第始章 ミレニアムクエスト外伝【完】   作:トラロック

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永久不変の先にあるもの
マーレ・ベロ・フィオーレ


 

 世界が統一されて早百年。

 その間に色々な出来事があったが治世としては安定している方だ。

 『ナザリック地下大墳墓』の第六階層の守護者で闇妖精(ダークエルフ)の『アウラ・ベラ・フィオーラ』と『マーレ・ベロ・フィオーレ』は新たな拠点作りに忙しい毎日を送っていた。

 自分達が統治していた『バブルケトル国』に不満点はないが、運営に関して殆どを大臣や従者に任せていた。

 NPC(ノン・プレイヤー・キャラクター)でもあるアウラ達は転移後から数十年経った今、立派な大人の姿に成長していた。ただ、装備品に変化は無い。

 創造主にそうあれと設定されたものが今も有効となっているようで変化を付けることに抵抗があるらしい。

 男装の麗人となったアウラは立派な女性だ。マーレはより女性的に成長してしまった。

 言葉使いはさすがに男性のままだが。

 偽装も兼ねてマーレの髪の毛は長めにしてもらっている。

 

「数十年かけて緑地化してきたのに遅々として進まないのはもどかしいわね」

「魔法で楽をすると反動が来るかもしれないっていうよ」

 

 腕を組んで眼下に広がる緑豊かな元砂漠地帯を眺める。

 気候変動により気温上昇に伴ない雨季が少なくなり、植物が枯れる。それを魔法で適度に防いでも限界がある。

 

 絶対量。

 

 この概念が星の安定化に深く関わっている。

 いくら魔法で水を出しても時間が経てば消えてしまう。永続効果は意外と少ないし、あってもコストがかかる。

 この問題にアウラ達は長年取り組んできた。

 時間のかかる研究ではあるけれど世界を急激に悪化させるわけにはいかない。

 

「増やさず減らさず。安定というのは難しいわね」

「ばたふらい効果っていうそうだよ。小さな失敗が後に大きな反動となってしまうみたい」

「つまりあたしたちの行動も後々、凄い事になるってこと?」

「そうだね。僕たちだけの問題じゃないけれど……」

 

 天候操作の魔法も後々大気の活動に深く関わってくる。

 魔法の中にはもっと凄い事が出来るものがある。そして、それらを作り出した先人たちは数百年先の事など考えてはいない筈だ。

 

 

 星の気候の管理を終えて自国に帰還するアウラ達。

 国民として受け入れた森妖精(エルフ)達の半数は死に絶えた。

 絶滅は回避できたが定期的に襲ってくる疫病対策は毎年のように大変だった。

 強い種を作ればいいのか、と言われると頭を抱える事態となる。

 なによりアウラ達は国を治めた経験がほぼ無かったから。

 それでも百年統治までこぎつけた。今のままもう百年は統治できる自信もついた。

 大人として成長したから跡取り作りも始めなければならない、という気持ちが出て来た。それは『ガンマ国』などの統治者が子作りに励んでいるからだが。

 姉と弟で近親相姦するわけにはいかない。それは星の支配者からも命令されているので出来ない。

 かといって見知らぬ他人と結婚する気は二人共無かった。

 褐色肌の森妖精(エルフ)は絶滅寸前だ。過去の戦争や強大な魔物に駆逐されてきた為だ。

 強者はいくつか確保しているけれど、扱いに困っている。

 

闇妖精(ダークエルフ)を増やす計画はどうして承認されないのかしら」

 

 子供を作る行為において近親相姦がなぜ、駄目なのかNPCであるアウラには理解できない。

 人間の価値基準は創造されたものには理解しにくい問題だった。

 人の世の倫理観は元から持ち合わせていない。

 治世百年にしてアウラ達にとって未だに解決できない問題だった。

 

 act 1 

 

 百年を超えてから仲間が集まる機会が減り始める。以前は毎年の行事だったのだが支配者の気まぐれで二年、五年と長くなる。ただ、今は検討段階なので支配者抜きの会合は通年どおりだった。

 

「じゅ、十年ですか!?」

 

 久方ぶりにアウラ達は『ナザリック地下大墳墓』の第九階層にある支配者の執務室に集められた。そして、叫んだ。

 

「毎年いちいち集まってもらうのもそろそろやめようかと思う」

 

 そう言ったのは星を統べる魔導の王を超越する皇。

 

 『アインズ・ウール・ゴウン』

 

 種族はアンデッドの『死の支配者(オーバーロード)』だが。今も昔と変わらぬ穏やかな雰囲気で話し始める。

 周りの風景は幾分か変わってしまったが。

 

「あくまで案の一つだ。決定事項ではない」

「で、ですが……」

 

 アウラが飛び掛らん勢いだったものを防ぐ存在が居た。

 腰から黒い翼を生やし、側頭部から牛の角のようなものが生えている。

 地に着くほどの長い黒髪。白いドレスと金色の装飾品を見にまとうのは守護者統括の『アルベド』という女淫魔(サキュバス)だった。

 人前ではアルベド・ウール・ゴウンと名乗る事があるけれど、ナザリック内では名前のみとなる。

 

「百年ごとの『プレイヤー』候補も気になるところだが、今となっては数の暴力でもない限り恐れる事は無い。我々は力で支配しているわけではない」

 

 アインズは成長し、立派な大人になったアウラ達を眺めて感心する。

 本来ならば色んな祝いの言葉を送りたいところだが、独り身の自分には何も言葉が出てこなかった。

 尚且つ、後継者作りの話しが出たので近親相姦をするのではないかと危惧したものだ。

 現に元戦闘メイド達が()()()()()()になってしまったので。

 

「治世百年……。それは決して容易いものではない。……私としては一定期間の支配で満足して終わりたいところだ」

 

 永久(とこしえ)の統治。

 

 言葉としては魅力的だが永遠に世界に君臨し続けるのは精神的に拷問ではないかとここしばらく感じていた。

 不老不死は魅力的だ。だが、実際のところは『終われないゲーム』を延々とプレイしているのに等しい。

 現に『ユグドラシル』というゲームのキャラクターが現実世界を支配しているのだから、滑稽だ。

 元の世界に帰れるわけでもない。だが、戻りたいほどの価値も無いほど荒廃している現実にも辟易している。

 時間経過で元の自分はきっと死んでる。今さらな話しだ。

 

「支配者を引退なさりたいと……」

「それもいいだろう。世界が荒れたらまた支配しなおせばいい。丁度良い気晴らしにはなる」

 

 毎日変わらぬ日常を延々と過ごすのは退屈だ。時には刺激がほしくなる。

 支配者ロールプレイも潮時だ。

 

 そんなことは絶対に許さない。

 私達は貴方様の支配があってこそ。

 アインズ様、ご命令を。

 皆殺しにしてきます。

 逆らうものは全て殺せ。

 人口を調節しましょう。

 

 ここ数年、聞こえる幻聴。それが現実になりそうで怖い。

 被害者意識なのは分かっている。

 それはきっと罪の意識かもしれない。自分が今までやってきた事が間違っていた、という。

 精算する時が来るかも知れない。ここでやめなければ次はまた百年後になるかもしれない。

 アインズは『(無限光)』で瞑想しながら思っていた。

 

「それとも私の決定に不満か? それはそれで構わない」

「……い、いえ。アインズ様のご決断に逆らおうとは……」

「長い統治というものは色々と不安を覚えるものだ。気が付いたら全て夢だった、という結末に強制的に挿げ替えられたりするのではないか、とな」

 

 ありない事は無い。

 実際に制裁モンスターは幾度も現れた。その度に仲間たちが死んでいく。

 圧倒的な力を持つ彼らは慢心は許さないと言った。

 闘争溢れる混沌とした世界であれば彼らは自然淘汰を祝福するようだ。それを邪魔する者は許さない。つまり、世界を制定し、平定したアインズは正しく彼ら(レイドボス)の敵ということになる。最初こそは世界征服に肯定的だったと思ったのだが、実際は違った。

 彼らは欲望を叶える者が起こす混沌を許容し、それを終えることを許さない。

 平和な世の中にするな。争い溢れる状態を維持しろ、という言い分なのかもしれない。

 

「アインズ様、発言をお許し下さい」

 

 と、一歩前に出たのは第七階層守護者の悪魔『デミウルゴス』だった。

 今も昔と寸分の狂い無く存在する規則正しい姿に改めて驚かされる。

 

「うむ。どんな意見でも構わない」

「はっ。支配者を引退なさるという事は国を解体なさる、ということでしょうか?」

「国はそのままで良い。支配者は偶像でよいのではないかと……。分かり易い言葉では『隠居』かな。また冒険者となって旅がしたいものだ」

 

 旅をする未知の世界はこの星には無い。無くなってしまった、が正確か。

 モンスターを狩る。珍しいアイテムを求める。

 それは既に失われた夢。無い物ねだりだ。だが、夢はなくしていない。

 

「アインズ様が苦悩しているというのに我々は何の役にも立てない事が……」

「お前たちは思い詰めなくて良い。お忍びで世界を漫遊するのも悪くない事だ。便利なものに頼らずにな」

 

 レベル1から再出発は出来ないけれど。

 それもまた案の一つとして残しておこうと思った。

 

ア、アインズ様! 頑張って妊娠しますから、居なくならないで下さい」

ア、アウラ!? いや、あくまで案だぞ。まだ検討段階だ」

 

 アウラはアインズの足元に這いずるように移動する。左右の色違いの瞳から涙が溢れ出ている。

 

「妊娠するのはいいが、ナーベラル達みたく育てず食用とか言い出すのではないか?」

「えっ? あ、ああ……確かに……」

 

 ええっ、お前らもかよ。と、アインズは驚き、がっかりする。

 

「父や母にならない、という事か? アウラ達は人間種だから母性とか父性はあるだろう?」

「実際に子供を産んでみないと分かりません。ですが、親という感覚があたしたちには……」

「急に親になるのは誰でも混乱するものだ」

 

 確かマタニティ・ブルーと言ったはずだ。

 ナーベラル達は異形種ではあるが色々と悩んでいたような気がした。よく分からなかったけれど。

 それ以前にアルベドと擬似的に婚姻を結んだ自分は何なんだ、ともう一人の自分が言っている。

 お前も親じゃねーの、と。

 子供が居ないから親ではないけれど、自分が一番駄目な事は自覚している。

 部下に手本を見せられない無能ぶりに辟易する。やはり隠居した方がいいかも、と思った。

 

 act 2 

 

 治世百十年に達する頃、世界が少しずつ荒れ始める。

 平和を享受することが出来ない者が喚き始めた。

 アウラとマーレは暴動が起こらないか監視する。

 

「人間達は平和が嫌いなのかしら?」

「アインズ様が統治しているからこそ幸せなのに、それが分からないんだよ」

 

 その支配者も平和には否定的なところがあったりするのでマーレは少し混乱気味だった。

 平和の何が駄目なのか、と。

 レイドボス対策なのかもしれないし、別の問題があるのかもしれない。

 与えられた国を平和的に治める仕事を全うできるのか不安になってくる。

 

 

 マーレは単独で支配者アインズとの謁見に望んだ。

 

「マーレよ。お前一人で来るとはな。それで聞きたいこととはなんだ? 遠慮は無用だ」

 

 玉座に座る支配者は穏やかな口調で言った。だが、側に居る他の階層守護者たちは殺気を振り撒いていた。特に統括のアルベドは視認出来るほどに黒いオーラを発している。

 彼らが怒る原因はただ一つ。

 支配者を強引に呼びつけたからだ。

 

「……おそれながら。アインズ様は平和な世界の統治に肯定的なのでしょうか。それとも否定的なのでしょうか。それが少し気になったもので……」

 

 最初は気弱だったマーレも大人として成長した今ははっきりと意見を言うようになった。その変化はアインズとしては意外だと思い、そして嬉しく思った。

 NPCもちゃんと成長するのだと。

 

「……はっきり言えば……、そのどちらでもある。時と場合による、と言った方が正確に近いか」

「……そ、そうですか」

「世界征服しておいて平和に否定的なのは理解できないと思う。言ってる自分でもそう思うけどな」

 

 アインズは苦笑する。

 死の支配者(オーバーロード)という種族なので骸骨が笑う顔というのは本来は不可能だ。だが、微妙な工夫は出来る。

 

「宝は手に入れて飾っていれば(ほこり)を被るものだ。今の世の中はそういう時期に入っている」

「では、その埃を払えばまた……」

 

 と、言い出したマーレをアインズは手を突き出して止める。

 

「その作業を永遠に繰り返す気か? 美しい宝は飾り、そして、次代に受け継ぐ。時には失われる。そういうものだ」

「はっ」

「美しい宝を自分の手で破壊するのは勿体ない。国を焼くのは簡単だが……。時には他人に委ねてみたくなるものだ」

 

 正直、百年も治世を安定化させる未来は思い描いていなかった。

 実現した今は新たな目標が欲しくてたまらない。かといって世界を壊してまた作り直すのも虚しい作業になりそうだ。

 シズに他の星の開発を依頼しているが、広大な宇宙に進出する事もいずれは(おこな)う予定になっている。

 気がかりとしては百年毎に現れる『プレイヤー』候補を野放しにする事だが、それはまだなんともいえない。

 元々、サラリーマンの『鈴木(すずき)(さとる)』が征服王にまで上り詰めてしまった。そこから先は考えられない。

 やりこみプレイにも限界がある。

 

「この世界を捨てて新しい世界に行くことも考慮する時が来るのかもしれない」

 

 宇宙は広大だ。征服するには何億年もかかる。億年というよりは天文学的数字と言った方が適切か。

 移動に数万年以上もかかるようだし。

 

「この星が寿命を迎えた場合はどうすればいい?」

「……次の移住先に……、いえ、アインズ様の気がかりを理解できず……」

 

 マーレは床に頭を付けて平伏する。

 永遠の統治はそもそも不可能だ。星には寿命がある。

 形あるものが滅びるのは決定事項のようなもの。

 

「気の早い未来の話しだが……。不死の存在は滅びを恐れる。そういうものなんだろう。人間であれば千年後まで考えなくて済むから刹那的で楽しみを持続できる。だが、我等は違う」

 

 違うと言ったけれど、仲間達と楽しく過ごせれば文句は無い。

 そう無心に思えたら幸せなのだがな、と。

 

 


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