ぼっちの門 〜圓明流異聞〜   作:エコー

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対峙する梵字仮面と八幡。
そこに何故か現れた葉山隼人と陣雷支部長。



二十五、死闘の始まり

 ぐびりと缶ビールを傾けた陣雷さんは、缶を持ったままの手の甲で乱暴に口元を拭う。

 この人って、生まれる時代を間違えてるな。どうみても山賊とか野武士の方が似合っている。

 

「──で、こりゃ一体どういう状況だ。何で(オン)がこんな所にいやがる。それに何であいつは殺気を放ってやがんだ?」

 

 手にした缶ビールをちゃぽんと揺らす陣雷さんは、俺越しの覆面を見据える。てか、オンってナニ?

 

「知りませんよ。こっちが聞きたいくらいです」

 

 ふん、と、つまらなそうな返事をした陣雷さんは、何を思ったか手頃な大きさの石にどかっと腰を下ろした。

 

「まあいいや、やるならやれぃ。若い内にしか出来ないこともあるからな」

 

 何だよ。見世物かよ。

 つーか大人なら止めろよ。

 

「余計な邪魔が入ったが……比企圓明流。この不破圓明流の糧となれ」

 

 覆面は再び構えをとる。

 

「ちょっと待て」

「……あ?」

 

 さっきとは打って変わった陣雷さんの低い声が水音を掻き消した。

 

「お前……今、不破圓明流とか言ったか」

「だったら何だ、じじい」

「まさか、毅波(きば)……いや、違うか」

 

 じ、じじいだって。合ってるけど失礼だぞ。

 この人はただのじじいじゃない。記憶を失くしている幼気な俺に容赦なくローキックを打ち込む様な、血も涙もないクソジジイだ。

 そのクソジジイ、もとい眉無し、もとい陣雷さんは、何かを自問自答しながらぐびりとビールを思いっきり呷って、空になった缶をぐしゃりと握り潰した。

 

「──神武館千葉支部、陣雷浩一。不破圓明流との手合わせを所望する」

 

  はあ?

 いきなり何やる気出しちゃってるの眉無しさん。

 だが、これは願ってもない展開だ。この隙に葉山を逃し、ついでに自分も戦略的撤退──

 

「そこでよく見とけ、八幡」

 

 ──出来ませんでしたね。

 対する覆面野郎はその表情は見えないものの、やれやれと肩を竦めている。

 

「全国チェーンの空手道場如きが圓明流の相手になるか」

「そうか。陸奥と違ってお前はオレが怖いか。なら帰れ。尻尾を丸めてな」

 

 まさしく売り言葉に買い言葉。覆面野郎と陣雷さんの間の緊張は嫌でも高まる。

 

「あいにく手加減は苦手でな。簡単に死ぬなよ」

「ほう、素顔を見せる度胸も無いガキの割には挑発だけは一丁前だな……いいから来いよ。不破は先代館長の仇だからな、こっちも容赦はしねえ」

 

 神武館の先代館長であり、既に他界している龍造寺徹心は、陸奥九十九が優勝した回の全日本異種格闘技選手権で不破北斗に負けている。

 動画サイトで試合を見た限りであるが、龍造寺徹心と不破北斗の力量はさして差は無かったと思う。

 ならば勝敗の分水嶺はといえば、やはり体得した流派だと云える。

 打撃専門の神武館に対して、打撃、投げ、関節技を複合させた圓明流の技の方が優位だっただけのことだ。

 だが……ただひとつ。空手家の龍造寺徹心が用いた投げ技がある。

 その名を"徹心スペシャル"。安直で恥ずかしさ漂う名称だが、あの類いの技を陣雷支部長が使えるのなら、それが勝ち目に繋がるのかも知れない。

 それより……さっき陣雷さんは覆面野郎をガキと呼んでたな。野生の勘ってのは年齢まで嗅ぎ取れるのか?

 

  * * *

 

 初手は陣雷支部長だった。

 左前の構えから容赦なく繰り出された右のローキックは、覆面野郎の左膝を袈裟斬りの如く打ち抜く。

 鍛えられた肉と肉の衝突音が響くが、覆面は崩れ落ちるどころか微動だにしない。

 

「──かつてのハリケーンソルジャー、ローキックの鬼も、今やただの肉ダルマか」

 

 いや、肉ダルマ、もとい陣雷さんは強い。それは確かだ。

 今のローキックだって、膝の関節をやや上から的確に打ち抜いている。あれで何ともない覆面の方が異常だ。

 蹴った陣雷さんも右足の(すね)をさすりながら驚いている。

 

「なんだこいつの足……まるで電柱でも蹴った様な感触だぜ」

 

 あんた電柱蹴ったこと……いや、聞かないでおこう。この人なら電柱の一本や二本は蹴り倒していても不思議じゃない。

 元ヤン臭がぷんぷんだし。

 

「ほう、じじいは陸奥は知っていても"金剛"は知らないのか」

「金剛、だと?」

 

 "金剛"。

 圓明流の受け技である。と言っても、龍造寺に聞いた話では大した技じゃない。漫画の主人公である某キン肉超人の"肉のカーテン"のような鉄壁のガードではない。

 要は筋肉を硬直させて痛みに耐える、ただの我慢だ。だが、そのただの我慢で自慢のローキックを無効化された陣雷支部長のプライドはかなり傷ついた筈だ。

 

「けっ、ATフィールドみたいなもんか……お前は初号機かよ」

 

 あら、意外と余裕だし冷静だな陣雷さん。伊達に眉毛がない訳じゃないってことか。

 もっと意外なのは、エ○ァを知ってたことだけど。

 

「……オレを何処ぞの決戦兵器と一緒にするな。アンビリカルケーブルなんか繋がってねえ」

 

 おやおや、こちらもご存知なのね。もしかしたら暴走モードとかもあるのかしら。いやすでに暴走してるか。

 

「──なら安心だ。要は脳天をブチ割りゃ倒せるんだな」

 

 前言撤回。まったく冷静じゃなかった。だが、この陣雷さんの様子から見るに、何かしら隠し玉的な技がある、のか?

 

「──この二十年、神武館は陸奥圓明流を倒すことを目標に掲げてきた。陸奥に負けた不破じゃ少々格落ちするが、試してやる」

「不破が、陸奥より……弱い、だと?」

 

 あからさまな陣雷さんの挑発を受けて、覆面の雰囲気が変わった。

 

 




今回もお読みくださいましてありがとうございます。

格闘開始、と思ったら梵字仮面と陣雷さんが戦い始めてしまいました。

え、葉山くん?
隅っこでボー然としてますよ。

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