xxxHOLiC・幻   作:神籠石

3 / 10
前回のあらすじ。
ひなだお!


第二話 芥川龍之介の河童 ~ Candid Friend

 

 

 

 

「幻想郷は外の世界で忘れ去られ、幻想となったモノたちが住まう最後の楽園なの」

 

 大きな石に座り、鍵山雛は足をぶらぶらさせながら幻想郷について滔々と語りだした。

 

「外界とは結界で隔離され、普通は入ることも出ることもできないんだけど……」

 

 そこで区切り、ちらりと四月一日君尋を見やる。

 四月一日がここに存在するということは、その普通ではないことが起きたということなのだろう。

 

「時々、結界を越えて入ってくるモノもいるわ。そのほとんどが結界のほつれた箇所から迷い込んだモノたちで、場合によっては幻想郷の管理者が連れてくることもある」

 

 最後のくだりで雛が目線を逸らしたのを四月一日は見逃さなかった。

 まるで嘘はついていないが裏の真相を隠すような反応である。

 

「幻想郷に住んでいるのは人間はもとより、妖怪・妖獣、神様や亡霊など、さっきも言ったけど外の世界で信仰を失ったモノが多数いるわ。もちろん、あなたの目を食べたという女郎蜘蛛のように外の世界に残ったままのモノもいる」

 

 座敷童や雨童女、猫女などの人型の人外の姿が脳裏に浮かぶ。

 彼女らもいずれは幻想郷に行ってしまうのだろうか。

 

「以上が幻想郷の大まかな説明よ。……わかってると思うけどあなたを送り込んだ人は余程の力の持ち主ね。結界をすり抜けてあなたを送り込むことができるほどなのだから」

 

 それはそうだろうなあ、と四月一日は思う。

 あの不思議な力で数々の願いを叶えてきたのを彼は見てきた。

 人を異世界に送ったりなどあの人にとっては赤子の手をひねるより簡単なのだろう。

 わがままで酒好きで昔のアニメに詳しい……いろんな意味で規格外な人なのだ。

 

「それで、河童を探していると言ってたわね」

「うん。あの、雛ちゃんは河童がどこにいるか知ってる?」

「ええ、知ってるわ。河童は妖怪の山にある河童の里に住んでいる」

 

 言葉とともに雛は滝の方を見た。もしやその後ろに妖怪の山が続いているのかもしれない。

 

「えっと、もしよければそこまで案内してくれないかな?」

 

 申し訳なさそうに頼む四月一日に雛が視線を戻し――一瞬、苦虫を噛み潰したような表情をするがすぐにそれを消して口を開く。

 何か、河童の里とやらに気がかりなことでもあるのだろうか。

 

「……いいわ。これも何かの縁でしょうから。河童の里まで案内してあげる」

「ありがとう、助かるよ」

 

 つながった(エニシ)は、消えない。

 侑子の言葉を思い出しながら四月一日は笑顔で礼を述べた。

 

「ただし、何度も言うけど妖怪の山は危険がいっぱいよ。人間を食べる妖怪や妖獣がたくさんいるの」

「げっ、マジっすか?」

「マジよ。……一応、私も守ってあげるけど何が起きても責任は取れないわよ」

「その時は、是非ともお願いします……」

 

 恐怖からか鳥肌が立つ腕を押さえていると管狐の無月が彼の首元から離れ、励ますように腕に巻きついていく。それはまるで彼は自分が守るとでも言っているようであった。

 そっと四月一日は無月の頭を撫でる。

 

「そうだね、いざというときは無月にもお願いするよ」

「なかなか高い霊力を持ってる管狐ね。まあ、あなたの盾程度にはなるでしょう」

「無月っていうんだ。目がちっちゃくてどこにあるかわからないから」

 

 四月一日が無月が巻きついた片腕を見せる。

 

「そう」

 

 雛は短く応じ、座っていた石から降りた。

 

「それじゃあ行きましょうか。神々の住む世界へ」

 

 

 

 ●

 

 

 

 妖怪の山。

 そこは木々に埋め尽くされており、日の光は届きづらい場所であった。

 道という道は整備されておらず、四月一日は獣道を雛の後に続いて進んでいく。

 

「妖怪の山は主に二つの種族の本拠になってるわ」

 

 踏まれて折れた草木をさらに踏みながら雛は坂を登る。

 比較的上背がある四月一日は木の枝などを手で押さえて進まなければならず、雛に付いていくだけでやっとだった。妖怪の山に関する説明を行ってくれるが理解にはまだ時間がかかりそうである。

 

「山の麓から中腹までが河童の領域で、中腹から山頂の手前辺りまでが天狗の領域ね」

「てっ天狗? 鴉天狗とか?」

「あら、よく知ってるわね。天狗はその速さを生かして情報に関係する仕事を行っているわ。新聞を発行したりしてね」

 

 へえ、あんな暴走族が……と四月一日が驚くのも無理はない。

 四月一日が知っている鴉天狗とは幼児の姿をしており、スノーボードに乗ってハリセン片手に空を自在に駆けたりする集団なのだから。 

 

「山の頂には守矢神社という神社があるわ」

「あれ? 危険な山の上にあるのに参拝する人っているのかな?」

「人間はいないわ。妖怪たちから信仰を集めてるのよ」

「妖怪も神様を信仰したりするの?」

「ええ、妖怪の信仰を集めることによって神は神徳を与える。信仰は妖怪の生活を豊かにするのよ」

 

 詳しくはわからなかったが四月一日はそういうものか、ととりあえず納得する。

 自分には理解できないがそういうサイクルがあるのだろう。

 ――体重を預けるために四月一日が広葉樹の幹に手を当てた時だった。

 

「グォオオオオオオオオオオ!」

 

 全身が黒に覆われた狼のような四足獣が横から襲いかかってきたのだ。

 狼型の妖獣である。妖獣は短い背の草の間を駆け、四月一日目掛けて鋭い犬歯を突き立てる。

 

「おっ狼!?」

 

 思わず両腕で顔を覆う四月一日だがすでに雛が動いていた。彼を庇うように立ち、手の平を妖獣に向ける。それだけで黒い雲のような厄が伸びていき、妖獣を正面から飲み込んでいく。

 

「あっ」

 

 異変に気付いた四月一日が両腕を下げると妖獣を包み込んでいた厄が離れ、雛の方に戻っていくところだった。動きを止めた妖獣に目立った外傷はない。

 妖獣は異常なし、と判断したのか再度攻撃を開始する。地面を蹴って飛びかかるがある地点で足をすべらし、身体を右斜めに転がしていく。そこにあるのは鋭利な切り口を向ける折れた木の枝だ。妖獣は回避することができず、首筋から斜めに枝が刺さり脇腹を突き破る。

 妖獣が苦しそうにうめき声を上げるがそれもすぐに消え入り、完全に絶命したようであった。

 

「今のは……」

 

 呆気に取られる四月一日に雛が肩越しに振り返る。 

 

「厄に当てられたのよ。文字通りにね」

 

 何でもないことのように雛は言う。この程度、彼女にとっては大したことではないのだろう。

 

「……そっか、守ってくれたんだね。ありがとう」

「別に、礼を言われるようなことではないわ」

 

 雛はそっけなく獣道に戻ると再び歩み出す。

 四月一日はその後を追うが一度だけ妖獣の死骸に目をやった。

 鋭い歯が並ぶ妖獣の口からドス黒い粘性のある液体が流れている。

 雛が妖怪の山が危険と言った意味がようやくわかった。頭では理解していても心では理解していなかったのだ。このような妖獣がいる山など確かに危険である。危険以外の何物でもなく、雛が再三にわたって注意したのもこのためだったのだろう。

 ……彼女に付いてきてもらって本当によかった。

 四月一日は安堵するがすぐに気を引き締めた。

 

「着いたわ。この先が河童の里よ」

 

 妖獣と遭遇した場所からしばらく歩くと獣道は幅の広い川の土手にぶつかった。

 渓谷である。

 二人がいる岸には剥き出しになった岩盤が左右の伸びており、反対側の岸には青緑の葉をつけた木々が一面に生い茂っていた。秋には色鮮やかな紅葉を楽しむことができるだろう。

 川の水面が太陽の光を反射し、きらきらと輝く。

 岸の反対側ほど深くなっているようだった。

 雛が人差し指を川面に向けた。

 

「この川に沿って上流に進めば河童の里に出るわ」

「わかった。行ってくるよ」

 

 川の上流は左の方に曲がり、岸は切り立った崖に面している。

 上流の方を見やる四月一日に雛は手を下ろしてぽつりと言う。

 

「河童は人間の盟友を(ウタ)っているから、ぎったんぎたんにはされないと思うけど……」

「ぎったんぎたん?」

「アジトに近づくと溺れさせられるらしいわ」

「ええっ!?」

「まあ、尻子玉だけは抜かれないように気をつけなさい」

「しっ尻子玉って……」

「知らないの? 河童といえば尻子玉でしょ?」

 

 尻子玉。

 人間の肛門の近くにあるとされる魂の塊であり、これを抜かれると人間は抜け殻になってしまうという。

 

「聞いたことあるけど、こえー、河童こえー……」

「いざとなったら私の名前を出すといいわ。何らかの便宜を図ってもらえると思うから」

 

 そう言って、雛は宙に浮かぶ。何の予備動作もなしにふわりと浮かんだのだ。

 四月一日は驚き、咄嗟に大声を上げた。

 

「とっ飛んだー!?」

「幻想郷では割と一般的なことよ。外ではどうかは知らないけど」 

「そういえば……」

 

 そういえばそうだった。

 初めて会った人型の妖怪である座敷童も冬の空を自由に飛んでいた。巨大な鳥に乗ってファンタジー映画さながらにあの子を追いかけたのも今ではいい思い出である。

 ……へえ、空を飛ぶってここでは普通のことなんだなあと単純な驚きで彼は浮遊する雛を見やる。

 重力から放たれたその姿は自由そのものであるかのようだった。

 

「それじゃあ、ここでお別れね」

「何から何まで本当に助かったよ」

「礼なら河童の胡瓜を無事手に入れてからにするべきね」

 

 そう言い残し、雛は木々よりも高い位置に出ると一度も振り返ることなく、玄武の沢の方へと飛び去っていった。

 

「……よし、行くとするか」

 

 四月一日は川に沿って岩盤の岸を歩いていく。

 皿をのせた頭、緑色の皮膚、亀のような甲羅 指と指の間の水かき、人を川に引きずり込み尻子玉を奪う。そのような存在と上手く話ができるか不安ではあったが。

 

 

 

 ●

 

 

 

 河童の里。

 その言葉を聞いた四月一日が思い浮かべたのはどこかの大きな湖ですいすい泳ぐ河童の集団であった。文明的な営みなど到底考えられず、魚を捕ったり胡瓜を人間の畑から盗ったりして飢えをしのぐなど野生的な生態だと考えていた。

 さらに雛から「川に溺れさせられる」「尻子玉を抜かれる」などと言った危険極まりない発言をされ、自然と河童に対する警戒心もかなり高まっていた。

 だから四月一日が渓流に沿って歩いた先、開けた場所に出て意外に思ったのも当然といえた。

 開けた場所は断崖絶壁に囲まれた滝つぼだった。

 ぐるりと見渡せるほど大きな崖に囲まれ、その崖を伝い三本の滝が勢いよく水面に落下している。滝は大中小と三つの大きさに分けられ、中央には幅の太い滝が、四月一日から見てその右側に細い滝が、反対の左側に中くらいの滝が流れ込んでいた。また左右の両端からも渓流が一つずつ滝つぼに流れてきており、三つの滝と合わせて四月一日が歩いてきた川となっているのであった。

 断崖の上の方には木々があり、鴉が飛び立つ様が見える。

 

「ここが河童の里……」

 

 四月一日の呟きの先、右手に大きな和風建築が建てられていた。寺のような形をしたそれはお堂のようである。お堂の前の川には長い板を通しただけの簡易的な橋が設けられ、橋を渡った左側には白壁の土蔵が建てられていた。

 四月一日にはいつか見た、『あいつ』の寺の土蔵に似ているように感じられた。あのときは右目を女郎蜘蛛に食われたばかりで本の虫も現れるなど色々と大変であった。

 

 

「さあて、河童を探さないと」

 

 右手にあるのはお堂だ。橋板を渡った左には土蔵がある。四月一日はお堂の前に進み、玄関の引き戸に手をかけようとするとそれよりも先に音もなく戸が開いた。

 

「あっ」

「え?」

 

 間抜けな声を漏らして視線を下に落とせば、青髪の少女が驚いたように口を開けてこちらを見上げていた。

 少女は赤い珠の髪飾りで髪を頭の左右で結んだ二つ結いにし、その上から緑色のキャスケットを被っている。水色のツナギを着ているが上半身の部分は脱いでしまっており、黒のノースリーブと健康的な肌色が露出していた。またツナギのズボン部分から伸びる足は白のビーチサンダルを履いており、袖の部分を下腹部の辺りで結んでいた。

 胸元には真鍮製らしきアンティークな鍵が紐を通してかけられている。

 少女は四月一日を完全に認識したらしく目を大きく見開いた。

 

「にっ人間!?」

「うん、俺は人間だけど」

「はあ? なんで? なんで人間がここにいるの?」

「あっ、それにはちょっと事情があって……」

 

 慌てる少女に四月一日は事情を説明しようとするが、お堂にはまだ人がいたらしい。二つ結いの少女の声を聞いてさらに三人の少女が玄関の奥から顔をのぞかせていた。

 

「人間だ!」

「人間っぽい人間!」

「なんで人間が!」

 

 ハネさせた髪の子、おかっぱ頭の子、眼鏡をかけた三つ編みの子らも三者一様に驚いた顔を見せる。

 四人とも水色の服とキャスケットを着ている点は共通だが、下は短パンだったりスカートだったりと分かれているのでこの辺は個人の嗜好が反映されているのかもしれない。

 

「にとりといえば人間だろ」

「人間の面倒はにとりに限る」

「人間の相手はにとりの役目」

 

 後から出てきた三人は顔を見合わせて頷きあうと、四月一日と応対するにとりと呼ばれた少女の肩を軽く叩いた。

 

「にとり、後は任せた」

「にとりならできる」

「にとり、よろしく」

 

 にとりは自分の肩にのせられた手を肩を揺らして振り払い、三人の方を向いて怒鳴る。

 

「ちょっと待て! なんで私が人間対応窓口みたいになってるんだよ!」

「そんなのお前が一番人間に近いからだ」

「人間の友達がいるのなんてにとりぐらいだし」

「ついでにアレも片付けてもらったら?」

 

 三人は次々に口を開き、口をへの字にしたにとりに手を振ると足早に滝つぼに流れる川を右手に登っていく。

 置き去りにされたにとりは仲間たちの姿が見えなくなると「はあ~」とやけに深いため息を吐き、再度四月一日を見た。そして、ニカッと笑いながら言う。

 

「私の名前は河城にとり。通称、谷カッパのにとり。そっちの紹介はいらないからさっさと山から消えな」

 

 それは取り付く島も無いほどの拒絶であった。

 

 

 

 

 

 

 




○ぷち求聞覚書○
・河城にとり
種族:河童
能力:水を操る程度の能力
人間友好度:中
危険度:高
二次設定:ツナギ(原作は水色の上着にスカート)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。