それを贈らせてほしいのさ…
- AM0:50 通学路 side:雨水 -
一体今度は何を手伝わせようと言うのだろうか?
中嶋先輩に呼ばれるがまま学校近くの駐車場に向かっているとき、そんなことをふと考えていた。
…ここ何ヶ月間の経験から察するに、恐らくまた私用に巻き込もうとでもいうのだろう。自動車部に入ってから、というより、最初にあった時から、あの人には良いように使われている気がしてならない…
あの人の頼みはどうも断り切れないんだよな…まあ、自動車部の人達には、SXを直してもらった恩があるからってのもあるけど…
(…でもわざわざ電話で呼ばれるってのは初めてじゃないか?)
そう思って改めて考え直してみると、今まで中嶋先輩に巻き込まれるきっかけは、いつもたまたまバッタリ会ったとか、そういう偶然だった気がする。今回みたいにわざわざ呼ばれるなんてことは今までなかったはずだ。
…ドライブとか言っていたな…何か企んでいるんだろうか…?
(…考えても仕方ないか……)
どちらにしろ、今更逃げることも出来んのだ。
何かあったらその時はまあ、その時だろう…
- …数分後 駐車場 -
(…ここらへんかね……)
歩くことしばらく…指定された駐車場に着いた。深夜ということもあってか、停まっている車もほとんどない…コンクリートに描かれた白線が、ただ静かに街灯に照らされていた。
…さて、件のお人はこの辺にいるはず何だけど、一体…
(…お、あれかな?)
奥の方を見てみると、街灯の明かりの下で佇んでいる人が見える。目を細めてよく見てみる。案の定、中嶋先輩だ。
「中嶋先輩」
そう言いながら彼女のもとへ駆け寄り、手を振ってみる。どうやら彼女も気づいたようだ。俺の方を向いて、少しはにかんでいるのが見えた
「お、来たね…ごめんね、急に呼んで」
「いえ…それより、一体どうしたんですか?こんな時間に…」
「ほら、さっきも言った通り、ドライブだよ」
「はあ…」
「…まあ、すぐにわかるよ…ついてきて」
「……?」
一体なんだというのだろうか?いまいち釈然としないまま、俺は中嶋先輩の後を追う。まさかホントに、ただドライブして一緒に夜景を楽しみましょうとでも言うのだろうか?
…まあ、それならそれで別にいいけれども…
「…そういえばさ……」
「はい?」
歩きながら、彼女は話しかけてきた。…何だ?何か神妙な顔してるけども…?
「土屋さ…まだ落ち込んでる…?」
「?…ええと…何のことです?」
「いや、私さ…今日、いやもう昨日か…昼休みにさ、雨水のこと探してて…屋上にいるって聞いたから行ったんだけど、その時にその…ね…?」
「………Oh」
…つまり、昼休みのあの惨事をご覧になった…と仰りたいらしい。マジかよオイ…冗談じゃねえ…今日の部活の中嶋先輩、なんだか妙に気まずい気がしたのはそういうことか…
…あれ?これもしかして俺が土屋のこと泣かしたって思われてるんじゃあ…
「雨水…」
「いや先輩、あれはですね…」
「…そんな怖がらなくたって、わかってるよ。大方、土屋のフォローしてくれてたんでしょ?」
「…まあ、そんなとこです」
「それにしても、土屋も意外と繊細だよねー。やっぱ曲がりなりにも女の子ってことかな」
「そりゃ先輩もでしょう」
「まあ、ね…ねえ雨水」
「はい?」
「土屋にさ、伝えといてほしいんだ。あまり気負いしないで、一緒にいて欲しいって。私たちも土屋のこと好きだからさ…いなくなってほしくないんだ…」
「…ええ、そうですね……」
いなくなってほしくない、か…
土屋の周りには、土屋のことを必要としてる人がたくさんいる。アイツは有象無象の一人なんかじゃない。いてもいなくてもいい存在なんかじゃない…
そうさ…誰かに必要とされて……
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『いらないよ、お前』
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…やめよう、今そんなことを思い出して何になる
別に悲観することじゃないだろう?
こんなに楽なことはないのだから
……そうさ…どうでもいいことさ………
「…ハハ、ゴメンね、しんみりした空気にしちゃって。さ、もうすぐだよ。はやく行こう」
「そうですね……」
彼女は小走りで俺の先を走って行った。俺もそれに倣って少し足取りをはやくしてついていく。
「…」
「?」
けれど彼女は何故か立ち止まり、何か考えていたのか、思い出していたのか…その場で少し佇み、また俺の方へと戻ってきた。何か言い忘れていたことでもあったんだろうか?
「……ねえ雨水」
その時の彼女は妙に落ち着きがなく見える。何か言いにくいことなのだろうか?
「はい?」
「えーっとね…」
「?」
「雨水も、いなくなっちゃヤだからね?」
少し照れくさそうに、彼女はそう言った
「………ん?え?」
「返事」
「え、あ…はい…」
「それだけ。じゃあいこか」
彼女はそう言って、再び俺の前を小走りで走って行った。
「……」
言われたことが随分と予想に反したものだったので、俺は再び彼女に呼ばれるまで、その場で茫然と立ちすくんでいた。
…ホント、あの人が相手だと、調子狂うなあ……
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「…よし着いた。ほら、あれだよ。あのクルマに乗ってほしいんだ」
「あれって…」
中嶋先輩の指した方向を見ると、そこにはリトラクタブルのクーペで、リアウイングのついたくすんだような鉄の色をしたクルマが…
「…て、ワンエイティじゃないすか」
そう、要は自動車部に置いてあるほうのワンエイティがそこにあった
「なんでまたこんな所に?」
「なんでって…そりゃ、私が持ってきたからだよ」
「はあ…でも、なんでわざわざ?」
「使い慣れたクルマの方が、実力も出しやすいでしょ?」
「実力……あ」
そこまで聞いて、ようやく中嶋先輩が俺に何をさせたいのかがわかってきた
「先輩、ドライブってもしかして……」
「そう、雨水には、ある場所を全開で走ってもらいたいんだ。私を隣に乗せてね。今、雨水の仕方がどうなっているのか、見てみたいの」
「…随分とまた、急ですね……」
「確かめたいんだよ」
「と、言うと?」
そう問いかけると、彼女はその答の言葉を紡ぐ
とても、重く
「…ねえ、責めるわけじゃないけどさ…教えて?ソアラと走って、衝突しそうになったあの時、どうして止まらずにアクセルを踏んだの?」
「それは…その方が避けれると思ったから…」
「嘘だね」
「!…」
「確かにあの時、加速したから、うまく避けれた…でもはっきり言って危険すぎる賭けだよ…ほんのちょっとタイミングがずれてたら、2人とも…」
「…」
「それにあの時、避けるためっていうよりも」
「ただ、止まりたくなかったように見えたよ」
「……」
ただ黙るしかなかった。それは違うと唱えようもない。だってその通りなのだから
「教えてほしいんだ…この数か月で、一体何を見てそんな走りになったのか…どうして止まることにそんなに怯えているのかを…ただ隣に乗せて走ってくれるだけでいいんだ。言葉で聞くよりも、そっちの方がわかる気がするから…」
「…分かりました」
「うん…ありがと」
そう言って彼女は、どこか寂しそうな顔をして、笑った
「それで、どこを走るんですか?」
「あの場所だよ。私たちが初めて会った場所」
「あの、旧工業地域だよ」
- AM1:10 旧工業専用地域 side:雨水 -
「…それじゃあ、行きますよ」
「いつでも…」
その言葉に返事はせず、ただ俺はアクセルを踏んだ
長いストレート
体に重力が覆いかぶさる
90km/h
まだ3速
5000回転
回転が上がる
一気に7000
130km/h
4速へ
140…150…160…170…
回転数6000…6500…7000
200km/h
7500
オーバーレブ
5速に
220km/h
このワンエイティ、SXとは特性が違う
こっちはトルクに比重を置いてる感じだ
操作にしっかりと応えて、反応してくれる
なるほど、素直でいい子だ
240km/h
緩いカーブ
減速はしない
遠心力が体にかかる
再びストレート
再加速…
いや、まて!
バックミラーに、光が見えた
猛スピードでこっちに追いついてくる
それが普通じゃないことは、すぐにわかった
「雨水!後ろ!」
「わかってます!」
そう言い終えるころには、それはもうすぐそこまで来ていた
そしてそれは、いつの間にか俺たちの隣に並んだ
アンバーカラーの…カレラ…
あれは…
「九十九…さん…」
補足ですが、九十九の乗っているカレラはgt3仕様ではなくgts仕様です。リアウイングはなく、ホイール以外はパッと見ノーマルということにしています。