- PM11:00 女子寮:中嶋の自室 side:中嶋 -
「……」
もうどれくらい時間が経ったんだろうか。自分が撮ったビデオのワンシーンを、何度も繰り返し見ても、何が起こったのかわからない…ずっとそんな調子で、テレビ画面の前から離れられないままだ。
「…やっぱり、ここで加速している……」
いや、何が起こったのかがわからないんじゃない。どうしてそんなことしたのかが理解できないんだ…
見ているのは、昨日のテストレース…土屋のソアラがスピンを起こして、雨水のワンエイティと衝突しそうになった時の映像だ
また巻き戻して、よく見てみる。当然、映し出されるものはさっきと寸分違わない。
土屋がスピン…コントロールを完全に失う
ソアラがワンエイティのコーナーラインに侵入する
でもそこでワンエイティは減速しない
…加速して、強引にラインをアウトに膨らませて、交差するタイミングを変えて回避する
(なんで…こんなこと…)
確かに、あそこで減速しても多分間に合わないし、そういう点で考えればあの行動は最適解だったんだろう。
でもそれは、結果論だ
もし加速のタイミングがあと一瞬でも遅れていたら、きっとひどいことになっていただろう。猛スピードで衝突して、最悪2人とも…なんてことも考えられる。あんまりに危険な賭けだ。
…なんで雨水はできたんだ?そんなことが…
テクニックどうこうの話じゃない、なんでそんな…一歩間違えれば大惨事になるような危ない橋を、あんななんの躊躇もなくできる…?
(雨水…)
…あの時の雨水は、いつもと雰囲気が違った。
いつものとぼけたような感じじゃない…
なんでか、得体の知れない何かに見えた
…正直私は、あの時の雨水が、怖かった…
…雨水の、あの時の目…
あの時あの子は、何を見てた…?
- …翌日 PM0:30 学校屋上 side:雨水 -
「…なあ雨水さんや」
「…なんだい?小山さんや」
小山が俺に近づき、ひそひそと喋りかけてきた。
いつもの学校の屋上、天気は晴れ、例にもれず昼飯の真っ最中だ。
メンツはいつも通り…俺、小山、土屋の3人。ここまでは普段通り…
何だけども…
「…なんで、土屋はこげな露骨に落ち込んでおられるとですか…?」
「……ちょっとした事情があるんどすえ…」
そう、土屋が何だか異様にしょげているのである。いつものあの屈託のない笑顔はどこへやら…完全に意気消沈している。
「いや、マジな話。ホントにどうしたんよ?コイツがこんなあからさまに落ち込んでんの俺初めて見るぞ?」
「いや、まあ…話せば長くなるんだけどさ…」
話をしよう。あれは今から18時間…いや、19時間前だったか…まあいい…
君たちにとってはつい昨日の出来事だが…俺にとっても昨日の出来事だ…
彼女にはあだ名があって、何て呼べばいいのか…
確か最初にあった時h
「はよ話せや」
「わかったわかったから右ストレートの構えはやめてくれ…その技は俺に効く…」
少しふざけすぎた…まあ、内容自体は別段大したものでもない
なんで土屋がこんなしょげているか…理由は多分昨日のこと、恐らくあのミスことを引きずってでもいるんだろう
「…ていうわけよ」
「なるほどね…らしくないミスして自信喪失ってわけか…」
「ま、大体…」
「しっかし、これは…」
俺と小山は、もう一度土屋の方を見る。さっきと変わらず顔は伏せっぱなし、焦点のあってない眼で自分のご飯に全く手を付けてない状態のままだった
「……」
「……」
「……」
…うん、気まずい……
うーん、どうしよ…やっぱりなんか気の利いたこと言っといた方が良いのかしら?でも気の利いた言葉って何かしら?「ケッ!俺たちグッドラックだったな」とか?俺が逆に気遣われそうだな…
「…ア、ソーダオレネーチャンニ生徒会ノ仕事手伝エッテイワレテタンダーソレジャナー」
「は?ちょ…待ってこやm」
と言った頃には小山はもう昇降口から学校に入っていった。おそろしく速い移動…俺でなきゃ見逃しちゃうね…
(…さて、と)
…どうしようこの状況…
「……」
「…ええっとさ…まあ、良かったじゃん?お互い怪我なかったんだしさ…ええと…
ケッ!俺たちグッドラックだったな!」
「……」
…うん、なんか俺も落ち込んできたな……
「………」
「ん?」
「……………」
「お、おいおい…?」
彼女は震えていた。水滴のようなものがぽろぽろと目から落ちているのが見える。どうやら泣かれるレベルで滑ったようだ。俺も泣きたくなってきた
「ま、待て待て、落ち着けよ…そんな気にすんなって、初めて乗るクルマだったんだから、ミスっても仕方ないって…」
「…そうかもしれない…でも……」
たまった涙を袖で拭いてから、彼女は言葉を続ける。目が、少しだけ腫れていた
「でも、やっぱり割り切れないんだよ…」
「…つまり?」
「…あのソアラ、最高だったんだ…今まで感じたことないフィールで、自分にかっちりとはまる感じがしたんだ。これなら最高の走りができる。これならどこまでもいけるって、思ったんだ…」
「……」
「それで浮かれて、忠告も無視してはじめから全開で走らせて、それで全部台無しにするとこだった…ソアラも、そして雨水も……私さ、クルマが大好きだよ…」
「…知ってるよ」
「うん…そして、ないんだよ。これ以外に…得意なこととか、誇れることが、
「…」
…意外とデリケートな奴だ。
「…あーっと……」
「雨水……ん?…ふぇ!?」
土屋が驚いたように声を出す。原因は恐らく、
俺がいきなり彼女の頭を撫でだしたからだろう。
「え、ええと…雨水?」
やべ、どうしよ…咄嗟に頭撫でちゃったけど、なんも言葉浮かんでこねーよ…
えーとなんか気の利いた言葉…気の利いた言葉…
「…うーんと、なんだ…まあ、大丈夫だろ」
「え?」
「上手く言えないけどさ…お互い生きてるんだ。なら大丈夫さ」
「でも…」
「…まあ、何とかなるって…心配ないよ…」
「…何それ」
やっぱフォローになってない?でしょうね。言ってる俺もよくわかってないし
「…でも、うん。少し元気にはなったかな……」
まだどっか無理してる感じだけれども…それでも彼女はようやく笑った…なんかほっとしたよ。やっぱり笑っているのが一番似合ってる…
「…雨水」
「ん?」
「ありがとね」
「…別に」
一時はどうなることかと思ったけど、良い顔の土屋が見れたことだし、それで良しとするか…さてと、いつまでも頭撫でられているのもうっとおしいだろうし、いい加減やめて飯の続きを…と思って土屋の頭から手を離そうとした
「…あ、待って」
「は?」
「…も…もーちょっと…だけ……」
「…あ、はい……」
まさかの続きををご所望のようだった。再び撫で始めると、土屋は目を細めて、俺の方に少しだけ身を寄せた。
…不覚にもドキッときたのと、やっぱり犬っぽいなと思ったのは内緒だ。
「…なあ土屋、まだか?」
「ん…もーちょっと…」
「アッハイ…」
結局その後、昼休みが終わるまで土屋の頭を撫で続けた
…誇れるもの…か……
俺にそんなもの、何か一つでもあったかな……
「……あー…今は間が悪いかな……後で電話しよ……」
- AM0:30 男子寮:雨水の自室 side:雨水 -
「あー疲れた…」
今日もだいぶ部活長引いたなあ…まあ、新しいクルマが来たばっかなわけだし、無理もないけど…バイト遅刻しちゃったのは痛かったよなあ…店長が寛容な人だったから良かったけどもさ…まあ、過ぎたこと考えても仕方ない
(…さて、今日の用事は終わったし、そろそろ艦上に…)
そう考えていると、携帯の着信が鳴り出した。こんな時間に誰だ?
携帯の画面を見てみると、そこには「中嶋先輩」と表示されている。
(中嶋先輩?こんな時間にどうしたんだ?)
だけど考えても埒が明かない、とりあえず着信が切れる前に電話に出た。
「もしもし」
『あ、雨水?ゴメンね、こんな時間に』
「構いませんけど、どうしたんすか一体?」
『いや、ちょっとドライブでも誘おうと思ってさ』
「ドライブ?」
『学校近くの駐車場で待ってるから、急いでねー』
「いやちょっと待って下さいよ。今日はちょっと都合が、あ…」
なんだってんだ一体?ドライブ?こんな時間に?
…どうしよう、嫌な予感しかしないんですがそれは…
「…しゃーない」
すっぽかしても後が怖いし…そう思い、おとなしくそのドライブとやらに付き合うことにした。
…そしてこの後すぐ、嫌な予感は見事的中することとなった
土屋のシーンにここまで文字数使うことになるとは…正直思ってなかってさ…