなく地を蹴った。十のヘレティックより向けられる憎悪の視線を、今ここにいるのは己だけと言わんばかりに引き受け、誰も逃がさぬよう立ち回る。四方八方から飛んでくる鋭い一撃を紙一重で受け流しながら、隙あらば無慈悲なる剣の一撃を叩き込み、リージャも無しにヘレティックを削いでいく。

 

 

「異端、手ぇ止まってるぞ」

 

 

 御者の座席から舞い戻ったハーヴェスタが、固まるミレイを軽く叱責した。

 

 

「あ……ご、ごめん」

 

「見惚れるのはわかるけどな。……あいつも、剣の腕は一流だった」

 

「……あいつって?」

 

 

 フォルセの動きに合わせて炎球を飛ばしながらミレイが伺えば、ハーヴェスタは懐かしげに目を細める。

 

 

「二千年前の勇者。かつて〈神の愛し子の剣〉を持っていた俺の……トモダチ」

 

「あなた二千年も生きてるの!?」

 

「今更だな。どうして俺が審判者やってると思ってたんだ?」

 

 

 杖をくるりと回し、ハーヴェスタは不敵に笑う。

 

 

「俺があいつを知ってるからだ。俺にしか……〈神の愛し子の剣〉かどうか、審判できない」

 

 

 ハーヴェスタの足元に、一層巨大な赤の魔法陣が出現した。集うは火、エリュシオンで見せた炎の魔術だ。

 

 

「火の術……!」

 

 

 それを見て、ミレイは瞬時に考える。そして行動した――自身の唱えていた魔術を止め、ナイフを構えておもむろに駆け出す。

 

 

「引いて聖職者サマ!」

 

「っ!」

 

「……コープスバード!」

 

 

 群れの中央からバックステップで引いたフォルセに合わせ、ミレイは五本のナイフを扇状に投げた。威力は低いが、その分広範囲に刃を放つ――火で動きの鈍ってしまうフォルセを守るため、ヘレティックどもをいっぺんに押さえ込む。

 

 

「続けて、ファングドライブ!」

 

「――……燃えよ焔花、滅んじまいな! ブレイジングハーツ!」

 

 

 ミレイの追撃が旋風を帯びてヘレティックどもを切り裂く。時は充分に稼いだ。ハーヴェスタの号令によって業火が爆ぜ、ヘレティックどもを一挙に討ち滅ぼした。

 

 

「……助かりました、ミレイ」

 

 

 フォルセは震えながら剣を収めた。引きつった笑みは本来ならもっと小綺麗である筈だったが、火を恐れる彼にとってはそれが精一杯の笑みだった。

 

 

「聖職者サマこそ、その……片腕とは思えなかったわ」

 

 

 消えゆくヘレティックの残骸を見渡し、ミレイは興奮ぎみに言った。数はゆうに十を超えていた。神殿に辿り着く頃にはやや減っていたとはいえ、それら全てを前衛で引き受けたフォルセに対し、改めて感嘆の意を示す。

 

 

「貴女がいてくれたから、戦えました」

 

「っ、そ、そう……良かった」

 

 

 満点を持ってきた子供のような笑みを向けられ、ミレイは真っ赤になって俯いた。

 

 

「お前ら、立ち止まってる暇はねぇぞ」

 

「……わかっております。クルト少年の元へ急がねば」

 

「ならいいけどな。……あの子は神殿の地下にいる。どうにかして入んなきゃならないんだが、地下への入口は閉ざされててな。仕掛けを解かないと入れない」

 

 

 ハーヴェスタは面倒臭そうに神殿へと視線を向けた。白亜の壁は所々崩れており、特に入口付近は酷く、中に入れそうもない。

 

 

「外から地下へ通じる穴があった筈なんだが……」

 

「あな……穴……ねぇ、穴ってあれじゃない?」

 

 

 あれ、とミレイが指したのは、神殿入口付近の地面だった。

 

 

「ほら、少しズレた跡がある。きっと仕掛けで動く隠し扉よ」

 

「……地面とほぼ同化しているのに、よくわかりましたね」

 

「えへへ……なんか見てたらピーンときたの。もしかしたら、“わたし”はそういう仕事でもしてたのかもね」

 

 

 照れ臭そうに笑いながら、ミレイは記憶を失う前の自分に思いを馳せた。

 

 

「よし、じゃあその仕掛けってやつを探すとするか」

 

「あなた審判者でしょ? 仕掛けの場所とか知らないの?」

 

「そういう細かいところには関与してねーの。ま、知ってても教えないけどな」

 

 

 ハーヴェスタの言い分になるほど、と納得しつつ、一行は隠し扉を開ける仕掛けを探し始めた。魔物にも遭遇しないまま、数分後。ピーンときた、と言っていただけあり、やはり仕掛けを見つけたのはミレイだった。

 

 入口の両脇に鎮座している石像を適当に動かせば、先程見つけた隠し扉がゴゴ――と音をたてて動き、地下への階段を表す。

 

 

「やった!」

 

「ミレイ……貴女はもしかしたら考古学者か何かだったのかもしれませんね」

 

「やだ、大袈裟よ聖職者サマ。でも不思議……神殿を見てると、後ろ頭のほうがピーンって鳴るの……うーん……」

 

「空っぽ頭をどうにかしたいのはわかるが、優先順位を間違えるなよ?」

 

 

 「わかってるわよ!」皮肉るハーヴェスタに、ミレイは頬を赤らめて怒鳴った。

 

 

 

***

 

 

 地下への階段を降り、神殿内部を進む。時折現れる魔物は先程戦った種類の他、元々神殿に住み着いていたであろう霊魂系の魔物が多かった。

 

 

「オバケ!」

 

 

 霊魂系の魔物が現れる度そう騒ぐミレイに苦笑しながら、フォルセは未だ法術を使えぬことを歯痒く感じていた。

 

 

(ミレイのお蔭で、ほんの少しだけ迷いは晴れた。けれど僕は、もうこの迷いを無視することは出来ない……)

 

 

 今まではリージャの裡に隠していた迷い、恐怖、憎悪――それらを本当の意味で乗り越えたいと、フォルセは短い間に考えるようになっていた。

 

 

「なーに悩んでんだ?」

 

「……ハーヴィ」

 

「目的は近いんだ、頭使って無駄に体力消耗すんじゃねーよ」

 

 

 あいつみたいに、とハーヴェスタは呆れ顔でミレイを指した。

 

 現在、周りに魔物の気配はなく、一行は休憩がてらややゆっくりと回廊を歩いていた。そんな中ミレイは興味の赴くままに神殿を見渡し、時折「なるほどねぇ」と一人頷いている。

 

 

「ふふ、あれで記憶が戻れば良いのですが、ね」

 

「どうだかな。そう簡単に戻るなら苦労はしねーが。……それよりお前だ、何悩んでるんだ?」

 

「……心配してくださるのですか?」

 

「ばっかちげーよ! また腑抜けた戦い方されちゃあ、流石に試練も進められねぇって言ってんだ」

 

 

 ハーヴェスタの表情は言葉通りのものだった。が、心配は心配だ。フォルセは申し訳なさげに苦笑しながら、折角だからと口を開いた。

 

 

「どうすれば迷いが晴れるのかと、考えていたのです」

 

「はっ、考えるだけ無駄だな」

 

「……キツいお言葉ですね」

 

「だってそうだろう? 迷いがあるから人間なんだ。迷いが悲劇を生むし、同情だって生む」

 

「同情……ですか」

 

「そ。一度だって迷ったことのないヒトってのは、指針にこそなれ寄り添っちゃあくれない。人間に寄り添えるのは人間だけ。迷いを晴らしたきゃ人間止めることだな……」

 

 

 ハーヴェスタのどろりとした金眼は、どこか遠くを見つめている。

 

 

「寄り添えるのは、迷いがあるから……」

 

「迷ったことのない奴に慰められても腹立つだけだろ?」

 

「そういうもの、でしょうか……」

 

「俺はな。ま、経験則だ。あんま当てにすんじゃねーよ」

 

 

 手をひらひらさせて笑うハーヴェスタは、一体どこまでが真面目に語っているのかわからない。

 

 

「ただ一つ言えるのは……」

 

「言えるのは?」

 

「……。迷いがあろうがなかろうが、いざって時の行動が全てを決める。本能、本性ってのはそう簡単に変えられない……追い詰められた時、無意識にでも正しい道を選べる奴が、本当の勇者になれる」

 

 

 思わず口が滑った、と言いたげな顔で言い終えたハーヴェスタは、フォルセの頭をポンと叩き、注意力散漫ぎみなミレイに皮肉を言いに行った。

 

 前方から、二人の軽い言い合いが聞こえる。撫でるように叩かれた頭に手をやり、フォルセは今しがた聞いた言葉の意味を考える。

 

 

「いざって時に、正しい道を……」

 

 

 その言葉は、フォルセに“憎しみで濡れてない”“異端をも助けるのがあなたの本音”と語ったミレイと同じような意味を持っていた。

 

 

「僕は、選べるだろうか」

 

 

 自分でははっきり見えない心根に、フォルセは迷いながら問いかけた。

 

 

 

***

 

 

 幾つかの仕掛けを解き、一行は最深部に辿り着いた。

 

 巨大な筒を縦にしたような空間が地下へと広がっている。壁面には石棒を張り出しただけの階段が備えられており、螺旋状に底へと続いていた。

 

 底から、火の粉と共に赤い光が昇ってくる。

 

 

「……いるわね」

 

「ええ」

 

 

 筒の底から唸り声が聞こえてくる。気配を押し殺して覗いてみれば、予想通りヘレティック――クルト少年の変じた姿がそこにあった。一緒に飛ばされてきた森の一部分は未だ燃えながら空間を照らしており、通常の成人男性を優に超える腐乱死体が、火の粉を散らしながら両腕の鈎爪を引き摺り、上へと登ろうとしていた。

 

 

「弱点は……ああやっぱり火だわ、燃えてるのに」

 

「ならば、ここまでと同様の戦い方でいきましょう」

 

「待て。悪いが俺は今までのようには戦えない。試練は終盤だし、ノックスの野郎を警戒しなくちゃならねぇからな。できても……お前ら二人の回復だけと思え」

 

「わかったわ。……長期戦になりそうね」

 

 

 ハーヴェスタが回復に回るなら、魔術を使えるのはミレイだけ。前衛であるフォルセを気遣いながら戦えば、その分致命傷を与えるチャンスを逃すことになるだろう。

 

 足を引っ張っているのは己――フォルセはそう理解した顔で掌を見つめ、おもむろに意識を集中した。

 

 

(僕がリージャを使えれば……)

 

 

 奥底に問いかける。リージャは微かに震えたが、未だ望む通りには応えない。

 

 

「……。作戦を変更しましょう。ミレイ、私に構わず攻撃してください」

 

「! でもっ」

 

「どのみち相手も周りも燃えています。それに少しずつですが、火には慣れてきたように感じるのです」

 

「……」

 

 

 フォルセの実直な眼差しを受けても、ミレイは迷いを捨てられなかった。彼女が見つめる先には、ある筈の右腕が無い。また失うことになったらと、予感をどうしても拭えない。

 

 

「ミレイ」

 

 

 残った左手で、フォルセは彼女の手を取った。

 

 

「貴女が信じてくれるなら、私はきっと戦える」

 

「!」

 

「貴女が信じる私を、私に信じさせてください」

 

「……わかったわ。あたしも……聖職者サマが信じるあたし自身を、信じるから」

 

 

 リージャが無くとも覚悟するフォルセの手を――ミレイは大きく深呼吸した後、力強く握り返した。

 

 

「よし、心意気も整ったところで……」

 

 

 決意を改める二人に笑いかけ、ハーヴェスタがさりげなく背を押そうと口を開いた――その時。

 

 

 

 “剣を抜くには――まだ、足りぬ”

 

 

 「っ!?」雑音混じりの男の声が。この試練の起きる元凶たる声が、突如三人の耳に響き渡った。

 

 

「魔王……ノックス!」

 

 “――名を名乗る時が省けたことは喜ばしい。ノックスはこれより、〈神の愛し子の剣〉に最後の試練を送る”

 

「おいおいおい勝手を言うなよこの核野郎ッ! ……試練を荒らすな、審判者は俺だ」

 

 

 ハーヴェスタの激昴を意に介することなく、ノックスは姿さえ見せぬまま、冷気すら感じられるおぞましい“力”を発していく。

 

 

「なに……また禁呪を使う気なの!?」

 

「いや、そんな気は感じられない……これは最近できたか、あるいは新品の魔術かなんかだ。くそっ……本体は向こう側にあるせいか、うまく読めねぇな……」

 

 “――試練の審判者。夢と現の番人。阻むものは、器……”

 

 

 力が揺れ動きながら増大していく。捉えきれないそれにハーヴェスタは苛立ちを募らせる。

 

 

「グ……ォ、オオオオオオッ!!」

 

「……っまずい、気付かれました!」

 

 

 筒の底からクルト少年――ヘレティックが彼らを睥睨し、赤黒い槍のような針を飛ばしてきた。フォルセは立ち上がりざま剣を抜き、甲高い金属音と共に打ち落とした。

 

 ヘレティックとフォルセの視線が交差する。今度こそ浄化すると、フォルセは剣を構え直した。

 

 

「おい魔王、見ての通り試練の邪魔だ。とっとと失せな!」

 

「そうよ! もう聖職者サマを傷つけるようなことはさせ、」

 

 “――再生を成したが、未だ叫びは聞かずか”

 

 

 ノックスの意識が、フォルセ――そして、階下のヘレティックへと向けられる。

 

 

 “子の叫びに耳を傾けよ。汝が剣を抜くために――”

 

「? それって……森で黙示録に刻まれた言葉じゃない……」

 

「なんだと? ちょっと貸せ、異端」

 

 

 「……こんな文章、ディーヴには書かせてねぇぞ」夜は明けない、と記載された部分の後を読み、ハーヴェスタは呆然と呟いた。

 

 

 “――これより〈神の愛し子の剣〉へ試練を贈ろう。現のヒトより学んだ、魂の檻を視覚する術を見るがいい”

 

「……、っ、まさか……! フォルセ! ミレイ! 早くあのヘレティックを倒せ!」

 

「な、なに……!?」

 

「狙いはそっちだ! また介入される!」

 

 

 狙いはそっち(クルト)――ハーヴェスタの意図を把握し、フォルセは筒の底へと迷いなく飛んだ。

 

 

 “我が眷属に告ぐ。――止めよ”

 

「……ぐっ、う!」

 

 

 底で燃え盛る木々の間から異端の巨鳥どもが飛び出し、空中を落下するフォルセへと襲いかかる。

 

 

「聖職者サマ! ――アサシネイトドライ! このっ、この!」

 

 

 追って落ちるより投げた方が速いと、ミレイは凍てつくナイフを次々投げた。それでもなお突っ込んでくる巨鳥どもを叩き斬りながら、フォルセは底で待ち構えるヘレティックに向けて、浄化を意図する切っ先を構える。

 

 

「はああああっ!!」

 

 

 振り上げられた鉤爪に、フォルセは重力を乗せて斬りつけた。金属を削り落とす音が響く。

 

 

 “――ならぬ。それはもはや我が眷属ゆえ……”

 

「なっ……ぐ、っ!!」

 

「聖職者サマ!」

 

 

 ノックスの介入が成された――重力に逆らって押し上げられたことで、フォルセの剣は僅かにぶれ、その隙を大きく突かれるように吹っ飛ばされた。壁に叩きつけられたフォルセを見て、ミレイが飛んでくる魔物を払いながら悲痛に叫ぶ。

 

 

「っくっ、雑魚は俺が引き受ける! お前はフォルセのところへ!」

 

「……ありがとう!」

 

 

 飛び交う巨鳥を避けながら、ミレイは壁を伝う螺旋階段を駆け下りていった。フォルセのように飛び下りたいが、空中で巨鳥を避けきれる自信が無い。突っ込んでくる鳥を手当り次第に落としながら、底にいるフォルセのもとへと急ぐ。

 

 

 “――……驚嘆だ。審判者がここまで介入するか”

 

「現在進行形で邪魔が入ってるんでな! これもサービスだ……トリニティスパーク!」

 

 

 計五体の巨鳥がハーヴェスタの心臓めがけ突っ込む――引いた杖を光と共に押し込み、ハーヴェスタは前方に向け巨大な三角錐を成す雷撃を放った。頂点が一体を貫き、余波の電流が他を焼き焦がす。

 

 巨鳥の群れはハーヴェスタを完全に標的と見なし、次々に襲いかかる。ゆえにミレイは無事底へと辿り着き、フォルセとヘレティックの間に割って入った。

 

 

「聖職者サマ!」

 

「ミ、レイ……」

 

「大丈夫!? ……あたしが相手よ、やぁあああっ……! 旋導波(せんどうは)!」

 

 

 ミレイのリボンが鞭のように唸り、ヘレティックの動きを食い止めた。

 

 が、ヘレティックもまた狙いをミレイに変え、猛攻をしかける。巨体には似合わぬ素早い一撃、鉤爪によるリーチの長い斬撃は戦闘経験の浅いミレイにはどうしても避けきれない。

 

 

「っきゃあ!」

 

「ミレイ……くっ!」

 

 

 痛みと自責を抑え、フォルセは再び前へ出た。その動きを見て、ミレイは魔術を練るべく、再び後ろへ下がろうとした――が、一番厄介な相手がわかっているのだろう、逃がすまいとヘレティックは両腕の鈎爪を大きく振りかざし、フォルセとミレイの二人を同時に攻撃し始めた。

 

 

残光襲(ざんこうしゅう)!」

 

「っ……昇舞連(しょうぶれん)! んもうっ、魔術が使えない! 早く倒さなきゃいけないのに!」

 

 

 フォルセが素早い連続突きを繰り出し、ミレイが渾身の力で突き上げる。が、陣形もタイミングもバラバラになってきている。魔王による介入で、ヘレティックの力が増しているのだ。要となる攻撃のチャンスを逃し続け、二人ともが焦りに呑まれ始める。

 

 

「ちっ……何やってんだあいつら……!」

 

 “――〈神の愛し子の剣〉には一歩届かぬ。やはり、子の叫びが必要か”

 

「あぁ!? ……っ、この魔力は、」

 

 

 ハーヴェスタが顔色を変えるほど濃厚な魔力が、急速に集い始めた。

 

 

 “古より神の慈悲と謳われし秘術――”

 “現より人の罪過と嘆かれし餓術――”

 

「……同時詠唱か!? くっ……これ以上好き勝手させるかよ! ――ロウディン(lo wdin)!」

 

 

 魔王(ノックス)審判者(ハーヴェスタ)の力が交差する。

 

 

 “――タイムストップ”

 “――プリズンボイド”

 

「【グレアケイジ】!」

 

 

 

 

 

 ハーヴェスタの選択はある意味で仇となった。

 

 魔王の秘術によって、時が凍る。燃え盛る火も、飛び交う鳥も何もかも、全てその場に留められる。

 

 ハーヴェスタの放った魔力遅延の効果が現れたのは、各々の意識であった。

 

 

(すぐ目の前にあの子がいるのに……身体が、動かない……!)

 

(なに、なにが……起きたの!?)

 

 

 フォルセとミレイ、二人ともが動かぬ身体に混乱する。

 

 本来なら意識すらも時間の氷結に置かれるはずが、ハーヴェスタの使った詠歌律唱(ルフィアス)〈グレアケイジ〉の効果によって消去され、フォルセ含む全ての意識が、止まった時を認知する。

 

 そして――魔王の放ったもう一つの魔術が、試練を大きく掻き乱す。

 

 

 “おにいちゃん”

 

(……っ!?)

 

 

 エゴを押し付けることを許せと、告げてやることすら叶わなかった幼き意思が――そこに現れた。

 

 

 “ぼくを殺すの? みんながともだちを殺したみたいに”

 

(……まさか、)

 

 “ぼくはどうしてここにいるの? おとうさんとおにいちゃんをさがして……あぁ、あぁっ、おかあさん!! おかあさん!!”

 

 

 

 “――それはゲイグスの演者ではない”

 

 

 混乱する“幼子”を見下ろし、ノックスは平坦な声色をどこか満足げに歪ませた。

 

 

 “――そこにあるのは本物の、幼子が心。輪廻の向こう側より呼び寄せた真なる魂の叫びに、〈神の愛し子の剣〉よ……汝はどう救いを振りかざすか”

 

 

 幼子――クルト少年の怯える姿が、ヘレティックの背後に現れた。

 

 

(こんな……っ、外道が!!)

 

 

 ――時が動く。

 それが“演じられたもの”ではなく“本物”だと、誰もが心の底から理解した。

 

 

「か、はっ……!」

 

 

 鉤爪の先にいたのはミレイだった――が、彼女は無事突き飛ばされ、難を逃れた。

 

 代わりに貫かれたのは、予想し得た攻撃の盾になろうと意識だけをずっと向けていた、フォルセ自身。

 

 

「!! いや、いやあああっ! 聖職者サマ!!」

 

 

 目の前で串刺しにされた神父を見つめ、ミレイは悲痛の叫びをあげ、立ち止まった。

 

 

「ちっ……演者を“本物”にすり替えやがったか……やりやがったな、てめぇ」

 

 

 階下の混乱を見下ろし、ハーヴェスタは憤怒を顕に姿無きノックスを睥睨(へいげい)した。

 

 

 “否。ノックスの予測した未来を崩したのは審判者だ。〈神の愛し子の剣〉の命――今や風前の灯”

 

「俺のせいかよ、とんだ根性してやがる。今すぐぶっ倒してやりたいが……お前に構ってる余裕は、俺には無い!」

 

 “否。――審判者は不要也”

 

 

 ミレイらのもとへ行かんと、ハーヴェスタは底へと飛ぼうとした――しかしその足は、突如現れた黒い(もや)によって止められた。

 

 

「っ、蟲食いか!?」

 

 

 “蟲食い”とハーヴェスタが称したそれは、神殿の床から天井に至るまで文字通り蟲が食ったように穴を空け、行く手を全て阻んでいた。飛び越えようにも、深淵の穴の中にはおぞましき“ナニか”がひしめき合っており、視線が合えばどうなるか――わかったものではない。

 

 

「くそっ、おい異端! 聞こえるか!」

 

「ハーヴィ!?」

 

「妨害された、そっちに行けない……とにかくあいつを、フォルセを助けろ!」

 

「わかってる! わかってるんだけど……!」

 

 

 ミレイの泣きそうな声に、ハーヴェスタはちいっ、と舌打ちした。

 

 

 “おかあさん、ぼく……食べ、ああ……違うの、ぼくは……あ、ああああああああああ……”

 

 

 聞こえてくるのは、エゴで押し通すはずだった嘆きの声。想像することでしか聞けなかったはずの声が、魔王の術によってなんの障害もなく垂れ流しにされている。

 

 

「そんなんまやかしだ! 騙されるな!」

 

「だって……本物だって……それに、あの子がいる! あの子が、ヘレティックの後ろで泣いてるのよ!」

 

「……悪、趣味な……!」

 

 

 ミレイの眼前には、ヘレティックと、その鋭利な鉤爪によって貫かれたままのフォルセと――腐敗した巨体の背にしがみつき、怯え、泣いているクルト少年の姿がぼんやりと見えている。

 

 

「攻撃なんて……できるわけ、」

 

「しないとあいつが死ぬ! しないともっと悲しいことが起きる! 決めたんだろう、覚悟を!」

 

「……!」

 

「今がやる時だ! 勇者でなくてもそういう時は来る! 祈るなら……お前も背負えっ、ミレイ!」

 

「っ……あああああっ!!」

 

 

 フォルセと――クルトを助けようと、ミレイは涙を拭い、走り出した。

 

 「グォオオオオオッ!!」鉤爪とリボンがぶつかり合い、剣戟にも似た激しいぶつかりを響かせる。

 

 

 “――さあ、審判者は何を望む? 〈神の愛し子の剣〉に、何を”

 

「ああうるせえよ核野郎……望ませたかったらとっとと失せな」

 

 “……――ノックスを退ける術であったか。大義、大義”

 

「失せろ!」

 

 

 先ほど発動したハーヴェスタの術〈グレアケイジ〉によって、魔王の声、気配は完全に消え失せた――。

 

 

「……やっぱりまだ早かった。試練は……もっと強くなってからにすべきだったな。俺のミスだ、ちくしょうっ」

 

 

 二人のもとへなんとか駆けつけるため、そして今一度試練を中断するために意識を集中し、ハーヴェスタは力ある言の葉を紡いでいく。

 

 

 ミレイとハーヴェスタ。それぞれが力を使い、フォルセを助けようと奮闘している。

 

 それを耳にしながら――フォルセは焼けつく痛みの中、無意識のうちに手を伸ばしていた。

 

 

 “違うの、違うの、ぼくは怖かったんだ。ぼくは……”

 

(……迷い子よ、怖いのですか)

 

 “! だれ……”

 

(貴方の声を聞く機会を与えられた者です。貴方と同じように、迷う者です……)

 

 

 ヘレティックとミレイの激しい攻防が続く間、フォルセの喉奥から血反吐がこぼれた。

 

 それでも、フォルセの目には怯える幼子の姿しか映っていなかった。

 

 朦朧とする意識の中に浮かぶのは、火への恐怖でもエゴを掲げる信心でもなく、ただ目の前で泣く幼子を撫でてやりたいという慈しみの心。

 

 救ってやりたい、寄り添ってやりたいと、フォルセは心の底から祈る。

 

 

(聞かせてください、君の想いを)

 

 

 フォルセが伸ばした手に、小さな手がおずおずと向く。

 

 

(君の恐怖を、僕に教えて)

 

 

 怯える手が触れ合って、

 

 誰にも聞こえぬ、二人だけの夢が始まった。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。