艦上OVERDOSE   作:生カス

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時間ができたので2日連続投稿。
相変わらず不定期ですみません…


EX後編 Another day

- side:寺田 -

 

「あ…あの!大洗学園自動車部の方々ですか?」

 

深夜の街はずれ、建物も少ない、どこかこざっぱりした場所。天気も悪く、月明りや星の光なんて気の利いたものもない。街灯だけが道を照らしている。その陰にある端っこの空き地で、その人たちは集まっていた。集まっている人たちは…一部を除けば新歓のときに見た自動車部の人達だった。

 

「うん、そうだけど…君は?」

 

そのうちの1人が、私の問いに答えてくれた。どこか精悍で、だけど落ち着いた雰囲気をまとった不思議な女性だった。この人がリーダーかな?

 

「あ、すいません…私は」

 

「あー!もしかしてキミ!」

 

名前を言おうとしたところで、帽子を被った別の人にさえぎられる。

 

「ひょっとして私たちの追っかけ?さっきのレース見て私たちのこと気になってここまで追っかけてきたんでしょ?いやー参るじゃん!人気者は!」

 

「山田~少し静かにしよ~」

 

更にもう一人、柔和な顔をした人が、さっきの帽子の人を制止する

 

「えー!でも難馬先輩!せっかくファンが来てくれたんですよ?サービスしましょうよサービス!」

 

「お前がいると話が進まないんだよ。いいから、少し静かにしててくれ」

 

「ヘーイ…分かりましたよ、藤沢先輩」

 

山田と呼ばれたその人は、拗ねたように口をとがらせてそっぽを向いてしまった。

 

「……」

 

「?」

 

気付くと奥の方の一人が、私の方を興味がなさそうに一瞥してきた。さっき藤沢先輩と呼ばれた人と同じように、鋭い目をした人だ。でもあの人はもっと近寄りがたいような、そんな雰囲気をまとっていた。

 

「…さてっと、話の腰を追ってすまない…ええと、君は…」

 

「あ…すいません。私、寺田って言います…さっき、レースしてるところを見て、それで気になって…」

 

緊張のせいか、うまく口が回らない

 

「へえ…それで見にきてくれたってわけか…」

 

「ええ…えっと皆さんは…」

 

「ああ、そういえば自己紹介がまだだったね。私は藤沢一果(ふじさわいちか)、3年で自動車部の部長だ。こっちのおっとりしたのが同じく3年で副部長の難馬恭子(なんばきょうこ)。このさっきからうるさい帽子が山田琴三(やまだことみ)。コイツは2年だ。」

 

「ちょっと先輩!もーちょっとましな自己紹介の仕方あるじゃんよ!」

 

「ハハ…」

 

「…たく、よろしくねー寺田ちゃん」

 

「よろしく~」

 

なんか…失礼なのは承知だけれど、なんか愉快な人たちだなっていうのが第一印象だった。

 

「……」

 

「…ええとそちらの奥の方は?」

 

さっきまで話していた人達とは違い、奥にいる人は一言もしゃべることなく、奥で86レビンをただじっと見つめている人がいた。

 

「ああ…悪い、アイツ不愛想でさ…赤崎ー!ちょっとこっち来い!」

 

赤崎と呼ばれたその人は、藤沢さんの声を聞くと、ポーカーフェイスは崩さないまま、ゆっくりとこっちに向かってきた。

 

「コイツは赤崎葉(あかさきよう)。山田と同じ2年だ」

 

「…よろしく」

 

「ど、どうも」

 

紹介された赤崎さんは、気怠そうな感じで挨拶をした。

 

「コイツすっごい無愛想じゃん?だから私くらいしか友達いなくてさー。よかったら仲良くしてあげてよ」

 

「…余計なこと言うな、山田……」

 

…なんというか、見た目よりも話しかけやすい人なのかな…

 

「さて、それじゃ全員の自己紹介は済んだかな?」

 

「あれ?学園長いたんだ?」

 

「うーん、山田君、ナチュラルに傷を負わせるような発言はやめて欲しいなー…おじさん最初っから君たちといたからね?」

 

「え、学園長…て、大洗学園の…ですか?」

 

「そうそう…あれ?確か君は?」

 

「私のこと知ってるんですか?」

 

「…まあ、君のお姉さんと知り合いでね…」

 

「は、はあ…でもどうしてそんな偉い人がここに…?」

 

「あーっと、それはね…」

 

「学園長がレースしてたんだよ、赤崎と、私たちはその付き添い。学園長、クルマ好きでさ」

 

「ちょ…藤沢君…」

 

「レース…?」

 

これには正直驚いた。だって学園長っていうことは、事実上かなりお堅い立場にいる人のはずだ。こういうレースとかはむしろ止める側だと思うけど…

 

「いいじゃないですか、どっちみちこんなとこ見られたんじゃ言い訳できないでしょう?なあに、変な誤解生むよりはいいですって」

 

「全く…君ってやつは…」

 

そういうと学園長は、踵を返し、私の方に向き直す

 

「藤沢君の言う通りだよ…俺たちはレースをしていたんだ。まあ、そんな本格的なものなんかじゃない、セッティングや諸々のテストも兼ねたやつさ…そこにクルマが2台あるだろう?あそこの白黒のクルマ…レビンっていうんだけど、それに赤崎君と山田君、難馬君が乗って、そっちの赤いF40てやつに俺と藤沢君が乗って、一緒に走ってたってわけ」

 

なるほど、つまり学園長はクルマ好きが高じて、自動車部のレースに参加しているってことか…この部活の形態はまだよくわからないけれど、学園長はさしずめ顧問みたいなものなんだろう。それはわかったし納得もいった。

…でもどうしてもぬぐえない違和感が、まだ私の中にあった。

 

「…あのレースって、この2台でしてたんですよね」

 

「そうだよ~?」

 

難馬さんが答える

 

「あの、実は私、さっきこの2台がレースしているところに遭遇した気がするんですけど…あの時のスピード、フェラーリならともかく、とてもレビンが出せるような速度じゃなかったと思うんですけど…」

 

そうなのだ。あの時、私は船橋付近でこの2台に遭遇した。今思い返すと、あそこは結構長いストレートだったはず…どういうコースで走ってきたのかはわからないけれど、ああいう場所はクルマの性能の差がもろに出るはずだ。

確かにレビンは良い車種だと思う。でもそれでも、コーナーが続く場所ならともかく、ああいう場所で、F40に追いつけるものなんだろうか?

それに…あくまで体感でだけど、さっきの速度は、普通の速さじゃなかった…気がした

 

「…へえ、やっぱりこんなとこまで追っかけてくるだけあって、詳しいな」

 

私が疑問をぶつけると、藤沢さんは嬉しそうにそう答えた。

 

「気付いたご褒美だ…どうしてなのか教えてあげるよ、赤崎!」

 

藤沢さんが赤崎さんを呼ぶと、赤崎さんは静かに首肯し、私を手招きで呼び、レビンのボンネットを開けて見せた。そこには予想外のものが入っていた。

 

「これは…RB26!?」

 

そう、そのレビンの中にあったエンジンは4A-Gではなく、本来はGT-R用であるRB26DETTが入っていた。随分とムチャな…

 

「…ラジエータサポートを加工して載せてるんですね…」

 

「お、ホントに結構詳しいじゃん!でもラジエータサポート弄っただけじゃ入らなくてさ、バルクヘッドも切り貼りしてエンジンルームそのものの形変えてようやくスワップ完了って感じ、苦労したじゃんよ…」

 

山田さんがチューニングの成り行きを説明してくれる

 

「でもなんでわざわざ…それならいっそGT-Rにでもした方がいいんじゃ…」

 

「ん~まあそうなんだけどね~、赤崎がレビンじゃなきゃヤダっていうのよ~」

 

「赤崎さんが…」

 

「……」

 

私が難馬さんの話を聞いて、赤崎さんの方を見ると、彼女はバツが悪そうにそっぽを向いた。

 

「赤崎は、このレビンが大のお気に入りみたいでさ…何でも、一番自分を受け入れてくれるから、ていうことらしいけど…」

 

「そうなんですか…」

 

受け入れてくれる…か…昔、同じような理由でZに乗ってた人がいたっけ、それが本当なのかウソなのかは、もう確かめようがないけれど…

そう考えていると、赤崎さんが私に話しかけてきた

 

「…別に、そんな感傷的な理由だけじゃない…このクルマは特別なんだ…」

 

「特別…ですか…」

 

「ああ…そうさ…他のクルマに乗っているときとは違う、コイツに乗っているときは、まるで歯車がピッタリ合うみたいに、自分の体以上に、自由になれている気がするのさ…」

 

「…本当に、好きなんですね、そのクルマが」

 

「そうさ…それに…私が今狙っている獲物には、コイツとじゃなきゃきっと…喰らいつけない…」

 

「獲物?」

 

私がそのワードに疑問を抱いていると

 

「…私たちは今、ある目標を掲げて活動しているんだ」

 

、藤沢さんが神妙な顔で、ぽつぽつと語りだす

 

「目標…」

 

「ここ1、2年の間だろうか…ある異常に速いクルマが現れたんだ…そいつは、普段はなんてことないただのクルマなんだが、最高速の領域にいるとき、そいつは化物に変容する…どんなに速い相手でも、そいつはまるで無限に加速するように、追い越していくんだ…」

 

「それは…確かにすごいですね…」

 

「…それだけなら、良かったんだ…」

 

「…え?」

 

藤沢さんの顔が段々と険しいものになっていく

 

「…そいつは、みんな狂わせる…そいつに乗ったやつも、その周りもみんな…みんな…まるで自分から死にに行くみたいに、いや違う、自分の死なんか目もくれないみたいに…狂っていっちゃうんだ…まるで死神だよ」

 

胸騒ぎがした…自分の頭に、あるひとつのクルマの影が浮かんだ…もう見たくない…その死神のような影が…

 

「そんなだから、そいつは当然何度も事故を起こしてきた…でもそいつは、その度に助かっているんだ…自分に乗った命が、あるいは他の命が代わりみたいに死んでいく中でだ」

 

「…その…クルマの名前は……?」

 

私は、恐る恐る聞いてみた…聞きたくない…だけど聞かなくちゃいけない気がしたから…

 

「そのクルマは…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

180sx…くすんだような鉄の色をしたやつだ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ああ、そうだった…そうだったんだ…まだ、生きていたんだ…

もう嫌だ、もうやめてよ…どうして、そっとしておいてくれない…?

これじゃ、まるで呪いだ…みんなを狂わせて…死なせて…なのにまだこびりついてくる…逃げられない…呪い…

 

「…ね、ねえ…大丈夫?どっか具合悪くなっちゃった?」

 

どうやら顔に出ていたようで、山田さんが心配そうに此方を見てくる

 

「いえ…大丈夫です…それより、さっきそのワンエイティのこと、獲物って言ってましたよね?どういうことですか?」

 

「…私たちは、そのワンエイティを止めたいんだ。アイツは、狂うみたいに速く走って、周りもまた狂わせる…だから、私たちが証明してやるんだ…狂ってまで走ったって、命を犠牲にしてまで走ったって、それは本物の速さじゃないって…アイツの前を走って、証明してやるのさ…私たちが…」

 

「……」

 

「…すまない、なんでだろうな…初対面の君に、こんな話するべきじゃないのに…」

 

「……」

 

ワンエイティ…いやSX…

あなたはまだ…走っているの…?

何もかも全部犠牲にしても、足りないの…?

 

…もう、あの事件から3年が経った。もう私にできることは何もない…罪滅ぼしの機会は、もうとっくの昔に失われた…

 

「…藤沢先輩」

 

ならせめて…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私に何か、手伝えることはありませんか?」

 

せめて…今できることをしよう…あんな悲しいことが、もう起きないように…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-…現在-

 

 

「…先輩、来ましたよ…あのSXが…」

 

昔の自動車部の写真を見ながら、私はそんなことを呟いた。

 

…島田さん、大丈夫だよ…

もうあんなこと、絶対に起こさせたりしないから…

あの日から5年…もう…終わりにしよう…

 

 

180sx

 

 

あなたは必ず、私が潰す…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう二度と、目覚めないように…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




番外編はまたご要望がない限りはここで一旦終了としておきたいと思います。次回からはまた本編を更新したいと思います。

え?旧自動車部メンバーの名前の由来?
…このss読んでくれている人なら多分ご存知の通りだと思うのさ…

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