第十七話 なんでどうして
どこからか聞こえてくる囁きや笑い声が重なって合唱のようになっている森のど真ん中に俺はいた。
「……」
どうしてこうなった。
今俺が混乱している原因は二つある。
一つ目は俺の横で寝ている二人の人物だ。妹紅と霊夢が俺に添い寝をする形で寝そべっている。目が覚めた時からこの状態なのだ。混乱しないほうがおかしい。だがもう一つの原因に比べればこんなことなんてことはない。
「なんで……俺生きてんだ?」
そう俺は今生きているのだ。俺は確かに博麗神社で真っ赤な槍に胸を貫かれて死んだ。なのに生きている。服をまくって槍が刺さっていたところを見たが傷もない。
まさかあれは夢だったのだろうか?そうも考えたがあの痛みや感触は今でもしっかり覚えている。夢ではない。
俺の横で寝ているこいつらなら、なにか知っているかもしれない。そう思い二人の頬をぺちぺち叩きながら叫ぶ。
「おい!妹紅!霊夢!起きろ!」
すると霊夢が薄っすらと目を開けこちらを見た。
「夢幻?おはよう……もうちょっと寝かせて……」
そう言いもう一度瞼を閉じてしまった。しかし数秒後ガバッと起き上がって
「夢幻!?夢幻なの!?なんでここに居るの!?」
俺の肩を掴み全力で揺さぶりながらそう叫んだ。脳がグラグラする。このままじゃせっかく生きてるのにまた死んでしまう。
「ちょいストップ落ち着け霊夢」
「落ち着いてられる訳ないでしょ! あんた死んでたわよね!?」
「多分」
落ち着けと言っているのに落ち着かねぇなこの巫女は。
するとその霊夢の叫び声に目を覚ました妹紅が目を擦りながら起き上がってきた。
「んも~霊夢うるさいな~……夢幻静かにさせてよ~それが夢幻の仕事でしょ~?」
とてものんびりした口調で怒ってきた。だが俺はそんな仕事を任された覚えはない。
文句を言おうとしたが寝っ転がって二度寝を始めてしまった。だが数秒後に霊夢と同じような動きをしながら起き上がった。
「え!? 夢幻!? なんで!?」
妹紅は俺の頭を全力で揺さぶって来た。こいつらは俺を殺したいのか。
こんなところで死ぬわけにもいかないので二人を引きはがす。
「ちょっとどこに行くつもりよ!」
「どこにも行かねぇからとりあえず落ち着いて座れ」
俺の言葉は霊夢の耳には届いていないようだが妹紅にはしっかり届いたようだ。霊夢を頭から押さえつけて座らせた後に自身もゆっくりと座ってくれた。
霊夢はとても何か言いたげな顔をしてこちらを睨んでいる。だが俺にもなにがなんだかわかっていないのだ。そんな顔をされてもどうしようもない。
「んじゃあ取り合えず二人に聞くぞ。俺って死んだよな?」
「死んだ」
「死んでた」
二人とも食い気味に答えてきた。
やっぱりそうだよなぁ。俺死んでたよなぁ。
「俺はお前らを撫でてからの記憶が無いんだがその後どうなった?」
今思うとあの時滅茶苦茶恥ずかしい事言ってたな。いっそその辺覚えてないとかいう俺得な流れになったりしないだろうか?
そんなあり得ない期待を込めて二人の顔を見ると何かを必死に思い出そうとしていた。
あれ?これもしかして本当に覚えてないんじゃね?
「あのー二人とも?もしかして覚えてらっしゃらないとか?」
確認のためにそう問いかけると二人はアイコンタクトで会話をし始めた。何かを相手に押し付けようとしているような感じだ。しばらくすると妹紅が俺の方を向き、話し始めた。
「えーとね、まず夢幻が私たちの頭を撫でながらこっぱずかしいセリフを言った後死んだじゃん?」
「覚えてやがったか……」
しっかりと覚えてるんじゃねぇかよ。顔が熱くなってくる。人間、死の間際は何やらかすかわからねぇな。
「それで夢幻が死んでから霊夢が激昂して……そこからが覚えてないんだよ」
「覚えてない?」
それだったら俺とほぼ同じじゃねぇか。だが妹紅がそう言うならしょうがない、霊夢にも話を聞こうと思って霊夢の方を向いたのだが
「私も同じよ。夢幻が死んでから犯人を殺してやろうと札を取り出したところまで覚えているのだけどその後が……」
申し訳なさそうに霊夢もそう答えた。
となると情報が全く無いな。どうしようか。
「結局俺は死んだのかなぁ……」
「ここに居るってことは死んで無いんじゃないの?」
「まぁそうなのかな」
妹紅に正論を言われてしまった。そんなことはわかっているんだ。死んでいたら俺がこの場に存在してる訳がない。
そう文句を言いたくなったがこれは自分の感情をぶつけているだけだ、妹紅にはなんの罪もない。
しかしこれからどうしようか。そう考え始めた瞬間横から何かが飛んできた。
「槍!?」
俺が博麗神社でくらった槍が飛んできたのか!?そう思いとっさに避けた。しかしその飛んできたなにかは俺がいた場所の地面にぶつかると砕け散ってしまった。
霊夢と妹紅が近づきその欠片を手に持ってまじまじと見つめ始め、その直後に二人が口を揃えて言った。
「「氷……?」」
氷だと?二人のその言葉に驚きを隠せない状態で自分でも確かめようとすぐそばに落ちていた欠片を拾う。
「冷たっ!」
思った以上に冷たかったせいでその欠片を放り投げてしまった。するとその欠片は放物線を描き飛んで行って落下地点にちょうどあった尖った岩にぶつかって更に小さく砕けた。
「……氷だな」
氷だった。
となると槍を投げた犯人とは別の奴か……?俺が氷が飛んできた方向を見ると同時に妹紅と霊夢も同じ方向を向いた。恐らく三人共同じ考えに至ったのだろう。
そしてその方向には見覚えがあるやつらが4人いた。
「ちょっとチルノちゃん!ちゃんと当ててよ!」
「避けるあいつのほうが悪いの!あたいは悪くないもん!」
「フフーン!やっぱりこれだからチルノさんは困りますね!」
サチコやチルノといった妖精たちだ。となるとこれは氷漬けになったカエルか。つい昨日のことなのに懐かしさを覚えながらも違和感を感じた。
数が多い?
「1、2、3、4、5、6……やっぱり多い」
4人は名前までしっかりとわかる。チルノとサチコとリーリャとサーリャだ。だが後二人多い。
「フヒ……まぁまぁサチコちゃん……失敗は誰にでもあるよ……」
「うん……そうだよ……ほらあの子もそう言ってる……」
「ショウコさん、コウメさん……やっぱりお二人は優しいですね……」
「ショウコうるさい!失敗なんかしてないもん!」
「う、うるさい……?……ゴートゥーヘールッ!!フヒヒヒヒフハハッアッハッハ!!今私に向かってうるさいって言ったかぁチルノォ!?」
「い、言ったわよ!」
「ゴートゥーヘールッ!!アッハッハ!!そうかそうか!てめぇを炎で溶かしてやんよぉ!」
「ひっ」
揃いも揃ってキャラが濃い……えーと?あの性格が一気に逆転した銀髪のやつがショウコで、何か見えてる萌え袖の子がコウメか。
「さてどうしたものか」
そう口に出す直前に俺の両端にいた二人が何かを取り出した。妹紅も霊夢もお札を取り出したようだ。なにをする気だ?と聞く前に妹紅は炎を出し霊夢はその札をそのまま放り投げた。
そしてそれに気付いた妖精たちは小さく悲鳴を上げて逃げ出した。
「ったく、夢幻になにかあったらどうするつもりよあいつら」
「ほんとにね」
こいつらはこんなヤンデレキャラだっただろうか?少し恐怖を覚える。
俺はあんまりヤンデレキャラ好きじゃないんだがな……
「それでどうする?」
主語がないがこれからの行動のことを指しているのだろう。どうしたものかと考え始めたところで妹紅が口を開いた。
「夢幻、慧音のとこに行くって言ってなかった?」
「あ、そういえばそうだったな」
槍で貫かれる前に確かに言っていた。あそこで博麗神社にしばらく滞在することにしていれば槍で貫かれたりはしなかったのだろうか。そう考えたが過ぎたことを今更考えてもしょうがない。
「んじゃ早速行くか」
「ええ」
色々ありすぎて冷静になれず気付かなかったが落ち着いて周りを見てみるとさっき妖精たちと出会ったところは俺がこの幻想郷で目を覚ましたところと同じだったらしい。更に霊夢と妹紅の先導の元歩いて行く途中に、霊夢と出会ったところも通ったので前回俺が通った道は正しかったようだ。
俺自身も何となく道を覚えていたこともあって人間の里には前よりだいぶ早く着くことが出来た。
「慧音先生は寺子屋だよな?」
「うん」
妹紅に一応確認を取ってから寺子屋へと向かう。すると途中に見知った人物がいた。
「おや? 霊夢じゃないか。藤原妹紅も。珍しいな」
九尾の狐の藍さんだ。
しかし俺をなんでスルーしたのだろう。やはり警戒されているのだろうか?まぁいいやとりあえずこちらから挨拶してみようか。と思い口を開こうとした瞬間藍さんの口からあり得ない言葉が飛んできた。
「ところでその男は誰だ?」
「……え?」
今……なんて言った?
「なによ藍もう忘れたの?」
「忘れたもなにも私はこの男と面識は無いが」
「なっ」
名前を忘れたとかならまだわかるが面識がない?いくらなんでもそれはないだろ。
俺は怒りよりも驚きの感情のほうが大きかった。知的そうな印象を受けていたのにこれは認識を改めざるを得ない。
「えと藍さん? この前八百屋で藍さんが買い物してた時に会いましたよね?」
「八百屋なら今行って来たところだが?」
そう言いながら藍さんはその手にぶら下げていた袋を見せてくれた。その中には確かに八百屋で買ってきたのであろう大根やゴボウなどが入っていた。だがそういうことではない。
「いやあのですね? 八百屋に今行っていたのはわかりますけど今はそういう話じゃなくてですね」
「そうよ藍。あんたそんなに馬鹿なやつじゃないでしょう?」
「そうは言われてもほんとに憶えがないんだがなぁ……」
藍さんは頭にかぶっていた独特な帽子を脱ぎポリポリと頭を掻いている。ほんとに憶えてないのか……?
「すまんが夢幻君?と言ったかな。それはいつの話だったか教えてくれないか?」
「ええと多分昨日だったと思います。ただついさっきまで記憶を失って倒れていたのでもしかしたら一昨日とかかもしれないですけどとりあえずごく最近のことですよ」
「昨日……ではないな。というか私は八百屋への買い物は基本橙に任せているから八百屋にはここ最近来てないぞ」
俺はそんなに眠ってたのか?それにしては腹もそんなに減ってないが。
「最近と言うのは?」
「んー……3か月ぐらいは来てないんじゃないかな」
「えっ……」
3か月?流石にそんなに寝ていたはずがない。そんなに寝ていたなら餓死するか妖怪に食われるか妖精のいたずらに巻き込まれて死んでいる。じゃあこの藍さんは別人……?いや比較的仲の良いらしい霊夢が見間違えるはずもないし同名の九尾の狐がそこんじょそこらに居るわけがない。居てたまるか。だが一応確認しておこう。
「なぁ霊夢、幻想郷に藍さんって二人くらい居る?」
「居るわけないじゃないこんな珍獣」
「本人を目の前にして珍獣とはなかなか度胸があるな霊夢」
ふと後ろを見ると置いてけぼりにされ空気になっている妹紅がこちらを睨んでいるがしょうがない。今はこの状況を理解することが先決だ。
「藍さん、もう一度聞きますが本当に俺を知らないですね?」
「申し訳ないが本当に知らない」
「そうですか……」
藍さんが本当にわからないのならこれ以上は話が進まないと思った俺は話を切り上げた。すると藍さんがこちらに近づいて来た。話の切り上げ方が露骨過ぎたか……?
一瞬身構えたが藍さんは俺の耳元に口を近づけた。その仕草で藍さんが何をしたいのか、もっと言うなら何を言いたいのかがわかった。
「夢幻くん。」
「私たちは君の正体がわからなくとも君を歓迎しよう。だが問題を起こせば容赦はしない。それは覚えておいてくれ。でしょ?」
「これは驚いた。読心術でも使えるのかい?」
「いえ前会った藍さんにそう言われたので」
「そうか。その藍は本当に私だったのかもしれないな」
俺の少し捻った言い方に藍さんも捻って返したようだ。だが残念ながらそれは全く捻られてない。事実だ。そのはずだ。
「じゃあな。また思い出したら伝えに行くよ」
そう言うと藍さんは背中を向けて歩いて行ってしまった。
「ねぇ夢幻、これどういうことだと思う?」
「うーん。妹紅は?」
「全くわかんないや。てか霊夢は夢幻の意見を聞いてるんだから夢幻の意見を答えなよ」
「はいすいませんでした」
さっきから妹紅が正論を言うことが増えてきたような気がする。空気になる回数に比例して増えていくのだろうか?まぁそれは冗談としてどういうことだと思うって聞かれてもなぁ……
「うーん……いくつか仮説は思い浮かんだ」
「どうぞ」
正直仮説にすらなってないが別に言っておいて損にはならないだろう。
「まず一つ目、藍さんが記憶喪失」
「それは無いわね」
どうぞと言った割にバッサリと切られてしまった。どうぞと言ったのは妹紅だが。
「俺もそう思ってるけど一応根拠を聞いておこうか」
「私の事とかは憶えてるわけだし記憶喪失にはなってないんじゃない?ってだけよ」
「俺とほぼほぼ同意見だな。ここ最近の記憶だけ抜けてるってこともあり得るが。妹紅はどう思う?」
「わたしもそれは無いと思うなー。あんだけ強い人が記憶喪失になるようなことになんてならないと思うし」
なるほど、確かにそれもそうだ。あの人の実力を見たことは無いが霊夢や妹紅から話を聞いた限り滅茶苦茶強いらしいしな。
記憶喪失になると言えば頭を強くぶつけたというのが一番多いだろうが、あの人がこけるとは思えないし何かをぶつけられたとも考えにくい。
「じゃあ二つ目、藍さんに会ったのは夢だった。俺が死んだのも夢だった」
「ふざけてんの?」
妹紅に怒られてしまった。だが三人の記憶が一致しているというところを除け案外辻褄は合う。そのことを二人に伝えると
「確かにそれはそうだけど三人の記憶が一致してるってところはどうしても無視できないわよ」
「うん。流石にそれはあり得ないね」
常識で返されてしまった。だがもちろん俺も二人と同意見だ。
俺が死んだ夢を三人が偶然見るとかならまだぎりぎり可能性はなくも無いだろう。だが俺が博麗神社で誰かが投げた真っ赤な槍で胸を貫かれたというところまで一致しているというのはあり得ない。それに藍さんと会ったのが夢なら妹紅とも出会っていないだろう。それは今の状況から考えてあり得ないだろう。
「じゃあ三つ目。これが最後だ。俺たちが新しい世界に来たってことだ」
「はぁ?あんたふざけんのもいい加減にしなさ……」
そこまで言うと霊夢の動きは止まってしまった。妹紅も腕を組んで静かに考察を進めているようだ。そう、恐らく霊夢も妹紅も気づいたのだろう。
この説は突拍子が無さすぎる。新しい世界に来たというところはさっきの夢説と同じでほぼほぼあり得ない。
だがこの説だとそのことをを除いて全てに説明がついてしまう。
俺が死んだはずなのに傷一つ無いことや藍さんが俺のことを覚えていないこと。その他諸々説明がつく。俺が霊夢に出会う前に目覚めた場所で、今回目覚めたということも新しい世界に来たときのお約束ってやつだ。
「で、でもちょっと待ちなさいよ。だったらなんで私たちだけ記憶があるのよ!」
そう記憶を俺たちは引き継いでいる。問題なのは俺たち´だけ´というところだ。だが俺たちはあの時すぐそばにいた。それが俺たちだけ記憶は引き継いでいる理由の説明になるかもしれない。が、やっぱり新しい世界に来たというのはやはり信じられない。
「まぁ結論を出すのは慧音先生に会ってからでもいいんじゃないか?」
「まぁそれもそうね」
「あ、そっか。もし新しい世界に来てるってなら慧音も夢幻のこと憶えてないはずだもんね」
そう、そして慧音先生に会いに行かなければ俺が妹紅と出会うことも絶対に無かった。つまり夢であったという説は潰れるのだ。その確認のためにもやはり慧音先生に会わなければならない。
だがここで俺の頭に俺個人として最悪な可能性が浮かんできた。俺が槍で貫かれる前、――こんなことを言ってしまうと霊夢に本当に申し訳ないのだが――霊夢よりも絶大な信頼関係を築いた永遠亭の奴ら、永琳輝夜てゐ鈴仙たちから俺の存在が忘れられているかもしれないのだ。その可能性が俺を絶望に叩き込もうとしてきた。だが現時点ではあくまで可能性だ。まだそうと決まったわけじゃない。諦めるにはまだ早い。そう自分に言い聞かせ何とか心を折らずに耐えることが出来た。
「よし……行こう」
妹紅と霊夢と共に寺子屋へ向かう。
雲行きが怪しくなってきましたね……