正直伝わるか不安じゃんか
今回から視点変更が多くなるのでside:○○と変更する際に付けさせて頂きます。
「冗談じゃねえ…余計見にくくなってるのさ…」という人がいらっしゃいましたらすぐに戻しますので、その際は申し上げて下さいますようお願い致します。
- AM1:00 大洗艦艦上高速 第2ブロック線・北口付近 side:雨水 -
呑まれる
襲われた感覚を言葉にするなら、そうとしか表せなかった
艦上高速、そこの第2ブロック線と言われる場所で、俺は学園長のスープラと共に走っている。艦上高速は移動の効率化を図るために、いくつかの道路に分かれており、だいぶ入り組んで複雑になっている。
南、西方面間のブロック移動を目的とした第1ブロック線
北、東方面間のブロック移動を目的とした第2ブロック線
そして、俺たちが住む街から、中央ブロックと第1、第2ブロック線へ移動するための接続道路
この3つにそれぞれ分けられる。
その中でも俺たちが走っている第2ブロック線は、他2つに比べて交通量は少なく、コースとしてもそれほど難しいものじゃない。あまり自分のリズムを崩さずに走れる…そんな場所だ
でも、この場所においてそれは、魔物となり得る
狂わないリズムは思い通りに走ることができ、しかしそれはスロットルを開けさせ、そしてスピードに狂わされる
そしてそれは毒のように脳に回り、恐怖を麻痺させる
この毒に呑まれたら、どれだけ心地良いのだろう…そう思えてしまほど
けれど、それはできない
してはいけない
目に映る赤い閃光
それが俺の麻痺しかけた脳を再び呼び覚ました
スープラのブレーキランプだ
とっさにブレーキに踏みかえる
260km/h
クラッチ
シフトチェンジ
4速
制動力が体に伝わる
3速
140km/h
目の前にコーナー
更にブレーキを強く踏む
ステアリングを回す
減速、100km/h
図らずもリヤタイヤが滑りだす
タイミングを外したか
急いでカウンターをする
何とか持ち直し、コーナーを出る
危なかった…学園長が知らせてくれなかったら、曲がり切れなかったかもしれない。
でも、スープラの、彼の後ろを走るのがここまで大変だとは思わなかった
F40に乗っていた時とまるで違う、俺の力量を見極めて、ギリギリでついていけるように、針を通すようなコントロールで走らせている
これが学園長の本気か……
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『学園長も一緒に走るんですか?』
『ああ、走り方を教えることはできないが、ブレーキ役くらいにならなれる。限界速度の恐怖を、君に知らせるための役だ。いいか、スピードの恐怖を忘れるな、そして拒絶するな…しっかり受け止めてやるんだ……でなければ、sxはきっと応えてくれない………』
『恐怖を、受け止める?』
『そうだ、受け止め、なおアクセルを踏み続ける…そうしなければ、何もできないまま死ぬぞ…努々忘れるなよ……』
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死ぬ
分かっていたはずだ…こんなことをしている以上、何時そうなってもおかしくないことは…
だけど、ここで走り出した瞬間、その言葉が酷く重いものに感じる
一歩間違えれば死んでしまう…誰かを死なせてしまう…そう考えると、怖くて仕方ない
怯える心を押し潰してまで、こんなことをする意義なんてないだろう
そんな思考と相反して、足はアクセルから離れようとしない
隙さえあれば、少しでもスロットルバルブを開こうとしている
全く逆のはずなのに
減速したら、全てが終わってしまう気がしたから
- 同時刻 200m後ろ side:??? -
…見つけた
ナンバーも、色も、外装も違う
でもな、sx
どうしたってお前の声は
すぐにわかるんだよ
- in 180sx side:雨水 -
…なんだ?
後ろから1台、すごい勢いで追い上げてくる
あれは…?
また
音が聞こえた
今までとは違う、
包み込まれてしまうような
浸ってしまうほどに、不思議な感覚
その音は
声は
まるで、無邪気に笑っているように聞こえた
この音は…sx……なのか?
- in 80supra side:学園長 -
ミラー越しに後ろを見ると、1台のクルマが引き寄せられるようにsxに近づいていた
あれは…あの走りの雰囲気は…
そうか…アイツか……
もう気づいたとは、随分と嗅ぎ取るのが早いな
気を付けろよ、雨水くん
そいつに乗せられるな
そいつはそのsxを憎んでいる
そしてそれ以上に、焦がれている
いつだって…そうさ…sxに心を奪われた奴は
その熱に中てられ、戻れなくなっちまうのさ
お前もそうだろ…?
九十九
- in 180sx side:雨水 -
息を整え、なるべく落ち着きながら、後ろのクルマに少しだけ意識を向ける
アンバーカラーの…
991…カレラ…
ポルシェってやつか
完全にsxを見据えてやがる
コイツ…やる気だ…
いいぜ…断る理由もない…
来いよ
フルスロットル
足を潰すぐらい、アクセルを踏んだ
4速
6000rpm
まだだ
7000
まだ…
8000
シフトチェンジ
5速
270km/h
車体がぶれる
少しのずれでどこに吹っ飛ぶかわからない
290km/h
300…
310…
よし…このまま…最高速まで…
でもそれは、叶わなかった
すぐ前にトラック、別の車線には一般車…
パスできる隙間はある、それはわかっていた…それができる程度のマージンもあった
けれど、俺は目の前の恐怖に耐えきれず、
ブレーキを踏んだ
踏んでしまった
タイヤの削れる甲高い音が聞こえる
リヤタイヤが滑り、車体がスピンする
カウンターを当てる
でも、間に合う訳がない
そしてスピンする最中、見えたのは、此方に向かってくるカレラ
ああ、だめだ
ぶつかる
ぶつからない
カレラは一切減速せずにラインを変え、俺をパスした
信じられない…あの距離で、あの速度で、避けれるだなんて
いや、それよりも
あのカレラ、少しもスピードを緩めなかった…
sxは止まった、幸いどこにもぶつけることはなかった
すぐにクルマの体制を直し、再発進させる
あのカレラは、いつの間にか闇に溶けて、いなくなっていた
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あれから十数分後
俺は事前に集合場所として知らされた西口PAに向かっていた。PAに着くと、学園長のスープラが見えた。先に建物の中にいるんだろうか?
だけど、スープラの隣にあるクルマを見た瞬間、俺は一瞬頭が真っ白になった
さっきの、アンバーカラーのカレラが停まっていた
sxを駐車場に止め、すぐ前にある喫茶店に入ると、学園長を見つけた。そしてそこに1人の男が対面して座っている。多分、あのカレラの持ち主だろう。
なるべく動揺を悟られないように、その席に足を運ぶ
「おお、来たか」
「…織戸さん、彼が?」
織戸さん…?ああ、学園長のことか。そういえば、最初にもらった名刺に書かれてた名前、そんなだったっけか…
「ああ、君が会いたがってた新しいオーナーだ」
「…どうも、雨水と言います」
「九十九です。どうも…」
九十九さんか…何だか、不思議な雰囲気をまとった人だ…感情が見えない、というよりは、感情の底がないような、そんな感じがした
「さっきは危なかったね」
さっき…というのは、sxがスピンした時のことを言っているのだろう
「ええ、すいません。俺のミスで…」
「…ミス…本当にそれだけなの?」
「……どういうことですか?」
心がざわつく…どういうこと、とは聞いたが、彼が言いたいことは何となくわかっていた。でも、それを聞いたら、それを事実と認めてしまう気がしたから、しらばっくれてしまいたかった
でも、そうはいかなかった。九十九さんが口を開く
「ブレーキ…踏んだんだろ?」
「…ええ、まあ……」
「後ろから見てたけど、正常だったらあんなスリップはまずしない…左タイヤだけブレーキが利かなかったんだろうさ。そういうクルマだ…少しでも守りに入ろうものなら…すぐにいうことを聞かなくなる…」
「……」
「…単刀直入に言おう、あのクルマに乗るのはもうやめたほうが良い…あれは必ず、君を破滅に連れて行く…
俺やアイツのように………」
なるほど、この人、sxの元オーナーか……それに口ぶりからすると多分、学園長が言っていた事故の当事者なのだろう。後悔しているんだろうな…見ず知らずの俺に、わざわざ会って警告までしてくれるぐらいなのだから
でも、だったら、俺の答は何か、わかっているだろう?
「できませんよ…ここまで来たら、もう戻れない………」
「…そうか…やっぱりな……」
そして、少しの沈黙が続く…でもその沈黙は、他のどんな言葉よりも、重く、お互いの意思を鮮明に伝えた…そして、九十九さんがその沈黙を破った
「じゃあ織戸さん…俺はこれで…」
「もういいのか?」
「ええ、聞きたいことは聞きましたから」
そういって、彼はテーブルに金を置いて席を立つ。俺に「じゃあ、また」と言った後、そのまま喫茶店を出て、夜の奥へと消えていった
「少し早い気もするが、まあいいだろう…雨水くん、彼についてはまた今度話す。だが、これだけは先に言っておく…彼の走りをよく見ておくといい、きっと君の糧になる…まあ、今日はもう時間もないし、別の機会にね……」
学園長は俺をいい加減席につくように促し、テーブルに置いてあるコーヒーを差し出してきた
「奢りだよ、飲んで帰ろうぜ…まあ、すっかり冷めちゃったけどね……」
そうして、俺はコーヒーを口に運んだ
冷めていたけれど、そのわずかな温度は確かに俺の震えを止めてくれた
また…か…
そうさ………
また、走ろう、ここで……
織戸 真一(おりど しんいち)
大洗学園学園長。多分50、60代。sxの事情を知っており、雨水が死なないように力を貸す。
ようやく名前を出せた
ここに来れば……なんとかなる
冷めちまったコーヒーだって自分以外の誰かの温度は伝わるから
西口PAの喫茶店…そんな店さ…
次回からは自動車部メンバーの出番が増える予定です。