ナムストーン   作:kirimonji

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ナセルベックハム

○ナセル ベックハム

 

カイロ大学で天文学を学んでいるナセル ベックハムは

その日もバザールへ向かっていた。

 

父が実業家で絨毯や麻、香水などを扱っている。

実家は工場、とはいっても家内制手工業。

 

地元のエジプト人を多数使って日よけレンガ家屋の中だ。

貿易も手がけている。バザールに大型直営店舗がある。

 

ナセルは10人兄弟の末っ子で母は3人いる。

ナイル川の西岸道路を砂漠が始まるあたり、

 

3大ピラミッドと砂に埋もれたスフィンクスを北に見て、

商店街が連なる。その大型土産品店の二階が

ナセルの母の実家兼店舗である。

 

各工場からの半完成品が次々と運び込まれ、

また次々と運び出されていく。

 

ナセルは車で絨毯と香水をグランバザールへ届けるのだ。

ナイル川を渡ってカイロの中心地付近はものすごい人ごみ。

 

車、荷車、馬車、らくだ。ごった煮の埃だらけに鈴なりのバス。

ナセルは渋滞の中をグランバザールの入り口付近にやっと着いた。

 

大通りに車を止めて香水だけを運ぶ。カイロには香水屋がずいぶん

と多く、自分だけのオリジナル香水をブレンドすることができる。

 

客は金持ちの中年男たちだ。白い風通しのよい木綿更紗に一重の

ターバン。五角形の組みひもで頭を押さえている。素足にサンダル。

 

このスタイルは太い腹を隠せてしかも涼しく上品に見えるから不思議だ。

彼らの一番のこだわりは香水なのだ。ナセルの父親はこれで大もうけをして

 

3人の妻と10人の子供たち、いくつかの会社を家族で切り回している。

末っ子のナセルは定めし配送係というところか。

 

バザールの中は路地がすこぶる狭く入り組んでいて一大迷路に

なっている。旅行者は必ず道に迷って途方にくれる。

 

ところが不思議なことにこのバザールには仙人がいて

よそ者を見張っているらしい。白ひげにターバン、長い杖。

 

アラビアンナイトに出てきそうな仙人が何人かいるようだ。

観光客が道に迷うとどこからともなくすっと現れて、

 

あっちだと指を指す。振り返るともういない。

また道に迷うと、すっと後ろに立っていてこっちだと指を指す。

そのうちやっと表通りに出れるというわけだ。

 

その日ナセルは香水を届けて戻り道で仙人の一人に出会った。

仙人は白ひげの奥の細い目でにっと笑い右手で路地裏を指差した。

 

東洋人の3人が道に迷っている。仙人とナセルは一緒に

3人の前に現れた。一人は女性だ。

 

「オーマイフレンド!」

東洋人の一人が笑みながらあっちかと指差して声をかけてきた。

もう何回か出くわしているみたいだ。ナセルが仲に入った。

仙人は一言もしゃべらないのだ。

 

「何か買い物でも?」

「いえ、私たち3人は日本で教師をしています。

ぜひカイロの小学校を見学したいのですが」


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