ぼっちの門 〜圓明流異聞〜   作:エコー

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今回は番外編。

千葉村の合宿から二週間程経った夏休みのある日、八幡は小町に連れられて外出する羽目になった──


オリジナル登場人物
 片山希心(こころ)
 中学校三年生。
 小町の友人で鬼道館の館長代理を務める片山右京の娘。
 


番外編
閑話、空手少女は傷つかない(上)


 

 

「ぶへぇ〜、暇だよ、暇」

 

 リビングのソファーで足をバタバタさせながら我が愛妹(あいまい)小町が喚いている。

 それを尻目に、俺は買い溜めしてあったラノベを読みながら脱臼した右肩のリハビリに勤しんでいる。といっても、固定されちゃっている状態では握力を落ちないようにするくらいしか出来ないが。

 とまあ、これが夏合宿から帰った後の比企谷家の夏休みの日常風景だ。

 

「ね、ね、お兄ちゃん。ゲームやろ」

 

 ぽすんとソファーに飛び乗った小町が、ずいと顔を寄せてくる。つか小町さん、いくら家の中だからといって少々だらしないのではないでしょうか。

 小町の出で立ちは、俺のお下がりのだぼだぼのTシャツに、下はパンツだけ。

 中学三年ともなれば立派なレディの仲間入りですわよ。

 というか、ですよ。

 

「──小町ちゃん、宿題は終わったの?」

「ぶー、それは言わない約束でしょ」

「そんな約束をした覚えは無いんだけど」

「あ、あれだよ。沈黙の艦隊ってやつだよ」

 

 それってたぶん……暗黙の了解のこと、だよね。こいつは国語を重点的に勉強すべきだな。

 今度夏目漱石の「明暗」か「夢十夜」でも読ませてやろう。あ、司馬遼太郎も捨てがたいな。

 はたと愚考を中止して視線を上げると、ふくれっ面の天使、もとい妹が携帯電話をチラつかせていた。

 

「もーいいっ。こうなったらお友達を呼んじゃいます。いいんだね? それでもいいんだね?」

 

 なるほど。今から友達を呼ぶから愚兄は出てけ、と。

 ……オッケー望むところだ。こうなったら図書館にでも引きこもってやろう。

 

「あー、はいはい。なら邪魔だろうから俺は出かけ「あ、もしもしぃ」……おい」

 

 言い終わる前に携帯電話を取り出した小町は、ぴぴぴと数回音を鳴らしてすぐに通話を始めた。ひどい。

 あのね。無視っていうのはすっごく悲しくて寂しい行為なのだよ。わかってね小町ちゃん。

 

「……うん、うん。あー、でもでも、ウチのお兄ちゃんはアレだよ、アレ」

 

 ちらっとこちらを見た小町は、逃げる様に階段を上ってしまった。

 何なんだよ、一体。

 

  * * *

 

「というわけで、ららぽ行こっ」

 

 ばたばたと騒がしい足音を鳴らして二階から下りてきた愛妹(あいまい)の台詞だ。

 当人は出掛ける気満々で、既によそ行きっぽいキャミワンピに着替えて小さなバッグを小脇に抱えている。

 

「小町ちゃん忘れてない? 俺、けが人なんだけど」

 

 群馬県の千葉村、覆面との闘いで右肩を脱臼した俺は、現在固定具──ショルダーブレースとかいうらしい──で右腕を吊られ固定されている。

 この状態になってみて初めて解ったことだが、結構辛い。

 脱臼の修復は、俺の意識が無いうちにお袋が上手くやってくれたらしいのでそんなに痛みは無いけれど、右腕一本を固定しただけなのにバランス感覚が狂うのだ。

 よろけて障害物に当たるなど日常茶飯事、時には転けそうになる。まあそれは、意識の無い状態での身体の酷使も影響しているらしいのだが。

 そんな状態なので、出来れば人混みは避けたいのである。それでなくても人混みは嫌いなのだ。

 というわけで愛妹小町の頼みとはいえ、今回は俄然断る腹積もりなのだ。

 が──

 

「大丈夫だよ。小町がいるじゃん」

 

 のひと言で納得させられてしまった。どんだけ小町に信頼を置いてるんだよ、俺って。

 もしかしたらシスコンなのかしらん。

 ……いやいや、絶対に違う。ただ妹を世界一愛する兄というだけだ。

 

「さあ、行くよ〜」

 

 はぁ、仕方ないか。妹孝行も千葉の兄の大事なお仕事だ。

 

  * * *

 

 花見川区の自宅からバスと電車を乗り継いで、昼前には目的地に着いた。

 しっかし、船橋にあるのにTOKYOーBAYとはこれいかに。

 大体、東京湾という名称が間違っている。東京湾を構成するのは東京、千葉、神奈川の一都二県なのに、何故に東京湾なのだ。

 首都か。首都だからか。

 

「ほらほら、こっちだよ〜」

 

 いつもは並んで歩く小町だが、今日は俺の少し先を歩いている。

 一抹の寂しさはあるものの、今はそれがありがたい。小町が先立って歩いてくれるお陰で、俺は誰にも接触する事なく人混みを歩けるのだから。

 ──はっ、これが妹の愛か。

 お兄ちゃん、しかと受け取ったぞ。

 

「どしたの、気持ち悪い顔して」

 

 ……ひどいっ。

 

「あー、いたいた。おーい、希心(こころ)ちゃーん」

「あ、小町ちゃん。久しぶ……どえええっ!?」

 

 ショルダーブレースに右腕を吊られた俺を見て若干引いているのは、おかっぱ頭にぱっつん前髪、眼鏡を掛けた少女。

 何か図書委員にいそうな、地味目だが可愛い女子だ。

 

「あ、お兄ちゃん。紹介するね、この子は片山希心(こころ)ちゃん。この子のお父さん、ちょっと有名なんだよ」

「そ、そんなこと……」

「またまたぁ、謙遜しちゃって。だって希心ちゃんのお父さん、あの鬼道館の館長代理なんでしょ?」

「そ、そうだけど……父は空手しか出来ないから」

 

 ほーん。この子の父親は神武館と双璧をなす空手道場、鬼道館のお偉いさん……ちょっと待て。

 

「もしかしたら、お父さんの名前って……右京さん、なのか」

「は、はいっ、そう、でふ」

 

 ──噛んだ。

 噛んだよこの子。なんだよ、超可愛いじゃねぇか。そのうち「かみまみた」とか言ってくれねえかな。ぬふっ。

 

「……お兄ちゃん、さっきよりも顔が気持ち悪いよ」

 

 おお、こりゃ失敬。

 いやだってさ、あの片山右京の娘だぜ。

 全日本異種格闘技の陸奥片山戦は、ネットでヘビロテ視聴しちゃうくらいに凄かったんだから。

 特にあの"龍波(りゅうは)を破った片山さんと"菩薩掌(ぼさつしょう)を破った陸奥九十九の攻防。

 片山さんは柏手、陸奥は手を重ねただけという、見た目は地味な攻防だったけど、あれは熱くなった。

 思わず俺の中にも修羅がいるのでは、と厨二病を発症しちまうくらいに。

 目の前にいるのは、その片山右京の娘。

 嫌でも萌え……もとい燃えてくるってもんだ。

 

「実は、この子も空手やってるんだ。しかも全国大会に出られるくらい強いんだよ〜」

「そ、そんな、わたしなんてまだまだで……」

 

「でね、でねっ、うちのお兄ちゃんはね、なんと圓明流を使えるんだよっ」

「──おいっ」

「……圓明流」

 

 ん。心なしかメガネ少女の雰囲気が変わった。あーこれはアレだ、面倒なことが起きる前のアレだ。

 その面倒事を回避すべく取れる手段はひとつ。

 全力で言い訳するしかない。

 

「いや、悪い。圓明流を習ったのは確からしいんだが、その記憶が無くてだな……」

「みっ、みっ、みっ」

 

 み?

 

「見たいですっ、圓明流」

 

 うげ、やっぱ面倒なことになりそうだ。

 

 

 




お読み頂きありがとうございます。

今回は、そういえば鬼道館を出してないなぁと思って書いた閑話です。
構成は前後編の2話。
後編は来週投稿予定です。

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