艦上OVERDOSE   作:生カス

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久しぶりに投稿です。待っててくれた方すいません……


26 La Lune

- AM00:00 露天風呂 side:雨水 -

 

 オーバーホールの依頼に行ったり、人生相談されたり、何故か尋問されたりで色々あったその夜。旅館で晩飯を食べ終えた俺は、露天風呂に浸かっていた。確か、明日の夜頃には学園艦に帰る予定だったか。何だかいろんなことがあって、月並みに言えば、あっという間だった気がする。

 

「…いい景色じゃん……」

 

 ふと空を見上げると、満月が空に上がっているのが見えた。それに隠れて他の星なんて見えやしない。

 光が風呂の水面にまで反射して、夜中だってのに少しまぶしいくらいだ。月の光に中てられすぎると気が違うらしいけど、こんな調子ならあながち間違いでもないかもしれない、なんて思ってしまう。

 

(…まあ、まだ気が違ってない、なんていい切れもしないけど…)

 

 やや自嘲気味にそう思う。初めてSXを見かけたときから、俺の中の何かは、確実に変わっていった。それとも、隠れていたそもそもの本性が、アイツのせいで引っ張り出されたのか…

 わからないし、どちらでもいいけど、とにかく俺はアイツに固執するようになった。改めて考えると、いや考えずとも初めから、どうしてここまで執着しているのかわからないままだった。

 

 

 意味がないと言われた。すべて失うと諭された。愚かだとわかっている。なのに、どうしようもなく惹かれてしまう。どこまでも執着して

 

 理由なんかない。きっとこれからも走り続けるんだろう。少なくとも、アイツが走る限りは

 

 ……けれど

 けれどもし、アイツが走らなくなったら、その時はどうなるのだろう……

 俺が終わるよりも先に、アイツの方が終わってしまったら、俺はどうするんだろう……

 

 

 

 その時、俺は……

 

 

 俺が在っていい場所は

 

 

 

 

 

 

 

『いらないよ、お前』

 

 

 

 

 

 

「ッゲホ、ウ……」

 

 昔、誰かに、誰もに言われ続けたその台詞。それが鮮明に頭の中で響いてくる。それを忘れようと、お湯で顔を洗った。その拍子にお湯が口に入ってむせてしまった。なぜこんな言葉をこんなに気にしてるのか、自分でもわからない。言われ慣れてるし、似たようなことも散々あったはずなのに

 

「ん……?雨水?」

 

そうしていると、隣の女湯のほうから、塀越しに声が聞こえて気た。星野先輩の声だった。

 

「星野先輩?あれ?他の人達は…」

 

「中嶋たちは先に入ったよ。私たちが遅いの」

 

「あー……そっすか……」

 

「……うん……」

 

「……」

 

 ……まだどうにも、この人とはお互い気まずいままだ。どうにかして、あの日の夜のこと、彼女を巻き込もうとしたこと、謝らなくっちゃいけないのに。これがその絶好の機会かもしれないのに、上手く口が動こうとしてくれない

 

「……雨水」

 

そうしていると、彼女の方から言葉を紡いだ

 

「あの夜のこと、なんだけどさ……」

 

 とても言いにくそうに発したその言葉。この人もまた、一緒に走ったあの日のことが気になっていたらしい。

 

「……悪かった。逃げるみたいに帰っちゃって。それだけじゃない。その後も、アンタのこと避けて、ろくにハナシもしなかった」

 

「……いえ、こっちこそ、巻き込んですいません」

 

 どうにもそんな言葉しか出せなかった。彼女からあの夜のことを話してくるなんて思わなかったから、どう対応すればいいのかわからない。

 

「……結局、あの後も走ったの?」

 

「ええ、まあ……」

 

「そっか……随分好きなんだね。あのワンエイティが」

 

「どうなんでしょうね」

 

「雨水」

 

 少しだけ強いトーンで、星野先輩は俺の名前を呼んだ。

 

「……なんで、そこまでできるの?」

 

 けれど、そこから先の言葉は、とても弱々しく感じた。普段の彼女からは、想像できないくらいに。

 

「……あの後、あの日から、アンタのことが怖いんだ」

 

 言いづらそうに、けれどはっきりと言葉をつづける

 

「あんな世界を見て、あんな恐ろしいところに身を置いて、平然としてられるアンタが怖くて仕方ないんだ」

 

「……」

 

「でも、怖いのに、それが羨ましい自分がいる。それが何より怖い……あんなふうに、全部受け入れて走れるアンタを見て、アンタがすごく遠くにいる気がして、なんだか、それがすごく嫌だった……笑えるだろ?」

 

 自嘲気味に彼女はそう言った。知らなかった、星野先輩がそんな風に思っていただなんて……

 

「……俺はそんな大層な人間じゃないですよ」

 

「だろうさ。でもそれでも、アンタを見るたびに、あたしが否定されてるような気がして、怖いんだ……」

 

「そんなことは……」

 

「そうだよ。怖いから否定される前に否定したんだ。酷いもんだ」

 

 酷いものか。先のない快楽に溺れる前に、その快楽を断ち切った。彼女は正しいことをしただけだ。

 

「羨ましかったんだ。アンタが……私には無理だ。自分の弱い部分から、どうしても目を背けちゃうんだよ」

 

「……俺だって、自分の弱いところは見たくありませんよ。でも弱いところしかなかったから、背けようがなかったってだけです」

 

「そんな風に、私は今の自分を受け入れることができないんだよ……」

 

「……」

 

 きっと不安だったのだろう。艦上で走ったあの日から、自分が否定された気がしたのだろう。でも大丈夫。あなたを否定しないで、受け入れてくれる居場所がある。それをあなたはちゃんと持っている。

 ……俺はただ、否定されてなお、縋っているだけだ……

 

「……それとも」

 

 小さく、けれどはっきり聞こえる声で、彼女は言った。

 

 

 

 

「雨水が私のこと、全部受け入れてくれる?」

 

 

 

 

「……え?」

 

 それはどういう意味なのだろう? そう聞いた方がいいのだろうが、俺は茫然として、そのまま何も話すことができなかった。

 

「……なんてね。そろそろ時間じゃないの? 今日、鈴木と組んで走るんだろ」

 

「あ、ええ……そうですね。先にあがらせてもらいます」

 

 結局俺は何も聞けずに、風呂から上がることにした。

 ……なぜ彼女が、わざわざ俺にそんなことを聞いてきたのか、わからないままだ。あの人は俺なんかに、そんなことを求める人じゃないはずだけれど

 

「雨水」

 

「あ、はい……?」

 

 あがろうとすると、星野先輩に呼び止められた。柵越しに聞こえる声はどこか上擦っている

 

「……まあその、あれだ……」

 

「……?」

 

「今度艦上行くときは、私に言って」

 

「え? でも……」

 

「もちろん、つるんで走ったりしないよ。でも……ほら、知らない場所で勝手に死なれても嫌だし、監視役はいたほうが良いでしょ」

 

「いや待てくださいよ、それは……」

 

「いいから。ほら、話は終わり。はやく行け。私もすぐ行くから」

 

 どこか誤魔化すような早口で、星野先輩は俺にそう言った。

 

「あ、はい……じゃあ」

 

 そのまま俺は風呂を出て、急いで着替えをした。

 ……もしかしてあの人も、なんだかんだ、俺のこと気にかけてくれてたんだろうか? 柄にもなくそんなことを考えてしまっていた。

 

 

 

 

--十分後

 

 

 

 部屋にある荷物を取って、集合場所である駐車場に向かった。浴衣ではなく、運転に適したラフな格好をして、外に出る。携帯の時計を見るに、何とか間に合ったようだ。

 

「おっす! ぎりぎりだったね」

 

 駐車場に行くと、鈴木先輩が待っているのが見えた。そばには、彼女が乗るクルマである、赤いs2000が佇んでいる。

 

「すいません、待たせて」

 

「大丈夫、時間通りだよ。中嶋たちは先に配置に着いたよ、星野ももうちょっとしたら来るって」

 

 ああ、なるほど。鈴木先輩しかいないのはそういうことか。

 

「ま、もう少しかかるらしいから、少し待ってよ」

 

「そっすね」

 

 そう言えば、何気にこの人と2人きりってのは初めてかもしれない。この人のクルマをここまで近くで見たのも、多分今までなかった。

 

「……ふーん」

 

「な、なんすか……」

 

 何かニヤニヤしたご様子で、鈴木先輩は俺を見てくる。顔に何かついてるんだろうか?

 

「いや、今日会った女の子のことでも考えてんのかなーと思って」

 

「勘弁してくださいよ、もう……」

 

 みほさんを送って、中嶋先輩たちに会ったあの後、何故か凄く糾弾された。確かに勝手に出てったことは悪いけれど、中嶋先輩と土屋があそこまで機嫌が悪いのかよくわからなかった。

 

「あはは、まあ中嶋たちが怒るのもしょーがないよ。罪な男だねー君も」

 

「いまいち、言ってることがよくわからないんすけど……」

 

「まーまー……でも、実際なにしに言ってたの、あんな朝早くに?」

 

「……観光ですって」

 

「だからどこも開いてませんって」

 

「……」

 

 やっぱりあの言い訳は無理があったか……どうしよう、他にいい感じの理由も思いつかないしな……

 

 

 

「……私たちには言えないこと?」

 

 

 

「……」

 

「……事情はよくわかんないけど、雨水のこと見てればなんとなくわかるよ。だって、私たちと話してるときの雨水、たまに壁感じるもの。今朝もそうだった」

 

「……そうすかね?」

 

「そうすよ。多分、最近星野とギクシャクしてるのも、それが原因でしょ?」

 

 ……勘が鋭いというか。よく見ているというか。自動車部(うち)の先輩方はエスパーか何かなのだろうか?

 

「……ま、話す気がないなら、今はいいけどさ……もう少し、私たちのこと信じてくれてもいいんじゃない?」

 

「別に、信じてないわけじゃないですよ……」

 

 信じる信じないの話じゃない。ただ単に、こんなことに巻き込みたくないだけだ。……星野先輩も、ああは言ってくれたけど、できればやってほしくない。俺の身勝手に、彼女が付き合う義理などどこにもないのだから。

 

「むー……生意気」

 

「ちょ、いだだだだ」

 

 鈴木先輩にいきなりほっぺたをつねられた。いまいちこの人がやることは予測がつかない。

 

「今じゃないけど、いつかちゃんと話してもらうからね? ……ほら、そろそろ私たちも準備しよう。最後の点検、手伝って」

 

「あ、はい」

 

 いつか、か……この人にも、他の人達にも、いつか話さなければいけない時があるんだろう。その時は、きっとちゃんと話すほかないだろう。

 

 

 

 

 

 

 ……俺が、終わってなければ……

 

 

 

 

 

 

 

 

--同時刻、西住邸

 

 

 

 

 ……雨水君、あの子はきっと、最後まで走る。それがどんなことを意味するだろうと

 ……SX……彼なら大丈夫だ。彼ならきっと、お前を最後まで連れてってくれる。

 

 だから……彼を……

 

 

 

 

「……わかってるよ、それだけじゃ、受け入れられないよな」

 

 

 

 だから、確かめに行くのさ

 

 

 

(……織戸の話では、確かこの時間の俵山峠だったな。なら最適か)

 

 そう思いながら、SXの隣にある、カレラを見た。SXの後継、あの子(九十九くん)の狂気の結晶だ。テスト走行がてらに、ちょうどいい

 

 

 

さあて

 

 

 

「最終確認だ。雨水君」

 

 

 

 




しほさん「旦那がガレージでぶつぶつ独り言言ってる……」

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