IS -Rachedämonin Silber- 作:名無し猫
「…さ、流石に疲れた」
放課後。俺、織斑一夏は机の上で項垂れていた。
何をしていたかといえば、教科書の予習だ。
入学前に千冬姉から渡されたあの辞書のような参考書は入学前にできるだけ頭に叩き込んだ。が、全部じゃない。
昔これまた友人の弾に勧められて辞書ほどの厚さのある小説を読まされていたお陰か、あの参考書は内容を理解するのは苦労しても読むのには苦にならなかった。しかし、読むのと理解するのは別問題だ。自分なりに理解しようとしても限界がある。そして今…その疲れからか、頭の中はパンク寸前だった。
それに今日のあの代表選抜の話もある。あの時俺はかなり熱くなってしまったし、結果としてオルコットさんとは決闘なんてものをすることになった。
後で他の生徒からは『頭下げてハンデつけて貰おう』、『今からでも遅くないから謝ろう』などと言われたがそんなことできるか。俺は…織斑一夏という人間は、一度やると決めたらやるんだ。最後までやり遂げるのが男ってもんだろ。
…それに、頭の中で考えることは他にもある。
「…リィス・エーヴェルリッヒ」
この前、公園で会った不思議な少女。今思えば、『また会える』とはこういうことを言ってたのか。
恐らく千冬姉の口ぶりからして、専用機持ちなのは確実。しかも――あそこまで言い切るくらいだ、相当の実力者なんだろう。なんというか、彼女からは他の生徒とは違う雰囲気というか。感覚というか。そんなものを抱く。
…ちなみにだが、状況は全く変わってない。むしろ悪化している。
昼休みは食事を取ろうとすれば他のクラス、他の学年の生徒が大量についてきて特に会話をするわけでもなく黄色い声を上げていた。現在もそうだ、教室の外には相も変わらず他の生徒が沢山。相も変わらずきゃいきゃいと会話をしている。
俺としては、オルコットさんにあれだけ大口叩いた以上もできるだけ勉強して万全の体制で挑みたいんだが…こんな状況じゃ、勉強もできない。
困った、そう思っていた時だ。
「Guten Tag(こんにちは). 織斑一夏さん」
透き通る真面目そうな声に項垂れる顔を上げれば、そこには笑顔で机の前に立つ少女が存在した。
「やっ」
「…えっと、グーテン・タークってこんにちわ、だよな。こんにちわ、エーヴェルリッヒさん?」
「リィスでいいよ、他の子もそう呼ぶし」
本当、初対面の時もそうだったが…どうにもペースを握られるというか、違和感がないというか。だが、先程までの状況下で知った顔の相手と会話できるのは助かる。箒は…何故か屋上での一件以降、会話してくれないし。
「久しぶり、だな。あの時はありがとな…愚痴聞いて貰って」
「ああ、気にしないで。お陰でクロちゃん…話してた子には盛大に焦らしプレイできたから」
「はは、本当酷いやつだな。後俺のことも一夏でいいぜ、フルネームで呼ばれるのは違和感があるんだ」
「ん、了解」
多分だけど、俺がIS学園に来て初めての知り合いってリィスになるんだと思う。異性なのになんというか、話しやすくて俺としてはとても助かる。
「それで、俺に用事か?」
「ううん、一度挨拶しとこうかなー、ってだけ。邪魔だったかな?」
「…いや、むしろ助け舟だった」
教室の外はあんな状態だ。あそこに今飛び込むのは無謀であり、恐らく飛び込んだらもう教室には戻れないだろう。それに、今外に出ても行く所がないし逃げ場もない。
かといって、頭がパンク寸前の状態で継続して教科書を読もうとは思えなかった。だからこそ箒には助けを求めたんだが…相手にしてくれない。
そんな満身創痍の状態。ある意味、リィスが声をかけてくれたのは助かった。
「…?意味がよくわからないけど」
「ああ、悪い。そういえば――リィスは千冬ね、織斑先生と知り合いなのか?」
気にはなっていたことを聞いてみる。代表選抜の話が出た時、千冬姉とリィスの会話があった。それがどうにも、一生徒と教員の会話ではないように思えたからだ。もっと親しいような。言うならば自分のような身内での会話、そう感じたからだ。
「んー…知り合いといえば知り合い、かな?」
恐らく至る所で聞き耳をたてられていたんだろう。外からも教室の中からもざわめきが聞こえる。が、リィスはそれを意にも介さず会話を続ける。
「私、ドイツの生まれなんだけど昔先生がドイツに来たことがあってね。その時に知り合って、当時色々教えてもらったりしてたんだ。会うのは3年振りになるのかな、学園に来た時は驚いたよ」
「へぇー…あんまり家に居ないからどこに居るのかよく知らなかったんだが、ドイツにも行ってたのか」
道理で親しそうに会話していた訳だ。つまりリィスは千冬姉の指導を直接受けている可能性が…?ああうん、そりゃあ強いわ。というより千冬姉があれだけ言い切るくらいだ、間違いないだろう。
「そういえば、代表選抜の件…なんていうか、巻き込んで悪かったな」
「あー…まぁ、巻き込まれたのは一夏、君のせいじゃないから気にしなくていいよ。 ――どうせあれ、先生の思いつきだろうし」
最後だけ俺に聞こえるように言ったその言葉に対して、俺は苦笑いするしか無かった。
「っと、それじゃあ私は行こうかな。ごめんね、勉強の邪魔しちゃって。それじゃ、また」
ふとリィスの後ろの方を見れば、確か谷本に相川、そして――入試主席と言われていたクロニクルさんが居た。恐らく約束でもしていたのだろうか。だとしたら悪いことしたか。三人のもとに行く彼女を見送ると、深呼吸して再び机に向かう。
…結局のところ、代表決定戦は1週間後の月曜日。場所は第三アリーナで行われる。今回の件についてリィスは関係ないにしてもあの千冬姉が直接『お灸をすえろ』と言ったのだ。間違いなく、あいつは相当強い。
現状俺は最弱だ。仮に、専用機なんてものがあったとして、勝てる見込みなんてない。
…それでも。
自分の正義に嘘はつきたくなかった。自分の思いに嘘はつきたくなかった。『カラスと書き物机が似ているのはなぜ?』というあの時リィスが言った質問への、俺なりの回答。それに嘘はつきたくなくて。
気合を入れ直して教科書を開く。さて、どこまで読んだか――
「ああ、織斑君。まだ教室に居たんですね。よかったです」
やる気を出して再開しようとした瞬間。入り口から入ってきた…山田先生に声をかけられた。
「山田先生?どうかしたんですか」
「えっとですね、先程寮の部屋が決まりまして」
山田先生は、手に持っていた大量の書類を机の上に置く――ふと思ったのだが、重くないのだろうか?いや、何がとは言わないが。
いやしかしおかしいな。寮の部屋?
IS学園は全寮制である。在学生全員がIS学園の寮で生活することを半ば義務付けられていてる。それには大人の事情って奴があるんだろうけど。
俺だって頭は悪いなりに勉強している。IS学園は各国の有望なIS操縦者や技術者、それに関わらずともお嬢様などのVIPが在学している。そんな言えば『貴重な存在』に対して何かあれば大問題だ。日本としても、その国としても。
千冬姉は黙ってるけど、俺は知ってる。俺がISを動かしてしまった後…多くの国や機関が俺を勧誘しようとしたこと、実家まで押しかけようとしたこと。
…まぁ、それは千冬姉や地元の理解してくれている人達によって撃退されたんだけど。
学園としては、生徒の安全を意地でも保証したいのだ。保身のためにも、生徒のためにも。が、俺は男だ。IS学園は生徒全員が俺以外は女性。倫理的にも色々ダメだろうってことで、監視・護衛つきで1週間位は自宅通学になった筈だ。
「あれ?俺の部屋は決まってないと聞いてたんですが。確か当分は自宅から通うという話だったんじゃ…?」
「えっと、事情が事情で一時的にってことで、無理矢理部屋割りを変更したみたいです。あ、これ寮の鍵です。 …織斑君、政府とか千冬さんからそのこと聞いてます?」
鍵を渡し、最後だけ小声で先生は言った。先生なりに…気を使ってくれてるんだろうか。一切聞いてない。というか、IS学園に叩き込まれてから殆ど連絡ないぞ、大丈夫か日本政府。
「…いえまったく。大体の事情は察したので、荷物だけ取りに行ってもいいですか?というかできれば一度帰らせて下さい」
「お、織斑君…?なんか凄くグロッキーですけど大丈夫ですか…?」
そりゃそうだ。こんな環境下に男一人。こんなもの拷問だ、叶うなら弾…お前と代わってやりたいよ本当。
先生の気遣いに感謝しつつも、俺は深呼吸する。とにかく、これは一度帰れるチャンスかもしれないんだ。いわば希望だ――
「その必要はない」
「お、織斑先生!?」
ジャーン、ジャーン、ジャーンという銅鑼の音が聞こえたと思った。そこには関羽…いや、呂布――でもない。もっと恐ろしい世界最強が存在した。
「既に私が手配しておいた。夜にでも届く手筈になっている。 …最近、お前には苦労かけっぱなしだったからな。こんなことしかしてやれんが どうした織斑」
途中の言葉は小声だったが、俺の顔色を見てか怪訝な顔になる千冬姉。
いや、気遣いはありがたいし、その気持もよく伝わってきた。本当苦労掛けると思うけど…今回ばかりは、自分でやらせてほしかった。精神的な意味で。
「いえ、ありがとうございます織斑先生――では俺は、一度部屋の方に行くのでこれで」
とにかく、寮の部屋に行こう。少なくとも教室よりはマシだろうし、少しは落ち着いて勉強もできるだろう。
…その前に、IS学園の施設だけある程度見ておくか。朝から余裕がなくて、学園の敷地内をちゃんとまだ把握していない。
騒がれるかもしれないが、今後の授業や行動に支障をきたすのは不味いだろう。特に、遅刻などが原因での千冬姉の制裁はできるだけ回避したい。
既に疲れ切った身体に鞭打つと、俺はため息混じりに立ち上がり教室を後にした。
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「――そうですか。いえ、ありがとうございます」
IS学園初日夕方。私の姿は学園での住居…寮にある。
色々ゴタついていたせいで、部屋の割り振りの確認が遅れてしまったんだけど…まぁ私はクロちゃんと同室だろうと踏んでいた。
しかしその予想は完膚なきまでに裏切られる。部屋割りを確認した時、頭の中にデスポエムなるものが流れそうになったくらいだ。
私の部屋は1025号室。クロちゃんは1023号室で、しかもあの子は個室である。いや、なにがどうしてそんな割り振りになったのか小一時間担当教員に問い詰めたい。
織斑先生に試しに聞いてみた所、原因は一夏らしい。彼が急遽寮の部屋に入ることになり、無理矢理な変更が行われたのだとか。
ちなみに部屋割りの段階ではルームメイトが誰かわからない。これは個人情報がなんとかだとか、お国の管理するデータがどうのらしいが…理解に苦しむ。ルームメイトのロシアンルーレットって何。
そんなルームメイトがわからないまま私は放課後清香と癒子、クロちゃんと話をした後に寮の部屋に来ている。私の荷物は既に搬入済み、元々私物も少ないので整理はすぐ終わった。
で、その後――念のために部屋の中に盗聴器や監視のたぐいの物がないか確認して、ある人に連絡を取る。いや流石に女子生徒の部屋にそんなもの仕掛けてたら問題だろうけど。
更に念には念を入れて特殊な秘匿回線を使用。それも束さんが手を加えたものを使用して連絡を取っていたのは…3年間、私がお世話になっていたとある人だ。
『…悪いな嬢ちゃん。こっちも色々聞いてみてはいるんだがさっぱりだ。商売柄、この手の情報はかなり入ってくるんだが、『金色のIS』なんてのはやっぱり聞いたことが無い』
「いえ、ありがとうございます。私こそごめんなさい、イワンさん達にこんな綱渡りみたいなことお願いして」
『気にするな。こっちはあの時嬢ちゃんが居なければ、個人としても組織としても命がなかったんだ。それに比べたら安いもんさ』
私が連絡を取っているのは、今や世界中に情報網を持つ武器商人。金色のISを探して一人で旅をしている時にひょんな事で知り合った。以降は、最低限ではあったがISのメンテナンスや補給をして貰っていた。
「…私の今の立場は、先程お話した通りです。その、暫く連絡しなかったこと、後心配とかかけてごめんなさい」
『全くだ。一応月一では今まで連絡があったのに、途絶えた時は心配したぞ。 …篠ノ之束の保護下に、ドイツ空軍大将が後見人。驚くことばかりだが、これ以上安全な後ろ盾もそうないだろう』
「でも私は…あのISを追い続けます。絶対に見つけ出したいんです。今までの補給や整備とかの費用はまとめてお支払します、ですからこれからも」
『おっとそれ以上はナシだぜ嬢ちゃん。…当然、協力はさせて貰う。まあこっちも商売だ、補給や整備の対価は貰うが――探し物についてはサービスだ、今後何かあれば知らせる』
「…!あ、ありがとうございます」
『それに、こっちとしてもそっちの後ろ盾の協力が得られるのならお釣りが来るんだ ――で、ここからは個人的な話だ』
…不意に、雰囲気が変わった。電話先でイワンさんは『あー』だとか『なんつーかな…』だとか呟いた後、
『…なぁ、嬢ちゃん。今はIS学園に居るんだよな』
「…?はい、色々あってIS学園に入学しましたが」
『そのまま、普通の女の子として生きるって選択は――できねぇか?』
…それは、
『俺達は武器商人だ。戦争やテロがあれば飛んでいくし、武器や弾薬が入用なら喜んで用意する。…人の死や争いを食い物にしている、最低な死の商人さ。けどな――それはあくまで商売柄。俺個人で言わせてもらえれば、こっちの世界に関わるべきじゃない。ロクなもんじゃないぞ』
「――私に、復讐を止めろと」
『復讐は悪だ、なんて言わない。だが…その副産物として、こっちの世界に関わりすぎるなってことだ。まだ日の当たる道があるなら、そっちを選ぶべきだ』
恐らく、心配してくれてるんだろう。3年間、この人は私がどんなことをしてきたか…知っている。
けれど、それでもだめなんだ。
『IS学園進学は、もう未来を約束されたもんだろう。嬢ちゃんのIS適性や才能があれば、まだ引き返すことは――』
「理屈では、消せないんです」
『――』
「あの時の恨み、あの時の後悔。例えその道があったとしても、私は…きっと、その道を選べない」
『…その先にあるのは、辛い未来だぞ』
「ええ、ですから私は――」
言葉を続けようとした。その先にある、恐らくの私の未来。
その時だ――コン、コンッと。寮の扉がノックされた。
「ごめんなさい、来客みたいです。また、連絡しますから」
それだけ言うと私は、逃げるみたいにスマートホン型端末の通話終了ボタンを押した。
◆ ◆ ◆
寮の扉がノックされた。私は手に持っていた携帯端末を制服のポケットに入れると、扉へと歩いていく
「はいはい、今開けるよー」
電子ロックを解除してガチャ、という解錠音がする。扉を開ければ――そこには、
「…リィス?」
「一夏?」
見知った顔の人物がそこには立っていた。
あれ…どうして君がここに。
「えっと、どうかした?」
「あー…その、凄く言いにくい話なんだが」
…?なんだろうか。
「寮の部屋割りの話って、聞いてるよな」
「うん、聞いてるよ?確か急遽部屋割りが変更になったんだよね。元々私、クロちゃん…ああ、クロエね。あの子と同じ部屋だったんだけど変更になって――」
ここで私の思考ストップ。待った、今一夏はなんて言ったかな。部屋割り?変更?
高速で頭を回転させる。確か部屋割りが変更されたのは、一夏が寮に急遽入ることになったからだ。
ここは女子寮、1025号室前。ふと見れば一夏は申し訳無さそうな顔をしている。あれ、もしかしてこれはつまり
一夏はそのままポケットから鍵を取り出した。ああ、間違いない寮の鍵だ。
「単刀直入に言うんだが、暫くの間ルームメイトが俺なんだ…」
――最悪だ。よりによってロシアンルーレットの犠牲者が私とは。
というか、どんな部屋割りしてるんだろう。クロちゃんが個室なんだから、私とクロちゃん同室で彼を個室でよかったんじゃ…あれ、部屋割りに悪意を感じる。
あ、頭が痛くなってきた…というかこれ絶対悪意ある兎の意思が関わってるよね!?
…後で問い合わせてみよう。事実ならクロちゃん通してちょっとしたお仕置きで。あの人、クロちゃんには滅法弱いから。
「リ、リィス?」
「…ああうん、大丈夫。ちょっと兎の悪意で胃が痛くなってきただけだから」
ともかく、彼を立ちっぱなしにするのも悪い。それに…今は廊下に生徒の姿はないが、今見られると面倒だ。
「うん、君の事情は理解したよ。とりあえず入って」
「…なんか、本当にすまん」
悪いのは君じゃないよ。多分どこぞの兎さんか、クロちゃん。
ひとまず、彼を部屋に通すと部屋のルールとかについて話し合った。そりゃ私は女だし、彼は男の子だし。
――ともあれ、これから色々面倒そうだ。クラスメイトとかにも何言われるかわかったもんじゃないし、胃薬だけは常備しておこうか。
モッピー知ってるよ、私がメインヒロインだってこと!