私にとっての今日という日は、驚きの連続だった。
比企谷くんがあんなに強いとは思わなかったし、その家が先祖代々一つの流派を守ってきた家柄だった事も予想だにしなかった事だ。
そして比企谷くんのお母様にはある依頼をされた。
「八幡から聞いたんだけど、部活、奉仕部っていうのね」
「え、ええ。実際の活動内容は校内のお悩み相談室みたいなものですが」
「じゃあ、あたしの悩みも聞いてもらえますか?」
湯呑みを置いて居住まいを正した比企谷くんのお母様の眼差しは真剣だ。
「出来る限りでいいの。あなた達三人で……八幡を見ていてあげて。あの子、普段は慎重なクセして時々突拍子も無いことをしちゃうから」
「特に、人の為だと……ね」
私たち三人の答えは決まっていた。
「──はい。承りました」
* * *
比企谷くんのお母様の話を伺った後、神武館千葉支部を辞去した私と由比ヶ浜さん、それに川崎さんは、私の住むマンションにいた。
比企谷くんのお母様の依頼について話し合う為だ。
「あ、あのさ……今日はびっくりすることばっかりだったね」
「え、ええ、そうね」
「本当だね。でも」
川崎さんが何かを言い淀む。その何かが何なのか、由比ヶ浜さんも私も理解している。
「……依頼を受けたからには、しっかりと遂行するのみ、だよね」
「そう……ね。そうなのだけれど」
確かに私達は比企谷くんの過去を聞いた。だからと言って、私達に出来ることはあるのだろうか。
彼の背負うものは、歴史そのものと言い換えられる。しかもそれは闘いの歴史で、私たち凡人には想像すら難しい内容だ。
彼は、そんな重責を幼少の頃から背負わされてきたのだ。その事からすれば、祖父と父が築いた雪ノ下の家なんて
つまり、彼の心の重苦をこの三人では理解出来ないという事に──なるのよね。
理解出来ない以上、対策は立てられないのだけれど……。
「ま、今まで通り普通にしときゃ良いんじゃないの」
川崎さんがあっけらかんと言い放つ。それに反論するのは由比ヶ浜さんだ。
「そんなっ、だってヒッキーは今まで辛い思いをいっぱいしてきたのに」
「だからこそ、だよ。仲間であるあんた達が急に態度を変えたらあいつが戸惑うだろ」
仲間。面と向かってそう言われて、体温が上昇した気がした。
確かに彼と私たちは奉仕部として幾つかの依頼をこなしてきた。だけれども、それは彼にとっては課せられた仕事だったに過ぎない。
それに、葉山くんの依頼であるチェーンメールの時も、今この場にいる川崎さんの時も、ほとんど彼が一人で解決した様なものだ。
彼は、私たち二人を仲間と見てくれるのだろうか。足手まといと思われているのではないだろうか。
しかし、比企谷くんへの対応については川崎さんに賛同する。というよりも、それ以外に方法は無いだろう。
と、賛同したつもりだったのだけれど。
「そうね。これ以上、彼の負担を増やしたくはないものね」
「ゆきのんがヒッキーに優しい!?」
「……由比ヶ浜さん、私を何だと思っているのかしら」
心外だわ。
普段から私は──いえ、普段は彼にきつい物言いをしてしまっている。
彼の反応が嬉しくって、つい罵詈雑言を言ってしまう。
大抵の相手は、私の言葉に萎縮する。勿論、最初はそれが目的だったのだけれど、気がつけば私は周囲から浮いた存在になっていた。
私はそれを寂しいと思った事は無い。でも二年生になり、新たに奉仕部に加わってくれた二人に対する感情は。
その感情の正体は……。
「まあまあ、雪ノ下があいつに優しくなるのは良いことじゃないのさ。由比ヶ浜もその方が良いだろう?」
「……そうだけど、なんかずるい」
「何故私が卑怯者呼ばわりされるのかしら。やっぱり心外だわ」
「だって、だって……素直に優しくなれたゆきのんには、勝てないもん」
それはこっちの台詞なのだけれど。
ずるいといえば、由比ヶ浜さんだってずるい。
女の子らしいその振る舞いに、愛嬌のある優しげな笑顔。それと、その……アレよ。
とにかく。
由比ヶ浜さんは私に無い魅力を幾つも持っている。
それは川崎さんも同じだ。
今の川崎さんは、あのホテルのラウンジで対峙した彼女とは人が違う様に穏やかだ。そして空手という、彼と共通するであろう特技もある。あと胸も。
──私も空手、やってみようかしら。もしかしたら少しは成長出来るかも……いいえ、駄目ね。不純な動機では良い結果など得られはしないわ。
「あと、ツムツムも羨ましい」
「そのツムツムって、もしかして由比ヶ浜が付けたの?」
「そーだよ。可愛いでしょ」
「それ、本人は何て言ってるの?」
「うーん、あんま気に入ってないみたい。可愛いのになぁ」
驚いた。本人がその呼び名を気に入っていない事は理解しているのね。その上で呼び続けるって、由比ヶ浜さん意外と頑固なのかしら。
……アレはとても柔らかそうなのだけれど。
「……どう思う、雪ノ下」
「それに関してはコメントを差し控えさせてもらうわ。真っ向から全否定するのは気が引けるもの」
「……だってさ。あたしもノーコメントね」
「二人して全否定っ!?」
思えば私も川崎さんも、勿論彼も、変なニックネームで呼ばれている。というか、呼ばれ過ぎて慣れてしまった、いえ、諦めたという方が適切かしら。
だがしかし、それも由比ヶ浜さんの魅力の一つなのだ。
私だって一度くらいは彼を渾名で呼んでみたいもの。でも私の命名センスは由比ヶ浜さんを下回る。前に一度「ヒキガエルくん」と呼んだ時には、うっかり彼の古傷を抉ってしまった。
でも、その時も彼は言葉を返してくれたのよね。嫌味たっぷりの言葉だったけれど。
考えてみると、思い返す記憶の随所に彼の優しさが見えてくる。それは、アイスクリームに散りばめられた氷の粒みたいに分かりづらいけれど。
ん、んんっ。
話を本題に戻そう。
「それで、比企谷くんへの対応は普段通り、ということで良いのかしら」
「うん。それが良いと思う。急に態度が変わったらヒッキーだってびっくりすると思うし」
「それで決まりだね」
はあ、何とか取り繕う事が出来たようね。さて、ちょっと遅くなったけれど二人が帰ったら晩御飯の準備を──
「よし、じゃあUNOやろっ」
──はぁ、いっそ二人の分の夕食も作ってしまおうかしら。
ここで第一部、「八幡ちょっとだけ覚醒編」は終了です。
次回は幕間。
比企圓明流の成り立ちについて捏造、もとい歴史の真実を語りたいと思います。
そして次回、ついになんと!
匿名をやめて本来の登録名に戻したいと思っておりますw
といっても、大した書き手じゃありませんけど(涙)
匿名投稿にした理由は2つ。
思いっきりバカらしい設定で楽しんで書きたかったのと、過去の私の作品と切り離したご意見やご感想をお聞かせいただきたかったからです。
匿名投稿はすごく楽しくて、過去の私の作品をご存知の方やまったく知らない方々からもご意見ご感想やご評価をいただいて、すごく新鮮な気持ちで書いておりましたが……
ふと気づいてしまいました。
「あれ? 匿名にする意味、そんなに無いじゃん」
なので、次回から通常投稿に戻したいと思います。
まあ、戻したところで「誰だよオメー」と言われるのがオチなんですけどね☆
ではでは、お読みくださいました皆々様へ
☆★☆ メリー・クリスマス ☆★☆