ぼっちの門 〜圓明流異聞〜   作:エコー

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ついに幕を開けた不破圓明流と比企圓明流の闘い。

しかし記憶の無い八幡は圧倒的不利。
その記憶はいつ戻るのか。
……そもそもちゃんと戻るのか!?


二十七、追憶

 

 

「──オレが思い出させてやる」

 

 この数週間で何度か聞いた言葉を吐きながら、覆面は俺に向かい歩を進めてくる。

 

 いや、俺の記憶を心配してくれるのはありがたいんだけど、俺には俺のペースってものがあってですね。

 ゆっくりじっくりたっぷりと、コトコト時間をかけて少しずつ記憶を取り戻そうかなと思っていたんですけど。

 なんなら思い出さなくても良いんですけど。

 ほら、今まで圓明流の記憶が無くても生きてこれましたし。何より人を殺しかねない技なんて持て余すだけなんで思い出したくないんですけど。

 

 脳内で都合良い言い訳を取捨選択している内に、覆面は俺の眼前まで来ていた。

 その距離およそ三メートル。圓明流の技と覆面野郎の身体能力ならば、既に手の届く範囲だろう。

 

「生きている内に思い出してくれよ。不完全な貴様に勝っても……つまらないからなぁ」

 

 月明かりに照らされた覆面の口元の皺が歪む。きっとその覆面の下ではいやらしく(わら)っているのだろう。

 

 

 先に動いたのは──覆面野郎だった。

 河原の石ころを撒き散らして俺に迫った覆面は、挨拶代わりとばかりに右ストレートを放ってきた。

 速いっ。

 態勢を崩して無様に躱し、河原に足を取られたところに覆面の蹴りが飛来した。

 

「ひぎぃっ」

 

 辛うじて右腕でブロック出来たが、態勢を崩したままの受けである。しかもブロックしたその右腕が超痛い。おかげで変な声を出しちまった。

 続けて覆面はそのブロックした右手首を取り、同時にふわりと身体を宙に浮かせた。

 ──"飛燕十字蔓(ひえんじゅうじかずら)"かっ。

 この技なら何度も見ているし、つい昨夜も陸奥九十九に掛けられたばかり。対応も学習済みだ。すぐさま取られた右手首を引いて、奴の左手の拘束からの脱出を試みる。

 だが相手も圓明流、対処は読まれていた。覆面はいつの間にか着地していて、空いていた覆面の右手がするりと肘の内側に滑り込み、瞬く間に右腕がアームロックされた。

 柔道でいうところの、腕緘(うでがらみ)

 片手で相手の手首をとり、もう一方の手で自分の手首を持つ肘への関節技だ。

 と、解説してる場合じゃねぇっ。

 肘が痛え、肩が外れるっ。

 だが覆面は止まらない。その態勢から、払い腰の要領で投げられた。

 

 ──っ!

 

 身体ごと河原の石に叩き付けられて、衝撃で呼吸が止まる。

 やべ、肩が、外れ……いや。

 

「チィ……浅かったか」

 

 何やら覆面が呟くが、それどころではない。どうにか右肩の脱臼は免がれた様だが関節へのダメージは大きく、依然その痛めた右腕は覆面に極められたままだ。

 何とかして抜け出さなければ……このまま殺られる。

 

 ふと脳内にビジョンが浮かぶ。

 ──肋骨に指を刺し込んで、右腕を棄てて、脱出……だと? 無理無理無理無理っ。

 だが命と右腕の二択ならば、右腕を犠牲にする他はない。その映像に従って覆面の肋骨の隙間、その奥の神経節を探る様に指を刺し入れる。

 ずぶりと刺した指先に嫌な熱と感触が伝わる。

 

「──がっ」

 

 効果あり。覆面の拘束が緩んだ隙を見て、強引に右腕を引き抜く。

 

「──がああああっ」

 

 抜けた。

 腕を引き抜いたと同時に、肩の関節が抜けた。

 ……熱い。右肩が燃えるように熱い。それでもごろごろと転がって、覆面の射程圏内から逃れることには成功した。

 

「……ぐうぅああああっ」

 

 痛い。熱い。

 右肩が焼ける。もげる。

 それでも絶体絶命の窮地から逃れられた。

 しかし、ただそれだけだ。

 束の間の延命措置、数分間の執行猶予を得ただけ。

 

 覆面の手傷は殆ど無い。俺が指を穿った傷も浅く、肋骨の神経節の痛みもじきに消えるだろう。

 対する俺は、満身創痍。利き腕は肩から潰され、その他背中には打ち身を負っている。

 

 戦力差はとてつもなく大きい。完全体となったフリーザとクソソソ……もといクリリンくらいの差がある。オーバーキルもいいところである。

 だが、覆面は口惜しそうに吐き棄てる。

 

「……記憶を失くしたと聞いて、油断していた。まさかオレがそんな嘘に騙されるとはな」

 

 いや、嘘じゃないんですけどね。すっかり記憶に無いことが出来るのは、頭の中で誰かが映像を見せてくれるからなんですよ、これ。

 なんて言ったところで信じちゃもらえないだろうな。

 右腕を封じられた俺の前に、再び覆面が脇腹を押さえながら近づく。

 

「あの状態から"指穿(しせん)"とはな。しかしその"指穿"の中途半端さからすると、だいぶ身体が鈍っているな、比企谷八幡」

 

 いやいや。鈍ってるも何も、体力の維持に必要な自主トレしかしてないし。つーか、"しせん"って何。

 畜生、反論したいが痛みで頭がぼやけてきた。

 

「まあいい。不破の教え通り、ここは堅実に結果だけを得ることでよしとしよう」

 

 結果って何だよ。大体解ってるけど。

 

「死ね」

 

 あー、やっぱりそれか。全然よくねぇよ。

 

  * * *

 

 それからの攻防は一方的、まさに覆面野郎の独壇場だった。

 持ち前の視力のおかげか紙一重で致命傷こそ回避しているが、覆面野郎はまるで詰め将棋の如く俺の身体を壊しにかかってきた。

 左腕を取られたと思えば今度は右足、それを切り抜けたら今度は鳩尾への突き。少し油断すれば目に指を突き入れようとしてくる。

 しつこく嫌らしく、的確に人体の急所を狙ってくる。

 

 ……結果、俺は四肢を投げ出して河原に転がされている。ついでに途中で割って入った葉山もとばっちりで腹に蹴りを食らっていた。

 ぼんやりとする視界に入るのは、月光を背に立つ覆面の影。

 

 あー、死ぬのかな、俺。

 お、河原の石って案外冷たいんだな。冷んやりして気持ちがいいな。

 ──北極星はどこかなぁ。死兆星って見えるんだっけ。

 

 思考がまとまらない。痛みと熱、そして疲労で意識は微睡んでいる。身じろぎするだけであらゆる箇所が痛かったのに、今はその感覚さえも朧げになっている。

 

「立てよ、比企谷八幡」

 

 阿保かよ、無理言うなって。

 どうすれば手足が動くかすら、もう解らなくなっちまったんだよ。

 まるで身体中の神経が首から寸断された様な感覚だ。

 あとは首から上が壊されれば、それで俺は終わるんだよ。

 

 あーあ、こんなことなら録画してあった今期のアニメを全部見ておくんだったわ。

 小町の夏休みの宿題も手伝ってやりゃ良かった。

 

 雪ノ下、ちゃんと逃げられたかな。

 お前は優秀だから心配は無いか。この先、由比ヶ浜と二人で奉仕部、頑張れよ。

 

 由比ヶ浜、お前には悪いことをしたな。

 俺が捻くれているばかりに苦しめてしまったな。雪ノ下をサポートして奉仕部を続けてくれ。

 

 戸塚、ありがとな。

 お前が声をかけてくれたおかげで、少しだけ学校が楽しくなったよ。

 

 川崎、もう弟に心配かけるなよ。ま、家族思いのお前だ。大丈夫か。

 

 龍造寺は……強いから大丈夫だな。親父も化け物だし。でも出来たらお前は化け物にはなるなよ。

 

 小町。

 本当にありがとな。

 朝晩のメシ、美味かった。

 あまり兄貴らしいことは出来なかったけど、お袋と仲良くな。

 

 お袋。

 不甲斐ない息子でごめん。

 せっかく俺を厳しく鍛えてくれたのに、こんなところで終わって……

 

 ごめん。

 

『──ならさ、そろそろ交代してよ』

 

 頭の中に響いた声は、幼かった。

 

 




今回もお読みくださいましてありがとうございます。

八幡を八幡らしいままで戦わせるのって、すごく大変。
このクロスを思いついた去年の自分に"蛇破山"を食らわせたいっ。

次回、闘いの果てに立っているのはどちらか。
お楽しみに☆

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