艦上OVERDOSE   作:生カス

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一か月近く開いてしまい申し訳ないです
今回からチューニングに入っていき(たいなと思い)ます




21 21st Century Schizoid Man

- AM2:00 艦上高速・西口PAのカフェ side:雨水 -

 

「ふー…今日も遅くなっちゃったな…何か食べるかい?雨水君。俺カレー頼むけど…」

 

「あ、俺もカレーで」

 

「OK…あ、すいません。カレーライス2つ」

 

現在、俺は学園長と共に艦上高速の西口PAのカフェにいる。最近は1人で艦上を走ることの方が多くなったけど、そんな今でも学園長は、暇を見つけては俺に付き合ってくれているのだ。そういう時は大体、SXのセッティングを出すのを手伝ってもらっている。

今日もその一環だ

 

「はあー水が上手い…で、どうだった雨水君?今回は?」

 

「ああ、今回はなかなかいいところまでいったと思いますよ。前より安定性はなくなったけど、その分レスポンスが良くなって、高速域でもちゃんと左右にロールするようになったんです…かなりいいですね」

 

「…と、言う割には、あまり納得してないように見えるけど……」

 

 

 

「……」

 

この人は結構鋭い、役職柄そうなんだろうか?

その通りだ。納得なんてしていない。それどころか、走れば走るほど、不安が募っていくばかりだった。

 

「…息が詰まるんですよ」

 

「ほう…と言うと?」

 

「合ってないんですよ、エンジンのタイミングというか、リズムが…まるでカムが、ピストンが、コンロッドが、全部違うテンポで回っているような、全部がかみ合ってないような…そんなこと、ないはずなのに…」

 

「…全体的にばらついてると?」

 

「いえ…ばらついてること自体は問題じゃないんですけれど、なんていえばいいのか…ノれないんですよ。なんか…」

 

「ノれない、か…ダンスの曲でも選ぶような言い回しだな。」

 

「そうですか?…いえ、すいません変なこと言って…忘れてください」

 

「いや、面白いよ。なるほど、ノれない、ね…そうだな、ただでさえ長い間放っておかれたままのエンジンなんだ。ここらで一回、大きな点検が必要かもな」

 

「オーバーホールってやつですか?」

 

「ああ、そういうことになるな」

 

オーバーホール…か…

確かにただでさえボロボロだったし、パーツとセッティングでごまかすのにも、そろそろ限界が来たとも思う。この辺で一回大きな点検をしたい

…でもオーバーホールとなると、一介の高校生にはどうしようもない領域だ。さすがにこれは自動車部でも…

 

(…いや、でもあの人たちならできそうで怖いな……)

 

まあ、どっちにしろ頼めるはずはないけれど

 

「…そうだな…いいタイミングだし、そろそろ次のステップに進むか…」

 

学園長が、何でもないような口ぶりで言った

 

「次のステップ、ですか…」

 

「ああ、もうセッティングだけってわけにもいかなくなってきたしね…そろそろ、本格的なチューニングが必要さ…」

 

そう言われると、今までセッティングや簡単な整備点検こそやってはいたけど、チューンと言えるようなことはしてなかった気がする。

理由は至極単純、技量がない。

 

「でも、どうするんですか?そこまでいくと、もう素人が下手に手を出すものじゃないでしょうに」

 

「もちろんだ。だから今回はプロに任せることにする…前にした、フェイクの方のワンエイティを造った時の話、覚えてるかい?」

 

「ええ、確か知り合いの職人さんにやってもらったって…もしかして、その人に?」

 

「まあ、そんなとこだよ…で、どうする?やるかい?」

 

「…もちろんやりますよ、その人が引き受けてくれるなら」

 

「…その心配はないさ。あいつは引き受ける。というよりかは、引き受けざるを得ないさ…」

 

「…?」

 

学園長の少し含みのあるような返答に若干の違和感を感じたけれど、特に気にしないことにした。

 

「それで、その人はどこに?学園艦内にいるんですか?」

 

「それが、ここからじゃ日帰りで行けない程度には遠いところでな…陸にいるんだよ。すぐに行くことは、ちょっと無理かな…」

 

「学校の方はさぼればいいすけど…問題はSXを運べないことですね…」

 

「学園長を目の前にサボタージュ宣言とはいい度胸だな、君も」

 

学園長は苦笑いしてそう言った。そういえば、学園長って学園長だったな。普段が普段だからすっかり忘れてた。

学園長はため息をついてから、言葉をつづける

 

「…そんな心配しなくても大丈夫だよ。言ったろ?いいタイミングだって」

 

「いまいち要領を得ないんですけれど、それ…」

 

「うーん…そうだな、明日になればわかるんじゃないか?」

 

「明日?」

 

どういうことだ?結局場所も費用もわからないし…妙にもったいつけるときあるんだよなこの人…

 

「なーに、悪いようにはなんないから、大丈夫だって…おとなしく、明日を楽しみにしてな」

 

「はあ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

- 翌日 PM4:00 自動車部 -

 

 

 

「そうだ峠行こう」

 

「は?」

 

次の日の午後、放課後となりいつものように自動車部に行くと、中嶋先輩が唐突にそんなことを言い出した。まるで意味が分からんぞ

 

「…つまりどういうことです」

 

「ああうん、それなんだけどね」

 

俺のその疑問に答えたのは、寺田先輩だった

 

「そろそろ夏休みが始まるでしょ?」

 

「…あー、そういえばもうそんな時期ですね」

 

「うん、それでうちの部活は毎年この時期を利用して、何日間か強化合宿に行くことになっているんだよ。陸の峠に行ってね」

 

「ああ、それで…」

 

「合宿かあ…楽しかったなアレ…確か去年は日光のいろは坂だったよね、星野?」

 

話を聞いていたであろう鈴木先輩が、星野先輩に話を振る

 

「ああ、そうだよ。でもムズかったなあ…あのヘアピンの多さと来たら…」

 

「ま、R自体が峠むきじゃないし、仕方ないっしょ」

 

そうか、さっき中嶋先輩が言ってた峠ってのはそういうことか

 

「でも寺田先輩、いろは坂って一般車道でしょ?大丈夫なんですか?一般車両とか…あと、警察とか…」

 

艦上で暴走してる俺が言える台詞じゃないけど…

 

「そりゃもちろん、対策はしてるよ。深夜に走って、走んない人がスタートとゴール見張ってね。それで大体大丈夫だよ」

 

「へー…」

 

「ねえねえ、それで今年はどこ行くの?」

 

土屋が、高いテンションで中嶋先輩に問い詰めている

 

「榛名山?それとも赤城山?あ、でも氷室峠もいいよね!それともまたいろは坂かな?」

 

いや本当テンションたけえな。ドリフト・ジャンキーかこいつ

 

「まあまあ、落ち着きなよ土屋。今回の行先は学園艦の巡航の関係でちょっと特別でさ、南の方に行くんだよ」

 

「と言うと?」

 

星野先輩がそう聞くと、中嶋先輩はどこからかパンフレットを出し、こう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「熊本。俵山峠だ!」

 

 

 

 

 

 

 

- …同時刻 ある大学 side:九十九 -

 

「♪~」

 

…珍しいな。この時間に電話が来るなんて

画面に表示された見慣れない番号に訝しんだが、とりあえず電話に出てみた

 

「…はい、もしもし」

 

『よう、九十九。今大丈夫か?』

 

「…織戸さん。俺あなたに番号教えましたっけ?」

 

『いや?こっちで調べただけだよ』

 

どうやって?と聞こうと思ったがやめておいた。この人のことだから、あまり褒められた手段は使っていないだろうし

 

「それよりも、何ですか一体?一応仕事中なんですが…」

 

そろそろお嬢様が来る時間だ。あまりこういう電話をしているところは見られたくない

 

『まあそう言うなよ。短めに済ますからさ』

 

「…それで、用件は?」

 

『ああ、お前のカレラだけどな。あれしばらく俺に預けろ』

 

何を言い出すのかと身構えていたら、思っていた以上に突拍子もないことを言ってきた。

 

「何を企んでいるんですか?」

 

呆れた口調でそう言うと、彼は電話越しからも伝わるくらい楽しそうに話し始める

 

『ちょっとな…熊本に、ある男に会いに行くんだ』

 

そこまで言われてピンと来た。

 

「あの人に、俺のカレラを?」

 

『察しが良いな、ご名答だ』

 

尚も上機嫌に彼はつづける

 

『前にお前と走った時…いい走りだったが、随分強引な走らせ方だったじゃないか?』

 

「そんなもんでしょう?991って?」

 

『それはどうかな?コンロッドのフリクションひとつで、大化けするかもしれないぜ?』

 

「でしょうか?」

 

『でしょうだ』

 

いつも以上に強気な口調で彼はそう答えた。ああ、これは断ろうとしても無駄だな。とここまでで察することになった

 

「はあ…それで、いつ取りに来るんです?」

 

『お?いやに聞き分けが良いな?もうちょい渋ると思ってたが…』

 

「結果が変わらないことに、労力を費やす趣味はありませんよ」

 

『クールだな、相変わらず…安心しろ、もうとっくにこっちで預かってるよ』

 

「……」

 

ほら見たことか。最初っから俺に拒否権はなかったわけだ

ため息をついていると、電話越しに憎たらしい笑い声が聞こえた

 

『ハハ、まあいいだろ?どっちみち今のままじゃ、あの死神を撃墜すことなんかできねえぞ。特にこれからは…』

 

あの死神…SXのことを言ってるのだろう。いやそれより待て、今この人はなんて言った?

 

「…もしかして、彼も?」

 

『ああ、そうだ。化けるぜきっと…』

 

…そうか、SXも…

…もう、泥沼だな…

 

なあ?雨水君?

 

「…織戸さん、お願いします」

 

『ああ、期待して待ってな』

 

「ええ…それと、織戸さん…」

 

『ん?』

 

 

 

 

「SXに…彼に、相当入れ込んでるみたいですね…」

 

『…言いたいことはそれだけか?』

 

「ええ、それじゃあ、お願いします」

 

『…ああ、またな』

 

それが最後となり、電話は切れた

 

「…入れ込んでるのは、俺もかな……」

 

 

 

楽しみだよ、雨水君(SX)、君と走る日が

楽しみだよ、SX(雨水君)、お前を潰す時が

 

 

 

「…イツキ?」

 

後ろから幼い声で名前を呼ばれて、振り返ってみる。そこにはジャケット姿のお嬢様が立っていた。

 

「ああ、すいません、お出迎えもせず」

 

「いいよ、別に…それより、さっきの電話、誰から?」

 

「…友達ですよ、昔の」

 

「ふーん…」

 

彼女は一応は頷いてくれたが、どこか怪しいと思ったのか、訝しんだような目で俺の方を見てくる

バツが悪いので、どうにかごまかそうと、彼女を後部座席に迎えながら、適当な話題を振った

 

「そういえば、代理の人達はどうでした。俺みたいに粗野じゃないでしょう?」

 

「んーん…イツキが一番良い」

 

「それはどうも」

 

「だって気を遣わなくていいし、たまにグッズ買ってくれるし」

 

「……」

 

 

 

 

…本当かわいくない子供だな……

 

 

 

 

 

 

-…深夜 side:織戸(学園長) -

 

「…入れ込んでる、か……」

 

そうだな、九十九、お前の言う通りだ。

俺はもっと見たいんだ。走るアイツを

乗り手を殺してまで、自分の命を削ってまで、尚も走ろうとするアイツを

あの死神(SX)を受け入れて、破滅に向かうあの子の結末を

 

俺は最後まで見てみたいんだ

 

クク、と思わず笑いがこぼれた

 

そうさ…お前のカレラだって…お前だって、俺にとっちゃその材料なのさ…

死神を速くするには、飛び切りのスパイスだ

 

「いいね…最高だ…」

 

材料は揃えた。あと必要なのは調理する奴だけだ

 

「…元はと言えば、お前のまいた種だ…責任とって、最後まで育ててくれや…」

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあ?常夫……」

 

 

 

 

 

 

 

 




「何とあのSXを作り上げたのは常夫さんだったんだよ!!」

「ナッナンダッテー」

それはそうと俵山峠って走り屋さん的にはどのくらいの難易度なんでしょうか?
ググってみたらきれいな場所だなーと思いました(小並感)

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