魔法騎士レイナース   作:たっち・みー

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#001

 act 1 

 

 バハルス帝国帝都『アーウィンタール』にある帝城の一角でお茶会が開かれていた。

 帝国が誇る最強の四騎士『不動』、『重爆』、『雷光』、『激風』と敵国ではあるが先の戦争終結から戦後交渉の為に訪れていたリ・エスティーゼの貴族であり冒険者『蒼の薔薇』のリーダー、ラキュースと仮面を付けたイビルアイと王国戦士長。

 お忍びで訪れていた竜王国の女王ドラウディロンなどが顔を突き合わせていた。

 

「平和だなー」

「そうですね」

「戦争をしていたとは思えないほどだ」

 

 和やかな雰囲気に包まれた。そんな雰囲気のひと時に水を差す現象が発生する。

 突如として世界が光りに照らされる。そして、聞こえた。

 

 この世界を助けて、と。

 

 何人かは『お断りします』と条件反射的に言っていたのを重爆のレイナースは聞いて苦笑する。

 顔の半分を膿で覆われる呪いにかかっていた彼女はそれを癒すなら考えてやろうと胸の内で言った。

 それから光量が激しくなり、視界が効かなくなる。

 次には身体に浮遊感が襲い掛かる。

 

「おっ!?」

 

 視界が数転ほど変化したあと、顔に焼けるような痛みを感じたレイナース。

 それから数分は目を瞑っていただろうか。

 身体に吹き付けてくる風を感じる。

 

「………」

 

 嫌に肌寒い。まるで服を一切、身につけていないかのようだった。

 仮に全裸だとしても帝国軍人たるもの、それくらいでは動じない。

 見られて困る身体ではない。

 

「……おお」

 

 勇気を出して目蓋を開けると目が覚めるような青。それは空の色、と思ったがすぐに違いと思った。

 目の前に広がる青は海だった。そして、自分はまっすぐ落下している事に気づく。予想通り、全裸で。

 周りに顔を向けたいところだが風圧が強くて身動きが取れない。

 全裸なのでマジックアイテムの恩恵も無い。

 このまま落下すれば水面に激突して身体がダイラタント挙動により木っ端微塵、になるかもしれない。

 そんな専門用語はレイナースの知識に無いけれど。

 

        

 

 ただ、落下し続けるのは死を待つだけで非常に困った事態だ。

 歴戦の戦士『重爆』のレイナース・ロックブルズとて対処方法が浮かばない。せめて死なないように水面に抵抗無く突っ込むか、安らかな死を享受するか。

 後悔があるとすれば今まで書き溜めていた『復讐日記』を処分できない事か。

 無駄なお喋りをしないのは風圧で窒息を防ぐためだが、あえてあけて死を早めるのも悪くは無いかもと思ったりする。

 

「いや~、これは参ったっすね~」

 

 と、冷静に気分を落ち着けようとしていたら後方から別の声が聞こえた。

 この風圧の中で平然と声を発するのは並大抵の存在ではない。だから、レイナースは髪の毛が逆立つ思いを感じた。

 

「『飛行(フライ)』とか覚えて……、いないっすよね……。このまま落ちたら海が赤くなるっすよ」

「ぐぅ……。ならば、私に掴まれ」

 

 と、もう一つの新たな声は先ほどまで共にお茶会に出席していたイビルアイではなかったか。

 普段は仮面で顔を覆っているので声にはノイズが入っている。だが、仮面を外した地声も聞いた覚えがあるのですぐに相手の正体を思い出せた。だが、レイナースは声は出せない。

 身体を安定させる事で手一杯だった。だから、手の動きだけで表現するしかないのだが、相手に伝わるかは五分五分だ。

 

「イビルアイっすね。じゃあ、お願いするっす」

「了解した。……レイナース殿とお見受けするが……、今しばらく耐えてくれ」

 

 親指を立てる仕草をしたのだが、相手には真逆に見えるかもしれない。

 

 地獄に落ちろ、と。

 

 だが、それは杞憂だった。

 今の状況を理解できぬほどイビルアイは間抜けではない。

 

「こ、こんなところで小便をするな!」

「だ、だってお腹が冷えて……。あと、出るものは仕方が無いっす」

 

 空中に飛び散る女性の尿。

 とはいえ、レイナースも釣られて尿意を催してきた。

 どうせ死ぬなら我慢する必要は無い。

 身体から力を抜けば気持ちのよい気分が味わえる。

 

「……緊急事態だから私は何も言わない。好きに出すがいい」

 

 イビルアイにそれぞれ感謝した。

 うっかり脱糞までしたのだが、不可抗力と思って諦めてもらおう。

 生理現象はなかなか止められない。

 

「後方に飛んでいく汚物。後であれが襲ってくるんすよね。早く逃げないと危ないっすよ」

「ああ、そうだな。それより二人共、あまり暴れるなよ。距離を詰めるのは意外と……難しいようだ」

「了解っす」

「………」

 

 イビルアイは加速を付けて二人の身体を捕まえていく。

 触れ合う地肌は生暖かい。

 

「まずは〈魔法二重化・飛行(ツインマジック・フライ)〉。〈飛行(フライ)〉」

 

 第三位階の魔法である『飛行(フライ)』によって三人の落下速度は相殺されて空中に留まった。

 魔法による飛行により物理法則が無効化されたためだ。

 あと、魔法がちゃんと行使された事をそれぞれ気づいた。

 落下する二人に魔法をかけたのは慣性の法則が加わり、捕らえていられなくなるのを防ぐためだ。

 掴む部分があまり無い素肌では肉体に食い込むような握力が無ければ落としてしまう。

 持続時間があるので切れれば落下する。ただし、ゆっくりと降下する。

 それでもまだ高度が高ければ途中から勢いが増して落ちてしまうので、魔力が許す限り、落下を試みる。

 イビルアイは魔力系魔法詠唱者(マジック・キャスター)としては王国随一を自称する。その魔力量も一般の魔法詠唱者(マジック・キャスター)よりは膨大だ。

 尚且つ、彼女は普通の人間ではない。

 大人を数人抱える事は造作もない膂力(りょりょく)を持っていた。力だけで言えば赤毛の長髪の女性『ルプスレギナ・ベータ』も負けていない。

 

「ここは休戦ということで」

「依存はない」

「………」

 

 レイナースだけは手を挙げる仕草で答えた。

 地面まではまだかなりの距離がありそうだった。

 落下により軽い眩暈(めまい)をレイナースは感じて具合が少し悪くなった。

 


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