北関東某所
「ねえミカ、こんな所でのんびりしていいの?」
アキはカンテレを弾くミカへ尋ねる。
「急げばいいものじゃない」
ミカはいつものおどけた態度でアキへ言う。
ミカは石川県の継続高校で戦車道の隊長だ。文科省の要請で東北地方に愛車であるBT-42で向かっていた。
だがミカは北関東の森でこうして焚火を前にカンテレを弾くのんびりした日々を送っていた。
「さすがにお役所からの指示だよ。遅れるのはマズイんじゃないの?」
アキは心配してやまない。非常事態に関しての指示だから遅れたら怒られやしないかと思っていた。
「役所の言う事が正しいとは限らない。のんびり様子見をする時も大事さ」
「なによそれー」
ミカの妙な返事にアキはまたかと呆れた。
西住しほは東京に来ていた。
同じく東京に来ている娘のまほに会う為ではない。自分が継承している戦車道の流派西住流家元として東京に来ていた。
熊本から空路で行き羽田空港から東京に入るとタクシーで霞ヶ関へ向かう。
「あらこれは西住流家元」
霞ヶ関に着くと島田流家元である島田千代がタクシーを降りるしほへ話しかける。
「これはこれは島田流家元、貴方も文科省にです?」
しほがそう尋ねると「ええそうよ」と千代は上品に答える。
お互いは大洗女子学園と大学選抜チームの試合では静かに火花を散らしていたが試合意外ではこうして同じ家元同士として友好的に接している。
「貴方の次女の方が大洗であの化け物と戦っていると聴きましたわ。気が休まらないでしょう」
千代はしほを気遣う。
「私の娘ですから化け物相手でも簡単にやられないと思います」
しほがこう凛と答える。
千代はいつものしほだと思った。
「心配していないと言うと嘘にはなりますが」
しほがそうポツリと言うと千代はしほにも母親らしいところが在るのだと微笑む。
文科省ではしほや千代など戦車道の各流派家元が集まり辻から巨大不明生物駆除の協力を改めて要請された。
「貴方方の娘さんやお弟子さん、関係する皆さんが命の危険に晒される事をお詫びします」
辻の態度は杏や蝶野に対してと違い腰が低く言葉遣いが丁寧であった。
各流派の家元は誰もが何らかの名士と人脈が在る。粗相があれば自らの身が危ういからだ。
「お詫びと言っても責任は取らないんでしょう?」
「スポーツ選手がここまで命を張るなんて信じられないわ」
家元達は次々に辻へ厳しく責める。
辻は「真に申し訳ありません」と困った顔で繰り返すばかりだった。
その様子をしほと千代は黙って見ていた。
「西住流家元、貴方の娘さんは大洗で巨大不明生物と戦ったそうですね。貴方はどう思ってらっしゃるの?」
辻を一番責めている家元がしほへ尋ねる。
「私はたとえ化け物を倒す事でも大事な役目と思います。その役目を果たすだけです」
しほが淡々と言うが尋ねた家元は納得してない。
「娘さんが心配ではなくて?」
「勿論心配です。ですが私の娘達は簡単に根を上げる様には鍛えてはおりません」
辻と家元から家元同士が対立する様相に変わってしまった。
険悪な空気が室内を包む。
「さすが西住流、勇ましい事ですわ」
刺々しい空気に温い風を送るように千代がのんびりと言う。
「けど、皆様の不安は最もですわ」
千代は立ち上がると険悪な二人の間に立つ。
「辻さん。いざとなれば自衛隊が出てくるようになりませんか?」
千代は温和に訊いているが辻にとって苦しい質問だ。
「申し訳ない。私から自衛隊が出動するとは確約できない」
辻がまた頭を下げる。
千代は肩から力を抜きため息を吐く。
「このまま私達でやるしかないようね」
文科省から出るとしほは千代へ言う。少しの苛立ちがあった。
あの化け物を倒して欲しいと請われれば持てる力を発揮するだけだが命じた方が余りにも無責任に思えたからだ。
「そのようね。文科省はアテにならないし」
千代もしほと同じであった。
「家元の御二人」
そこへ呼ぶ男の声がする。誰だとしほと千代が見ると眼鏡をかけた小太りの男が居た。
「確か保守第一党の泉さんでしょうか?」
千代が尋ねると男は「憶えていただいてありがたい」と笑顔で返す。
この男は泉修一と言い政権与党の保守第一党議員で党の政調副会長をしている。そんな政治家が秘書を連れて文科省の前でしほと千代を呼び止めた。
「何か御用ですか?」
しほが訊く。
「はい。今回の戦車道履修者による駆除作戦についてお話ししたい。ここでは何ですから場所を変えませんか?」
泉の誘いにしほが「いいでしょう」と答えると千代も「構いませんわ」と続く。
しほと千代は泉が乗って来たレクサスに乗り込む。
レクサスは赤坂の料亭で止まる。
泉が贔屓にしているだけあって女将も中居もよく心得たように泉の求めに素早く応じ準備もしている。
「いい店ですね」
千代がそう褒める程に居心地が良い料亭だった。
だがしほはいつもの険しい表情と雰囲気のままだ。
「西住さんはあまりここはお好きではないですか?」
さすがに泉が気遣う。
「いえ、用件を早く聞きたいだけです」
「膳が整ってからと思いましたが、いいでしょう」
泉は先付しか出ていない状態だったがしほの様子から話す事に決めた。
「戦車道をしているお嬢さん達に駆除作戦を要請した事は政府内でも渋々通した案だったんです」
「渋々ですか…」
泉が言うと渋々の部分でしほの眉が僅かに跳ねる。
「自衛隊が出動し武器使用をすれば武力行使にあたる。それが憲法違反であるとか周辺諸国の反感を買うとか意見が噴出したんです」
泉は政権与党の幹部として知りえた政府の内情を語る。
「それで戦車道による駆除と決まったのですか?」
しほが尋ねる。
「巨大不明生物はあの図体ですからね。銃弾で効果があるのか武器の素人でも心配になりましてね。国家公安委員長を兼ねる金井防災大臣が戦車は自衛隊以外にもあっただろうと言い出したのが始まりです。そこが妥協点だと閣内でまとめて今に至るのです」
「政治家は気楽に言ってくれるわね」
しほが金井大臣を恨むように言う。
「だからこそ政治家として自衛隊が出動できる下地を整えたい」
「その下地を私達にですか?」
千代が言うと泉は「お願いしたい」と応える。
「家元である御二人なら政治家だけではなく色んな人脈をお持ちだと思います。その人脈を通してお願いして貰いたい」
泉は前に置かれたお膳台を横へどけると頭を下げる。
「まあまあ泉さん。頭をお上げになって下さい」
千代は慌てて泉の姿勢を元に戻すように求める。
「分かりました。外から圧力をかけるのですね」
しほがすっきりと言うと泉は「ありがとうございます」と頭を下げる。
「素直ですね西住さん」
千代はしほがまだ少し泉をいじめるのでは無いかと思っていた。
「目的が分かれば私は満足です。後はどう作戦を展開するかが私の関心です」
「なるほど」
しほはシンプルな思考であった。
「では食事をしながら作戦会議としましょう」
千代が笑みを浮かべて言うとしほは頷く。泉は女将を呼び膳を運ぶように伝えた。