ぼっちの門 〜圓明流異聞〜   作:エコー

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さてさて、今回は(も?)息抜き回です。



二十、野生児陣雷浩一

 

 

 二日目の昼前。

 スタンプラリーの手伝いを終えた俺は、皆の目を盗んで群れを離れる。日課である朝の運動。今朝はサボってしまったそれをこなす為である。

 

「八十三、八十四……」

 

 腹筋、背筋、スクワットときて、現在は腕立て伏せの真っ最中なのだが。

 

「……しかし暑ちぃな」

 

 天辺近くまで上った夏の太陽が容赦無くTシャツの背中を焼く。やっぱ無理してでも早起きして涼しい内にやっとくべきだった、な。

 既にTシャツはぐしゃぐしゃ、鼻の頭や癖っ毛の先からはぽたぽたと汗が落ちる。

 くそ、シャワー浴びたいぜ。あと帰りたい。

 

 愚痴を零しながらも淡々と腕立て伏せのカウントを進めていると、草を踏む足音が聞こえてきた。

 誰だろ。あんまり見られたくないんだけど。

 

「……九十……九十一」

「よっす、八幡……って、運動?」

 

 腹筋、背筋、スクワットときて、ラストである腕立て伏せの途中、俺の目の前にしゃがみ込んで挨拶してくれたのは、天使だった。

 湿度を含んだ微風に踊るショートの髪は艶やかで、その笑顔は紛れもなくダイヤモンドスマイル。

 ふと目線を下に移すと、短パンから溢れる白い太もも。そしてその奥にはとつかたんのこ、こ、こ──いかん、戸塚は男、戸塚は男。

 うん、男でも戸塚は戸塚だ。

 

「九十、五……おう、戸塚。ちっと待ってくれ。もう終わるから」

 

 よし、ラストスパートだ。

 天使のスマイルは、いつ如何なる時でも俺にやる気を起こさせるのだ。

 

「……九十、九……に、百……っと」

 

 まあ、いつもより少ないけど戸塚に免じて許してもらおう。

 

「に、二百!?」

 

 あ、やべ。いつもより百回少ないのバレたかな。

 

「ん? お、おう。今日は出先だから……ちょっと軽めにしといた」

 

 言い訳じゃないよ。説明だよ。

 決して、せっかく戸塚が話しかけてくれたから百回少なく終わらせるとかじゃないよ?

 と心に言い聞かせて立ち上がり、額に滲んだ汗をタオルで拭う。

 ふと戸塚を見ると、可愛い口をぽかんと開けていた。

 あれ、バレた?

 

「……普段は何回くらいするの?」

 

 やっぱりバレてる。

 仕方ない。俺は戸塚には正直でいたい。つか、戸塚なら本当のことを言っても怒りはすまい。もし怒られたら、それはそれでご褒美まである。

 

「だいたい三百とかだな。面白いアニメ観ながらだと五百までいける」

「す、すごい」

「ん? そうか? 葉山あたりならあの爽やかスマイルのまま千回くらい出来そうだろ」

 

 この俺でも五百いけるんだから、運動系の部活をやってる奴らなら本気出せば千回はいけるだろう。

 腕立て伏せを競う相手どころか友達すらいなかったから詳しくは知らんけど。

 

「いやいや、絶対無理だよっ」

 

 え、そうなの?

 また俺、知らぬ間にリミッター外してたの?

 ──戸塚にも異端児扱いされて、嫌われちゃう……の?

 

「八幡、かっこいいねっ」

 

 ……は。やばい。意識が飛びかけてた。

 よし戸塚。あとでじっくり話し合おう。二人の将来について。

 

「ま、まあ、日課みたいなもんだからな。毎日やってりゃそのくらい誰でも出来るようになる」

 

 だいたい他の奴らは、身体の有効的な使い方を知らないだけなんだよ。俺は運良くその使い方を覚えていただけだ。

 

「八幡ってさ、細いけど、意外と……逞しいんだ、ね」

 

 うむ。今日はいい事ありそうな予感。

 だいたいその手の予感は外れるのだけれど。

 

  * * *

 

 二日目の昼食も野外での調理だったが、昨日の経験もあってか小学生の手際は格段に向上していた。

 そんな小学生たちに雪ノ下と小町に加えて、本日から参加している川﨑、龍造寺の両名も積極的に料理を教えて回っている。

 葉山グループの女子たちも小学生に混ざって和気藹々(わきあいあい)と作業を進めている。由比ヶ浜だけは相変わらず桃缶片手に「桃ダンス」、もとい右往左往していたが。

 大丈夫だ。今日も桃缶をつかうレシピは無いから。メインは豚汁だし。

 

 一方、男連中は薪木(たきぎ)を配りながら、それぞれの(かまど)の着火を手伝ったりしている。

 その中に、何故か強面眉無しのオヤジと自宅で見慣れた中年女性が紛れ込んでいた。

 

「おい八幡、薪木をもっと寄越せ。ケチケチすんなよ」

「あら陣雷くん、燃料をたくさん使えば早く料理が出来上がる訳じゃないのよ〜」

 

 で、なんでこうなった。

 

 無事に完成した飯ごうのご飯と豚汁、そして配膳された焼き魚とサラダが本日の昼食のメニューの筈だ。現に葉山たちは隣の野外テーブルでそれらを食している。

 ──それに比べてこちらのテーブルはまるで地獄の晩餐だ。

 目の前に並ぶは、何処で捕まえてきたのか分からない獣の肉を焼いた物。あと山菜だか雑草だか区別が難しい葉っぱのサラダ。あと豚汁とご飯。

 何でこんな野趣溢れる品揃えなのか。豚汁をおかずに飯を食うしかねえじゃん。

 楽しそうに談笑している陣雷さん、お袋。隣のテーブルのリア充グループ、めちゃくちゃ引いてるからね。

 

「おう八幡、そっちの兎の足をくれ」

 

 すべてこの眉無しきんにくん、陣雷支部長のせいである。この男、突然森の中に駆け出したかと思ったら野ウサギを三羽もぶら下げてきやがったのだ。それを捌いて焼いたお袋も同罪だ。

 

「ウサギさん、かわいそう……」

 

 ほらみろ、隣に鎮座ましましている戸塚が天使の雫──もとい涙を流して悲しんでいるではないか。

 

「でも……美味しいねっ、八幡」

 

 あれれ? ウサギ大好きのとつかたん、まさかウサギを食べてるのん?

 ──はっ。

 そうか、これは供養。食べて命を取り込むことこそ供養になると教えてくれているのだ。

 さすがは大天使トツカエル。もはや菩薩の域だ。

 きっと56億7千万年後に生まれる新たな如来は戸塚如来に違いない。

 しかし。いざ食べてみると案外美味いな、ウサギ。匂いも癖も無く、程々に脂が乗っていて非常に上品なお味である。

 俺の反対隣の小町やその向こうの龍造寺もウサギの手羽にかぶりついて笑顔を浮かべている。俺たちの向かい側に座った雪ノ下、由比ヶ浜、川崎の三名は未だウサギには手をつけていないが。

 

 テーブルの向こうから、そのウサギに引導を渡した地獄のシェフ──お袋の声がした。

 

「よっ八幡。頑張って勤労してるかい?」

「……今日は父母参観じゃ無ぇんだけど。そこのところ、どうお考えなのでしょうかね」

「だって〜、急に有休取れちゃったんだもん」

 

 うん。まったく説明になってない。どうやら親子間の意思の疎通は無理な様だ。ならばと龍造寺と川崎を見遣ると、二人とも所在無さげに愛想笑いを浮かべている。

 

「はぁ、お前たちは平塚先生に呼ばれたのか?」

「ううん……おじ様が、ね」

 

 ちらちらと動く視線の先には、ウサギ肉を片手に平塚先生と談笑する強面眉無し支部長の姿が見えた。

 

「平塚先生ね、昔神武館の門下生だったんだって」

 

 成る程。これであの突きの威力の理由が解った。

 更に龍造寺が語った内容は、以下の通りだ。

 昨日の夕方、平塚先生から助っ人を頼まれた時に龍造寺は神武館にいて、たまたま一緒にいた陣雷支部長にその話を聞かれて、その場で電話を掛けて千葉村の施設利用の予約を取ってしまったらしい。

 で、これまた偶然にちびっ子たちの指導を終えて通りかかった川﨑も巻き込まれて、その場で強引に一泊二日の合宿を決めてしまったと云う。

 

「それでね、八……比企谷くんのお母さんも一緒に来ることになって」

「あら、いいのよつむぎちゃん。昔みたいに八幡って呼び捨てでも」

 

 俺の呼び方を勝手に許可しないでください。何なら今すぐ千葉に帰って仕事してください。

 高校生にもなって合宿先に母親が来るなんて、恥ずかしくて顔からベギラゴン級の業火が出そうなんですけどね。

 

「ま、そういうことだから、よろしくね」

「陣雷支部長、言い出したら聞かないから」

「眉無しきんにくんめ……ロクなことしねぇな」

「あん? 誰のことだそりゃ」

 

 背後に怒気を感じて振り返ると、眉無し支部長の顔面どアップがあった。あんまり近づかないでください。あんたの顔面は凶器なんだから。

 

「い、いえ、何でもない……です。ようこそ千葉村へ」

 

 歓迎の意を表された眉無しきんにくんは、乱暴に俺の肩を叩いて笑う。

 つか痛ぇよ。

 よし、帰ったらすぐに浅間神社で厄祓いしよう。

 はらったまっ、きよったまっ。

 ──ともかくだ。来ちゃったものは仕方がない。こうなったら労働力として有効に活用しよう。

 幸いに川﨑も龍造寺も料理を教えるのは得意のようだし、力仕事はこの強面眉無しきんにくんや戸部あたりに任せてしまえばいい。

 肉体労働はそいつらに任せて、我ら頭脳労働班は今後の方策を練ると共に鶴見留美の現状を──

 

「八幡、もっと食えっつってんだろ。可愛がるぞ?」

 

 ──こわっ。

 あとで足の裏にびっしり毛が生える呪いでもかけてやろう。アメンボみたいに水の上を歩けるようになったりして。

 ないか、ないな。

 ちょっとちょっと海老名さん、今鼻血のタイミングじゃないから。あ、可愛がるって言葉に反応しちゃったのね。

 

「しっかし、あの静が高校の教師かよ。人生わかんねぇなぁ、おい」

 

ウサギの足を噛みちぎりながら平塚先生を見て笑う眉無し。

 

「陣雷師範こそ。昔はハリケーンソルジャー(笑)とか呼ばれて調子に乗ってたじゃないですか。それが今や支部長とは……神武館の人事は奇抜ですね」

「──あん? ケンカ売ってんのか?」

「いえいえ、決してそんなことはありません。ただ……売られたケンカは買いますよ」

「──よし、昼メシが終わったら組手だ」

「──いいでしょう。しかし私も教師、忙しい身なので……正拳突き一発で沈めて差し上げます♪」

「ほぉ、面白え。ついでにそっちのひょろっこい男二人も鍛えてやろうか」

 

 陣雷支部長の視線が隣のテーブルにスライドすると、とばっちりを浴びた戸部は真っ青になり、葉山は額に汗を浮かべていた。

 だからうちの首脳陣こえぇって。何で二人揃って脳筋なのん?

 戸塚はそんな隣のハリケーンソルジャー(爆笑)を尊敬の眼差しで見つめていた。

 

「あん? どうしたお嬢ちゃん」

 

 やっぱりそうなるよなぁ。何なら戸塚に会った際の通過儀礼になりつつあるな。

 

「えーと、僕、男、です」

「──は? 男? 今流行りのボクっ娘ってヤツか?」

 

 それが流行ったのは随分前で、今は定番化してますよ。けもみみやダークエルフ、姫騎士と同じくらい重宝するキャラですわいな。

 

「もうっ、いじわるです。支部長さんたら」

 

 いや、戸塚に関して流行り廃りは存在しない。いつだって今がピーク、常に全開マックスハートだ。

 

「ほぉ、どれどれ……あ、悪りぃ」

 

 なんか眉無しきんにくんが戸塚の下の方でもぞもぞして、動きが止まった。

 

「いや、マジで悪かった。そんな凶暴なモン持ってるとは……思わなかった」

「──ブハァ♡」

 

 その瞬間、隣のテーブルで再び赤い噴水が上がった。

 隣の三浦に「ちーん」して貰っている恍惚顏の海老名さんを横目に、由比ヶ浜が場の空気を改善すべく動き出した。

 よっ、さすがエアマスター。

 

「そ、そういえば。ツムツムは今日はメガネじゃないんだね」

「う、うん、やっとコンタクトが出来て」

「そーだよね、空手やるのにメガネじゃ不便だもんね」

「えー、その子空手やってるのぉ?」

 

 ……いいかげん鶴見留美について話し合おうぜ。

 




今回もお読みくださいましてありがとうございました。

……野ウサギ、本当に美味しいんですよ。


ではまた次回っ!

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