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- AM8:00 熊本 side:みほ -
どうしよう
お父さんとお客さんを会せて、最初に頭に浮かんだのがこの言葉。
お父さんが開口一番にお客さん…たしか、雨水さんだったかな?その人ことを『ガラクタの持ち主』って言っていた。それが何を示すのか私にはよくはわからないけれど、褒めてはいないことはなんとなくわかる。普段そんなことは絶対に言わない人なのに…
雨水さんはそのガラクタ発言に怒ったのかもしれない。何も言わずにただじっとお父さんの方を見たまま動かない。
お父さんはお客さんに失礼なこと言うし、雨水さんはただじっと黙ってるし、何だか険悪な雰囲気だしで、頭が状況に追いつけない。
(ほ、ほんとにどうしよう…)
困ったなとそう考えていると、雨水さんが口を開いた。
「あなたの言うガラクタってのは、あのクルマのことで?」
「それ以外何かある?」
お父さんがそう聞くと、彼は少し嬉しそうな顔をした。ガラクタ云々の話をしていたみたいだから、事情をよく知らない私にもその顔は意外だった。
「もうこっちに届いてるんですね」
「…一つ聞きたい。どうしてあんなクルマにそこまでこだわるんだ?あんなガラクタ、どれだけ手を入れたってどうしようもない。どうしてそんな無意味なことを?」
「……」
ここまでの話を聞くと、この人がお父さんにしてもらおうとしていることは、きっとよくないことなんだろう。それこそあの優しいお父さんが、頑なに拒もうとしているくらいには…
「…ただ、ガラクタでも無意味でも、あのクルマのエンジンを組めるのは、あなただけなんだ」
「……」
「俺はただ、あのクルマで走りたいだけです」
その人は、静かに、だけどはっきりとそう言い放った。それを聞いたお父さんは、寂しそうな……
けれどどこか、優しい目をしていた
「…来て欲しい、まずはあのクルマの状態を見てもらうよ」
「やってくれるんですか?」
「織戸から話は通ってるんだろ?ならそんな問答は時間の無駄だ」
そう言ってお父さんと雨水さんは、お互いに立ち上がって、出口の方へと向かって行った。
「みほ。奥の方のガレージには今日は近づかないでほしい。まほにもそう言っといてもらえるかい?」
「え、あ、うん…わかった……」
そう言って二人は、部屋を後にした。
なんでだろう…私は『この人は絶対にそう答えるだろうな』っていうおぼろげな確信があった。この人とは、今日始めて会ったはずなのに…
さっきも、初めて会ったはずの、この人を玄関で見たとき…
ああ、やっと来たんだと、何故かそう思った
- side:雨水 -
「広いですね…」
ガレージに向かう途中、思わず考えたことを口に出した。玄関の時点ででかいなとは思っていたけど、正直ここまででかいと個人の家のレベルじゃない気がする。特に庭なんてグラウンドと言ってもいいくらいだ。
「ここってご家族だけで使っているんですか?」
「いや、お手伝いさんとかはいるんだけど、ちょっと今休暇をとっててね。この時期は他のことが忙しくて、道場もお休みさ」
「道場?」
「玄関の看板、見なかったのかい?」
そういえば、表札の他に何か書いてたような…
「ウチは戦車道の名家なんだよ。身内の僕が言うのもなんだけど」
「戦車道…てなんですか?」
俺の質問に、西住さんはガクッとうなだれた。
「そうか、知らないか……まあ、どっちかっていうとマイナーな方だし無理もないけどさ…」
「剣道や柔道みたいなもんですか?聞いた感じ、戦車でも使いそうですけど」
「戦車を使うのは、その通り。でもどちらかって言うと、茶道や華道のような乙女の嗜みに分類されるものだね」
「へえ…」
随分ミリタリーな武芸だな。炎の匂い染みついてむせなきゃいいけど……
と思ったのは黙っておこう。
「…さっきいた娘さんも、戦車道を?」
「みほのことかい?」
みほ…確かそんな名前だったか。
彼女を最初に見たとき、どこか不思議な感覚に襲われた。デジャヴのような、そうでないような…ただ、何だろう…
彼女を見たのは今日が初めてだ。それはきっと間違いない、けれども彼女を見たとき
どこか、懐かしいような、そんな気がした
「…言っとくけど、変な気は起こさないでくれよ?」
「はい?」
西住さんが唐突に変なことを言いだしたと思ったら、奥の方に大きめの建物が見えた。件のガレージだろうか
「さ、無駄話はおしまいだ。こっちの一番奥のガレージだよ。」
そう言ってガレージの横を歩いて、西住さんについていく。歩いている途中、どのガレージの中にも戦車が鎮座しているのが見えた。疑ってたわけではないけど、どうやら戦車道の名家と言うのは本当らしい。タイガーなりパンターなり、素人の俺でも知ってる名戦車が多くあった。
そうこうしているうちに一番奥のガレージに着いた。他のガレージと違って、シャッターが閉まっていてどこか閑散としている。普段は使っていないんだろうか?
「ここだ」
西住さんは短くそう言って、シャッターを上げる。ガレージの中には、太陽光が入りにくい故の暗闇と、その暗闇で、わずかな光を鈍く反射させる、灰色
「…SX……」
SXが、そこに在った。
「……」
こうやって改めて見れば、本当にただの車。どこにでもあるような、ちょっと古びたクルマだ。
なのにコイツには、どうしようもなく惹かれてしまう
そう言うクルマだ。コイツは
「特別なことはしない」
横にいる西住さんが、淡々と話しだす
「全バラして、全て洗浄し、的確なパーツに交換する。カムシャフトとコンロッド、コンロッドとピストン、パーツの噛み合いを全て見直し、余分なフリクションは全て消し、マウントの位置と閉め具合を最適化する。フルオーバーホールだ。」
ぞくりと、場の空気が震えた気がした。まだ始まってすらいないのに、もう火が入る瞬間が待ち遠しくて仕方なかった。
早く声が聴きたい
あの声をもう一度
例えそれが、俺を拒絶するものだとしても
「…一つだけ、頼みがある」
「頼み…?」
「死なないでほしい」
「……」
「もう嫌なんだ。このクルマのせいで、誰かが死ぬのを見るのは…」
「…約束できるものでも、ないでしょうに……」
「…その話をするために、俺をここへ?」
「ああ、どうしても直接会って、最後の意思確認をしたかったんだ。物わかりのいい子なら良かったんだけどね。どうにも、そうではなかったけど」
「それはどうも」
「半月で終わらせるよ」
「早いですね、もうちょいかかると思ってましたけど…」
「他の仕事も立て込んでてね…さ、先に客間に戻っててくれ、少しだけ整理しくから。すぐに戻るよ」
淡々と話を終え、俺は言われた通りに、客間に向かって歩き出した
「…ありがとう」
彼がそう、ぽつりと呟くのを聞いて、俺は彼の方を振り向かず、ただ少しだけ足を止めた
「誰もかれも、この子を憎んでいる。この子を知る人は、みんな例外なく、この子を拒絶した。僕も、この子のことはどうしても許すことができない」
「……」
「でも君は…君だけは、拒まなかった…この子が君を拒絶しても、それも全部ひっくるめて、君はこの子を全部受け入れた…」
「……」
「この子を好きでいてくれて、ありがとう」
俺は何も言わず、言うことができず、その場を後にした
(……ありがとうなんていわれる筋合いは、ないはずなんだけれども…)
-…再び客間-
「…どうしたんですか?」
俺が客間に戻ると、何やら西住さんの娘さんがあたふたしていた。見たところ出掛ける準備をしているようだけれども
「あ、お客さん!ご、ごめんなさい!今ちょっと手が離せなくて…」
「何かあったんですか?」
「それが…」
彼女がそう言おうとしたその時、西住さんが客間に戻ってきた。
「ふーあのガレージ少し掃除しないとな…て、みほ?どうしたんだい、そんなに慌てて?」
「あ、お父さん…そうだ!ごめん、実は戦車道の特別演習が会ったんだけどその日取り間違えてて…今日のこの時間なの!お願い!送ってって!」
そう言って彼女は頭を下げながら一枚のプリントを西住さんに見せた
「この時間…てもうすぐじゃないか。…ご、ゴメン、送ってあげたいけど、僕の車、仕事場に置いてきちゃって…今ないんだ。ゴメン」
「そ、そんな…」
車ない発言を聞いた西住さんの娘さんは、まるで神は死んだと言ってるかのような顔をして、絶望していた。そんな自分の娘の様子に西住さんはあたふたしていた。娘さんのことになるとキャラ変わるなこの人…
と思っていると、西住さんは俺の方を見た。
「あ、そうだ雨水君!君クルマで来てるよね?」
「あっはい」
「これから帰るとこだよね?」
「は、はい…」
あ、このパターンは……
「申し訳ないんだけど、ちょっと娘をこの場所まで送ってってほしい」
「え?お父さん?」
突然のことに困惑する娘さんをよそに、ある程度そんな予感がしてた俺は…
「いいね?」
「アッハイ」
まあそれもいいかと、そう思いながら返事をした。
タイトルは作中の主人公に向けてのものなのか…それとも作者が適当に付けただけなのか…
…すいません…いっつも適当に付けてます…すいません……