第始章 ミレニアムクエスト外伝【完】   作:トラロック

5 / 9
あなたの胸に残るもの
超越者


 

 この世に生を受けたナーベラル・クルクル・ガンマは由緒正しい人間種。

 ご先祖様の名前をつけられたんだけど、その彼女(ご先祖様)二重の影(ドッペルゲンガー)という異形種です。なんと今もご健在の女神様であらせられます。

 今日は私の二十歳の誕生日。それをなんとご先祖様自ら祝ってくれるそうです。

 それは何故なのか。

 二十歳まで生き残ったガンマ家の人間はごく僅かだからです。いえ、殆ど居ないと言ってもいいくらい希少な存在です。

 異形種。亜人種の子孫も同様です。

 二十歳まで生きられた者に祝福を与えるのがガンマ家のしきたりのようなもの。

 明日には命を落とすかもしれない。

 両親は居ないのか、と聞かれますが、居ました。既にお亡くなりになっております。

 生前の親の年齢は十二歳。これでも長生きした方だと言われます。

 一般家庭から見れば若いように思われますが生命力というか繁殖力が元々強いようです。

 下は一歳から妊娠できると言われています。

 

「……今日を生きられる喜びを与えてくださり、感謝いたします。我等の創世神アインズ・ウール・ゴウン様……」

 

 神に感謝しつつ身支度を整えます。

 

 

 私が住んでいた場所はかつて『ちきゅう』と呼ばれた灰色の汚い星でした。

 現在は緑豊かな星に改造され、人々は呼吸器なしで暮らせるようになりました。

 眼下に見える星の現在の名前は『アイン』と言います。

 下に星が見えるならば私が現在、居る場所は何なのか。

 緑の星アインを守るように配置された七つの衛星の一つ。

 

 ガンマ。

 

 ここはご先祖様が住まう星、衛星です。

 アインから引っ越して一ヶ月くらいしか経っていないけれど。

 名前の通り、ここには私の他に五歳くらいまでのガンマの姓を持つ親戚が数多くいます。

 九割方は女性で男性は見つけるのが困難なほど居ません。

 人口は十億人ほどでしょうか。

 短命なので数は減ったり増えたりしますけどね。

 この星での規則は同族食い以外は比較的、自由です。

 望めば飲食、教育、睡眠に繁殖が許される。

 同性で繁殖というところが理解できないのですが、項目に記されているので仕方がありません。中には殺人もあったりします。

 引っ越して一ヶ月経ちますが殺人事件は聞いた事がありませんけどね。

 支給された服装に着替えて神殿に向かいます。

 両脇には自動人形(オートマトン)が控えていて、警護してくれるようですが、護送されているように見えるかもしれないので笑いそうになります。

 長生きする事は特別なのでしょう。

 命を生み出すご先祖様に祝福を受けることは滅多にありません。過去に二十歳まで生きたものはごく少数と言われております。

 

 

 厳かな神殿は掃除係の自動人形(オートマトン)達が綺麗にしています。

 白亜の宮殿とも評されるほど美しい内部には余計な装飾品がない分、壁自体が光っているのではないかというほど白いです。

 建物は百メートル規模でそれ程巨大な建築物ではありませんが、神聖な儀式に使われる事が多いです。

 無駄口を叩かずに進んでいくと上へと続く長い階段が見えてきます。

 その白き階段を登っていくと踊り場があり、そこで裸になります。そこから先にも階段がありますが一メートルほどしかありません。

 その先にご先祖様が座する玉座があります。ですが、簡単にご尊顔を拝謁する事は禁じられています。しきたりに厳しいので来る前に色々と厳しい礼儀作法を学ばねばなりません。それらを乗り越えなければ神殿に入ることは許可されません。

 ご先祖様のご尊顔を拝謁する前に跪く事になります。そういう決まりなので我慢です。

 

「ナーベラル・クルクル・ガンマ。御身の前に」

「……下等生物(マンボウ)がやはり生き残ったか……」

 

 舌打ちのような音が聞こえました。ですが、仕方がありません。

 ご先祖様は大の人間嫌いなのですから。それでも祝福する為に私を呼びつけたのです。

 

「我が名を受け継ぐ資格があるとは思えないが……。多くの役立たずの中で生き残ったのであれば仕方が無い事かもな」

 

 厳しい意見が紡がれる。

 それでも私は許可を貰っていないので顔を上げる事が出来ません。

 下手をすればこのまま殺されることもあるとか。

 

「祝福の前に……」

 

 ボタタと音を立てて私の目の前に何かが落とされる。

 白亜の階段が赤く染まる。

 

「まずその肉を食らって見せよ。心配するな。亜人だ」

 

 肉と言われたものは人間の赤ちゃんにしか見えない。へその()や胎盤が付いている。

 落とされた拍子に死んでしまったのか、とても大人しい。というか動かない。

 

「さっき産んだばかりだ。新鮮なうちに食え」

「く、食えと……」

「お前は何の為に来たんだ? 神に逆らう愚か者になりに来たのか?」

 

 ご先祖様が産み落とした赤子を私が食べなければならない理由が分からない。けれども食べなければ殺されてしまうかもしれない。

 短命ばかりのガンマ家は掃いて捨てるほど大勢居るのだから。命の価値はとても低い。

 長く生きてきたから色々と学べた。これからも多くを学ぶためにはこの試練を乗り越えろ、という事なのか。

 命をいただくことは初めてではない。ただ、こんな形で食べなければならないとは思わなかった。

 今までの生活で食べてきたものは家畜の肉や野菜などだ。

 家族を食らうようなことは無かった。

 だけれど、それでも命を頂くという事に疑問をさしはさむ事は出来ないのかもしれない。

 他者の命を食らって私達は生きている。

 

「……い、頂き……ます」

 

 抵抗はある。せめて調理してほしい。元々の形が分からない方がまだ幸せかもしれない。とは思うけれど後で知れば絶望しそうだ。

 血の匂いがする。

 胎児を拾い上げるとまだ体温が残っていた。この状態では異形なのか亜人なのか人間なのか区別がつかない。

 身体全体が柔らかい。死にたてで新鮮そうだ。野菜の緑がとても映える気がした。

 

「……う、ううっ……。くっ……」

 

 涙が自然と出てきて嗚咽が止まらない。

 

「生では食えんか?」

「……い、いえ……。大丈夫です」

 

 二十歳の私は顎は強い方です。だから、食べられない事は無い。

 産みたての胎児の骨は柔らかい。

 家畜の肉を食べるように私は噛み付きました。

 亜人の肉料理は初めてではありません。だから、食べられるのです。

 

 

 吹き出る血や内臓を見ないように一口、なんとか口に入れて咀嚼し、飲み込みました。もちろん、味なんて分かりません。

 目蓋を開けたら食いかけの胎児を見てしまいそうになります。

 

「お前が私の産んだ子だというのならば、正しく自分の妹を食べる浅ましい人間だ」

 

 ご先祖様は満足そうに言いました。

 妹を食べる姉。

 なんとおぞましい事を平然と言えるのか。

 

「もう少し食べろ。半分以上は食えるだろう?」

「は、半分……」

 

 もう食べてしまった。ここでやめても意味が無さそうです。

 もう一口、噛み付いたところで力尽きました。

 全身が物凄く震えて、それ以上の動きが出来ません。

 自分が食べているものが妹だと言われたせいでしょうか。

 

「最初の一口は食べられたのに、もう無理なのか。お前達が日頃食べている肉と大して変わらんだろう」

 

 変わらない。そうだとしても。いえ、豚肉だと思えば食べられるかもしれません。

 これは妹ではない。と、自分に言い聞かせてみます。

 

 そんなことをすんなりと受け入れられるはずがありません。

 

 それを受け入れれば自分はきっと浅ましい同族食いの生物になるでしょう。

 既に手遅れのような気がするけれど。

 死んでいるから平気。と、割り切れないのは自分が弱いからでしょうか。

 それでも懸命に私は顎を動かしました。

 ただ、頭部分は齧れそうにありません。

 それから食べられる部分は食べたかもしれない。半分以上はきっと無理だったと思います。

 

「食い物に手間取るとは……。それでは餓死してしまうぞ」

「……し、少食なもので……」

 

 それは嘘ではない。

 

「今度はちゃんと食べやすいように調理しておこうか」

「………」

 

 カツンカツンと階段を下りるような靴の音が聞こえてきました。

 ただ、私は目蓋を開けられません。

 開けると食いかけの胎児を見る事になりますから、とても怖いのです。

 

 カッ。

 

 物凄く近くで硬い音が鳴った。きっと目の前に居るのでしょう。

 

「浅ましい下等生物。もう一度、名乗ることを許可する」

「な、ナーベラル・クルクル・ガンマ……でございます」

「その名前は誰が与えたものだ?」

「私の親でございます」

「……お前の親はどういう存在だった?」

「申し訳ありません。私を産んで、そのまま死んでしまいましたので」

「感謝しているのか?」

「親にですか?」

「うむ」

「もちろんでございます。この世に生を与えてくれた親と住む場所を与えてくれた創世神アインズ・ウール・ゴウン様に毎日の感謝を……」

「アイ……創世神に感謝しているのか……。下等な存在の分際で」

「も、もちろん、ご先祖様であられるナーベラル・ガンマ様にも深く感謝を……」

 

 と、言った時、顎を掴まれました。

 最初に名前を出さなかったのが、いけなかったのか。

 私はこのまま頭を潰されてしまうのか。

 

「感謝していて、この様か。ガンマの姓を名乗る資格はお前には無い。明日から排泄物を名前にしろ」

「えっ!?」

「下等な人間は神に逆らうな。命令一つまともにこなせない者に名前など不要だ」

 

 親から貰った名前を排泄物に変えろ、とご先祖様が言った。

 それはとても辛かった。

 今まで慕ってきた人から見捨てられるのはなんて悲しい事なのか。

 

 

 ご先祖様は人間が嫌い。それは下等な存在だからだ。

 様々な部分で劣る人間は家畜同然だ。

 そうであってもナーベラル・クルクル・ガンマは二十年も親から貰った名前を名乗っている。それを一言で捨てる事は出来ない。それがたとえ神であっても。

 だが、自分には抗えない。

 下等な存在なのは認める。だが、それでも自分は人間として生きてきた。排泄物ではない。

 

「ご先祖様にとって私は排泄物なのですね」

「そういえば、胎児というものは排泄物に似ているな」

 

 そんなことを平気で言うご先祖様。

 自分が産んだ子を愛せない、というのは本当のようだ。

 

「……むっ。それでは駄目ではないか……。排泄物……、下等とはいえ私の娘……。そうであった。ついうっかり忘れるところだった」

 

 神が急に態度を変えた。それはナーベラル・クルクル・ガンマにはうかがい知れ無い事だった。

 

「危うく目的を間違えるところだった。そうそう、お前を祝福しなければならないんだったな。下等生物だと思うと憎しみしか湧かないから困ったものだ。えっと……、クルクルだったな」

「は、はい」

「お前はこのまま死ぬまで暮らすか。それとも何か望むことはあるか」

 

 望み。それは特に思った事は無い。

 日々を平穏に暮らせれば幸せだったから。

 教育も不満は無い。

 

「今を生きる喜びに勝るものはありません」

 

 と、言った後で具合が悪くなり、吐いてしまった。

 目は瞑ったままなのでおそらくはご先祖様に吐瀉物がかかったかもしれない。

 

「……やはり生物(なまもの)は具合が悪いようだな。亜人は生でも食べるというのに……」

「も、申し訳ありません」

「下等生物に優しくする事は愛か……。よく分からないな、やはり……」

 

 色々と悩みながらご先祖様は言いました。たぶん、ですが。

 私が人間であるから分からないのかもしれません。

 

 

 儀式が終わり、身体を綺麗にされた後で改めてご先祖様に会える事になりました。

 場所は同じ白亜の階段。その最上部に向かいます。

 既に掃除が終わったのか、血の跡などは微塵もありません。

 

「よく来たな。……クー……。まあよい。名乗る事を許可する」

「はい。ナーベラル・クルクル・ガンマ、御身の前に……」

「顔を上げよ」

 

 今度はちゃんと目蓋を開けてご先祖様を拝謁する。

 姿は写真や映像で見た事があるので知っているけれど、どことなく自分と似ている。

 子孫だから、ということもあるのかもしれない。

 艶やかな黒髪に東洋人の面影のある顔。だが、それは彼女の偽装の一つに過ぎない。

 それでもご先祖様である『ナーベラル・ガンマ』様は美しいと感じられる姿だった。

 黒と金をあしらった不思議な儀式用の巫女服とでも言うような服装で金属製の手袋というか手甲と足甲を身に付けていらっしゃいました。

 

「私が直接産んだ娘ではないようだな」

「……そうなりますね」

「……うむ。それでも二十年を生きたか……。祝福だが……、しばらく排泄物……いやクルクルよ。私の秘書として付き従え」

「ひ、秘書、ですか?」

「そうだ。特に用事など無いだろう?」

「か、下等生物に排泄物と呼ばれる私を?」

「……文句があるなら本当に排泄物を名乗らせるぞ」

「申し訳ありません」

 

 私は平身低頭でひれ伏しました。

 

 

 身支度を整えるのですが、服は全てご先祖様が用意してくださいました。

 それから先は夢でも見ているのではないかと思いました。

 ご先祖様と様々な場所に移動するのです。

 他の衛星に行ったり、アインにも降りました。

 正しく夢のような時間を過ごしました。

 

 ですが、夢は覚めるものです。

 

 秘書としての時間は私にとってはとても長かった。けれども実働時間は半年ほどでしょう。

 元々が短命のガンマ家です。

 二十年でも奇跡だったのです。

 

「……やはり下等生物(ミンミンゼミ)下等生物(ミンミンゼミ)か……」

「……お役に立てず……、申し訳ありません」

 

 多臓器不全。テロメアの減少。急な老化現象と色々と大変な事態になりました。

 免疫力の低下で色んな病気にかかったりもしました。

 

「共に行動するだけでも仲間からは『愛』だと教わったが……、私には理解できなかったようだ」

「……私にとっては特別でしたよ、ご先祖様……」

「そうか」

「色々と話したい事がありますが……。申し訳ありません。……あっ、望みが一つ出来ました」

「言ってみろ。今は何でも許可しよう」

「ありがとうございます。……私のように……長く生きた者が現れたら……、一緒に色んなところに連れて行ってあげて下さい」

 

 それだけでも充分、うれしいと思います。

 なにせ、ご先祖様と一緒に行動できるのですから。

 私の最後の言葉は発音できず、またご先祖様からのお返事も聞く事が出来ませんでした。

 最後に見えたご先祖様は涙を一つ(こぼ)したように見えたのは幻でしょう。それでも私にとっては一番の宝でございます。

 

 

 死体を処理したナーベラル・ガンマは子孫の言葉を電子端末に書き留めた。後々、正式な書類にしたためなおす。

 そうしないと忘れてしまいそうになる。特に下等生物の言葉は覚える価値が無いから。

 

「愛があれば私も悲しみで『涙』を零す、かもしれないそうだが……。生憎と私は異形種だ。それはありえんな。……だが、胸に届いたぞ、ナーベラル・クルクル・ガンマ。お前で二百三十七人目となった」

 

 その人数だけナーベラルは名前を覚えている。

 一度覚えた名前は決して忘れない。それが彼女の自慢できる能力一つだ。

 物覚えが悪いと仲間内から言われてから必至に頑張ったのだ。数億年ほどかかったけれど。

 次の長生き候補はどんな生き物なのか。

 次代に受け継ぐに足る者はまだ現れない。けれども、今のナーベラルの楽しみは短命の者がどう頑張るのか。そして、その結果を自分の主に報告することだ。

 超越者(オーバーロード)となった今でもナーベラルは頑張っている。

 

『終幕』

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。