「西住さん。駆除作戦を那珂川南岸で行うわよ。それと今から私達は茨城県警の指示に従って動くようになったわ」
蝶野はみほへ伝えた。
「何か変更があるんですか?」
「これから警察との共同作戦になるわ。まず警察の指示が優先される。けど貴方達への監督権と指導は変わらないけどね」
「分かりました」
蝶野との通話を終えたみほは通信を担当する沙織へ話しかける。
「武部さん。これから警察との共同作戦だから警察の無線も聞いてて」
「え~警察無線ってどうだったけ?」
沙織は無線に関する自分のノートを捲りながら調べる。
「警察無線はデジタル無線ですからここの無線機で聞けるか。それに聞けたとしても違法にならないか問題がありますよ」
優花里が言うとみほは迂闊だったと思った。
「武部さん。聞こえて来る無線だけ聞いてて」
「うん、分かった」
みほは優花里の助言を聞いて沙織に指示する。
「西住さん。警察との連絡は私がします」
蝶野はみほ達のやりとりを聞いてそう言った。
「駆除作戦に大洗女子の戦車も加わる。だが作戦方針は変わらない。那珂川であの化け物を倒す。市街地であの大きな身体を転がすわけにはいかない」
三宅は改めて作戦方針を定める。
「駆除作戦は那珂川の北側から狙撃班が射撃し、目標が止まってから南岸にある大洗の戦車が攻撃する計画です」
警備部長が蝶野と連絡して立てた計画を言った。
「それで行こう」
警備部長の案を三宅は了承した。
「那珂川で駆除作戦を行いますので那珂川大橋と湊大橋は通れません。避難は西へ向かって下さい」
ひたちかな市ではパトカーや市の防災無線がそう市民へ呼びかける。避難誘導する警官や市の職員も同じだ。
「ここで駆除作戦が行われます。危険ですので退避してください」
対して那珂川南岸の大洗町では巨大不明生物を見たり撮影しようと河岸に集まるマスコミや野次馬を警官が退去させていた。
「お、来た!来た!」
警官によって渋々退去させられる野次馬達は大洗女子の戦車が現れるとまたカメラを構えた。
「そこ!止まるな、戦車の邪魔になる」
大洗女子の戦車を撮影しようと立ち止まる人々を見つけた警官が厳しく注意する。さすがに図太い野次馬もカメラを収めて退去する。
「大洗女子のみんな頑張れよ」
カメラを提げた男が手を振りながら退避する。
キューポラから半身を外に出しているみほや杏など車長たちは手を振って応える。
「あんなギャラリーを見ていると親善試合を思い出すなあ」
手を振りながら退避する野次馬達を見て八九式中戦車の車上からアヒルさんチームの磯部典子が言った。
二度行われた大洗町での親善試合ではこうした熱心なギャラリーが居たのを典子は思い出していた。
「でもこれから行くのは本当の戦闘です。気を引き締めて」
みほが注意する。これから行くのは今までの試合以上の注意が必要になるのだから少しの気の緩みが命取りになる。
「この河岸に展開します。警官の誘導に従って停車してください」
みほは那珂川南岸に到着するとそう無線で指示する。
河岸には警官が二人立ち大洗女子の戦車を笛を吹きながら手を振り誘導する。
「あれが巨大不明生物…」
停車し、那珂川の向こうにあるひたちなか市をみほは見た。街の影に隠れながらも背中と背ビレのようなモノが蠢く様が見えた。
「西住さん。駆除作戦について説明するわ。巨大不明生物が那珂川中ほどに入ってから警察の狙撃班がまず射撃して動きを止めます。そこから戦車で射撃します。あくまで河の中で倒すのが目的よ」
蝶野が無線で作戦をみほへ伝える。
「分かりました。みなさん今の説明聞こえましたか?」
みほと蝶野の間で交わされる無線は大洗女子の戦車にも回線が開かれている。みほは皆が作戦内容を理解したか確認する。
7両の戦車からは「聞こえました」「ちゃんと聞いたよ」と言う返事が聞こえた。
「では指示があるまで待機してください」
みほは無線で指示を終えると息を吐く。段々と近づく巨大不明生物に緊張が高まっているのだ。
「西住殿」
優花里が心配して呼びかける。
「優花里さん大丈夫だから」
みほは巨大不明生物を見つめながら応える。
「気持ちが限界になったら言ってください。今回は我慢するのは禁物ですよ」
優花里は優しく言う。優花里は隊長として一人悩むみほを何度か見ていた。
全国戦車道高校生大会ではサンダースとの試合では追われながら次々に撃破されいつフラッグ車も撃破されてもおかく無い時、プラウダとの試合では学園存続が危うくなり皆の意気が挫けそうになった時、大学選抜との試合では8両で30両と殲滅戦をしなければならないと知った時
どれも隊長であるみほは一人悩んでいた。
優里花はそんなみほを支えてやりたいと思っていた。
黒森峰との試合で渡河中にエンジンが止まってしまったウサギさんチームのM3中戦車を助けるかどうか悩んだ時に沙織が「行ってあげなよ」と言って背中を押すように。
「ありがとう」
そんな持ちを知っているみほは下を向き優花里へ笑みを見せた。
「目標は那珂川へ入ったわ!準備して!」
蝶野は急報する。
「全車射撃用意!」
みほは姿勢を戻しながら指示する。
そして那珂川へ向くとそこに居る巨大不明生物の全体をみほは見た。
それは四つん這いのような姿勢で動き、魚のように丸く大きな目と大きな釘か針金のような牙が覗く口元が気味の悪い印象をみほに与えた。
「・・・・」
みほは言葉を失う。それは他の皆も一緒だ。
「こりゃ本当に化け物だね」
杏が背筋が冷えるのを感じながら言う。
「うわ~キモい」
「こんなの本当に倒せるの?」
「みんな、それでもやるよ!」
ウサギさんチームの面々は巨大不明生物の容姿に騒ぎ始める。
「あんなのゲームでよく見たけどキモいなあ」
アリクイさんチームのねこにゃーがゲンナリしながら言う。
「こういう化け物を倒すのは何だろう?」
「ヤマタノオロチ伝説?」
「アジ・ダハーカ?」
「それだ!」
歴女達の集まりであるカバさんチームは緊張しながらもいつもの調子を崩していない。
みほは皆の声を聞きながら巨大不明生物を凝視していた。
河をゆっくりと進み大洗へと近づいている。
もう少し近づいたら河の真ん中だ。戦闘開始はもうすぐ。
「え?倒れた」
巨大不明生物はうつ伏せに倒れた。
「どうしたんだ?死んだのか?」
桃が主砲の照準器から巨大不明生物を見ながら困惑する。
「疲れて眠ってしまったのでしょうか?」
同じく主砲の照準器で見つめていた華が言う。
「蝶野さん。作戦開始ですか?」
みほは蝶野に尋ねる。
「待って、県警に問い合わせているから」
蝶野もこの事態に焦っているような声がした。
「西住隊長、眠っている内に攻撃した方がいいんじゃないですか?ヤマタノオロチみたいに」
カバさんチームの車長であるカエサルが言う。
ヤマタノオロチは酒を飲んで寝ているところを須佐之男命(スサノオノミコト)倒された。「古事記」や「日本書紀」に書かれた伝承をカエサルが言っている。
「待ってください。県警からの指示が出るまでは攻撃してはいけません」
みほは抑える。
「現場から射撃していいか問い合わせています」
県警本部では警備部長が三宅へ訴える。
「いや待て、アレが死んでいるかもしれん」
三宅は慎重だった。
それは県警のヘリがカメラで映す巨大不明生物の様子からでもあった。
巨大不明生物は首のエラから血液らしい液体を噴出していた。那珂川に倒れた今もエラから赤い液体が河口へ向けて流れている。
もしかすると失血死したのでは?と三宅は思った。
「しかし止めを刺すべきかと」
警備部長は進言する。
「だが死体を無闇に撃ったと言われかねない。様子を見よう」
三宅が躊躇う理由は動物への殺傷行為に対しても世間の目が厳しい事だ。熊を狩る猟友会に対しても苦言をするのだから。
「散々暴れて満足したら寝ているのかしら。まったく迷惑ね」
カモさんチームのソド子が倒れている巨大不明生物を見ながら言う。
「このまま寝ているか死んでいるなら私らはお役御免で帰れるね」
杏は気楽に言う。
大洗女子の面々は巨大不明生物が動かなくなり安堵し始めていた。
だがみほは目を険しくしたまま巨大不明生物を見つめている。
(何かおかしい)
みほは巨大不明生物の身体が何か変だと思えた。具体的に何が変なのか分からないが違和感を感じた。
「起きた!」
「立ったぞ!」
「わあ!」
巨大不明生物はいきなり起き上がり立ち上がる姿勢になる。
「目標の形状が変わった!」
県警ヘリのパイロットが驚きながら報告する。
巨大不明生物は両足で立ち上がると無かった両腕が生えた。まさに違う姿に変化したのだ。
その巨大不明生物は大きく口を開けると雷鳴のような咆哮を上げた。
「くっ・・・・」
雄叫びを上げる巨大不明生物にさすがのみほもキューポラの端を掴み臆する心を抑える。
「駆除作戦開始だ!」
三宅は巨大不明生物が立ち上がると即座に作戦開始を命じた。
「こちら狙撃班、照準を定めるのに少し時間を下さい」
だが作戦の第一段階である狙撃がすぐにできなかった。巨大不明生物の頭部へ撃ち気を引かせるのが巨大不明生物が立ち上がったせいで狙撃銃の狙いが外れてしまっている。
「もう戦車に撃たせましょう」
警備部長が言う。
「そうだな。大洗女子に射撃開始と伝えろ」
この間は巨大不明生物は立ち上がったまま動かなかった。
「西住さん、県警から射撃開始要請が来たわ」
「了解です」
今度はみほが射撃開始を命じようとした時だった。
巨大不明生物はまた四つん這いの姿勢になった。姿勢を屈めるや河口へ向けて走り出す。
「砲撃開始!」
みほが命じるが巨大不明生物を追うように砲塔を回さないといけない。固定砲塔のⅢ号突撃砲とヘッツァーは車体ごと向きを変えないといけない。
「くそ、狙いが追いつかない」
Ⅲ号突撃砲の砲手であるエルヴィンは車体の向きが巨大不明生物に追いつかず照準が定まらない事に焦れる。
「逃げるな~食らえ!」
37ミリ砲を装備した小さい砲塔があるM3が最初に砲撃をする。砲手の大野あやは罵声と言える言葉を口にしながら射撃を続ける。
だが動き続ける巨大不明生物にはなかなか当らず那珂川に水柱を立てるだけだ。
「照準よし」
「撃て!」
華はようやく巨大不明生物の背中に照準を合わせた。
Ⅳ号戦車の75ミリ砲が放たれる。Ⅳ号が砲撃を始めた時に他の戦車も向きを変え砲撃を始める。
「え?避けた?」
華が呆けたような声を出した。巨大不明生物は背を屈め砲撃を避けたように見えたからだ。
「違う、海に潜った」
みほは双眼鏡で巨大不明生物を見ながら起きた事を華へ言った。
巨大不明生物は那珂川から太平洋に出て潜った。
Ⅳ号をはじめ大洗女子の放った砲弾は海へ落ち水柱を立てた。
「蝶野さん。移動して追撃しますか?」
みほが尋ねる。
「いいえ。たった今県警から駆除作戦中止の指示が来た。海の中じゃ砲撃は当てられないわ」
「分かりました。みなさん作戦中止です。砲撃をやめて下さい」
こうして巨大不明生物の脅威は突然現れ突然去った。
「どうなるかと思ったけど大した事無かったね」
沙織は陽気に言った。
「もう来るんじゃないぞ~」
レオポンチームの車長であるナカジマがポルシェ・ティーガーからそう海へ向かって言う。
「さあ、帰ろ帰ろ」
杏がホシイモを齧りながら言う。
(本当にこれで終わりなのかな?)
みほは安心できなかった。
もしも戦車を恐れて逃げたのであればいいと思っていたが西住流の武人たる心が手応えの無い撃退に不安を残していた。