第始章 ミレニアムクエスト外伝【完】   作:トラロック

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アウラ・ベラ・フィオーラ

 

 平穏な治世と適度な混乱を経て千年が経った。

 文明は維持されているので科学技術の発展はほぼ無い。せいぜいシズが大規模な存在になっている程度だ。

 無数の星々に派遣した開発部隊のいくつかは無人の星にたどり着き、その他大勢は未だに星に辿りつけていない。

 星との距離はそれ程開きがあるという事だ。

 一光年先の星に向かうだけで途方もない年月がかかる。確か九兆四千六百億キロメートルだ。

 途中で朽ちるかもしれないし、未知の障害にぶち当たって滅びるかもしれない。

 

 

 千年後の星を統べる『アインズ・ウール・ゴウン』は未知の敵性体と思われる『プレイヤー』候補を監視していた。

 正確な時間ではないけれど確実に未知の存在は居るようだ。

 彼らが『ユグドラシル』のプレイヤーならばシャットダウンの時期が同じはずだ。

 つまり現実世界の時間が停止しているのではないかと数百年経ってから気付いた。

 違う時間にそれぞれ転移されているのであれば、この推測はそれ程間違っていない事になる。

 つまり。

 

 現実世界に戻ったら、朝の四時には起きなければならない。

 

 この世界で目的を果たした以上は戻る事も想定内とすべきか。いや、戻っても辛い毎日が待っているだけで幸せは来ないかもしれない。

 あと、戻ってしまうと能力やアイテムを全て失ってしまう気がする。最悪、今までの冒険者などの記憶も。

 支配者ロールプレイの終焉とも言える。

 

「……アルベド達を残して戻るのは……。いずれはそうなるかもしれない」

 

 一緒に連れて行けたら、それはそれですごい。確実に世界が破滅しそうだが。

 人間である『鈴木悟』にアルベド達が敵意をむき出しにする可能性もある。

 

NPC(ノン・プレイヤー・キャラクター)はゲーム画面から出る事はできないけど」

 

 幸せとは簡単ではない事は理解した。

 『遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)』に映る冒険者たち。

 昔であれば色々とシモベを派遣するのだが、今は見守る事にしていた。

 『ナザリック地下大墳墓』に置いてあった必要な物はこの星にはすでにない。あるのは擬似ダンジョンと化した大墳墓だ。

 攻略されて困る宝は無いが、仲間達と共に開発した元々の大墳墓を荒らされるのは少しだけ不快ではある。一応、最下層に強大なモンスターを数体配置している。それらを倒しても何も恩恵も貰えはしない。ただ徒労なだけだ。

 

「アインズ様、お呼びでしょうか?」

 

 事前に呼び寄せていたアウラを近くに招く。

 千年を生きる闇妖精(ダークエルフ)は今も健在だった。

 本来なら老化して死んでいても不思議は無い。

 この世界において新たな進化とでもいうのか。種族名は変わっていないが神々しい雰囲気が備わっていた。

 

 闇聖霊(ダークハイエルフ)

 

 不死というか不老長寿の闇妖精(ダークエルフ)に相応しい名称だ。

 喜んでばかりではない。

 不死性の影響で未知の病気にかかりやすくなっている。

 死ぬことを運命付けられた身体の機能の一部が暴走する。定期的に身体検査を受けなければ肉塊と化してしまう。

 特にマーレは適度に精子を出さないと睾丸が破裂するほど肥大してしまう。

 溜め続ける事の出来ない身体となっている。

 一部は発情が止まらなくなったりと、無限の時を歩む者特有の病のようなものを発現する。

 

「マーレは元気か?」

「はい。星の天候管理。砂漠化の抑制は滞りなく」

「支配者のわがままで子を成す事を禁じているようで申し訳なく思うぞ」

「いえ。変な後継者が生まれて国を荒らしては一大事ですから」

 

 変な後継者でも愛着が湧くかもしれない。そう言いたかったがやめた。

 決めるのはアウラだ。彼女が望むなら許可したい。

 あと、大人となっているアウラを膝に乗せるのは苦労する。

 重いからではない。

 アルベドの嫉妬を買いそうだからだ。

 一千歳。正確にはもう少し多いけれど、かなり高齢となっている。

 不死性の生物に年齢という概念は無意味かもしれないが。と色々と思うアインズ。

 

「自然溢れる世界の維持に対して褒美を与えよう」

「ありがたき幸せに……」

 

 途中まで喋ったアウラは側で血を吐く。

 

「毒無効のアイテムはちゃんと外しているようだな」

「……お戯れを……」

 

 アウラは室内に毒が充満していることは理解していた。そして、それをあえて吸い込む。

 時間経過と共に身体に変調が現れる。後数分もすれば血管が破裂していく。

 それでも何の不満も持たない。

 

「NPCのお前たちは変わらないことを運命付けられた。私としては変わってほしいと願ったものだ」

 

 百年経てば無機物にも魂が宿ると言われている。だが、NPCは千年経っても変化しない。

 魂が変質しない、とでも言うのか。

 自分は色々と変わった気がする。

 

「……うぼっ」

 

 びちゃ、と床に落ちるのは紫色に変色した舌。

 

「高レベルのNPCは丈夫だな。こういう事をこれからも続けるかもしれない。それでも私に敬意を払うならば……」

 

 なんて悲しい存在なんだ、と言おうと思ったがやめた。

 仲間たちが生み出した子供たちを自分はここ最近、いじめている。

 NPCであるという事が引っかかっているのかもしれない。

 融通の利かない機械人形。ゲームのキャラクター。生物とは似て非なる者達。

 

 act 3 

 

 謁見を終えたアウラは自国に戻り、湯船につかる。

 腐りかけた肉体は既に治癒している。

 

「……至高の御方のお考えは千年経っても難しいわ」

 

 支配者としての権利を行使する事に躊躇いは不要。

 だからアウラは気にしない。

 

「大事にされているのかな」

 

 それはそれで嬉しく思う。

 いつでも切り捨てられる覚悟は持っているけれど、見捨てられるのは嫌だ。

 毒を吸え、と言われれば吸う。

 命令遵守は当たり前。

 だが、自己判断については色々と悩んでいる。

 子を成す意味が見出せないところとか。

 命令ならば、と思うのだが至高の存在は自主的に子供を育てよ、と言っているような気がする。

 母となって後継者を育てろ、という意味かもしれない。

 それはそれで命令ならば、と。

 そう。

 命令で無いことを自分が自主的に判断する意味が分からない。

 

「分からないと駄目なんだろうな」

 

 女性として生まれたからには子を成すのが生物的かもしれない。

 大きくなった胸や体内臓器は何の為にあるのか。

 弟のマーレも子種を作るための器官があり、それを使わなければ膨張して破裂するという。

 同様に母乳も溜まり過ぎて破裂しそうなものだが。

 

「あ~、分からないわ~」

 

 長い耳を洗いつつアウラは顔を顰める。

 こんな調子では一万年、十万年と過ぎても答えが出せそうに無い。

 

 

 自然を守りつつ気がつけば五十万年が過ぎていた。

 安定した世界の構築に力を注いだお陰で危機的状況は起きていない。それはアウラ以外の統治者達の尽力も関係している。

 星は安定していたが宇宙空間は劇的に変化していた。

 転移拠点の『万魔殿(パンデモニウム)』の数はもはや数え切れないほどだ。

 風化の影響が少ない世界なので故意に邪魔しなければ何億年でも変わらぬ姿を維持すると言われている。

 それでも開発している星は百も無い。それだけ各星々は遠いということかもしれない。

 星の統治者である魔導皇『アインズ・ウール・ゴウン』は他の星の開拓の視察の為に不在であった。支配者は既に引退しているのだが、NPC達は昔と変わらず支配者でいてほしいと願い出て、形式的な形だけ残している。

 今、この星を統べるものは『アインズ・ウール・ゴウン』という名の偶像だ。ある意味、神格化とも言うべき存在となってしまっている。それには当人であるアインズことモモンガも苦笑していた。

 支配者が居なくとも何かにすがりたい象徴が欲しいのかもしれない。

 それに対して彼らの思うようにさせた。モモンガには彼らを止める権利は持ち合わせていなかったので。

 長命な不死の種族なので一度、外出すれば数百年も帰ってこない事は当たり前になってきている。その代わり『伝言(メッセージ)』は定期的に届く。

 魔法とて時差があるようで、不定期の連絡は全て文字に残して保存されている。

 

「成長が止まった森妖精(エルフ)というのは何だか損した気分ね」

 

 そう言いながら弟のマーレに国産のお茶を提供する。

 

「新陳代謝は止まってないから完全に停止したわけではないと思うよ」

「そうね。毎日のお風呂は欠かせないもの」

 

 定期的に身体検査を受けて健康を保っている。

 大きな混乱は無いけれど、長い統治というのはあっと言う間だと過去を振り返る。

 百年毎に変わる短命生物の顔。

 多少は進化しているはずなのだが、どう変わったのかは未だに分からない。

 定期的に来るプレイヤー候補も人間種であれば寿命に勝てず。

 

「そういや、あんたのアレ……。えらくバカデカくなってたわね」

「数百年も放置すれば大きくなるよ。いずれ破裂するはずなんだけど……」

 

 高レベルNPCの肉体はそう簡単には壊れない、という事だ。

 一部の肉体は特別な処置をすると本体と共に()()()()成長する。

 処理を誤れば危険だが、そこは管理する者が優秀なので数万年後の今も異常は見られない。

 

 

 アウラ達は長年の存在維持に影響が出てはいけない、というので避妊処置が施されている。なので互いに生殖機能は無いし、自己再生も起きていない。ただし、排泄器官としての穴だけは残されている。

 マーレは既に声変わりはしていたが会う度に女性らしく見えてしまう。

 ホルモンバランスというものはNPCだからか、影響されているような兆候は数字では見せていない。ただ、外見は影響されているように見えている。

 

「死なない身体で良かったのか、悪かったのか。あんたはどう思うの?」

「死ねない事で自害は無理そうだけど……。モモンガ様のお役に立てるシモベとしては都合がいいと思う」

 

 定期的に今の自分をどう思っているのか、感想文を提出するように言われている。

 死を賜りたい場合は願い出ろ、と。

 NPCであるアウラ達には何年、何千年経っても至高の存在の考えは理解できないようだった。

 姉と弟は日々に文句などあろうはずが無く。

 与えられた命令を全力で全うするだけだ。

 その身がボロボロに風化するまで。

 

『終幕』

 

 


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