ナムストーン   作:kirimonji

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古知平

翌日は朝から大原の奥の古知平こちだいら

というところに向かった。

 

周りを山に囲まれた中にかなり広い平原がある。

人もいない不思議な場所で京都中央ホテルから車で約1時間。

天気予報では16日まで晴天が続くことになっている。

 

車を県道沿いに止めて木立を抜けるとだだっ広い原っぱ。

四方はかなり高い山に囲まれている。

 

5人は手を組み空に向かって浮上した。

周りの山の標高は700mはあるからそれを越すには

まだ相当の訓練が必要なようだ。

 

みんなの気持ちが一致していないとどこかにひずみが生まれて

どっと疲れる。滞空時間も30分が限度だ。

 

雲のごとく浮かび風のごとくそよぎ鳥のごとく旋回する。

大文字の夜に五山から飛び立ち京都の上空で舟を向かえるためには

まだまだ高度な技術と精神の集中が必要だ。

 

昼食後に再びみんなで腕を組む。

ナムストーンを唱えて舞い上がる。

 

地上100mほどでゆっくりと旋回。

考え事をしていたオサムの手が緩み

ナセルが落下した。

 

満腹で油断をしていたのだ。

みるみる落ちていく。みんなで叫んだ、

「ナムストーン!」

 

するとどうだろう。

ナセルの体が空中に停止したかと思うと、

我々のいる上空へと

徐々に舞い戻ってきたのだ。

 

『なるほどそうか』

オサムはわざと手を離して落ちてみた。

「ナムストーン!」

 

一声で身体は空中に停止し、

「それ、ナムストーン!」

と、仲間の下へ舞い戻れた。

 

少しずつ全員で手を離してみた。

何のことはない5人とも宙に浮いている。

ところが動こうとしても動けない。

 

自分だけこちらに行こうと思っても

犬の縄のように引き戻される。

 

みんなの意向に沿っていれば何の抵抗もなく

スムーズでまったく力も要しない。

それこそ自由自在だ。

 

5人は少し離れてはいても

まるで一個の生命体のように移動する。

 

拡散すれば求心力が増してまた集合する。

広がったり集合したり、舞い上がったり下降したり。

 

これで滞空時間と高度は飛躍的に増大した。

鳥や魚が集団で動く時の影によく似ている。

 

オサムオサナイはどうやって天空から舟を呼ぶか

思いあぐねていた。みんなにもよく考えといてくれ

とは言ってあるがとうとう妙案は浮かばず練習最終日を迎えた。

 

昨日と同じ古知平、午前10時はれ。オサムがプランを述べる。

 

「今日はいよいよ練習最終日です。個体が5ヶ所に散らばって

同時にその場から舞い上がり天空で集合するという訓練を

午前中徹底して行いたいと思います」

「なんとなく分かってきたぞ」

キーツが叫ぶ。ケルンもナセルも

大きくうなづいている。

 

レイもうれしそうにうなづく。

なんだか昨日よりも身体が軽くなったみたいだ。

 

みんなは古知平平原一杯に広がった。

天空斜め60度、右手にナムストーンを握り締めて

腕をまっすぐに伸ばす。

 

オサムの合図でいっせいに各自

ナムストーンを唱えて上昇する。

 

スススーッと平原の中央100mくらい

のところで円陣が組めた。

 

角度は60度だ。空中で停止している時は

この角度が一番安定している。身体も楽だ。

 

移動飛行する時は今までのように水平になる。

昨日と同じコース、鞍馬、貴船から宝ヶ池を

まわって八瀬、大原へと戻る。

 

着地はどうしても5人同時でないとむつかしい。

今度はもっと広がって時間を決めて斜め45度くらい

地上数百メートルで浮上集合を試みたいとみんなが思った。

 

昼食を食べながら地図を広げる。

古知平から国道477号線の山道を西へ抜けると

百井ももいという村へでる。

 

平家の落人村の歴史があって農家が数十軒、

水田と畑がわずかな盆地に広がっていて

機織はたおりの音も聞こえる。車で古知平から20分くらいだ。

 


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