魔法騎士レイナース 作:たっち・みー
次に気が付くと青空広がる空間が現れた。そして、そこは平原。
優しい風が吹いてくる。
「無事に戻ってこれたか」
「いや~、大変だったっすよ」
「………」
『エテルナの泉』を囲むようにルプスレギナ。レイナース。イビルアイは元の世界に戻ってきた。
だが、イビルアイだけ状況が違っていた。
「い、イビルアイ殿!? な、何があったのだ?」
「……うあぁ……」
周りを確認するイビルアイ。ただ、それを言葉に表す事が出来ない。
言葉を忘れてしまったかのような状態だ。
なにより、金色の髪の毛だったものが今は真っ白な白髪となっていた。
ルプスレギナはイビルアイに治癒魔法をかけようとしたが相手がアンデッドであることを思い出し、手を引っ込める。
「数万年くらい体験したような顔っすね」
老化しないとはいえ、途方も無い時間を過ごせばアンデッドといえど色々と精神に異常を来たす、かもしれない。
精神攻撃を受けたのかもしれないし、アンデッドだから別の攻撃ということもありえる。
「記憶の改竄で治せるとは思えないっすね。しばらく安静にしないと駄目かも……」
「そうか。イビルアイ殿、後は我々に任せて頂こう」
「……そ、そこのお人……」
震える手、老婆のような震える声でイビルアイは言った。目の前に居る者たちの名前も忘れてしまったかのように。
遠い昔に置いてきた言葉を必至に手繰り寄せるように紡ぐ。
「んっ?」
「殺して……。私を……、殺して……ください……」
イビルアイはその場で吐き出した。今まで食べた己自身の血肉を。
「も、もう……閉じ込められるのは……。……嫌です……」
レイナースは自分達が体験したものとは違うようだと思った。
震える彼女をそっと抱きしめる。
「もう大丈夫ですよ」
「あー、荒療治でいいなら試したい事があるっすけど……」
「それがイビルアイ殿の為になるのであれば、な」
今の状態で死なれると確実に蘇生は無理だ。
どういう体験をしてきたのか。アダマンタイト級にして王国でも屈指の冒険者でもあるイビルアイをここまで追い詰める事とは、とレイナースは首を傾げる。
†
ルプスレギナの言う荒療治というのは記憶を司る脳の組織そのものを抉り取るものだ。
記憶の改竄の許容を超える体験ならば手が出せない。
「ここまでの体験も自我もおかしくなるかもしれないっすけど、辛い事は忘れられるかもしれないっす」
「……苦しみ続けるのも拷問か……」
もし自分が同じ立場であれば発狂していてもおかしくない、かもしれない。
イビルアイは狂う事すら許されない状況だったと推測できる。おそらく自分達には想像もできない過酷なものだったに違いない。
個人的に恨みはないが、助けてやりたいとは思う。
この世界で助けてくれた恩は忘れない。
恩には恩で報いる。レイナースとて自分の事しか考えない卑しい人間ではない。
それぞれイビルアイの事について考えているとドスドスという重々しい足音を響かせて迫ってくる存在が居た。
あと、ハムスケは眠りこけていた。
「ん? 新手か?」
平原なので敵性体が現れると目立つ。特に両手に通常の二倍も三倍も太いガントレットに顔を隠すような装備を身にまとうような存在であれば尚の事。
大きさは一般の大人ほどか。服で分からないが体格の良い人物のようだ。
「ボクは旅する
と、気さくに言っているが物騒極まりない装備はとても
その妖しい姿が見え始めるとルプスレギナは震えだし、その場に平伏する。
「ど、どうしたのだ?」
「身体が自然に……。あ、あの、もしや、あなたは『やまいこ』様ではありませんか?」
「おや? 君とは初対面のはず……。うん、確かにボクはやまいこだよ。君は……」
「戦闘メイド『プレイアデス』の一人『ルプスレギナ・ベータ』でございます」
気さくな喋り方から目上に対する丁寧な名乗り。
ルプスレギナにとって敬意を払う人物だと理解する。だが、見た目がとても奇異なので偉いようにはレイナースには見えなかった。
この世界の特別な名称ではなく、聞き覚えのある
声からして女性だと思うけれど、この
「ルプスレギナ君。何かお困りではありませんか?」
「は、はい。は、発言をしてもよろしいのでしょうか?」
「言葉を話してもらわないとこちらとしても対応しかねるよ。遠慮なくどうぞ」
優しい物腰。威圧感も無いし、敵という気配も無い。
レイナースは武器を握る手の力を少しだけ緩める。
†
ルプスレギナは身振り手振りを交えて説明する。
普段の姿からは想像できないほど取り乱しているように見えた。つまり相手は格上ということになる。
邪悪なアンデッドの部下というイメージがあったが、今は何故だか意外だと思った。
「なるほど。一発殴れば……、というわけにはいかないな」
巨大な拳を打ち合わせるやまいこ。記憶消去の方法がレイナースには何故だが理解出来た気がした。
殴って消えるような簡単なことではないはずだ。
「辛い記憶は消した方がいい時もある。ボクに任せなさい」
「で、では、よろしくお願いします」
やまいこはイビルアイを近くの岩場に移動させた。
「……多少、痛めつけても大丈夫です。身体は頑丈ですから」
「それは上々……。これから治療に入るけど邪魔したらぶっ飛ばすからね」
「はい」
返事はルプスレギナだが、レイナースはただ見守っていた。
普通の人間ならばイビルアイを安易に殺すことは出来ない。
憔悴しているとはいえイビルアイは並みの存在ではない。
「では、超位魔法……」
と、やまいこが言った後で巨大な魔方陣が展開される。それは平面ではなく立体的なものだった。
幻想的な光景にレイナースは驚き、見惚れる。
やまいこが放つ魔法は。
〈
指定した始点と終点の期間のすべての記憶を抹消する。それは場所指定で
『ダンジョンに入る前』から『入った後』の記憶を消すと中間は全く思い出せなくなる。
尚且つ、この魔法は身体に蓄積された肉体的な記憶も消してしまう大雑把なものだ。
つまり始点と終点の間で獲得した経験値が初期化されたようになる。
あくまで対象は人物なので獲得したアイテムにまで影響する事は無い。
「泉に入ったことの全てを忘れてしまうけれど……。後の言い訳は任せたよ」
「承知した」
レイナースは深く頭を下げた。そして、発動される。
記憶を消す魔法。
いや、記憶をかき消す打撃、と言った方が正確か。
やまいこの巨大な拳がイビルアイの頭部を完全に潰したような状態になった。事実、岩場に色んな肉片が飛び散った。
どう見ても魔法には見えない。
「……それは本当に魔法なのか?」
魔方陣が展開されたから魔法なのかもしれない。
「魔法だよ。見た目は凄いけどね。蘇生を前提にした魔法だから驚くのも無理は無いよ」
「私も驚きました。……なんとなくそうなんじゃないかな、とは思いましたが……」
マジで殴った、とルプスレギナは苦笑する。
意味も無く殴りはしない。
やまいこはイビルアイが高速治癒を持っていると分かった上で
打撃の利点は脳を破壊する事だ。
よりよく魔法の効きを良くする為に。
即死しないので高速治癒により、潰れた頭部が回復するまで一時間はかかったようだ。もともと蘇生を拒否していたし、治りが遅くなっているのかもしれない。
頭部が損壊しているのに滅び無い所はやまいこの攻撃力が低いからか、それとも適切な加減だからか。
はた目には判断できない。確実に言えることはイビルアイは今も生きているという事だ。
「それじゃあ、ボクは旅を続けるよ。いずれまたどこかで」
「い、一緒に来てくれないのですか!?」
「ボクの旅はまだ道半ばだからね。またいずれ会える日が来るだろうさ」
巨大なガントレットを振りながらやまいこは立ち去っていく。
引き止めたい所だがルプスレギナに至高の存在の歩みの邪魔をする権利も資格もなかった。だから、動けなかった。
小さくなっていくやまいこの後姿を見えなくなるまでルプスレギナは見続けた。
†
復活したイビルアイは夢でも見ていたかのように頭を振りつつ周りの状況把握に努めた。
エテルナの泉で何があったのか、何を見たのか、思い出せない。
まず仲間の名前は覚えていたし、エテルナの泉に入る目的までは覚えていた。
大雑把な方法のように見えて効果は正確だったようだ。
「とにかく、無事で何よりです」
「……無事か……。よく思い出せないのだが……。思い出さない方がいいのか」
「そうですね」
何かを忘れている、という感覚はあるようだ。だが、それを無理に思い出す事はきっと
側には緑色の宝石の塊が転がっている。
今さら再確認の為に泉に飛び込むのも野暮というか、二度手間というか。
三人無事であった事を喜ぶべきだ。
イビルアイは立ち上がろうとした時、更なる嘔吐を繰り返す。
記憶は消えても体内の内容物までは消せなかったようだ。経験値は消せても
「……思い出してはいけないようだな」
レイナースは彼女の背中をさする。
どれほどの苦痛を味わったのか。
記憶消去の後で気付いたが、イビルアイの髪の毛の色素が戻りつつあった。
肉体の記憶が消えた証拠かもしれない。とはいえ、まだ白さが目立つ。
「今日はここで野宿しましょうか。無理に動くのは良くないでしょう」
「手数をかける」
旅の仲間の復活は素直に嬉しかった。
レイナース達は野宿を決めたのだが、ハムスケはどうしようかとルプスレギナに話しかける。
「お腹は空きっぱなしっすから、そろそろ焼こうかなと」
「そうだな。役に立たないようだし」
殺気を感じたのか、ハムスケは飛び起きて女性陣から離れた。
「拙者と命の奪い合いをする気配を感じたでござる」
「食われたくなければ村とかに案内しろ」
「ううむ。仕方ないでござるな」
「……お前は案内役ではないのか?」
空腹を覚える獣はとても危険である、という事を巨大ハムスターに教え込む必要があるのかもしれない。
レイナースは黒いオーラを発生させている剣を握り締める。