もしもベル・クラネルにこんなスキルがあったなら:短編集 作:自堕落キツネ
まだ陽も出て間もない早朝、ロキ・ファミリアのホームの一室でベルは目を覚ました。
「ふわぁ~、っともう朝か、早く準備しなきゃ」
いそいそと寝間着から着替えを始めるが、その服装は少々変わっていた。
袴と呼ばれる履物と、肩から手首までピッタリと張り付いたタイツのような物。身に付けているのはその二点だけで、上半身裸で裸足という服装だけ見ればアマゾネスの真似をしたような格好であった。
だがこれこそがベル・クラネルの戦闘衣装である。
「おはようございます、アイズさん」
「おはよう、ベル」
朝の稽古のために中庭へと向かったベルは、日課である剣の素振りを行っていたアイズに挨拶をする。
初めの頃は女性との二人きりでの会話だったためかなんとなくギクシャクしていたが、毎日顔を会わせていれば慣れるのも早かった。そのためか物陰から時折レフィーヤに睨まれているのをベルは知らない。
「それじゃあ、僕はこっちでやってますから」
「うん」
動き回っても接触しない場所まで離れ、ベルは日課の稽古を始める。
基本から応用まで、一回毎に正しい型ができているかを確認しながら行う。
それは『虚刀流』という、自身を一本の刀とする無手の剣術である。
『
・
・虚刀流が使用可能になる
・魔力に応じて「薄刀:針」以外の特性強化
・完成形変体刀使用時、刀の適合者になれる。意思に応じて適合の解除可能
・「薄刀:針」使用時、「全刀:錆」の特性を持てる
・虚刀流使用時、あらゆる武器が使用不能になる
・大切な存在を失った時、「虚刀:鑢」は真に完了する
最後の一文はロキと幹部三名の決定でベルに伝えられていないが、ベルは知っている。
そして、ロキ・ファミリア全体が今のベルにとって大切な存在であることをファミリア全体が知っており、それゆえにベルが暴走する可能性を危惧している。どんなことにも万が一、は存在してしまうからだ。
だからこそ、ファミリア全体が強くなることに意識を更に高め、無理のない訓練はファミリア全体にひろがっていった。
朝の稽古を終えた二人の元に数人の足音が近づく。
「アイズ、ベル、稽古に熱心なのはいいが、それで体調を崩さないように気をつけるんだぞ、ほら、ちゃんと水分補給を忘れるな」
「ありがとう、リヴェリア」
「ありがとうございます、リヴェリアさん」
「んふふ~、ママは心配性やなぁ」
「誰がママだ」ビシッ アイダッ!?
「ふふ、リヴェリアが言うように、熱心なのはいいけど、それで体調を崩したら元も子もないからね、やり過ぎにならないよう気をつけるんだよ」
「うん」
「はい、団長。無理しないよう気をつけます」
似た仕草でリヴェリアから受け取った水をコクコクと飲む二人と額を押さえてゴロゴロと転がるロキ、そんな三人を見ていたフィンとリヴェリアの元に新たに近づく者達がいた。
「ベル~、おっはよ~♪」
「わわっ、ティオナさん!?」
ベルの正面から飛びかかり勢いそのままに抱きつくティオナ。
頭を抱きしめる格好なため胸が顔に当たってるため盛大にベルは慌てている。胸のサイズがコンプレックスのティオナにはベルの反応が嬉しいのかよく飛びついている。
「まったく、飽きないでよくやるわね。おはようございます、団長♪」
「やぁ、ティオネ、おはよう」
妹の行動に呆れつつ、想い人へとハートが乱舞していそうな調子で挨拶をするティオネ。
怖いので口にする者はいないが周りは「ティオネがそれを言うのか」と思っている。
「おい、さっさとアレを出せ。今日こそ蹴り砕いてやる」
「まぁ待てベート。まだこっちの準備が終わっとらん」
「チッ」
「ベートがしびれを切らす前に準備を終わらせるぞ」
「「「はいっ!!」」」
ソワソワと落ち着かない様子のベートと、奇妙な形の盾を持っているガレス、ファミリアの中でも幹部を除いて耐久に優れた、ダンジョンでは
そして
「失礼するぞ、ロキ」
「おぉ、ちょうどえぇところに来たな、タケミカヅチ」
表れたのはファミリアの門番に案内されてきたタケミカヅチ・ファミリアの主神と団員達。
「ほんじゃ、今日も頼むで」
「あぁ、そっちも準備しておいてくれよ」
「わかっとるわかっとる」
「それじゃぁベル、早速必要分を出してくれ」
「はい、タケミカヅチ様」
ベルがスキルを用いて再現したのは
「絶刀:鉋」二本(とても硬い)
「薄刀:針」三本(とても脆い)
「双刀:鎚」二本(とても重い)
「炎刀:銃」二組
「よし、分かれて訓練を始めようか」
フィンの号令でそれぞれが使用する刀を受け取り中庭に散っていく。
「オラァ!!」
「もっと気合を入れんかぁ!!」
「「「はい!!」」」
盾に固定された「絶刀:鉋」
盾の片側をガレスが、もう片側を
刀が交差する部分を正確に蹴り、砕こうとするがヒビすら入らない。
「いっくよ~、ティオネェ!!」
「さっさと来なさい!」
ガンガンと激しく「双刀:鎚」をぶつけ合う。
超重量の武器に振り回されないように体捌きを鍛えつつ、元から高い力を更に高める。
当たれば大怪我確定だが、子供のチャンバラごっこのように楽しみながら振るっているようだ。
「うぅ、まだこの音には慣れませんね」
「そうだな、だがこの武器は有用だ。覚えておいて損はないだろう」
ホルスターから抜いて撃ち抜くまでの速度、正確さを高めるための訓練。
杖はあくまで魔法の威力を高めるためであり、近接武器には適切ではない。並行詠唱を身につけていない者には詠唱を行いながら中遠距離に敵を留める補助武器として期待されている。
「それじゃあ俺達も始めるか、二人ともまずは抜いてみろ」
アイズとベルの前にはタケミカヅチが立っている。
三人の手には「薄刀:針」があり、スラリ、とタケミカヅチは事も無げに鞘から抜いた。
アイズとベルも抜こうとしたが、抜けきる前に刀身が砕けてしまった。
「脆さ」に主眼を置いて作られた「薄刀:針」は、鞘から抜くのでさえ超一流の腕前でなければならない。
物を斬るのにも正確に斬るための軸、線を狙わなければならない。
タケミカヅチは武神であり、その名に相応しい腕前を持っているからこそ、事も無げに抜くことができる。
アイズとベルは相手が神だからと諦めず、果てぬ向上心からその技術を盗もうと努力する。
ステータスに頼らない武神直々の手ほどきにより、確実に二人は強くなっている。だが下界では一般人程度の身体能力しかないタケミカヅチに技術で圧倒され続けていた。
タケミカヅチ・ファミリアの団員達は準幹部クラスのメンバーとの模擬戦を行い、格上相手でも武神直伝の技でかろうじて対抗できている場面も見受けられる。
それぞれの訓練が終わる頃には、汗だくで倒れている者が殆どであった。
「よし、訓練は終わりだ、ロキ、良いな?」
「おう、もう用意はできとるで」グフフ
ロキがタケミカヅチに依頼した時、報酬の一つに
『ロキ・ファミリアホームの浴室使用権利』
を頼まれていた。
極東では広い湯船にはいると聞き、またタケミカヅチ・ファミリアは懐事情によりホームには作っていないから、と説明されたためだ。
両ファミリアが強くなる。タケミカヅチ・ファミリアは広い湯船に入れる。ウチは可愛い子の裸を堪能できる。
一石三鳥や~、とロキは内心でハイテンションになっていたが、リヴェリアに阻止されないよう見た目は普段通りを装っていた。結局は察知したリヴェリアに妨害されたのだが。
そんな日々を過ごしていたある夜、ベルは不思議な夢を見る。
そこは広い道場のような建物だった。
憧れの人物である七花が、姉の七実に負けたあの建物にも見える。
「よう、お前がベル、だっけ?」
「そうよぉ、七花君。その子が異なる世界で虚刀流を受け継いだベル・クラネル。あぁ、ベルが名前ね」
後ろから聞こえた声に振り返ると、そこにはアニメの最終回で旅に出た姿の七花と否定姫が立っていた。
「え?し、七花さんと否定姫さん?」
まだ現状を理解しきれず困惑するベルに、否定姫が歩み寄り、からかうために胸元が見えるように屈みながら説明をする。
「その通り、初めましてぇ、ベル・クラネル君。ここはお互いにとって夢の中みたいなものだけど、夢から覚めてもちゃぁんと覚えてられるから、心配しないでね。ほら、七花君、やらなきゃいけないことがあるんでしょう?」
予想通り顔を真っ赤にしながらも胸元をチラチラと見ているベルに満足そうな顔をしながら七花へと続きを促す。
「あぁ、そうだな。ベル、お前が虚刀流を継ぐっていうなら、俺が腕前を見ておかなきゃな。だから・・・」
虚刀流の構えをする七花に対して、ベルも同じ構えをする。
「はい、七花さん。全力でいかせていただきます」
「あぁ、夢の中だから死なないらしいしな。でも俺はお前の腕前を見るのが先だからな、全力はすぐ出さないぞ。でもまぁ、それで気を抜くんなら…」
ニヤリ、と笑った七花は
「「その頃には、あんたは八つ裂きになってるだろうけどな」…ですよね」
ベルが口角を上げて決め台詞を合わせたことにキョトンとした顔をしたが、すぐに満足そうに笑みを見せ否定姫へと顔を向ける。
「合図を頼む」
「はいはい、それじゃあ…」
片腕を上に上げ、雰囲気や表情を凜としたものに変える。
「双方、構え、始め!!」
腕が振り下ろされるのとほぼ同時にベルは七花へと迫る。
七花は一撃も受けないつもりで防御、回避を主体に置きベルを観察する。
ベルは最初から全力、七花との技量や体格の差から攻撃あるのみと判断し果敢に攻めたてる。
ベルの攻撃をある程度観察した七花は、自身の経験に基づいた技の組み合わせを教えるようにベルに技を放つ。
もう一度機会が有るとは思えない実践稽古に、ベルは必死で食らいつく。
時間は流れていき、ベルは傷だらけに、七花は傷一つなく決まっていたかのように同時に距離を取る。
「これで最後だ。何をするかは分かるよな?」
「ハァ…ハァ……はい!!」
二人は同じ構えをとる。
ほんの数瞬、緊迫した空気が漂い、二人は同時に駆け出し、技名を叫ぶ。
「「虚刀流最終奥義!七花八裂・改!」」
同じ技を放つ。だがベルの肉体はまだ成長途中、経験や体格の差もあって押し負けてしまった。
荒い息で床に大の字に寝転がるベルに七花と否定姫は歩み寄り、傍に座る。
「残念だけど、そろそろ時間なの。多分これでお別れね。七花君、この子はどうだった?」
「まだあんま強くないけど、虚刀流を名乗るだけの強さとかは有ると思う。だから、ベルが忘れないように名前をあげようと思うんだ」
「ふ~ん、どんな名前?」
「俺が七花で姉ちゃんが七実だったから、八の種で
「良いんじゃない?」
「い、いいんですか?」
「あぁ、こっちじゃ虚刀流は残らなかったしな。誰かに教えることもできなかったし」
「ま、全国を巡って地図を書いてたものね、弟子をとる余裕なんてなかったし。っと、そろそろ本当に時間切れね、何か言い残すことある?」
視界が白い光に満たされていき徐々に意識が遠くなっていく。
「う~ん、そうだな。ベル、お前は今から『虚刀流八代目当主:鑢八種』だ。忘れるなよ」
「はい!!」
「もう会うこともないと思うから、じゃあねぇ。ベル君」
倒れたままのベルに、七花は頭を撫で、否定姫はヒラヒラと手を振って別れを告げる。そのままベルの意識は遠くなり、次の瞬間には自室のベットで目を覚ました。
「あれは夢だったのかな?」
疑問に思うベルはロキの部屋へと向かいステータスの更新を頼んだ。
「朝っぱらからベルたんの柔肌を堪能できるなんて役得やなぁ~………ってなんやこれ!?」
グフフ、と親父臭い笑いを漏らしていたロキだったが、ベルのスキルが分かれているという前代未聞の事態に驚愕する。
『十三変刀』➡️『十二変刀』
虚刀流に関する記述が消えている。
『虚刀受継』
虚刀流に関する記述に
・虚刀流当主:鑢八種
が追加されている。
「夢じゃなかったんだ…」
後ろで「どういうことやぁ!?」と混乱しているロキも視界に入らず喜び、拳を握り締めるベル。
十数年後、ある女性との間に産まれた子供に虚刀流を教えるベルの姿が、『黄昏の館』の中庭での日常となる。
こうして、一の根から始まり、六の枝、七の花と実へと受け継がれたモノは、異世界へと渡り八の種となって新たな世界に蒔かれた。その種がどんな花を咲かせるのか、それは誰も知らない。
最後が有耶無耶で終わった感があるけど力尽きてしまいした。