艦上OVERDOSE   作:生カス

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……聞いてくれ、とても怖いんだ……
……頭の震えが、止まらねえ……

……7ヶ月だ……
……気づいたら、7か月以上、経ってやがったんだ……


28 Diver down

――AM1:00 雨水

 

 合宿から1週間がたった日、部屋でなんとなしに夜更かしをしていた時、学園長からメールが来た。SXが届いたらしい、手続きは済ませたから取りに行けとのことだ。すぐ支度をして、風の冷たい外に出た。曇った空にしては、澄んだ空気だと思った。

 この1週間、SXがどうなるのか、そればかりが気になって仕方なかった。いつも以上にぼうっとしていて、小山や中嶋先輩にどやされたのも、何となくしか覚えていない。

 学園艦という場所の性質故か、歩くと、灯のついた建物はもうほとんどない。寝静まった夜の中、誰一人も見当たらず、ただ遠くからかすかに、巨大な船が、波をかき分けて進む音しか聞こえない。自分以外に誰もいないような錯覚に陥った。

 街灯だけを頼りに、メールに書かれていた倉庫の前にたどり着く。倉庫のシャッタに手をかける。キシリと、錆びた音はするけれど、しかしカギはかかっていないらしい。するすると、非力な俺でも開けることができるほどには、軽かった。真っ暗な倉庫の中、スイッチを探して照明を付けた。どこから入ってきたのか、蛾が時代遅れの白熱灯と戯れて、明かりがゆらゆらと揺れる。それに照らされ、それは在った。

 

 鈍い光を反射して、亡霊のように佇んで、静かにそのライトを閉ざして、それは在った。

 

「SX……」

 

 少しだけ遠くからそれを見た。相も変わらず、どこにでもあるようなクルマ。けれど、どうしようもなく目を離せなくなる。見るたびに感じる、心が締め付けられるような感覚は苦しいけど、不思議といつも嫌ではなかった。

 

「なに自分の車見てにやけてんのさ」

 

 不意に声が聞こえた。聞き覚えのある声だ。いつの間にか、後ろに星野先輩がいた。

 

「……どうしたんです? こんな夜更けに」

 

 振り向いて彼女を見る。いきなり声をかけられたのにも関わらず、不思議と驚きはしなかった。俺が沈着ということではなく、単純に今は、彼女に関心が向いていないのかもしれない。そう思った。

 

「なんとなく、この辺にいるんじゃないかと思って、ぶらぶらしててさ。本当にいるとは思わなかったけど」

 

 当たり前かのようにそう言い放つ。こういう場面に会う度に思うんだけど、どうしてこう、俺の周りの女性は異常に勘が良いのだろうか。小山曰く、姉もそうらしい、そのへんで言ったら、杏ちゃんはもろにそうかも。もしかして女性とは総じてそうなのかもしれない。

 少しずれた考え事をしていると、彼女はそのちょっとだけ不機嫌そうな顔を、俺に近づけていた。俺を少しだけ見上げるような距離まできて、俺をじっと見つめる。目をそらしたかったけど、それはやめた方が良いかもしれないと、なぜか思った。

 

「私も行く」

 

 彼女の目は、有無が言えるようなものではなかった。理由は多分……そうだ、合宿のときに言っていた。俺が事故らないためのストッパーを果たすつもりなのだろう。

 

「……事故ったときに、隣にアンタがいるからって、助かるわけでもないでしょう」

 

「だから事故らせないために来たんだ」

 

「先輩が隣に乗れば、俺は無茶な運転しないって?」

 

「うん……違う?」

 

 優しい声色は、切望しているからか、俺を案じてか。どちらでもいいと思った、どうにしても、これから自分のすることに、変わりはないから。

 

「走りますよ、俺は」

 

「……」

 

「……最後まで走ります、俺は」

 

 

 

「燃えて、灰になるとしても」

 

 

 

 俺は今どんな顔をしているだろうか。彼女は俺の言葉を聞いて何を思っただろうか。ただ彼女は、憐れんでいるのか、何か堪えているような顔を俺に向けていた。

 

「……それでもいい、乗せてよ」

 

 怒られるだろうなと思った俺の予想に反して、彼女は尚もそう言った。それでもいい……その言葉が何を意味するのか、わからない人でもないだろう。なのにそれを言うということは、きっとそういうことなのだろう。

 

「……わかりました。じゃあ、乗ってください」

 

「え……」

 

 俺が促すと、彼女は少し、あっけにとられたような表情に変わった。

 

「え……て、今日は付き合ってくれるんじゃないんですか?」

 

「あ、いや、ゴメン。思ったより、簡単に許してくれたなって思ってさ……」

 

「……先輩、ホントの目的は、俺のお守りなんかじゃないでしょう?」

 

「それは……」

 

 バツが悪そうに、彼女は目をそらして、それきり口をつぐんでしまった。もしかしたらと思って聞いてみたけど、どうやら当たっているようだ。だってそうだ。俺が事故らないようにと言っときながら、巻き添えで死んでも良いような口ぶり、彼女は矛盾していた。

 合宿の時、不意に彼女に言われた言葉を俺は思い出した。『全部受け入れてくれるか』と。

 彼女が今日ここに来たのは、俺のお守りというのも一応あるだろう。けど、本当の目的は、明確にはわからない。合宿で言ったあの言葉と、何か関係があるのだろうか?

 一瞬考えて、けどすぐにどうでもいいと思えて、思考を切った。

 

「もう行きましょうよ。夜は短い」

 

「……どうしてって、聞かないんだ」

 

「……自分で考えてください」

 

 俺はSXのカギを開けて、ドライバシートに座った。一拍置いて、星野先輩も俺の隣に座って四点(シートベルト)を付けた。

 

「わかった……」

 

 キーを回す

 呼応するように、スタータの鳴き声が五感に響く

 スタータがギアに噛み付く

 モータがクランクを回す

 オルタネータへ

 信号、回転、噴射、点火、循環

 そして、爆発

 

 獣が目を覚ました

 

(これは……)

 

「ッ……」

 

 星野先輩が目を見開き、驚嘆したような顔をしている。俺も顔に出さないけど、その胸中は同じだった。

 

「雨水、これ……」

 

「……やっぱスゲぇんだな、あのおっさん」

 

 見た目は何も変わってない、計器で見ても、明確に変わったところはない。

 けど違う、上手く言えないけど、なんというか、枷が外れたような、そんな感覚。

 

「おっさん?」

 

「なんでもないです。行きましょうか、そろそろ走ってる頃です」

 

「走ってるって……誰かほかにもいるの?」

 

「いますよ」

 

 

 

 

「同じ穴の(ムジナ)が……」

 

 

 

 

――AM1:20 星野

 

 自分の気持ちがわからないということを、私はここ最近で、身をもって体感していた。けれど、それがこんなに辛いとは思わなかった。

 

「すごい……」

 

 艦上に入って数分、私は思わずそう呟いた。200km/hの中でのスラローム、一般車のランプが光の糸を作って、強烈な速度で後ろに下がる。それが一歩間違えば死ぬ世界であることをよく表していた。

 なのに、なぜかとても安らぐ。ゆりかごに乗っているような感覚に襲われる。それが危険な感覚だとわかっていても、身を委ねてしまいそうになる。

 

「ッ……どういうコースなんだ?」

 

 取り返しのつかなくなるような安楽を振り払うように、私は雨水に聞いた。

 

「第2ブロックです。直進性を見ます」

 

 雨水はそれだけ答えて、あとはまた黙った。さっきからずっとこう。艦上に入ってから、いや今日会った時から、きっと、雨水は私を見ていない。今この瞬間、雨水が私を認識してるのかも怪しい。コイツの冷めた暗い目が、何を探しているのかが、私にはわからない。

 速さでも、ましてや『速い奴』なんて称賛(レッテル)でもない。もっと暗い場所にあるような、そんなものな気がする。

 

「……いいクルマだよ。最初に見たときは、廃車同然だったってのに」

 

「……」

 

 私の言葉は雨水に届いているだろうか? そう思いながらも、私は言葉を続けた。

 

「なあ、このクルマって、学園艦の隅っこで見つけたって話だけど、どうして、乗る気になったの?」

 

 聞こえていないのか、やはり雨水は黙ったままだ。けれど私はまだ口を開く。そうしないと、耐えれそうになかった。

 

「雨水は、何を探してるの? このクルマで、どこに行きたいの?」

 

「……」

 

「……その場所に……」

 

 

 

 

「私はいないの?」

 

 

 

 

 自分の気持ちがもうわからない。ただ雨水のことを考えると、不安になって仕方ない。少し目を離したら、もう手の届かないような、遠いところに消えていくような気がして、それを考えると、息ができなくなる。

 それならいっそ、と思ってしまう時もあった。いっそ、一緒に消えることができれば、なんて。でも、恐かった。消えること以上に、雨水が私を拒絶するんじゃないかってことが。私を突き放すんじゃないかってことが。

 学校で、外で、部活で……雨水の、底の見えない暗い目を見るたび、不安がフラッシュバックした。

 どうすればいいのか、それともどうかしてほしいのか、自分の感情がわからない。今はただ、それに突き動かされるまま動いて、雨水の隣にいる。

 

 ……いや、違う

 わからないんじゃない

 きっと、表す言葉がないだけだ

 

 私は、多分、雨水を……

 

 

 

 

 

 

「何も探してなんかいない」

 

 

 

 

 

 不意に雨水が、そう溢した。思わずその顔を見る。気のせいか、一瞬だけ、子供のような顔をしていたような気がした。

 

「ここにいたって何も得られるものなんかないし、いればいるほど、深みに沈んでいく」

 

「じゃあ、なんで……」

 

「……目的があるんじゃないです」

 

 

「ただ、止まったら、全部終わるんだ。俺も……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あいつ等も」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「!?」

 

 後ろから急スピードで迫ってくる。

 楕円の白光

 ボディ色の影響か、青みがかっている

 2JZの音

 

 あれは……

 

 蒼い白光が、隣に並んだ

 

「スープラッ……!?」

 

 それは見たことがあった。そうだ……あの日、雨水と走った日、一緒にいた。80スープラだ。

 

「先輩、ここには得るものなんか何もありません」

 

「雨水……」

 

 雨水は、少しも表情を変えない。かといって、余裕があるというふうにも見えない。

 ただただ、抑揚のない声で、優しい目をして、こう言った。

 

「全部失くして、それでも走る。成れの果てだ」

 

 

 

 

 

 

――同時刻 学外

 

「……ねえ、ホントにここで降りるの?」

 

「だぁら、そう言ってんじゃんよ、アキ」

 

 暗にやめようと言ってる私の言葉も意に介さず、ナツは目の前の学園艦に乗り込もうとしていた。

 

「でも、なんでここなのよ? 大洗なんて、私たちに何の関係もないじゃない」

 

「お前たちになくても、オレにはあんだよ。別にいいだろ? プラウダの戦車、ネコババする手伝いしたじゃんか」

 

「ひ、人聞きの悪いこと言わないでよ!」

 

「ミッコ、俺の240Z(ゼット)出してくれ」

 

 私のそんな反論も聞き入れず、学園艦の移動用に使う車を、ナツはミッコに降ろすように言った。この人はいつもそうだ。私の話なんて、ちっとも聞く耳を持たない。

 

「いいけどさぁ、帰りはどうすんのさ? 私たちは行かないよ?」

 

「なに、いざとなりゃ、風に運んでもらうさ」

 

「ミカみたいなこと言わないでよ、もう」

 

 そして本当に行き当たりばったりだ。それなのに、きっちりと帰ってくるんだから、そのバイタリティは大したものだと思う。

 

「何かを、探しに行くのかい?」

 

 今まで黙っていたミカが、口を開いた。……なんだろう、いつもみたいに笑ってない。パクられて、ちょっとむくれてる?

 

「ああ、そういうこと」

 

「……刹那主義には、賛同できないな」

 

「お前の賛同は、重要なことじゃない」

 

「……」

 

 それを聞いて、ミカがさらに不機嫌な顔になる。一体、何のことなのか察せない私は、ただそれを傍観していた。

 

「それにな、ミカ」

 

 

 

 

 

 

 

「刹那でしか、わかんないもんもあるさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「-・-・ --- -- ・  --- -・」




こんなに時間がたってしまって申し訳ありません。
これからはもう少し早く更新できるように頑張りたいと思いますので、まだ読んでくださっている方には、もう少しだけお付き合い頂ければと思います。

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