ぼっちの門 〜圓明流異聞〜   作:エコー

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五、神武館千葉支部

 

 待ちに待った夏休みは、お遣いで幕を開けた。

 朝早くに叩き起こされた俺に差し出されたのは、一通の封書。これを神武館の千葉支部長に届けるのが今回のお遣いの概要だと云う。

 

「ほら、お駄賃あげるから。さっさと行ってきなさい」

 

 手に握らされたのは、お札。見てみると、な、なんと。

 

「……諭吉さんじゃねぇかよ」

 

 あのな、お袋。

 世の中には郵便という便利なシステムがあってだな。

 つーかこれだけあれば何通の封書を送れると思ってるんだよ。

 だが考える。

 ただ封書を届けるだけの簡単なお仕事で、諭吉さん一枚。非常に効率が良いお仕事じゃありませんか。

 

「ほら、行っといで。あ、小町も行くっていうからお願いね」

 

 良かろう良かろう。

 小町、今日のランチはサイゼと洒落込もうではないか。

 

 ──と、意気揚々と家を出たのは小一時間ほど前。

 

 なんだ。

 なんだこの状況は──。

 じっと小町を睨むと慌てて目を逸らした。はい犯人確定。

 

「ねえヒッキー、すっごい嫌そうな顔してるけど、どしたの? 」

「そうね。家の御用で来訪したのならもっと使者としての役割を全うするべきだと思うわ、丁稚谷(でっちがや)くん?」

「あ、あはは……いらっしゃい、比企谷くん」

 

 急に小町も一緒に行くっていうから、おかしいとは思ったんだよ。んで来てみたら龍造寺だけじゃなく奉仕部の二人もいる訳で。

 

「つーか何でお前らがいるわけ?」

「え、えーと、見学かな、あはは」

「……単なる社会勉強よ」

 

 由比ヶ浜、お前は何を見学するんだ。空手を始めるつもりかよ。必殺技がおっぱいビンタとか洒落にならないから。

 あと雪ノ下さん?

 あなたは空手の道場でどんな社会勉強をなさるおつもりなんですかね。

 正論だけでなく武力でもねじ伏せるつもりなんでしょうか。

 恐いからやめてね。

 龍造寺は……いいか。別にこいつが神武館にいるのは不思議ではない。

 

「ささ、お三方、愚兄は放っておいて行きましょ。小町、ちょっと空手に興味あったんですよね〜」

 

 小町め。単なるお袋のお遣いに由比ヶ浜と雪ノ下を巻き込むなよ。それで実際被害を被るのはきっと俺だからね。

 

 はあ、まったく厄日だ。

 

  * * *

 

 場所は千葉駅近くのビル。てっきり雑居ビルに間借りしてるのかと思いきや、なんと四階建てのビル全てが神武館の持ち物だという。

 空手道場って儲かるんだな。ウハウハだな。

 龍造寺に案内されてビルの中に入ると、小さな子供たちの気合溢れる声が聞こえてきた。豆剣士ならぬ豆拳士って奴か。

 その子供たちを指導する大人の中に見知った顔を見つける。

 だが、そこは全てをスルーすることでは定評のある俺だ。況してやこの状況で面倒の種を増やすのは避けたい。

 ここは例の如く、何事も無かった顔をして華麗に……

 

「あっ、サキサキだぁ、やっはろー」

「本当だ、大志くんのお姉さんだよ、お兄ちゃん!」

 

 ……スルー出来なかった。

 そして時既に遅し。由比ヶ浜が川崎の名前を呼びながらぶんぶんと手を振っている。

 ちらっと目を向けると、こちらを向いて固まる川崎と視線がぶつかった。

 その瞬間、川崎の顔は紅潮。無理もない。こんな所で豆拳士の指導をしてるなんて、単なる知り合い程度の俺たちには見られたくはないだろう。

 

「──行こうぜ、さっさと用事を済ませちまおう」

 

 龍造寺を促して、早々に去ろうと再び歩き出す。このくらいの配慮なら俺だって出来る。相手が同じぼっちだならば気持ちも解るからな。

 だが、俺の後を着いてくる筈の小町の視線は豆拳士たちに釘付けだ。由比ヶ浜と雪ノ下も足を止めて、いちゃいちゃしながらちびっ子たちの鍛練を見ているようだ。

 この隙にとっとと用事を済ませてしまおう。

 

「小町ー、先行ってるぞ」

 

 今日のお遣いは、ここの支部長に封書を一通渡すこと。こんな簡単な用事に諭吉さん一枚くれるとは、お袋の懐の深さと暖かさが解る。

 お袋のこの気遣い、無駄にはすまい。帰りに夏休みを有意義に過ごす為のラノベをたんまり仕入れていこう。

 

 四階まで階段を上り、一番奥の部屋の前で龍造寺が振り向いた。

 

「ここが支部長の部屋だよ」

 

 言い終わると同時に、龍造寺のノックがドアに響く。どうぞ、と、やけにドスの利いた声で許可を得た龍造寺がドアを開けた。

 

「失礼しまーす」

 

 軽く挨拶しながらドアをくぐる龍造寺に続いて中に入ると、大きめの机の前に人相の悪い中年男性が座っていた。

 その眼光は鋭く、まるで大型肉食獣の檻の中にいるような気分になる。

 

「失礼、しましゅ……」

 

 だから、噛んでも仕方ないじゃないのさ。怖いんだもの。

 眉毛……無いんだもの。

 

「こちら、比企谷くん。おじ様は覚えてない?」

 

 対する龍造寺は慣れているのか物怖じしないのか、強面の眉無しとフレンドリーに接している。

 

「ども。比企谷です、って……俺、この人と会ってるの?」

「小さい頃に、ね」

 

 え、そうなの?

 こんなに凶暴な御仁と面識があったら、いくら記憶に無くてもトラウマとして心にざっくり刻まれそうだけど。

 眉毛無いし。

 

「……お嬢」

「なあに、おじ様」

 

 お嬢って呼ばれてるのか、龍造寺は。伝説の昭和の歌姫みたいだな。あっ、オダギ○ジョーの略じゃないよね。

 脳内で愚考遊びをしていると、眉無しの三白眼が俺を射抜く。

 だから恐えって。眉無しだし。

 

「本当にコレがあの……比企谷なのか」

「んー、やっぱり信じられないよね。あたしも最初は人違いかと思ったよ」

 

 なんだなんだ。俺抜きで俺を語る流れを作るのは、こないだ面識を持ったばかりの龍造寺と、初対面の強面眉無しオヤジ。

 うわぁ、帰りてえ。とっとと用事済ませて帰っちまおう。

 

「あ、あの……これ」

「あん?」

 

 返事も怖いって!

 目がネコ科の大型獣みたいだってばっ。

 噛み付かれない様に、恐る恐る預かった封書を机の上へ滑らせる。それを雑に取り上げた強面オヤジは、これまた雑に封書を開けて、中の手紙に目を通す。

 

「──わかった」

 

 ……ふう、これで任務完了。

 

「では……失礼します」

 

 後ずさって一礼し、さっさとその場を辞去しようとするも、眉無し大型肉食獣はそれを制止してくる。

 

「あ? 何故帰る」

「い、いや……その封書を渡すのが目的だったので」

「ほう、じゃあこの手紙の内容は何だ」

 

 すいっと強面オヤジの手から舞った手紙を掴む。そこにはとんでもない事が書かれていた。

 

「その手紙に対して、オレはわかったと言ったんだ。とっとと道着に着替えてこい。ちょうど運動不足だったんだよ」

 

 ちなみに渡された手紙には「道場破りキボンヌ♡」と、ふざけた字で綴られていた。

 

 本当、厄日だわ。

 

 

 

 


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