あしからず。
合宿二日目のボランティアは、午前の小学生たちのウォークラリーの手伝いから始まった。
俺たち高校生組は二人一組となって、山中に設置されるチェックポイントを担当する。
そして不幸なことに、俺の任されたチェックポイントにはある意味一番の天敵、
「──残るは最後の班、だな」
「ああ」
実に数分振りの会話である。
「……最後の班にはあの子、鶴見留美がいたな」
「ああ、ヒキタ……比企谷も気になっているんだな」
「まあ、な」
さらに数分後の会話である。
こいつ──葉山隼人と俺は、本当に反りが合わないらしい。だが葉山の在り方を鑑みるに、それも仕方の無いことなのだと納得してしまうのだ。
ぼっちの俺と違って、リア充である葉山隼人の世界は広い。クラス内やサッカー部だけに限らず校外の交友関係も広いのだろう。
こいつはその全てを「善」で包もうとしているのだ。
お題目は鶴見留美への対応を話し合った時に口にした「みんな仲良く」である。
まったく、反吐が出るくらい素晴らしい。それが本当に実現可能ならば、だが。
人は単一ではないし単純ではない。全員が前を向いている様に見えても各々の視線の角度は微妙に違う。
その
ならば葉山は悪かと問えば、そうではない。こいつはこいつで、今までの経験則から最適解を出しているに過ぎないのだ。
葉山隼人の一方的な「善」。
それを期待しているのは奴を取り巻く人間たちなのである。
つまり本当に一方的なのは、こいつを取り巻く環境なのだ。
その意味では葉山隼人は被害者である。
過去に何があったのかは知らないが、今現在において葉山の行動原理は周囲の期待に添うこと。つまりそこには、葉山隼人自身の理念どころか感情すら存在しない。
だから、こいつの善行には薄っぺらな印象を受けてしまうのだろう。
昨晩──日付けが変わってからコテージに戻った時、ひとり葉山隼人は外に佇んでいた。
寝ないで俺の帰りを待っていたなど気持ち悪さの極致なのだが、事実そうだと云うから仕方がない。
葉山は問う。どうしてそんなに強く居られる、と。
答えない俺に葉山は続けた。
『俺も君のようになれていたら、或いは──』
その尻切れ
「──来たぞ」
木々の間に数名の小学生の姿が見えた。スタンプカードを片手にきゃいきゃいとはしゃぐ数名の小学生女児。その後方、ぽつんと離れて歩くのは鶴見留美だ。
班のリーダーと思しき女児の持つカードに葉山がスタンプを押すと、鶴見留美以外の子たちはきゃいきゃいと騒ぎながら次のポイントへと去って行く。少し遅れて足を運び始めた鶴見留美は、去り際にこちらを一瞥した。
その姿を見つめながら、葉山は呟いた。
「やはり、あの子は何とかしなければ」
「……やめとけ」
「何故だ。あの子は孤立している。それを助けたいと思うのは当然だろう」
「あの子が孤立を望んでいないと言い切れるか? 助けられることをあの子が望んだか?」
例えばである。
宮本武蔵は佐々木小次郎との斬り合いの時、誰かに助けを求めただろうか。
一対一の仕合いなのだから、と言われればそれまでかも知れないが、俺の考える理由は違う。
それが「戦う」ということなのだ。
助け合いは素晴らしい。でもそれは、全てにおいてではない。
戦うと決めたのなら、助太刀は余計な真似、即ちお節介となる。
もしかしたら鶴見留美は、たった一人で周囲と戦っているのかも知れない。それでも弱音くらい言いたい時もある。それが昨日だったのではないか。
しかし、この考えは万人に通用するものではない。戦う意志を持つ人間にだけ通じる理論だ。
鶴見留美が助けを求めているのか、それとも戦う意志を持っているのか。それを見極めなければ方策を提供するのは難しい。
だから俺は、戦う意志のない葉山隼人を否定する。
「一人は寂しい。孤独は悲しい。そんなお前の価値観を他人にまで押し付けるな」
「なら……君はどうなんだ。このままでいいのか」
「あの子が望んだのなら、考えるさ」
「違う。君自身は……救われたくはないのか」
はは、こいつはどうあっても「善い人」でいるつもりか。疲れるだろうな、その生き方は。
だが俺にもちっぽけな矜持がある。ぼっちで生きることを選んだ時に手にした、米粒くらいのプライドが。
その米粒を胸に、じっと葉山を見据える。
「──すまない、失言だった」
沈黙を拒絶と解釈したのか、葉山は軽くだが頭を下げてくる。その行為にどれだけの感情が籠っているのかは別にして。
だが葉山が顔を上げた時、ふと感じてしまった。
そこにあるのはいつもと同じ感情の無い爽やかな笑顔。なのに、何故かそれが申し訳無さそうな顔にも見えた。
失言。そう言ったのは本心らしい。今こいつは、しくじった顔をしている。分かりにくいことこの上ないけど。
「……君は凄いな」
「相手を見てものを言えよ。俺が凄い訳ないだろ。あれか、嫌味か。嫌味なのか」
「違うよ……本心だ」
葉山の肩が震えている。視線を下にやると、その両の拳はきつく握られていた。
「他の誰が思わなくても、俺はそれを知っている。いや、知ってしまった」
こいつのこういう顔を見るとは思わなかった。それ程までに葉山の表情は固い。言い淀む様な、言葉を選んでいる様な、そんな慎重さが窺えた。
「昨晩──」
その一言で動揺してしまう。葉山の言わんとしている内容が想像出来たからだ。
それでも葉山は、慎重に言葉を選ぶ。それはまるで葉山自身を含めた
「──昨晩、君と雪ノ下さんが森の中で話しているのを……見たんだ」
「勘違いするなよ、あれは偶然……」
「わかってるさ。だけど見た。見てしまった。並んで歩く雪乃ちゃんと君を、そして……あの男を」
葉山隼人は、見ていた。
俺と雪ノ下が会ったあの化け物を。俺と化け物のじゃれ合いを。
「見ていたというのは正確ではないな。悔しいけどあの動きは、俺には見えなかった」
葉山の足元で小枝がぱきりと弾けた。
「あれだけの動きを出来る二人に……いや、比企谷に、俺は目を奪われていた」
「気持ち悪りぃ、その台詞を喜ぶのは海老名さんだけだぞ」
「はは、
一旦言葉を切った葉山、その目は真っ直ぐに俺を射抜く。
「何故、自分の凄さを隠すんだ」
はっ。何だよそれ。ただの知りたがりかよ。
「あれだけの能力を持っていれば、ほんの片鱗を見せるだけで皆から一目置かれる存在感になれるのに」
ふざけるな。かつてそれをやったんだよ俺は。そしたら異端児扱いされてクラスの除け者だ。
──やはり俺はこいつが嫌いだ。誰しもが日の当たる場所にいることを望むと思い込み、それが正しいと断じるその思考が大嫌いだ。
「……目立っても良い事なんかないからな。どんな杭だろうと、出なけりゃ打たれないんだよ」
「そう、か。もし比企谷が奉仕部じゃなければ……サッカー部に欲しかった」
葉山の表情からは、どこまでが本音でどこからが虚言かは解らない。が、その眉間の皺には悔しさが滲んでいるようにも見える。
「で、あれは……誰だったんだ」
「悪いな、それは言えん。お前も昨晩のことは忘れてくれ」
小学生たちが使用中の公共施設に部外者が侵入したと知れたら、九分九厘平塚先生を含む教職員の責任問題となる。だが実際昨夜のそれは平塚先生の力の及ぶ範囲ではない。
そもそもそんな不可抗力で平塚先生が責められるのは、俺の本意でない。
あれは一種の「災い」だ。
あの化け物──陸奥九十九を阻める存在は、日本には片手で余る程しかいないだろう。
「──わりと有名人だ。マニアの間ではな」
濁して伝えると、それきり葉山は役目を終えるまで俯いて黙りこくっていた。
ウォークラリーから戻った俺たちは、平塚先生の指示で食堂に集められた。
「全員揃ったな。では助っ人を紹介しよう」
現れたのは川﨑沙希と龍造寺つむぎだった。
川崎は俺を一瞥してふいと横を向き、龍造寺は申し訳無さそうな笑顔を向けてくる。
その陰で会社にいる筈のお袋が手を振って愛想を振りまいていたのは──うん。見なかったことにしよう。
今回もお読みくださいましてありがとうございました。
気がつけば、前回の投稿から10日も経っていました(汗
さて今回のサブタイトルですが……
八幡と葉山のスタンスや意見の相違を改めて浮き彫りにしたかったので斯様なサブタイトルとました。
ちなみに私は、葉山隼人は好きでも嫌いでもありません。
本当ですよ……本当に本当なんだからっ。
ではまた次回。