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注意 今回はやたら三点リーダが多いです、読みにくかったら申し訳ありません
夢を見ていた。今から一年ほど前の夢だ。ずっと続くもんだと思っていた時間が唐突に終わりを告げた、あの別れの時の夢だった
俺の前には一人の少女がいる。彼女の名前は凰鈴音。小学五年の頃に中国からやって来た子であり、その時から俺にとって数少ない心の底から信頼をおける存在。また世界で一番大切な少女だ。人をぐいぐいと引っ張っていくような活発な性格で、笑った時に覗く八重歯が最高にキュートだった
そんな彼女が今、涙目になって此方を見ている
「やっぱり嫌……あたし、一夏と離れたくない……!一夏と、弾と、まだ一緒にいたいよぉ……!」
「鈴……」
自分の意思に反して口は勝手に動く。これは夢だ、あの時のことをただ繰り返しているに過ぎない。まるで録画された映像のように。違うところがあるとすれば俺と鈴以外の人がいないことだろうか。とにかく、俺はそんなシーンをただただ織斑一夏の内側から覗いていた
俺……いや、一夏は震える鈴をぎゅっと抱き締めた。壊れ物を扱うように優しく、壊してしまうほど強く、彼女の体を抱き締める。まるで泣きじゃくる子供をあやすように頭を撫で、離ればなれになってしまう彼女の温もりを決して忘れぬよう、自らの体に刻み付けた
「……ねぇ、一夏」
「なんだ……?」
「約束、して……」
鈴が一夏の耳元で囁く
「あたし、もっと頑張る。もっと頑張るから……だから、料理が今よりももっと上手くなったらさ、毎日あたしの酢豚を食べてくれる……?」
すがるような鈴の言葉に一夏は躊躇いなく頷いた。彼女を抱き締める腕に更なる力が込められる
「……あぁ、食ってやるよ。酢豚でもなんでも、鈴が作るもんなら全部食ってやる。望むんならいつまでも傍にいてやる。だから……笑ってくれ。俺は笑ってる鈴が好きだからな」
「……ありがとう一夏、大好き……!」
涙で顔がくしゃくしゃになりながらも、それでも鈴は笑顔を作った。俺が好きな人懐っこい笑顔だ。そんな彼女に一夏は自らの唇を重ねる。別れの間際になって笑った彼女が堪らなく愛しくなって、確かにこうしてキスをした思い出はあるが……こうやって見せつけられると此方が恥ずかしくなってくるな
目覚めが近いのか、だんだんと意識がフェードアウトしていく。そんな中で俺が最後に見たのは、ゲートの向こうに消えていく鈴の後ろ姿だった
あの別れから一年と少し、俺はまだ彼女に会うことが出来ていない
▽△▽△
「ねえ、そういえば聞いた?二組に転校生が来るって話」
朝食の時、不意にそんなことを呟いた谷本さんに俺達四人の視線が集まる。因みにそのメンバーはいつもの俺、ほーきちゃん、ボーデヴィッヒ、鏡さんだ。布仏さんは同室の子と食べているようでここにはいない。確か……四組の生徒だったか?一度見たことがあるが眼鏡を掛けた水色の髪の子だった気がする
「転校生?まだ四月なのに?」
「うん、今朝先生が話してるのを聞いた子がいるんだって。中国の代表候補生……だったかな?とにかく転校生なの」
鏡さんの問いに谷本さんが答える。中国の代表候補生……ねぇ。そういや鈴は中国でISのことを学んでるっていつか電話かメールかで言ってたっけ?俺の頭にその転校生は鈴じゃないかという考えが過るが、そうであるなら代表候補生に選ばれた時に何かしらの連絡を寄越してくる筈だ。きっと転校生は鈴じゃねえんだろう
しっかしどうも今朝から鈴の顔が浮かぶな。最近連絡がとれてないからだろうか?電話しても出るのは知らねえ女だったし、そう考えると俺は一ヶ月近く彼女と話していないことになる。あんな夢まで見るってことはあれか、禁断症状ってやつか
「……大方、男性操縦者である織斑に接触させる政府の差し金だろう。代表候補生ならば転校という形で強引にでもIS学園に送ることが出来るからな」
もっきゅもっきゅとホットドッグをかじるボーデヴィッヒの言葉に寒気が走った。何それ怖い。クラス違うのに接触してくるとかマジで迷惑なんだけど。厄介事の予感しかしねえって……
「そう気を落とすな一夏。まだその転校生とも会ってすらいないのだぞ?」
「そうは言ってもさぁ……はぁ」
溜め息と共に残った白米を口に放り込む。はっきり言って何か思惑があって近付いてくるような奴と一緒になんかいたくねえ。そんな奴といてもつまらんだけだし息も詰まるってもんだ
「……ふぅ、ご馳走さんでした」
「え、織斑君もう食べ終わっちゃったの!?」
「流石男の子だね……」
驚いたように声を上げるクラスメイト二人だがそんなにびっくりするだろうか?確かに同じ定食を頼んだほーきちゃんはまだ食べているが、別にこのくらいは普通のスピードだろう。てか、朝飯は結構しっかり食べるタイプの俺からすればむしろ二人の方に驚きなんだが。そんな少しの朝飯で午前中をやっていけんのかね?
「そんな量で腹減らねえの?俺なら絶対無理だね」
「わ、私達は……その……ねえ?」
「う、うん。これくらいで大丈夫なの……」
あははは、と誤魔化すように笑う谷本さんと鏡さん。女子ってのは大変だなぁ。と、感心している間にほーきちゃんも食べ終わったようだ
「ご馳走様でした。待たせてしまったか?」
「別に大丈夫。じゃ行こうか」
「ボーデヴィッヒさん、一時間目ってなんだっけ?」
「IS基礎理論だな、担当は確か織斑先生の筈だ」
「うわぁ……一時間目から大変。しっかりしなくちゃ」
俺達は口々に思いを口にしながら教室へと足を運んだ。学生寮の食堂から校舎まではたったの50メートルであり、登校時間はなんと僅か数分で済む。でもまぁ短すぎて食後の散歩には少し物足りないような気もするが……
そして歩くこと数分、俺達のクラスである一年一組の教室が見えてきたのだが、なんというか……挙動不審な生徒が教室の前をうろうろとしていた。頭の少し高いところで結ばれたツインテールに小柄な体格。改造された制服は大胆にも肩の部分が露出している。後ろ姿だけだが一度見ればまず忘れないくらいの姿だ。にも関わらず俺の記憶にないということは、もしかすると彼女が件の転校生なのだろうか?その背中に何故か鈴の影が重なり、俺は思わず足を止める
そんなことを考えている間に俺達の視線に気が付いたのか、その転校生?がゆっくりと此方へと振り返った。その際にふわりとツインテールが揺れ、なんとなくその姿がまたも鈴を彷彿させる
そして……その目が見開かれた
「一……夏……?」
「鈴……なの……か?」
声が震える。予想外のことに脳の動きが疎かになり、思考が全くついてこない。目が限界まで見開かれ、まるで全身が石にでもなったかのような錯覚に陥る
何故?
何故?どうして鈴がここにいる?
考えても答えの出ない問い掛けが頭の中を駆け巡る。周りの皆が何か言っているようだがそれさえも聞こえない。俺の中だけ時間が止まってしまったかのようだ
茫然自失となった俺を現実に引き戻したのは突然自らの胸部を襲う衝撃だった。気付いた時には既に遅く、そのまま倒れて尻餅をつく。臀部に発生した鈍い痛みに情けない呻き声が溢れるがそんなものはすぐに消し飛んだ
「な~に情けない顔してんのよ!」
見上げればそこには此方を見下ろす鈴がいた。俺の記憶にある彼女がいつも浮かべていたような、自信ありげで人懐っこい微笑みをしている。差し出された手は俺へと向けられており、早く掴めと言われているようだ
そこで漸く、漸く俺は鈴が目の前にいることを認識した。夢でもなんでもなく、彼女はここにいるということを
「……あぁ、悪ぃな。よっと……!」
途端に胸の内から溢れそうになる懐かしさを感じながら、差し出された手をとってゆっくりと立ち上がる。暫く会っていなかった筈だが以前と比べて彼女はあまり変わっていなかった。肩の辺りまで伸びた髪も、黄色のリボンで結ばれたツインテールも、俺よりもずっと小さい身長も。それがまた鈴が帰ってきたという事実を俺に伝えていて嬉しかった
「一年前ぶりね、一夏」
「あぁ。久しぶりだな、鈴。あんまり変わってねえようで嬉しいぜ」
「ちょっとそれどういう意味?子供っぽいってこと?これでも結構女磨いてきたんだけど」
「違えよ、あの頃みてえに可愛いままだったから安心したって言ってんだよ」
「そう、なら許したげるわ」
ニッと鈴がいつもの笑みを浮かべる。俺が好きな笑みだ。緊張で話せねえかと思ったが案外そうでもないらしい。他愛ない言葉が次から次へと口から出ていき、彼女との会話になっていく
そして随分と話し込んでしまったらしく、気付けば一時間目が始まる直前となっていた。そろそろ戻らなければ大変なことになるかもしれねえ、何せ一時間目の担当は千冬姉みたいだからな。授業があるのは生徒である鈴も同じであり、「また後で」と一言を残して隣のクラスに戻ろうとした。そんな彼女を俺は呼び止める
「鈴」
「……?何よ?」
「言い遅れた──
──お帰り、鈴」
「ぁ……えぇ!ただいま!」
満面の笑みに此方もつられて笑って見せる。教室へ戻っていく鈴の後ろ姿を見送ってから振り返れば唖然としている皆の姿があり、それが可笑しくてつい笑いが込み上げてきた。こんな愉快な気分になったのも随分と久しぶりなことだった
▽△▽△
昼休み、女子達の情報網ってのは一体どうなってんのかねえ、と俺は机に頬杖をつきながら考える。俺と転校生である鈴が知り合いであり、おまけに仲がかなり良さそうであるという噂は、短い休み時間の間に学園中へあっという間に広がった。入学当初の頃のようにヒソヒソ話が其処ら中で囁かれまくり、普段以上の好奇の視線からかなり過ごしにくい午前となった
「ったく、勘弁してくれよな……」
「でもびっくりしたよ。織斑君と……凰さん?が知り合いだったなんて」
「俺としちゃ鈴が代表候補生だったことに驚いたって。あいつ、今までそんなこと一言も言わなかったんだぜ?」
谷本さんにそうぼやいているとガラリと教室の扉が開かれた。そしてそこからひょっこりと顔を出すのは当然鈴だ。教室中の注目が集まる
「一夏、食堂行きましょ」
「分かった、ダチ何人か一緒でもいいか?」
「友達……いたんだ……」
割りと真面目に驚かれた。失敬な。いやまぁ中学時代があんなんだったから驚くのも無理はないかもしれねえが……それにしても酷えわ
そんな訳でいつものメンバー……といきたかったところだが、谷本さんと鏡さんは既に約束があるらしく無理だったので、ほーきちゃんとボーデヴィッヒ、布仏さんの三人を誘って食堂へと赴く。悪名高い男性操縦者はいつも通りかなり目立ち、あちこちから何事かと強烈な視線を浴びる。その度に鈴が顔をしかめるので宥めるのが意外と大変だった
食堂に着くと鈴は感心したような声を上げていた。料理屋の娘として思うところでもあるのだろうか。各々自分の昼食を注文して受け取り、運良く見つけられた丸いテーブル一つに座っていく。並びは俺から時計回りに、鈴、ボーデヴィッヒ、布仏さん、ほーきちゃんだ
「いただきます」
「「「いただきます」」」
「え……い、いただきます!」
全員が席についたことを確認してから手を合わせる。俺達にとっては最早いつものことだが、鈴だけは慌てて手を合わせ直した
「さて……なぁ鈴、どうして代表候補生になったのを黙ってたんだよ?」
食事が始まったのを皮切りに俺は鈴に問い掛ける。ラーメンを食べる彼女の手が止まった
「ん~……まぁサプライズよ。黙ってた方がびっくりするかな~、って」
次、あたしから聞いていい?と言いながら鈴は俺のラーメンを自然な流れでとっていく。俺もそれに返事をしながら鈴のラーメンに箸を入れた
「なんでISなんて動かしちゃったのよ?あたし、初めて見た時思わずラーメンを吹き出しかけたんだから」
「年頃の女の子が何やってんだよ……なんで動かせたのかなんざ、俺の方が聞きたいくらいだ。本来なら今頃弾と一緒に藍越学園ライフをエンジョイしてる頃だってのに……」
溜め息を溢しなからチャーシューを持っていこうとした鈴の箸を全力で止める。麺くらいなら許せるが流石にそれは許せんぞ。てかお前のとこにもあるだろチャーシュー
「そ、それにしても驚いたわ。まさかアンタにこんなに友達がいたなんてね~……」
チャーシューを諦め、同じテーブルを囲む面々を一瞥した鈴が感慨深そうに呟いた
「っと、まぁな。俺には少し勿体ねえくらい皆良い奴ばっかりだ」
「そこまで言うんだ。あ、そう言えば自己紹介とかしてなかったわね。今更なんだけど凰鈴音よ。宜しくね!」
思い出したように皆の方へ向き直り、持ち前の人懐っこい笑顔と共に鈴は一人ずつ握手を交わしていく。こういうコミュニケーション能力の高さは素直に感心する。俺じゃとてもこういう訳にはいかんだろう
「ねえねえおりむー」
「ん?」
「おりむーとりんりんってどういう関係なの~?」
布仏さんからいつか聞かれるだろうと思っていた質問が飛んでくる。気になっていたのか、ほーきちゃんまでもが俺の方を向いた。だが俺が反応したのは彼女が呼んだ「りんりん」という渾名だ。思わずさっと鈴の方へと視線を向けると、彼女はそれに気付いてゆっくりと顔を横に振った
まるで、気にしていないと言わんばかりに
「……おりむー、どうしたの~?」
「……あ、悪ぃ。俺と鈴の関係だったっけ?う~ん……」
ここでなんと答えるのが正解なんだろうか。大人しく事実というか、素直な気持ちを伝えるのがベストなのか、はぐらかすのがいいのか。聞き耳立ててる連中も結構いやがることだし、あんまり馬鹿正直に答えるのはまずかろう
「幼馴染み兼親友兼相棒、ってとこか?」
「盛りすぎでしょ馬鹿」
スパンと横から突っ込みが入る。強ち間違っちゃいねえと思ったんだが……残念
「幼馴染みってしののんもじゃないの~?」
「別に幼馴染みはこの世に一人、なんて法律はねえだろう。ほーきちゃんは小学四年の頃にいなくなっちまって、鈴が来たのは五年の頃だよ」
「なるほど、すれ違いになってしまった訳か。だが小学五年の頃からの友人を果たして幼馴染みと呼べるのか……?」
痛いところを突いてくるほーきちゃん。確かに際どい部分ではあるが幼馴染みの定義自体俺は知らねえし、俺が幼馴染みと言えば幼馴染みで良いんじゃねえかな。ギャルゲーによくあるような幼馴染みなんて、むしろそっちの方が珍しいっつーの
「じゃあ次!二人の馴れ初めは~?」
「あ~……馴れ初めね……馴れ初め……」
歯切れの悪い俺の言葉に布仏さんは首を傾げた。あんまり期待されるようなロマンチックな話じゃねえし……正直、言いたくねえんだけど。と、思っていたらその質問に答えたのはまさかの鈴だった
「あたしが転校してきて中国から来てすぐ、クラスメイトの馬鹿共にからかわれていた時期があったの。で、それを止めに入ったのがその日偶然日直で仕事を終えて教室に帰ってきた一夏よ。『何やってんだお前ら』ってね」
「おぉ~!おりむーかっこいい~!」
「まぁ止めに入ったまでは良かったんだけどねえ……」
そう、止めに入ったまでは良かったのだ。ただそこからは……うん、察してほしい。複数人相手に勝てる訳ねえだろ。ほーきちゃんが「まさか……」と呟いてるが、本当にそのまさかなんだよなぁ……思い出しただけでも恥ずかしい
「で、そこからは~?」
「秘密よ秘密。小学校の頃は毎日遊んだりしてたけど、中学の頃は……その、色々と大変だったから……」
「「……」」
その意味が理解出来たのは恐らく、当事者たる俺とそれを聞いたボーデヴィッヒだけだ。聞かれたくないという空気を察したのか、布仏さんはこれ以上何も聞いてこなかった。なんとなく微妙な雰囲気が俺達のテーブルに広がる
いつか皆にも俺の過去を話せたらいいと思う。でも、拒絶されたくないとも思っている。皆なら今更拒絶なんてしないと分かっているのだが、それでも俺には万が一の可能性が怖かった。
もし拒絶されたら、
もし見捨てられたら、
……どうやら未だに皆を信用出来てないらしい。そんな自分が嫌になり、表情に影を落とす俺の姿を鈴だけが見つめていた
▽△▽△
『──そうか、鈴がそっちになぁ……』
「……あぁ」
『……良かったじゃねえか。再会出来てよ』
「……あぁ、もう絶対離したりしねえ。絶対に、絶対にな……」
夜、学生寮の屋上で俺は弾と電話していた。鈴が来たという知らせは午前の内からメールで伝えてあり、今はこうして電話で近況報告をしているところだった。最高の親友は俺達の再会を心の底から祝福してくれた
『へへっ、また三人揃ったならどっかにでも遊びに行きてえな。ゲーセンでも、カラオケでも、俺ん家でも、一夏ん家でも』
「だな。やるなら盛大にやってやろうぜ。鈴の帰国祝いだ、派手にやるのは当然だろ?」
『ははっ!そうだな。お前らあんまり学園でイチャイチャすんなよ?羽目外しすぎるとお高くとまった女尊男卑の連中に何されるか分かったもんじゃねえからな』
「分かってるよ。じゃあな、弾。またいつか会おうぜ。その時は鈴も一緒だ」
『おう。一夏、色々大変だろうけど頑張れよ』
「サンキュ。そっちもな」
電話が終わる。ツーツーという携帯電話の音がやけに寂しい。四月も終わりが近付きだんだん暖かくなってきているにも関わらず、さっと吹いた夜風に体が震えた
時間は既に八時半を過ぎている。前回電話をした時ほどギリギリではないにしろ、そろそろ戻らなければ
「こんなとこにいたんだ」
「鈴」
そいつは、鈴は軽い足取りで俺の隣にやって来た。服装は可愛らしい寝間着で、トレードマークのツインテールも下ろしていた。そして屋上から見える景色に「わぁ……!」と声を上げる
確かにここからの景色は凄い。真っ黒な海に離れて見える東京の街。上を見上げれば少し控えめだが星だって見える。今日の月は欠けていてあまり見栄えは良くないがそれでも十分だ
「ねえ一夏、あたしがいなくて寂しかった?」
不意に鈴がそんなことを言い出した。いつも以上の真剣な顔つきに一瞬驚くが、俺もまたすぐに同じように表情を変える
「……当たり前だ。鈴を忘れた日なんざ一日もねえ。弾と何回『鈴がいれば』って愚痴り合ったか……」
「……そうなんだ」
「あぁ……」
実際、中学三年の時は大変だったのだ。元々三人しかいなかった輪から一人抜ければそりゃ寂しくもなるし、何よりも俺の中で鈴が占めていたウェイトが異様に大きかったのも原因の一つだ
「あたしね、心配してたんだ。中学の時に酷い目にあった一夏がIS学園でやってけるのか。ここに来た時も、一夏が同じような目にあってるって聞いたから凄く不安だったの。またやさぐれてんじゃないかって」
でも、と言って鈴は続ける
「安心したわ。箒も、ラウラも、本音も、皆一夏を一夏として見てた。一夏が笑ってるとこなんて、凄く久しぶりに見た気がするわ」
鈴は笑う。でもどうしてか、その笑顔が俺には随分と寂しそうに見えた
「鈴……」
「……ねえ一夏。少し……甘えてもいい?」
「……あぁ」
答えると同時に鈴が飛び付いてくる。薄い生地の寝間着越しに伝わる日溜まりのような体温がとても心地良い
ある一点、
「ぐずっ……一夏ぁ……!会いたかった……!会いたかったよぉ……!ぐずっ……」
「……」
無言で俺は鈴の背中に手を回し、一年前と同じように彼女をぎゅっと抱き締める。暫く会っていなかった鈴の体はあの頃と全然変わっておらず、すっぽりと俺の腕に収まってしまった。ついつい腕に余計な力を入れようとする気持ちを抑える
「寂しかった……!中国に帰っても周りは知らない人ばっかりで、お母さんも別人みたいに変わっちゃって……ぐずっ、もう嫌だよぉ……離れたくないよぉ……一夏ぁ……!」
「大丈夫……大丈夫だ。俺はずっと傍にいる。約束しただろ?お前の酢豚でもなんでも食べてやるって。漸く会えたんだ、俺だって、離すもんかよ……!」
泣き止まない小さな子供を落ち着かせるように、俺は鈴へと必死になって言い聞かせる。そうだ、辛かったのは俺や弾だけじゃねえ。俺達と別れた鈴だって心細かったに決まってるんだ
一組の教室で鈴と再会した時、一瞬だけ彼女が泣きそうな顔をしていた理由が漸く分かった
「捨てないで……捨てないで……!独りは嫌……嫌だよぉ……!お父さんがいなくなって、優しいお母さんも変わっちゃって、もう……あたしには一夏と弾しか……!」
「見捨てない。俺と弾はお前の味方だ。何も心配なんてない。俺と弾がお前を裏切ったことが一度でもあったか?」
ふるふると鈴は首を横に振る。俺は「だろ?」と得意気に笑ってやった。少しでも彼女が安心してくれるよう、背中をポンポンと優しく叩いて頭を撫でる
鈴の両親は離婚した。優しかったおばさんは女尊男卑思想に染まり、今では昔のような面影は一切見当たらないのだと言う。両親のいない俺には分からないが、家族がバラバラになるという悲しみは鈴の心に深い傷を残した
鈴は、何かを失うことを極端に怖れるようになってしまった
「大丈夫だ鈴。お前には俺がいる。弾もいる。だから泣くな。俺は……笑ってる鈴が好きだ」
「ぐずっ、ありがとう一夏……!本当に……ありがとう……!」
その後、俺は鈴が落ち着くまでの暫しの間彼女を抱き締めていた。空には微かだが控えめに輝く星達が見える。誓いを立てるなんてかっこつけた真似は俺には出来そうにないが、それでもこの胸で涙を流す大切な少女だけは幸せにしたい。そんな思いを俺は星々に向けて目を閉じた
……これが、作者の限界です。ついでに自分がこういう話を作るのに向いていないということも分かりました。どーすんだこれ
皆の前ではいつもの鈴ちゃんでも二人っきりになるとベッタリです。好きとか通り越して依存レベルまでいってますがその辺はご愛嬌。一夏の方もかなり鈴ちゃんに頼ってる部分もあるので実はドロッドロの両依存だったり。友人に言ったら軽く引かれました。解せる
感想、ご意見等ございましたら宜しくお願い致します
あと、これから更新がやや遅くなります、すみません