ぼっちの門 〜圓明流異聞〜   作:エコー

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斯くして千葉へと向かう八幡と小町、のはずが。


十三、残念、千葉村でした

 

 

 千葉へ行こうと小町に連れ出されて、着いた先は海浜幕張。

 そして今、その駅前でアラサーモンスターに遭遇した。

 

「……さて、電話に出なかった言い訳を聞こうか」

 

 指をパキポキと鳴らしながら詰め寄る、鼻にサングラスを乗せたアラサーモンスター。

 その出で立ちは、臙脂色(えんじいろ)のTシャツにカーキ色のカーゴパンツ、足には軍靴と思しき編上げ靴。

 まるで軍事教練の教官である。神武館の眉無しきんにくん支部長が喜びそうな服装だ。

 

「いや、これから千葉に行くんで──」

「──まだメール見てなかったのか?」

 

 なにこれ。微妙に会話が噛み合わないけど、無理問答なの?

 

「あー、ヒッキー遅いしっ」

 

 背後から呼ばれたあまり好ましくない渾名に振り向くと、そこにはコンビニ袋を提げた二人の美少女が。

 

「由比ヶ浜に、雪ノ下……なんでいんの?」

「なんでって、部活じゃん」

 

 ──あ、これワナだ。

 

「結衣さん、やっはろー」

「小町ちゃん、やっはろー」

 

 どこの種族の挨拶だよ、それ。

 

「雪乃さんも、やっはろー」

「や……んんっ、こんにちは」

「小町も呼んでもらって嬉しいですっ」

 

 おっと、今「やっはろー」って言いかけましたよね雪ノ下さん。

 しかし罠の餌が妹とは、なんと巧妙かつ悪辣な手口。千葉の兄なら逃れられない罠だわ。

 脳裏に、虎挟みにかかったウサギの姿が浮かぶ。

 かわいそうに。俺。

 

「はちまーん!」

 

 おや。この円やかで甘美な声音、もしや。

 振り返れば、そこには駆け寄る天使。

 キラキラと光の粒を纏った笑顔。

 Tシャツの胸にあしらわれたハートマーク、独り占めしたいぜ。

 

「戸塚さーん、やっはろー」

「うん、やっはろー」

 

 なにそれ可愛い。由比ヶ浜のやっはろーが「5やっはろー」だとすれば、戸塚のは「10やっはろー」に相当する。

 二進数で表すと1010。どうでもいいですね。

 

「では行こう。早く乗り込みたまえ」

 

  * * *

 

 アラサーモンスター平塚先生の話だと、今日から奉仕部の合宿らしい。目的地は群馬県にある保養施設「高原千葉村」。

 それを部員である俺が知らないのは如何なものか。

 ルンルン気分(死語)の平塚先生は楽しそうにハンドルを握って、鼻唄なんぞ口ずさんでいる。

 鼻唄なのに口ずさむとは、これいかに。

 

 高速に乗ってしばらくすると、騒がしかった後部座席が静かになった。騒がしかったのは主に小町と由比ヶ浜だけだったが。

 視線をちらっと後ろへ送ると、皆さん夢の中。

 戸塚の寝顔、超眼福。

 

「──で、何があった」

 

 運転席からの突然の問い掛けに困惑する。

 

「一応これでも教師だからな、悩んでいることくらい見ていればわかる」

 

 教師? 教官とか軍曹殿の間違いじゃないでしょうか。

 カーキ色のカーゴパンツに軍靴で四輪駆動車を駆る姿は、どうみても軍属である。

 そのアラサー軍属は、優しい笑みを湛えていた。

 

「はぁ、悩み……ですか」

 

 目下の悩みは、決して軽々しく語れる類のものではない。例え説明したとして理解しては貰えないだろう。

 実はウチは鎌倉時代から代々武術を継承する家で、今その継承問題を抱えている。

 急にそんな妄言染みたことを言ったところで誰が信じるものか。

 

「お母様からな、粗方の事情の説明は受けている。口外無用ともな」

 

 おっと、先回りされてた。

 つか何してくれちゃってるの、お袋。秘密にしたいならあんたが口外無用を守んなさいよ。

 

「正直、私は圓明流には詳しくない。当時の格闘マガジンや動画を読みまくった程度の聞きかじりだ」

 

 いやそれ確実に俺よりも詳しいですよ。

 つーか格闘マガジンって何なの。

『この夏、スモールパッケージが熱い!』

 とか

『モテかわ女子のローキック講座』

 なんて特集組んじゃうの?

 

「比企谷、君は日本刀を見たことがあるか?」

「いや、無いです」

「知っての通り、日本刀は人を殺める道具だ。だがな、同時に美術品でもある」

「でも……所詮は人殺しの道具でしょう」

 

 人殺し。

 この言葉を発する度に強烈な嫌悪感が襲う。

 人を殺すという行為は、物理的に相手の生命と人格を全否定する行為だ。

 その積み重ねてきた時間を、紡いできた経験を、誰が奪っていいものか。

 そんな行為は、許されない。

 

「そうだ。殺傷の道具だ。だが比企谷、包丁だって人は殺せる。刀で救われた命もあるだろう」

「そんなの……詭弁でしょう」

「人が気持ち良く喋っている時に茶々を入れるな」

「……すいません」

 

 気持ち良かったんですね。酔い痴れてたんですね。

 

「それにだ……ほら、その気になればボールペンだって定規だって凶器になる。それをしないのが人の倫理だよ」

 

 まったく極論だ。

 ボールペンには字を書くという、持って生まれた役割がある。定規だってそうだ。

 だが圓明流は違う。日本刀と同じで、そこに在るだけで威圧の対象になり兼ねない。元々が人を傷付け、倒し、殺す為に生まれた武術だ。それ以外の用途は無い。

 

「人は、凶器以外の価値を日本刀に見いだした。それが美術品、工芸品としての価値だ」

「つまり、圓明流にも別の価値がある、と」

「そうだな。要は、在り方の問題だ。だけどな──」

 

 帽子を被り直した平塚先生が煙草を咥える。

 

「それを決めるのは比企谷、君自身だよ」

 

 煙草の紫煙が車内に浮かび、運転席側の細く開けられた窓の隙間から逃げてゆく。

 

「君は……幼い頃の記憶が無いのだろう。なら、問題を先送りにしても支障はないのではないか」

「なんでそういう結論になるんですかね」

「失くした君の記憶とは、すなわち圓明流の記憶だ。そのピースが欠けた状態では継承問題は解決すまいよ」

 

 母上様。

 あなたはこのアラサー軍属に何をどこまで話したのでしょうか。もう比企圓明流の秘密とか守る気は無いよね。

 

「お母様はご健在なのだろう。ならば何れにしても結論を急ぐ必要は無いということさ」

 

 何となく話の結論を出されたところで、車は山道に入った。

 

「さあ、そろそろ着くぞ。後ろの眠り姫どもを叩き起こすとしよう」

 

 眠り姫の中には戸塚も含まれるのだろうか。

 否、戸塚は姫じゃない。天使だ。

 

 

 


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