第始章 ミレニアムクエスト外伝【完】   作:トラロック

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滅亡から勝ち取るもの
至高の四一人


 

 戦争が終わり、様々な事件が収束して数十年が過ぎた。

 一部は年老いて冒険者などを引退。中には魔法で若さを保つ者も居る。

 世界の情勢は劇的に変化した。

 新興国家『アインズ・ウール・ゴウン魔導国』という国の出現に各国は戦々恐々とした。だが、それはもう遠い昔のことのようになっていた。

 世界は不安定ながら秩序を保ちつつ人々はいつもと変わらぬ生活を営んでいる。

 以前と違うのは人間種の他に亜人種と異形種が混ざり始めた事だ。

 国が国として機能しなくなるところも出始めた。

 

 そんな平和な日常も突然に失われる。

 

 かつて『蒼の薔薇』というアダマンタイト級冒険者の一人だった『イビルアイ』は魔導国の地下にある『ナザリック地下大墳墓』の第十階層に居た。

 周りには異形種が無数に立ち尽くし、最後の審判が下されるのを待っているようだった。

 

「……モモン様……」

 

 消え入りそうな小さな声を発するのは赤黒いローブを頭から被り、隙間から金色の髪の毛がのぞく人物で少し砕けた白い仮面を被っていた。

 冒険者を引退した『イビルアイ』という()()は希望にすがりつく気力を失いかけていた。

 

()()()()さん、イビルアイを俺に預けてくれませんか?」

 

 と言ったのは薄暗い地下空間の中で一際目立つ光り輝く鎧をまとう鳥人間。

 鳥人(バードマン)の異形種である至高の四十一人の一人『ペロロンチーノ』だった。

 

「エロい事は駄目ですよ」

 

 と釘を刺すのは星を統べる魔導の王を超越する皇。

 死の支配者(オーバーロード)という死の大魔法使い(エルダーリッチ)の上位種のアンデッドモンスター『アインズ・ウール・ゴウン』魔導皇だった。そして、モモンガはアインズとなる前のプレイヤーネームだ。

 征服後はアインズでもモモンガでも好きなように呼ばせていたので指摘しないことにしていた。

 

「あと、弱っているのでお手柔らかに」

「はい」

 

 猛禽類を思わせる姿のペロロンチーノはイビルアイを抱っこした。全く抵抗されなかったが、それは仕方が無い。

 極端に衰弱しているからだ。

 

 

 ペロロンチーノは自室にイビルアイを運び、一般メイドたる人造人間(ホムンクルス)達を呼び寄せる。

 予備のベッドや女性用の着物類などを持ってくるように命令した。

 

「……世界を……潰さないでくれ」

「うん。俺達は世界を破壊する気はないよ。だから、安心して休んでくれ」

 

 本来は眠らないはずのイビルアイだが極度の衰弱により起きている事が苦痛となっていた。

 『世界の強制力』たるモンスターの攻撃で大ゲカを負い、未だに治りきらない為だ。

 死にはしないと思うが数ヶ月は完治しないらしい。それは治癒担当の見解なので当てになるのかはペロロンチーノには分からなかった。

 切り傷も塞がらず、毎日を苦しみぬいていた。

 痛みに強いイビルアイが人間的にダメージを受けているのだから相当苦しいのかもしれない。

 イビルアイの世話は引き続きメイドとメイド長の『ペストーニャ・ショートケーキ・ワンコ』に任せて一旦、部屋を出る。

 そこには桃色の大きな粘体(スライム)が居た。

 『紅玉の粘体(ルビー・スライム)』の『ぶくぶく茶釜』でペロロンノーチの実の姉だ。姿は全く違うのだが、それはゲーム時代のアバター(プレイヤーキャラクターとしての身体)だからだ。

 

「しばらくは安静にしないといけない」

「イビルアイちゃんは可愛いし、弟好みかもしれないが手を出すなよ」

「分かってるよ」

「……毎日キスとか気持ち悪い事するなよ」

「……俺はそこまで変態か?」

「……変態だな。……自慢できるほどに」

「……俺の姿からは想像も出来ない有様だな。開き直っちゃおっかな~」

「その日がお前の人生の終着地点だと思え」

 

 底冷えのするような低い声色でぶくぶく茶釜は言った。

 対するペロロンチーノは背筋が凍る感覚に口を(つぐ)んでしまった。

 

 

 姉を怒らせるのは怖いのでペロロンチーノはメイド達と共にかいがいしくイビルアイの世話をした。時には風呂に入れるのだが、それはメイド達に任せた。本当は一緒に入りたかったが、メンバーが仕掛けた(トラップ)が発動するのが怖かったので諦めた。

 仲間たちの目を気にしつつも自室では比較的、イビルアイの身体に触れる事ができるからマッサージなども(おこな)っている。

 そうして半年程経過した。極度の衰弱から呪いが抜けきり復活したのは。

 『吊り橋効果』で恋愛感情が現れたりする都合の良い事は起きなかったが大層、感謝された。

 

「帰るのか?」

「世話になった国がどうなっているのか……。心配だからな」

 

 イビルアイはとても真面目で正義感に厚い女性だった。無理に引きとめる材料はペロロンチーノには無い。だが、せっかく知り合った女性なので仲間には入れられなくともよいお付き合いがしたいと思った。あと、異形種だし、勧誘のチャンスはあるはずだと気付いた。

 一概に敵だ、と断ずる事はアインズもしないのだが、イビルアイの意思は尊重したいという意見になった。

 

「お前たちが自分達の仲間を大切にするように私にも大切にしているものがある。歩む道が違うだけだ」

 

 イビルアイは並みの女性ではない。

 数百年を生きる吸血鬼(ヴァンパイア)()ではあるがアダマンタイト級の冒険者だ。

 楽して上に昇り詰めた誰か(漆黒)とは違う。

 一礼した後、イビルアイは自らの故郷と定めた『リ・エスティーゼ』とかつては呼ばれていた滅びゆく国に戻っていった。

 

 act 1 

 

 死都リ・エスティーゼ。

 半壊した建物と夥しいアンデッドモンスターに蹂躙されつつある王都。

 低位のモンスターを撃破しつつ生き残りを捜索するイビルアイ。

 半年も留守にしていたが避難が完了したのか、間に合わなかったのか分からないがモンスター以外の姿はまだ見えなかった。

 中心地では今も抵抗を続ける兵士達や多くの冒険者が戦っているのかもしれない。

 もちろん、他の都市も同様だが。

 凶悪で巨大なアンデッドモンスターが世界にモンスターをばら撒いた結果が今の惨状となっている。

 大元のモンスター自体はナザリック勢と人間、亜人、異形の冒険者達で苦戦しつつも撃退には成功した。

 多くの犠牲者が出る壮絶なものだった。それはナザリック勢も同じ事。

 最強と名高い彼らですら苦戦するのだからとんでもないモンスターのようだ。

 

「……随分と様変わりしてしまったな」

 

 空を飛びつつイビルアイは失望感が一杯だった。

 復興には何年もかかる筈だ。だが、それはどうでもいい。

 復活できるのであれば歓迎すべきだ。

 風光明媚と謳われた都市の惨状にはただただ悲しかった。これが人の住む都市の末路なのかと。

 多くの田畑は疫病のモンスターによって壊滅的に汚染されている。

 食糧の備蓄が尽きれば人間は飢えに苦しみ、そして、最悪の結末が訪れる。

 それを防ぐには時間が足りない。物資も足りない。

 生きていればいい、という生半可な希望では駄目なのだ。

 

 

 人類の最後の砦たる『ヴァランシア宮殿』にたどり着くと魔法と剣戟が飛び交い合う風景が見えてきた。

 突如、巨大な空間が開き、様々なモンスターが溢れ出た中心地。

 塞がる気配を見せない次元の穴。

 

 遥かに遠い銀の月(アウター・スペース)

 

 それが敵の名前だ。

 教えてくれたのは英雄級のモンスターだった。

 剣の使い手で自分にとっては敵なのだが、いくつかは協力的だった。既に倒されてしまったけれど。

 第一のスキルで世界全土にアンデッドモンスターが降り注いできた。

 撃退するには敵を知らなければならない。

 イビルアイは様々な魔法を放ち、敵の出方などをうかがっていた。

 並みのモンスターではないようで、尚且つ活路が見出せない。

 仕方が無いので人類は決断に迫られた。

 国を捨てて低位モンスターを駆逐し続けるか、強引にでも次元の穴(アウター・スペース)を葬るか。

 王や貴族が出した答えは迎撃なのだが、撤退も視野に入れなければいずれは市民生活に影響が出てしまう。というよりも既に影響が出ている。

 世界全土なのでバハルス帝国。スレイン法国。竜王国にアーグランド評議国も被害を受けている。

 イビルアイは生き残りと合流する。

 現れるモンスターは低位なので倒せない事は無いのだが、途切れる事の無い数に兵士達は疲れを感じていた。

 相手は疲労を知らないアンデッド。しかも、同じアンデッドを使役する能力を持つアインズをもってしても味方として取り込むことが出来なかった。

 極端に強力なものはナザリック勢が倒してくれたのだが、そのナザリック勢の魔導国も被害を受けているので大変な事態になっていた。

 アンデッド対アンデッドの混戦は筆舌に尽くしがたいものとなった。

 そのお陰で国同士は争わず、人々の生活はモンスターさえ撃退できれば安定しているといえる。

 半年の療養の間に離れた村などは復興を始めているという明るい話題を聞いた。

 

「見た目は酷い有様ですが……。悪い事ばかりではありませんよ」

「……そうか」

 

 モンスターが湧き出しているのに平和というのもおかしなものだ。

 あと数ヶ月もすれば王都を囲むだけで事態は沈静化されるという。

 問題は『遥かに遠い銀の月(アウター・スペース)』が動くことだが、こちらは監視要員がいて逐一報告が来るようになっている。

 最初の戦闘は失策だったのかもしれない。だが、未知の敵に悠長に構えることは出来ない。

 交代しながらモンスターを撃退する兵士達。

 それは半年前に見た絶望に満ちた顔ではない。希望に溢れる顔だ。

 人類の反抗作戦はまだ始まったばかり、なのかもしれない。

 

 

 半月後には周りの国々も復興を始めていく。

 所詮は低位のアンデッド。ミスリル級以降の冒険者達の敵ではない。

 魔導国から色々とモンスターが派遣されて敵性体を駆除していく。

 田畑の復興は森祭司(ドルイド)や生き残りの村民たちにより(おこな)われる。

 一見平和が取り戻されたと思われるが原因の大元である『遥かに遠い銀の月(アウター・スペース)』は今も健在だ。ゆえにモンスターは今も溢れ出ている。

 ナザリック勢はこの次元の穴のようなレイドボスと呼ばれる超ど級モンスターに対抗する為に助っ人を集めている。それがペロロンチーノ達だ。

 残念ながら時間がとてもかかるらしく十年、二十年は大元に手出しが出来ないらしい。

 ナザリック勢が言うほどレイドボスというのは凶悪無比ということだ。

 もう一つ気がかりなのは彼ら(アウター・スペース)の目的が不明ということ。それについてアインズは何か知っているようだが黙して語らない。世界の根本に関わることらしい。

 悪の組織のように世界征服とか言ってくれた方が何倍もマシだと思える。

 我々を不安にさせない為だと思うのだが、いつか教えてもらいたいと思っている。共に戦う仲間でもあるのだから。

 

「この戦いに終わりがあるのか」

 

 無限に湧き出るモンスター。

 それも無秩序に暴れるアンデッドモンスターが多い。

 交渉の通じない相手ほど厄介なものは無い、と思い知った。

 

「……それでも我々は戦い続けなければならない」

 

 ナザリック勢とて傍観者ではいられないし、協力してくれると言っていた。

 自国(魔導国)が襲われているのだから当たり前かもしれない。

 

「都合のいい味方はそうそう現れないものだな」

 

 無い物ねだりは不毛だ。

 イビルアイは溢れ出るモンスターを駆逐していく。

 

 act 2 

 

 一ヵ月後に各国からの無事の知らせが届くようになる。

 一見すると希望が見えたように錯覚する。

 問題なのは敵性体は未だに顕在である事とナザリック勢がもたらした衝撃の事実。

 世界を穢すスキルはまだ何回か使われる、というものだ。

 なにせ、()()()()()だ。

 あと二回。最悪、五回以上は覚悟しなければならないという。

 もちろん、数に根拠はないと教えられた。

 世界全ての生物が死に絶えるのが先か、相手を滅ぼすのが先か。

 それとも今の状態を保つのが最善か。

 どの選択肢も絶対の平和が約束されたわけではない。もっと最悪な結末が訪れるかもしれない。

 

「それでも我々は国を守りたい」

 

 自己満足と言われても仕方が無いのだが。

 愛する国を守りたい。ただそれだけだ。

 イビルアイはモンスターを駆逐しつつ仲間達と合流する。

 

「ナザリック勢が戦える状態になるまで我々は雑魚を駆逐する」

 

 それはつまり魔導国を将来的に攻略できなくなる、という意味につながるかもしれない。

 それはそれでイビルアイにとっては都合が良い事かもしれない。

 どの国が台頭しようと平和に治めてくれれば文句は無い。敵なら倒すだけだ。

 

 

 それから長い戦いの歴史が続く。

 多くの犠牲が出た。

 一般の人々の平和の為に散った命は数知れず。

 

「レイドボスっていうか、もうあれは世界級(ワールド)エネミーでいいんじゃね?」

「そうかもしれませんね」

 

 と、苦笑をにじませる死の支配者(オーバーロード)のアインズ。

 あらかたモンスターの掃除が終わり、反抗作戦の打ち合わせが始まった。

 いつまでもモンスターを放置するのは不健康だから、という意見が多数を占めた為だ。

 『アインズ・ウール・ゴウン』というギルドは多数決で物事を決定する。だから、多数が出した意見が優先される。

 

「こっちには強力なメンバーが色々と揃っているから一方的な蹂躙にはならないと思います」

「『黒い仔山羊(ダーク・ヤング)』も居ますからね」

「個人的にはたっちさんとウルベルトさんのタッグプレイが気になります」

 

 聖騎士(パラディン)を思わせる白銀の全身鎧(フルプレート)をまとうギルドメンバー最強の男『たっち・みー』と魔法職最強にして最大火力を誇る悪魔『ウルベルト・アレイン・オードル』の二人の仲は険悪だ。だが、それも昔の事だ。いや、それは現実(リアル)でのことでゲーム内に私情を持ち込んでも不毛なのは二人とも分かっている。

 ギルドメンバーは全員が社会人だ。大人気ない事は言わない。例外は居るけれど。

 ウルベルトは『黒山羊の悪魔(バフォメット)』という種族で顔を縦半分だけの仮面で隠し、両手は指一本ずつがナイフになったような武器を持つ。

 悪に対してこだわりがあり、正義を重んじるたっち・みーとは何度もぶつかる間柄だ。

 

「……しかし、たっちさんの文字エフェクトってこの世界でも出るのが意外でした」

「当たり判定ってありましたっけ?」

 

 暢気に会話している彼らは総じて世界最強の化け物たち。

 それらと相対するのは超ど級モンスター。

 互いに全力を出せば星が壊れるのではないかとギルドメンバーの何人かは思ったし、そのまま戦ったら国が滅びそう。という感想もちらほらと聞こえてくる。

 彼らとて世界を破壊したいとは思っていない。

 自然豊かな土地を穢す事に抵抗は感じている。

 

「とはいえ、あの化け物を野放しには出来んだろう」

「化け物の我々が言いますか」

「可愛いイビルアイの頼みを断るのは男として恥ですよ」

 

 と、力説するのはペロロンチーノだった。

 すっかり気に入ってしまったようだ。

 

「……イビルアイは他人の女って忘れてないだろうな? 浮気はいかんぞ、変態エロ魔人」

「むっ? 失礼だな。俺にも常識くらいありますよ」

「はっ? なに言ってんのお前」

 

 人間の姿なら冷たい視線を向けるであろう喋り方で姉のぶくぶく茶釜は言った。

 そんなバカ話しも長くは続かない。

 ギルドメンバー総出でモンスター退治をするのだから気を引き締めなければならない。だが、精神的な余裕は必要だ。

 ありとあらゆる事に対処する為にも。

 

 

 そんな彼らの背後に控えていたイビルアイは決戦の時刻に向けて精神統一していた。

 世界の命運は戦いに勝利する事以外に存在しない。

 広範囲に及ぶ大規模スキルにイビルアイ一人では対処できない。それだけは分かっている。

 長い戦いになると誰もが予想していた。

 『遥かに遠い銀の月(アウター・スペース)』は実体のようで非実体的な姿をしている。名前の通り月にそっくりだ。

 大きさは最初は一メートルほどだったが最初のスキルの使用からニメートルほどに膨れ上がった。だから、まだ大きくなる可能性がある。

 身体は揺らめく月。液体のように揺らめき、身体からは止め処も無くモンスターを排出し続ける。

 移動は今のところ無いし、魔法攻撃や物理攻撃らしいものはやってこない。

 こちらから攻撃しない限り、だが。

 一度(ひとたび)、戦闘に入ればある程度の攻撃を物理、魔法にかかわらず反射して応戦してくる。それも呪いの効果つきで。

 効果は『魔槍ゲイ・ボルグ』の悪化版といったところだ。

 様々な毒や継続ダメージを与え続けるもの。

 それはアンデッドでも容赦なく通じる。しかも、魔法やアイテムでも防げない。ただ、受けた呪いは解呪できる。かなり高い位階魔法でなければ駄目なのだが。

 攻略するポイントは複数人で出来るだけ同時に攻撃を仕掛けることだ。

 全ての攻撃を全て反射するわけではなく、一回の攻撃で反射する対象は一体のみとなっている。もちろん、スキルを使うごとに人数を増やすかもしれない。

 かといって放置も出来ない。

 確実に葬らなければ延々とアンデッドモンスターが排出され、田畑が汚染されてしまう。

 ただの骸骨(スケルトン)ばかりではない。

 疫病系のアンデッドも多い。

 負のエネルギーを撒き散らすので倒しにくい。アンデッドの身体を持つ者には回復アイテムのような効果だが。

 それでも低位のアンデッドは冒険者でも倒せるけれど長期戦は不味い。

 じわじわと病気によって脱落者が出始めるから。

 物資の枯渇は星に住む全ての命運が尽きる事を意味する。

 

「頼れるものはモモン様達くらいだ。……どうか……力を貸してくれ」

「もちろんだとも」

 

 と、即答したのはペロロンチーノだ。

 シャルティアと同じく可愛い吸血鬼(ヴァンパイア)の必至の頼みを断るのは男じゃねー、と力説する。そして、そんな彼に呆れるメンバーたち。

 

「我が身は()()()()()()()を果たすまでは渡せないが……。それが終われば好きにしても構わん」

「ひゃっほ~」

「うるさい、黙れ」

 

 喜ぶ弟の頭を姉であるぶくぶく茶釜は容赦なく引っ叩き、半魔巨人(ネフィリム)の『やまいこ』が巨大な拳で吹き飛ばし、白面金毛九尾(ナイン・テイルズ)の『餡ころもっちもち』の魔法攻撃の雨にさらされる。

 三人の女性の見事なコンボに男性陣は戦々恐々とした。

 

害虫(変質者)退治は得意なんで、私達に任せてね」

「……お、うん。あいつは大丈夫なのか?」

「へーきへーき。いつものことだから」

 

 それにしては相当な火力に見えたが、とイビルアイは身体から煙を上げているペロロンチーノを見つめた。

 

「最大戦力は温存という方向でいいですね」

「殲滅戦は久しぶりだ。腕がなる」

 

 と、魔法剣士と言い張るが粘体系モンスターにしか見えない呟く者(ジバリング・マウザー)という種族の『ベルリバー』が言った。

 口と思われる器官が無数にあるが声は一定の音量で騒がしくなることはなかった。

 

「……どこに腕があるんだ?」

「ここだ、と思ったところだ」

 

 至高の四十一人達は敵に顔を向ける。中にはどこが顔だか分からないものも居るが。

 

 

 敵の推定レベルは456。とても馬鹿げている。

 レベルがカンスト、どころじゃないけれどゲームの基準が生きていれば、それほど問題では無いけれど、と思っている。戦闘がびっくりするくらい長期化するだけだ。

 攻撃が通じているという事は倒せる、という事なので。

 完全無敵のエネミーなど存在して良い訳が無い。

 

「ルベド。君にも参戦してもらうぞ」

 

 と、烏賊(イカ)に似た死体じみた白い体色の身体を拘束具で縛り付けたような装備をまとう脳食い(ブレイン・イーター)の『タブラ・スマラグディナ』に呼ばれて一歩前に出たのは宝石の碧玉(エメラルド)を思わせる身体を持ち、炎のような揺らめきを現す腰まで真っ直ぐ伸びた赤い髪の女性だ。ただし、設定では、と付くけれど。

 張り出した双房は白銀の全身鎧(フルプレート)に僅かな痕跡を残すのみ。

 人間的な容貌は形のみが分かる程度でほぼ緑色に統一されている。

 金剛石動像(アダマンタイト・ゴーレム)でありナザリック地下大墳墓を支える階層守護者たちを統括している『アルベド』の妹だった。

 腰に下げた鞘は光り輝き、引き抜けば炎が舞い散る。この武器の名は『炎舞剣(ラハット・ハヘレヴ・ハミトゥハペヘット)』という。

 智天使(ケルビム)という天使が持っている剣と言われている。

 

「……命令受諾。……タブラ様、そいつ殺していいの?」

「殺しきる。そちらのお嬢さんの事じゃないぞ」

 

 イビルアイも標的に入っているのでは、と気付いて聞きなおした。

 ルベドはヴァランシア宮殿の方に人差し指を向けた。

 

「ならば問題は無い」

「……畏まりました」

 

 ルベドは動像(ゴーレム)系だが呪いを受けるものなのかとタブラは疑問に思う。だが、アンデッドには通じていた。だから、何がしかはペナルティを受けるかもしれない。

 実際に戦ってみれば分かる事だが。無策での突貫はとても危険だ。

 

「でも、敵はまだスキル使用回数を残しているんだよね。控えは足りる?」

「いきなり全滅してはかっこ悪いからね。ちゃんと交代制にする。さすがに手持ちのチームで当たれるほど余裕は無いと思うけれど……」

 

 敵はレイドボスと呼ばれているが数段変身で更に凶悪になる可能性は高い。

 ナザリック勢だけでは数が足りない。それでも戦わなければならないので参謀役はかなりの重労働を強いられる。

 それらの敵の本当の名称も聞いていた。

 

 星の守護者(ヘレティック・フェイタリティ)

 

 この世界特有の世界級(ワールド)エネミー、のような存在。

 百年毎に転移してくる高レベルプレイヤーを味方に引き入れられればいいのだが、経過時間が圧倒的に短い。しかも、ギルドマスターが長年警戒してしまったせいで味方に加えにくくなっている。

 それはそれで色々な事情があるので誰にも責められないのだが、少しは社交的になろうぜ、と他のメンバーに説教を食らって今はとても大人しくなってしまった。

 ギルドメンバー勢ぞろい、とは行かないが戦闘自体は充分に(おこな)えるだけの人材は揃った。後は開始の鐘が鳴るのを待つだけだ。

 世界の命運をかけた戦いまで後三時間。

 

 

 支援者たちには『伝言(メッセージ)』を駆使し、他国にも現れるモンスターの状況を報告してもらっていた。

 場合によれば対処不能の凶悪なモンスターが降り注ぐ場合がある。

 避難誘導も同時進行で進めていく。

 

「……雰囲気的には『俺達の戦いは始まったばかりだフラグ』が立った気がします」

 

 全身が植物の(つる)で出来ている『死の蔦(ヴァイン・デス)』という種族の『ぷにっと萌え』が呟いた。

 指揮官系の職業を多数持つギルドの頼れる参謀だ。

 

「青春、というにはかなり荒廃した世界になっていますが……」

「死亡フラグよりマシでしょう」

 

 湧き出る雑魚モンスターは数が多いだけで脅威ではないのだが、この世界の住民にとっては話しが変わる。

 低位とはいえ金級以上の冒険者でなければ対応できないものが出てきたりする。

 信仰系魔法の使い手もまだ充分に育っていない。

 

「朝日に向かって意味も無くギルドメンバーが走ってエンディング……。なるほど。それはそれで死亡フラグだ」

「エンドフラグの間違いでは?」

 

 暢気に喋りつつ低い位階魔法で雑魚モンスターを吹き飛ばすギルドメンバー。

 実力差があるので雑魚モンスターに限っては問題は無い。

 簡単に蹴散らせる。

 一部は身体を慣らすために相手をしている。

 

「ナーベラル。そこで無駄に高い魔法を使うな」

「申し訳ありません」

 

 NPCも総動員して戦い方を至高の四十一人自ら指導している。

 その中にあってイビルアイは呪いの影響や様々な恐怖体験、実力不足などで戦闘には参加できていなかった。

 以前に遭遇した尋常ならざる超ど級モンスター『終末の産声(デス・オブ・ラグナロク)』との戦闘は苛烈を極めた。その影響がまだ残っているのかもしれない。

 聴覚を破壊するおぞましい胎児の鳴き声。

 アンデッドの絶対耐性が通じない様々な精神攻撃はかなり長い期間続いた。

 当時、戦闘に参加した多くの兵士達は発狂し、その後、身体が破裂していった。

 推定レベルは884。

 遥かに遠い銀の月(アウター・スペース)より強いはずだがイビルアイには想像も付かない領域なので数値は意味を成さないものとなっている。

 数ヶ月かけて撃退したのだが最終的にどうやって倒したのか、イビルアイは目撃していない。というか物理的に眼球が破裂していたので見る事ができなかった。

 二十年も昔の事だが、あの悪夢がまた(よみが)えったかのようだ。

 

「……私はなんて無力なんだろう……」

 

 無意識の内に地面を殴りつけるイビルアイ。

 そこらのモンスターには負けない自信はあるのに。

 己の無力さを嘆いていると桃色の肉棒が近づいてきた。

 

「あんなのと一人で戦うなんて無理だよ、イビルアイちゃん」

「……無理……」

「私らだって無理だって。前回の気持ち悪い赤子は犠牲は大きかったけれど無事に倒せたし。今回も乗り切れるって」

「理不尽を絵に描いたようなモンスターって結構居るもんだよ」

 

 ぶくぶく茶釜の弟は言った。

 イビルアイとしては一人で倒して一人前だと思っている。だが、レイドボスや星の守護者(ヘレティック・フェイタリティ)(けた)が違いすぎる。

 ウルベルトとたっち・みーも一人で倒すのはほぼ無理だと答えるほどだ。

 

「無理と言うのは簡単だけど……。逃げたら国どころか星が滅ぶんだよ。頑張らないでどうするの」

「イビルアイちゃん。そこらの雑魚モンスターなら倒せるでしょう? 大物は我々が責任を持って駆除する。だから、君たち原住民は大船に乗ったつもりで待っていたまえ」

 

 本来なら外部の人間というかモンスターに助けなど求めたくは無い。だが、自分がいかに無力な存在なのか知ってしまった以上は他に方法が浮かばない。

 逃げるとしてもどこへ逃げればいい。イビルアイは自分に尋ねた。もちろん、逃げ場などありはしない。

 モモンガはアダマンタイト級冒険者『漆黒』のモモンに姿を変えた。

 黒い全身鎧(フルプレート)をまとい赤い外套をたなびかせ、背中には大きなグレートソードを二本装着している。

 

「このモモンに任せろ」

「……モモン……様……」

「……えー。モモンガさん。それは卑怯じゃない?」

 

 不満の声を上げるのはペロロンチーノだった。

 折角イビルアイと仲良くできると思っていたのに横から掻っ攫われた気分だった。しかし、誰かにすがりたいイビルアイの意思は尊重しようと思ったぶくぶく茶釜に弟は引っ張られる。

 

「弟。モモンガさんが先なんだから諦めろ、今はな」

「ううっ。あの子は絶対、俺が貰うんだからな」

「シャルティアはどうする気だよ」

「もちろん、シャルティアはシャルティアで愛でるよ」

 

 イビルアイは現地の吸血鬼(ヴァンパイア)少女だ。年齢は三百歳以上だけど。

 色々と調べたいし、様々な話しも聞きたい。

 NPCではないから変な命令で迂闊に自害はしない。

 エロい事も出来ないと思う。確認していないだけだが。

 

「……だから、イビルアイは他人の女っつったろ、弟。お前は学習能力が無いのか?」

「……僅かな可能性にかけても良いだろう」

「約束を必至で守る女に、その理屈は通じないな。素直に諦めろ。……異形種なんだし」

 

 というかシャルティアが居るんじゃん、と思った。

 浮気性は健全な男の子だから仕方が無いのかな、と思うが、すぐにやっぱり駄目だ、という結論に至る。

 

「痴話喧嘩はよそでやってくれるか?」

 

 他のメンバーの冷たい視線を受けてぶくぶく茶釜はペロロンチーノを引っ張って退散した。

 

「物理担当は雑魚モンスターの掃討をお願いします」

 

 モモンことモモンガは命令を下した。

 物理最強のたっち・みーは軽く頷いた後で剣を引き抜き、駆け出す。

 今度の相手は不定形っぽいので単純な戦闘は難しい。

 

「ウルベルトさん。一発強烈なヤツをお願いします」

「久しぶりの大物だ。遠慮は無用で構わないんだな?」

「もちろんです」

 

 許可は得たものの現場まで移動しなければならない。

 雑魚掃討を担当してもらうNPCを引き連れて敵が居るヴァランシア宮殿に向かう。

 残りは援護と補給の準備なのだがすぐには向かえない。

 敵性体のスキルの射程距離が不明な上に巻き添えを食らう可能性があるからだ。

 

「MP補充要員は控えているか?」

「はいっ!」

 

 元気の良い声が近くから聞こえてきた。

 

「すみませんが、イビルアイを安全なところまで……」

「了解した」

 

 いくつかのチームに分かれて長い戦いが始まる。

 人類の未来をかけた戦い、どころではない。

 世界を滅ぼす者達から未来を勝ち取る為の戦いだ。

 世界を手中に収めたモモンガにとって敗北はありえない。せっかく仲間たちを呼び寄せたのだから。

 そう簡単に潰されては困る。

 混沌とした世界は多少は容認するがやり過ぎは良くない。

 少なくとも王国を廃墟にする気はモモンガには無かった。だから、戦う。

 自分の手の内にある国は全て。

 そう。

 全てだ。

 

 だから、お前(星の守護者)は死ね。

 

 胸の内で叫びつつ死の支配者(オーバーロード)の姿に戻って魔法を放つ。

 ギルドマスターの攻撃を契機に大規模戦闘が始まった。

 イビルアイの願いを聞き届けたのはメリットを感じたに過ぎない。それが()()への恩返しになればいいとも思ったけれど。

 モモンガも()()()()()()()を破りたくなし、仲間に顔向けできなくなる気がした。

 好感度を上げる為の戦いに過ぎない。

 今はそういう事にしたい気分だった。

 このモモンガ(ギルドマスター)の為の踏み台となれ、星の守護者(ヘレティック・フェイタリティ)よ。というセリフはさすがに恥ずかしいか。

 つい余計な事を考えるのは何年経っても変わらないようだ。

 

「反射の対策はいかがしますか?」

「耐え続ける。()()()捨て身も考慮する必要がある」

 

 先ほどの魔法の行使で受けた反射攻撃の影響は信仰系を持つシモベ達によって解呪させた。

 スキルを使用するまでは様子見も必要だが()()()心強い味方が多い。だから、安心して全力で戦える、気がした。

 

「信仰系っ! 配置に着け~!」

 

 復活資金は潤沢だし、レベルドレイン対策も整えている。だから、遠慮は無用だ。

 仲間が居ると精神的な余裕があるものだな、と思いつつ次の魔法の準備を整える。

 範囲が世界全土なら逃げ道などありはしない。

 もちろん、負けるつもりは微塵も無い。

 勝利する、一択だ。

 

『終幕』

 

 


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