正式名称、高原千葉村。
群馬県にある、千葉市民の、千葉市民による、千葉市民の為の保養施設である。
千葉市内の市立の小学生なら一度は訪れるであろう青少年自然の家を始め、キャンプ場や温泉、テニスコートなどを備える市営の施設である。
その千葉村の駐車場に入ると、車体は波に浮かぶ小舟の様に不規則に揺れた。
「──着いたぞ」
アラサー軍曹殿の号令一下、後ろのドアが開いて、由比ヶ浜と小町が一目散に飛び出した。その後に雪ノ下が続き、最後に戸塚が降臨する。
仕方なく俺も助手席のドアを開けると、むわりとした熱気に包まれる。
「あちぃ……」
俺も助手席から降りて砂利を踏み鳴らすと、離れて駐車している車からも数人が降りて来る。
そこにいち早く駆け寄った由比ヶ浜が「やっはろー」と張り上げるのを見るに、知り合いなのだろうか、と目を凝らしてみる。
──うわぁ、あいつらかよ。
先頭を歩いてくる金髪は、紛れもなく同じクラスの三浦優美子だ。ということは、その斜め後ろの眼鏡女子は海老名さんか。
この時点で俺の帰りたい気持ちはマックスハートなのだが、後部ハッチから荷物を出している男性、いや男子二名に視線が行ってしまう。
嫌な予感は的中。遠目から見ても一目で判る爽やかな出で立ち。
「……葉山」
と、戸部。
かといって、俺は別に葉山を生理的に受け付けない程に嫌いな訳ではない。単に葉山の振る舞いが嫌いなだけなのだ。
だが、その嫌いな理由は定かでない。
しかし、だからこそ、なるべく俺は葉山と接点を持ちたく無い。
少なくとも葉山の何が気に食わないのかが、はっきりと解るまでは。
あ、戸部はいいよ。どうでも。
とりあえずこっちも荷物を降ろしておくか。背を向けておけば無理に話し掛けてきたりはしないだろう。
こちらも後部ハッチを開けて、あいつらとは目も顔も合わせないように──。
「ヒキタニくん」
合わせないように。
「──ヒキタニくん」
意地でも合わせないように。
「──比企谷」
思わず肩がぴくんと跳ねる。
やべぇ、反応しちまった。
「これから三日間、よろしくな」
爽やか王子は爽やかに右手を差し出す。だが、その手を握り返す程葉山との関係は深くない。
だから、
「──おう」
とだけ応えておく。
握手を拒否された葉山は、何ら文句を言う事なく爽やかな笑みを崩さない。
なんだよ。調子狂うな。苛立つな。
自分の荷物と誰かの荷物をそれぞれ両手に持ち、高い荷室の床から引きずり出す。
おっ、なんだこれっ。
ちょ……重い、重い……。
「うぉっ!」
左手のバッグの重さに耐え切れずに身体がよろける。たたらを踏んで、あ、転……
「──よっと」
……助かった。
と思ったのも束の間、背中にじんわりと他人の体温が伝わってくる。同時に柑橘系のコロンの香りが鼻孔をくすぐる。
顔を上げると、そこには爽やかな笑顔。
「危なかったな、ヒキタニくん」
「──葉山」
遠くに本日一発目の赤い噴水が見えた。
* * *
奉仕部の合宿内容は、青少年自然の家で行われる小学生の林間学校のボランティアスタッフ。つまり本当の意味での奉仕活動だった。
小学生連中には不評だろう長い開会式を終え、今は野外炊事場で班ごとに夕食のカレー作りの真っ最中だ。
といっても実際の作業は小学生が行うので、俺たちは複数の班を行き来しながら指導や手助けをする役割だ。
部長の雪ノ下雪乃始め、小町、三浦、海老名さんは小学生女児たちに料理の手ほどきをしている。
由比ヶ浜は……なんかわちゃわちゃしてるな、うん。
俺はといえば、早々に持病の「働きたくないでこざる病」が出てしまい、俯瞰で全体を監視をするという役割……つまりはサボり中である。
ここでも葉山は人気者で、常に小学生女児を数人足元に侍らせている。
葉山よ、実はお前「幼女使い」だったんだな。
戸塚は「んしょ、んしょ」と可愛く呟きながら懸命に
しかし、人の群れを俯瞰で見ていると面白い。見ているだけで何となく人物像が見えてくる。
例えば。
あっちではしゃいでいる男児。あいつはクラスの人気者になりたくて無茶をしてやらかすタイプだ。
そっちの女の子は女王様タイプか。
で、あっちで一人でいる女の子は……ぼっちだな。
「──どこにでもあるものね」
聞き慣れた、だが幾分沈んだ声音が背後から聞こえた。
「雪ノ下、か」
雪ノ下は俺の隣に腰を下ろす……って、近い近いっ。
雪ノ下と俺の間隔は拳ひとつ入るかどうか。肩なんて触れるかどうかの紙一重だ。
よし落ち着け。
吸って、吐いて、吸って、はい止めて……ってレントゲンじゃねぇっ。
「──どうしたの、体調でも悪いのかしら。それとも性格? それとも……」
「はいはい、全部悪いよ」
いつも通りの雪ノ下の口調で、少しだけ冷静さを取り戻す。こいつの口の悪さが役に立つなんて、さすがの俺でも思わなかった。
「で、あの子のことだけれ……」
「あー、ヒッキーもゆきのんもサボってる〜」
叫びながら歩み寄るのは由比ヶ浜だ。つーか手に持った桃缶はどこでどう使うんだよ。
「よいしょっと」
由比ヶ浜が腰を下ろしたのは俺のすぐ左側、つまり。
「何で俺が真ん中なんでしょうかね……」
「へへー、いいじゃん。減るもんじゃないし」
こんだけ近いと減るんだよ。俺のSAN値がゴリゴリと。
「……で、結局お前もサボるのかよ」
「いいじゃん、休憩だよ」
つーか何なの。この花の匂いは。
シャンプーなの?
「──とりあえず、話し掛けてみるか」
「あー、あの子? ずっと一人だよね」
「由比ヶ浜さんも気づいていたのね」
「うん。でも、ずっと一人だから、どこの班かもわかんなくて」
……おい。
「そうなのよね……何処の班か判れば粛清も出来るのだけれども」
おい。
「でもさ、ごはんの時間になったらわかるんじゃないかな」
あー、もうっ。
「ちょっと待てお前ら」
耐え切れなくなった俺は、逃げる様に立ち上がる。
「あら、どうかしたのかしら」
「まあまあヒッキー、落ち着きなって」
どうどう、と由比ヶ浜が暴れ馬を宥めるように肩に触れてくる。
その温もりを感じてしまい気恥ずかしさが倍増した俺は、立ち上がることでこの極楽からの脱出を図った。
「落ち着いてられるかっ。なんでわざわざ俺を挟んで会話するんだよ。だいたい雪ノ下、お前粛清とか不穏当な言葉を持ち出すな、こえぇよ。あと由比ヶ浜、その桃缶何に使うんだよっ」
はぁ、はぁ、はぁ……。
言ってやった。ついに言ってやった。
……言っちまった。
だが、二人の反応は意外なものだった。
「何故って、理由が必要かしら」
「そうそう、同じ部活じゃん」
はぁ!?
「それに、あたし達が側にいる方がヒッキーも安心じゃん?」
「そうね。この場であなたの秘密を知っている生徒は由比ヶ浜さんと私だけ。なら、一緒にいれば監視しなくて済むのではなくて?」
俺を見上げる二人の顔には
「か、監視って……俺は別に」
「あら、違うの?」
可愛らしく小首を傾げる雪ノ下。その隣できょとんと目を見開く由比ヶ浜。
ああ、この二人は車内で眠ってたから知らないのか。
「……お前たち二人に、残念なお知らせです」
こほん、と咳払いをひとつ。
「俺の家のこと、平塚先生も知ってました……」
はい残念。
お読みくださいましてありがとうございます。
このアホなクロスSSも、ついにお気に入り登録数500人を数えるまでになりました!
匿名で書き始めた当初は、まさかこんなに多くの方々に気にして頂けるとは思ってもみませんでした。
これからも精進して参りますので、どうぞ宜しくお願いします。
──と、作者は作者は慎ましいことを言ってみたりw
ではまた次回、この場所でお待ちしております☆