魔法騎士レイナース 作:たっち・みー
巨大モンスターが通った道は塞がれつつあった。
沈黙の森自体が一つの生き物のように脈動している。
「『魔樹』のようだな」
世界を切り裂くと言われる魔樹『ザイトルクワエ』というモンスターの話しをレイナースとイビルアイは聞いた事があった。
三百メートルほどの植物モンスターだそうだが、木々を食べて大地から栄養を奪うと言われている。
数百年前から色々な冒険者と戦い続けてきた強敵で未だに倒された事がないという。
ただし、幾度かは撃退されているので世界は未だに魔樹に蹂躙されていない。それは封印できるからだとイビルアイは聞いた覚えがある。
「動いているようだが襲ってはこないようだな」
道が無くなる前に走破しなければならない。
破壊の規模が大きすぎて修復が追いつかないようだ。
三人はハムスケに乗り、一気に駆け抜ける。
今のところモンスターの姿は無く、動物達の姿も見えない。
「……本当に世界の危機なのか。あのモンスターが原因なのではないか?」
「それはそれがしにも分からぬでござる」
一時間ほど進んだが森は深く、高い樹木が生い茂る。
破壊の後を追っているのだが、仔山羊の鳴き声は聞こえない。
†
更に進んだところで人影を見かけたが急いでいるので無視した。
「おい」
「今は急いでいるので相手にする余裕は無いでござる」
駆け抜けていくハムスケに声の主は飛ぶように近づいてくる。とてつもなく脚力が強そうだ。
その人物は白銀の鎧を身にまとい、背中に六本の剣を浮かせ、手には漆黒の大きなバスタードソードを携えていた。
碧眼で金髪ロールの姫騎士のようだった。
イビルアイの目にはどう見ても『蒼の薔薇』のリーダー『ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ』にしか見えない。
戦闘に関してラキュースは超人的な動きを見せるので、完全装備でもハムスターの脚力に追いつくくらい造作も無いようだ。
「ラキュース殿!?」
レイナースは驚きつつ声をかけた。
「んっ? なぜ私の名前を? 君達は何者だ?」
物凄い速さで走りつつも疑問をぶつけてくるラキュースと思われる人物。
「この世界のラキュースなのか……」
「言っている事が理解できないのだが……。君達はどこへ行こうとしている?」
「獣道を頼りに進んでいるだけだ。出来れば……、集落のある場所まで」
「なるほど、了解した。私はラキュース。旅の剣士だ」
剣士に見えない立派な鎧。
どう見ても城務めの騎士だ。
あと、他人のようだ。
「そ、それでラキュースとやら。森を抜ける事は出来るのか? 我々はセフィーロを救いに召喚された者なのだが……」
そう言うとラキュースは驚いたような顔になった。
走りながら会話しているのだが、ラキュースは息が上がっていない。
ルプスレギナは『まるで
ガシャガシャと音を立てて走る白き騎士。
見た目では分からない身軽な装備なのかもしれない。
「森の先には『エテルナの泉』があるはずだ。そこに行けたら腰を落ち着けて話しを聞こうか」
「抜けられそうか?」
「森が君たちを認めれば出口を示すはずだ」
「ど、どうすればいいのだ。このまま延々と走り続けるのか?」
「んっ? その聖獣ハムスケは出口に向かっているのではないのか?」
ラキュースの疑問にイビルアイはハムスケの身体を叩く。
「痛いでござる。ちゃんと聞こえていたでござるよ。まあ、道なりに行けば出られるのではないでござるか」
「この役立たずが」
ルプスレギナは声に出して笑った。
「よく……分からないが……。少しは手助けをしてやろう」
走りつつラキュースは漆黒の大剣を構える。
それは『魔剣キリネイラム』にそっくりだった。この世界の、と付くのかも知れないとイビルアイは思う。
同じ存在なら必殺技を言う気がする。
自分達のリーダーと同じ存在なら。
「焼き払え!」
「……おいおい、森を燃やしたら大変な事になるぞ」
「この沈黙の森はそう簡単に全焼などしない。くたばれぇぇ!
確かキリネイラムは無属性の武器のはず、とイビルアイは思い、レイナースはとんでもなく物騒な単語を口走るラキュースに対して『か、かっこいい』と呟いた。
見た目の予想とは裏腹に炎ではなく、イビルアイの言う通り漆黒の衝撃波が発生した。それは無属性で間違いなかった。
じゃあなんで炎の技名なんだよ、という疑問が生じる。
†
打ち出した必殺技で大木がなぎ倒され、かえって進行の妨げにしかならなかったような気がする。
倒れてくる木々をハムスケは器用に避けて行く。
「くっ……。まだ足りぬか。ならばっ!」
「……もう少し穏便な方法は無いのか?」
今のラキュースは憤怒に彩られた破壊の女神のようで周りの声は聞こえていないようだった。
「
技名は違うのだが発生する技は先ほどとなんら変わらなかった。
容赦無く切り倒される大木。
攻撃力は本物だがイビルアイとレイナースは呆気に取られていた。
「くっ、ならば、秘技っ、
技名が長くなっただけだが、ラキュースは本気のようだ。
静寂な森に響く、戦乙女の絶叫。
聞く分には世の男性陣が聞き惚れる事は間違いない。ついレイナースも技名を聞き覚えた分だけ呟いているくらい気に入ってしまった。
自分も罪人を殺す時は何か技名を叫ぼうかな、と。
ラキュースとは良い友人になれそうな気がした。
薙ぎ倒される大木を眺めながらイビルアイは思った。
背中に浮いている『
ルプスレギナは楽しくて笑い続けている。
連続で必殺技を使ったせいか、ラキュースの顔色が一気に悪くなってきた。
走りながら長い必殺技名を叫んでいるのだから酸欠になってもおかしくない。
「だ、大丈夫か、ラキュース?」
「へ、平気……よ、ごぼぁ……」
言ってる側から
相当無理をしたようだ。置いて行くのも可哀相になったので、ハムスケに回収をお願いした。
ハムスケは見た目は可愛らしいが力は強く、大人を四人も背中に乗せて走れるほどの強さがある。
ルプスレギナは早速治癒魔法でラキュースを癒す。
「………」
魔法が何故か、使えたがイビルアイ達は気づかなかった。ルプスレギナも疑問に思ったが無視する事にした。
そういえば、と。ラキュースの必殺技も魔力の塊のはず。それが撃ち出せたのは何故なのか。
数分ほど考えたが答えは出なかった。なので、世の中には不思議な事があるものだと思い、胸の奥にしまっておくルプスレギナ。
「
「私はレイナース。バハルス帝国の騎士だ。ぜひ友達になってほしい」
手を差し出すがラキュースは首を傾げた。
「ああ、いや失礼。いきなりぶしつけだったな。……忘れてくれ」
「私はイビルアイ。
「ルプスレギナ・ベータ。御身の前っす。……じゃなかった。です」
元気に挨拶するルプスレギナ。
†
改めて名乗りを終えて、今までのあらましを告げる。
「セフィーロに危機が訪れていると……。確かに姫の祈りが無ければ崩壊すると伝説にはある」
「なぜ、世界は崩壊するのだ? そもそも伝説など知らないぞ」
「それは話せば長くなる。だから、私はそんな面倒な話しはしない」
「……身も蓋も無いな……」
「いや、ある意味、清々しい」
うんうんとレイナースは頷く。
「伝説の通りであるなら……。この森を抜けたところに『エテルナの泉』がある。そこで伝説の鉱物『エスクード』を手に入れるがいい。もし、それを手に入れたら
「……そのファル達は
そう言うとラキュースは驚いた。
「三人共にか?」
「知らんが二人分の死体は確認した」
「最後の一人にかけるしかないな。創師ガガーランという」
イビルアイの脳裏には誰だか姿は浮かぶのだが、なぜ奴が、という疑問がある。
そして、おそらくイビルアイという人間が
この世界には自分達の知っている人間ばかり出てくるので。
「姫の祈りが途絶えるとセフィーロの大地にたくさんの魔物が発生する。姫を救わねば大地もやがて崩壊する。伝説ではそうなっている」
かいつまんでラキュースは言った。
その後で進行方向に光りが差し込む。おそらくは出口だ。
「もし君たちが伝説の
一度頭を下げた後、ラキュースはハムスケから飛び降りた。そして、転んだ。
「んっ?」
「また会おう。伝説の……」
と、続きが聞こえる前に大木がラキュースの前面を覆ってしまった。