魔法騎士レイナース 作:たっち・みー
地上までまだ相当な距離があるけれど、今の状況を整理するにはやはり落ち着いた場所が必要かもしれない。
落下し続ける内に周りを確認しておく。
分かっていることは裸の女三人が落下中。
周りはたぶん見知らぬ土地。
遠くには空に浮かぶ岩山が見えた。
真下は台地と海が広がっている。
生物はまだ見当たらない。
「……この状況は魔法によるものか?」
イビルアイはルプスレギナに尋ねる。
彼女は髪の毛が風で吹き上げられていて物凄く乱れていた。その中で見えたものがある。
赤毛の女の両耳は本来の場所には無かった。
代わりにあるのは頭頂部近くに大きめの獣の耳が生えていた。
元々ナザリックの戦闘メイドという事は知っていたので人間ではない気がした。だが、改めて見ると驚いた。
イビルアイも人に大きなことは言えないのだが、今は相手の種族をどうこう言う雰囲気ではない。
大人しいレイナースを見るとめくれ上がった髪の毛で顔がよく見えた。
普段は片方の顔を隠していた彼女の顔は今はとても綺麗になっていた。
モンスターの呪いによって顔の半分が膿に侵されていることは聞いていた。今は完治しているように見える。
「レイナース殿、顔の怪我が治っているみたいだぞ」
イビルアイに言われてレイナースは自分の顔をさする。
普段なら
「……んー」
嬉しいところだが今は喜んでいる状況ではないとレイナースは判断した。しかし、幾分かは嬉しそうに微笑んでいるようにイビルアイには見えた。
†
それから状況が改善されずに数十分は下降を続けていた。
「……魔力の感じからはギリギリか……。または水面激突か……」
「多少の無茶は覚悟の上っすよ」
落下による影響からか、風圧で肌寒くなりそれぞれ髪の毛が逆立ったまま固まっていた。
肌を寄せ合っているけれど明らかに一人冷たい人間が居た。
「……すまない」
イビルアイが謝罪してきた。
本来は指輪の力で自らの正体を隠していたが今は三人共に装備が消え失せていた。
一番
冷たすぎる。
まるでアンデッドのようだ。
「こうなっては一蓮托生っすよね」
ルプスレギナは他の二人を見捨てる選択肢を選ぼうと思えば選べた。だが、イビルアイを死なせてはいけないのは自らの主の願いだし、レイナースはナザリック地下大墳墓においてバハルス帝国とは同盟関係だ。すなわち、帝国騎士のレイナースも見捨てる対象には入っていない。
緊急事態という事でルプスレギナは本来の姿である赤毛の狼に変化する。
「
「……感謝する……」
驚きはしたがレイナースも今は無粋な事は言わない。
状況を判断できない愚か者ではない。
長めの尻尾でしっかりと包み込むが、
「しばらく休んでいるといいっす。地面が近くになったら声をかけるっすから」
「そ、そうか」
呼吸がうまく出来ないのでレイナースは程なく失神した。それと同時に体内に残っていた便や尿が漏れ出て来た。
「イビルアイも今の内に魔力の回復をしておくっすよ」
「そうさせてもらおう。ルプスレギナは平気なのか?」
「平気っすよ。さっき排泄したからすっきりしているっす」
我慢は良くない。
出るものは出してしまうに限る。
†
ルプスレギナの大きな身体に守られてしばらく経つが地面まではまだ遠かった。
信仰系
その中の炎系で自らを焼き、レイナースを温める。
意識を失ったまま目覚めないし、体温も低かったからだ。
手足が壊死する程度なら治癒魔法でなんとか出来るが死んでしまうと蘇生出来ない。
「地面はまだっすか」
「そもそも何所からどこへ落ちているんだ?」
「考察は後にしてくださいっす」
「……うむ」
迂闊に死なれてはお叱りを受ける。そう思うと自然と怒りが込み上げるルプスレギナ。
脆弱な人間だから仕方が無いとして受けた命令は守らなければならない。それが戦闘メイド『プレイアデス』の一人としての矜持だ。
自らの身体に多少の負荷をかけて落下速度を上げる。
二千メートルはだいたい過ぎた辺りか。
もう少しで変化か現れるとルプスレギナは予想する。
「あう!」
風圧で尻尾が千切れ飛んだ。
仕方が無い。すぐに諦める。ケガは治癒でどうとでも出来る。
それから十分後に周りの様子を見ると地面がかなり大きく見えてきた。
「……そろそろ魔法を……」
「了解した」
イビルアイは自分を含めて、それぞれに『
それだけで落下速度は一気に落ちた。そして、すぐにルプスレギナは治癒魔法をかける。
レイナースは完全に眠っているようだったが、仮死状態かもしれない。
治癒魔法をかけると血色が良くなってきた。
「これが召喚魔法だとすれば性質の悪い魔法っすね。普通の人間なら死んでいるっすよ」
「……全くだ」
それぞれ文句を呟きつつ着地に向けて覚悟を決めていく。
目視では後、数百メートルというところだった。
そこへ巨大な魚が現れる。
普通は水中に棲んでいる生物だが透明感のある巨大な羽が生えていた。
全長は五メートル、いや十メートルはあるかもしれない。その魚がイビルアイ達の近くに寄ってくる。
「モンスターか?」
「雰囲気的には背中に乗れって感じっすけど……。こちらに顔は向けていないけれど……」
落下速度に合わせているようにルプスレギナには見えていた。
今の状態で戦うのは分が悪い。まして、レイナースを抱えていては苦戦するばかりだ。
敵対しないのならば攻撃しても仕方が無い。そうイビルアイは判断し、近づいてくる魚の背中に触れてみた。
過剰反応されなかったので敵対する意思は無さそうだ。
すみやかに乗りたいところだが滑りそうな身体なので乗る事が出来るのか不安だった。
「ここは私に任せるっすよ」
二人を抱えてルプスレギナが飛び乗り、背びれ近くまで一気に駆け抜ける。そして、噛み付く。
「見事」
ようやく落ち着ける場所にたどり着き、二人は安心した。ただ、レイナースを降ろすのはまだ早そうだ。
魚の背に横たえると滑って落ちていきそうだったから。
「ふぅ。とりあえずは難関を乗り越えたってところっすね」
「……ああ。………」
イビルアイの視線の先には上空から汚物などが落下していく様が見えた。ただ、千切れた尻尾は見当たらない。
「……たぶん本体に治癒魔法をかけたから消えたっすね」
高い治癒魔法による肉体再生は不可思議な現象を起こす。
腕を切断された時、身体の方に『
切断された腕が原型も留めないくらいの状態だと消えずに残る事があるという。
狼形態から人間の姿に戻りながらルプスレギナは言った。
改めてみて思った。やはり異形種なのだなと。
だからといって敵対する気は無い。命の恩人に刃を向ける事は冒険者として出来はしない。
少なくとも今は素直に感謝の意を表す。